富を生む社会 (覇権について考える その2)

植民地政策の昔であれば、富は、収奪した原材料や奴隷労働力で富を蓄積した。生産限りなく安く抑えることで、利潤を得た。 しかし、時代がすすんでくると、とくに自由民主主義の普及にしたがって、その富を生む主体が変わってきた。 生きるための富は、食糧資源やエネルギー資源になるけれど、文化的生産活動が高じてくると、商品価値が富をもたらすようになってくる。 価値を創造する社会を形…

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覇権を求める理由 (覇権について考える その1)

覇権について考えてみたい。全8回シリーズでエントリーする。 覇権とは、外交・軍事における傾向の一種。当該国の実利的利害関係にのみ基づいて他国に対する対応を決定し、敵対国に対する侵略戦争や先制攻撃によって、領土の拡大や自国の安全保障を行い、同盟国や敵対国の反対勢力に対する軍事・経済協力を進める。それを実行し、成功した国を覇権国家と言う。 なぜ、大国が覇権を求めるかといえば、…

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天皇陛下とD・ロックフェラーの会見について

ほとんど報道されていないけれど、ロックフェラー財閥のデビッド・ロックフェラー(92)が11/6に来日し、天皇陛下に拝謁していたらしい。 表向きは著書「ロックフェラー回顧録」(新潮社)を10月に出版したことを受けての来日だったそうだけれど、本当のところは、サブプライムローン問題で巨額損失を抱える米シティグループの支援を日本にお願いしにきたのではないかとの観測がでている。 実質の世界…

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価値を生み出す存在 (利潤について考える 最終回)

ブータンでは、研究所を設立して国民総幸福量を指数で表す研究をしているけれど、多分に主観に属する幸福度を数値で表すのは難しい。 ひとつの指標として、 幸福(満足度)=実現度(達成度)÷欲望の大きさ が上げられているそうだけれど、これでは欲望のまったくない仙人のような国民ばかりであれば、まったくなにもしなくても幸福度は極大になってしまう。 つまりこの式は無為自然が最高の姿とな…

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国民総幸福量 (利潤について考える その6)

「国にとって大切なのは国民総生産より国民総幸福量なんです。」 1976年、当時まだ21歳だったブータンのジグメ・シンゲ・ワンチュク国王は、ある国際会議でこう演説した。 「国民総幸福量」とは、経済成長自体が国家の目標とするのではなく、国民の幸せを目標とする指標。経済成長は幸せを求めるために必要な数多い手段のうちのひとつにすぎず、富の増加が幸福に直接つながるとは考えない概念。 ブー…

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人を儲ける、価値を儲ける (利潤について考える その5)

お金はただ儲けるだけでは駄目。価値を生む主体を永続的に生み出せるようにしないと、やがてお金自身も儲けられなくなる。 価値を生む主体は人。価値を価値として値段をつけるのも人。人の才能を見出し、開花させて伸ばしていけるような社会、それを維持していける社会が価値を生み続ける。 だから、お金ではなくて、人そのものを儲ける方向にいかないと価値は膨らまない。 [ピカさんの夢のある絵画]…

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お金を生みだすもの (利潤について考える その4)

石油や天然ガスといった天然資源を生み出しているのは地球や自然だけれど、それら天然資源がなぜ価値を持つかといえば、それを必要とする人間がその資源に価値をつけているから。 もし、現代文明を支えるエネルギー源が原子力や水素にシフトしたら、石油の価値はうんと下がる。価値をつける主体はあくまでも人間。 また、実物ではない価値であっても、その価値がどれぐらい世の中の役に立つか、人々を幸せにするか…

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才能の開花 (利潤について考える その3)

ただ単に稼ごうとするなら、徹底的に安い労働力を使って、資源もケチって、生産コストを限りなくゼロにすればいい。 中国のニセモノとか品質の問題は、稼ごうとするあまり、資源そのもののコストもケチった結果。 これらの製品は多くの人を危険に晒しているから、世界中から非難されている。購買者の幸不幸を考慮することなく稼ごうとする姿勢が非難されているということ。 新自由主義は、個人の能力がその…

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ノブレスオブリージュの嫉妬緩和効果 (利潤について考える その2)

億万長者以上の大金持ちが富を使うとき、個人でその富を全部使うことなんてできないから自分の分が終われば、他の人に使ってもらうしかなくなる。具体的には、子孫に資産を残すとか、慈善事業してみたり、寄付してみたり。 外国の億万長者はよく何々財団とか起こして慈善事業を起こしてみたり、そんな団体に多額の金額を寄付したりする。それをまたノブレスオブリージュだとして受け入れる風土がある。 実はこれが…

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新自由主義の是非 (利潤について考える その1)

儲けるということ、利潤について考えてみたい。全7回シリーズでエントリーする。 [器・UTUWA&陶芸blog]より 最近、日本でも格差社会が叫ばれ、新自由主義というものに疑義が呈されるようになってきた。 新自由主義(ネオリベラリズム)とは、国家による福祉・公共サービスを縮小して小さな政府と民営化を進め、大幅な規制緩和と市場原理主義を重視する経済思想のこと。 要は、勝者…

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米軍の日本撤退時に日本のとるべき行動について

本エントリーでは、将来、アメリカが東アジアを放棄して、在日米軍が撤退する場合の日本のとるべき行動について考えてみる。 ここでの目標は国民の生命と財産を守るために、どう行動するべきなのかということとして考える。 「独立とは何か」のエントリーで定義した、国民の生命と財産を守るための3要素、軍事力・エネルギー・食糧のうち、軍事力が大きく毀損するわけだから、それを補う活動が必要に…

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多重知性の目覚め (心と商品について 補追1)

「知性の種類 (心と商品について その2)」のエントリーにて、黄緑亀様からいただいたコメントを基に、補追1をエントリーします。本エントリーは順番としては、その2とその3の間に入るべき内容になります。 個々人がもつ多重知性のそれぞれの要素が、どのくらい発達しているかは、勿論個人差があるのだけれど、それぞれの知性を発現させ、磨いていくためには本人の修養や経験、周りの環境が大きく影響する…

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心のかたちがみえるということ (心と商品について 最終回)

カスタマイズもいろいろな分野で当たり前になってきた。カスタマイズとは自分に使いやすい、自分好みの、自分だけの設定や形状に作り変えること。 昔は車やバイクのチューンナップだったり、プラモや電気機器の改造だったりしたけれど、今はPCの自作や設定変更、ゲームのキャラ設定変更など、バーチャル空間にまで広がっている。このカスタマイズが面白いという。 これは、もっとハードルを低くした心のかたちを…

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「初音ミク」にみる消費トレンドの変化 (心と商品について その5)

自分の曲を声優が吹き変えた声で自動で歌わせるソフト『初音ミク』が大ヒットしている。 パソコンで自分の好きな曲やオリジナルの曲を作って、『初音ミク』という仮想アイドルに自分だけの曲を歌わせる。『初音ミク』ファンは全国にいて、YOUTUBEなんかの動画の投稿サイトでは『初音ミク』に自分の歌を唄わせた作品が続々アップしているという。 これもいってみれば、自分の心のかたちを、ソフトの力を借り…

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ゲームにおける個人の表現 (心と商品について その4)

「サッカー選手は芸術家。高給はファンを魅了する活躍に対する報酬だ」 英国の文化・メディア・スポーツ省の政務次官が「サッカー選手の給料は高すぎる」と発言したことに対しての、マンチェスターCのエリクソン監督の反論。 サッカーに限らず、一流選手のプレーは時に芸術的と呼ばれることが多い。 一流選手の心のかたちが、本人の身体運動的知性を介して、プレーに表れるのだろうけれど、これも心の見え…

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心がひきつけるもの (心と商品について その3)

人の好みは、その人の心のかたちできまる。心が感応して、多重知性を介して「みえる化」したものが好みになって表れる。 好きな言葉、好きな絵、好きな場所や形、好きな論理哲学、好きな音楽、好きな動作、好きな価値観、好きな感情。これらは、その人の心のかたちが求めて、好みとして表れたもの。 一種類の商品は一種類の好みや心にしか合致しない。だから商品はいろんな形や色などのバリエーションを持たせて、…

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知性の種類 (心と商品について その2)

心の言葉は心のかたちを言葉という表現形態で「みえる化」したもの。勿論、言葉以外のものでも「みえる化」は可能。 現在の認知心理学では、知性は多重構造になっていると言われている。 一九八三年にイギリスの認知心理学者ハワードガーナーが、知性はひとつのものではなくて、多数の並列した知性から成り立っている、多重知性の存在を提唱した。 近年、これを受けて、沢口俊之北海道大学教授…

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商品の属性 (心と商品について その1)

人の心と消費社会における商品の関係について考えてみたい。全6回シリーズでエントリーする。 [ピカさんの夢のある絵画]より モノ余りの時代といわれてから久しい。 商品は、消費者が満足を得てこそ売れ行きが伸びる。その対象が何かによって商品の特性が異なるのは当然の話。 最初は生きるために必要なものから始まって、だんだん文化的生活を営む人が増えてくるとそれに合った商品が開…

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北朝鮮のテロ支援国家解除について

アメリカによる北朝鮮のテロ支援国家指定が解除されようとしている。 日本は、拉致問題の絡みもあって反対の立場だけれど、これは、単に東アジアに手を出したくないアメリカの融和政策とは別の側面もあるのではないかと思っている。 それは、イラン攻撃との関連。 アメリカ国務省が毎年発表している年次報告書では、テロ支援国家として北朝鮮、イラン、シリア、キューバ、スーダンの5カ国が指…

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米軍から離脱した独自の軍隊を日本が持つことについて

日本が独自の軍を持つことに対して、障害となりうる要素を検討してみる。 なぜ、改めて障害となる要素を検討しないといけないかといえば、日本が「独自」の軍を持つということは、独立国家として、自分の意思決定・国家戦略において国家運営をしていくということを世界に改めて宣言することだから。 障害となりうる要素として、考えられるものは、  1.国内世論の反発  2.世界各国の反応  …

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知行合一 (知性の発揮について考える 最終回)

「知るはこれ行の始め、行はこれ知の成るなり」 陽明学を起こし、知行合一を唱えた王陽明の言葉。 知識と行為は本来同一であり、知って行なわないのは真に知っているのではなく、真の知は必ず実行を伴い、知と行とは表裏一体をなすということ。 たぶん、知性という道具を使って、自分の認識をとことんまで突き詰めて、どんどん価値観に転化していって、ようやく知行合一になるのだと思う。心の奥底から本当…

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知性という道具と知的格闘 (知性の発揮について考える その5)

知性は道具だといったけれど、自らを高める方向に知性を発揮していくと、知性は自分の認識力を高める手助けとなる。 事象を認識していくということは、事象に対して何がしかの評価や判断を与えるということだから、認識した数と同じだけ、それらに対する判断や評価が存在することになる。 心のあり方を決めるのはその人の価値観だけど、認識したものを心の言葉として価値観にまで転化していくときには、知的格闘を…

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知性をコントロールする心 (知性の発揮について考える その4)

本を読んだりして得られる知識には性能がある。それは、知の有用性で計ることができて、指向性・深度・賞味期限の3つの軸で表される。その知のブロックの体積が大きいほど性能は高い。 だけど、知識は知識としてしか存在してなくて、人に使われることで初めてその性能は発揮される。 知識を扱う主体は知性。知性は知識を運用する。その知性をどの方向に発揮したかで、運用結果は全然違ってくる。 智慧も悪…

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現代的知的生活のための条件(知性の発揮について考える その3)

思索するためには心の平静さがないといけない。精神の自由は、より善く生きるために必要なものだけど、知的生活のためにも必要なもの。 心の中が雑念や執着で一杯だと、思索したいテーマの居場所がない。雑念や執着だけ思考停止して、思索したいことだけを考えられる人は別だけれど、順序として、思い煩うことのない状態に自分や周りの環境を置いておくように努めるのは大切なこと。 自分の心の状態をチェック…

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虚飾の知に溺れたときの危険性(知性の発揮について考える その2)

知が単なる手段となってしまったとき、虚飾の知に溺れてしまったときの危険性について考えてみると、人に強いと思われたいと思って始める武道と同じように、「みせかけの型」に拘るようになるのではないかと思う。そんな人の取る態度として次の3つの特徴が出てくるのではないだろうか。 まず、本を読む態度として、本を読むのではなく、本に読まれてしまう。読んだ本の内容をそのまま鵜呑みにして、分かったことにし…

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知的正直さ (知性の発揮について考える その1)

今回は知的生活に基づいた、知性の発揮について考えてみたい。全6回シリーズでエントリーする。 知的生活の名著に渡辺昇一上智大学名誉教授の「知的生活の方法」がある。もう30年以上も前の本だけど、今もってその輝きは失われてはいない。 渡辺昇一名誉教授は「知的生活の方法」の最初の章で、知的正直さが大切だと説いている。 自分を誤魔化すのではなく、自分が知識を持たない、即ち知ら…

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購買動向からみる食のリテラシー

スーパーやコンビニの店頭から中国産野菜が消えていっているそうだ。 BSEや最近の国内の食品偽装での騒ぎの影に隠れて、中国産食品の危険性についてTVメディアがすっかり報じなくなったにも関わらず、この有様。こと食に関していえば、日本人のメディアリテラシーはしっかりしているのではないかと思う。 どんなに口当たりの良いことを言っていても、株価は正直に反応するように、真に民意を知ろうとおもった…

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国民が総理を育てる (福田総理考 最終回)

総理が人の意見をよく聞くというのであれば、国民の声もよく聞くということ。 マスコミが、小泉元総理をポピュリズムだといってよく批判していたけれど、実は福田総理こそが、このポピュリズムにならないよう注意しないといけない。 ポピュリズムは大衆迎合主義と訳されることもあるけれど、大衆に迎合するということは、大衆のいうことを聞くということ。 大衆が望むことが本当にいつも正しいのかとい…

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金大中問題について (福田総理考 その3)

「安」を目的とした、「名を捨て実を取る」外交を行う場合、ともすれば八方美人的な外交、顔のみえない外交になってしまいがち。 だから、その時に注意すべきは、いかなる「実」を取っているか、どこを押さえているかということ。 例の金大中問題だけど、明確な主権侵害。「安」を行動原理とするならば、見過ごせない問題。しっかりと抗議して、謝罪を受け取るべきだろう。遺憾の意で謝罪とするのは微妙なところ。…

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皇太子訪中について(福田総理考 その2)

福田総理の行動原理が「安」だとすると、「名を捨て実を取る」行動は是とされる。結果として「安」になりさえすればよいから。もし「国」が行動原理だと、あるべき姿を求めるから名は捨てられない。 安心と安全が最優先だから、「実」をさえ取れれば、「名」は特になくてもよい。それによって自分が誤解されようが構わない。行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張。 週刊ポストの記事だけど、福田首相が訪中の手土…

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