縁起のレイヤーが結ぶ世界  《エピローグⅡ》 と 「中世の持つ意味」

エピローグのⅡです。6章から8章のまとめと、補追の2として「中世の持つ意味」をエントリーします。※文末に補追2「中世の持つ意味」をエントリー ※コメントは敬称略 6.多民族国家の縁起レイヤー構成 概要:多民族国家では、それぞれ異なる色合いの「こま切れ」の下位レイヤーの布に上位レイヤーの一枚布を覆いかぶせて何とか国家の呈を成している。 コメント:マルコおいちゃん…

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縁起のレイヤーが結ぶ世界  《エピローグⅠ》 と シナに国民国家が成立しない理由についての仮説

当日比野庵とリンクさせていただいている深森の帝国の美月様より、今回の縁起のレイヤーが結ぶ世界シリーズについて、そのコメント類を一括・整理した記事を、とのリクエストがありましたので、ちょっとやってみたいと思います。(内心、次の記事までの時間稼ぎが出来るので嬉しかったりします σ^^;)ええ。 分割して3回に分けてエピローグとしてエントリーします。 といっても、ただ纏めてるだけ、というの…

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世界調和の交響曲(縁起のレイヤーが結ぶ世界 最終回)

世界にはいろんな思考の型をもった文明圏が存在していて、それぞれの音色には特徴がある。 世界の文明を進歩型と調和型に分けると、西洋は進歩型だし、東洋は調和型になるだろう。当然その思考の楽器も進歩型と調和型に大きく分かれている。 曲調によって、楽器の向き不向きは当然あるだろうから、今は進歩の時代だと思えば、進歩型の楽器をメインの曲にすればいいし、ちょっと進歩が行きすぎて、調和が崩れてきて…

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思考のオーケストラ(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その12)

思考は言語と言葉で構成されるから、言語の種類が沢山あるということは、それだけ思考の類型が沢山あるということを意味してる。 ひとつの物事や結論に対しても、それに到達するための様々なアプローチ方法があるし、解釈ひとつとっても実に色んな考え方が存在する。 同じ音階を鳴らすのに、弦楽器でも、管楽器でも、打楽器ででも表現できるけれど、「ド」なら「ド」で、同じ音階であっても使う楽器によってその音…

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『情』と『意』の翻訳と相互理解(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その11)

建国神話があって、歴史が断絶せずに長く続いている国は、神話は単なる知識としての『知』だけではなくて、『情』や『意』の部分にまでしみこんでいく。 先祖はだれそれの家臣だったとか、近所に神話の神様を祭った祠があったりして、縁起の縦糸を肌で感じられるから。 多民族国家を纏めていくには、横糸でうまく結ばないといけないといったけれど、下位レイヤーにおいて横糸を強くしようとしたら、相互理…

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言語と国は一致するか(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その10)

同一言語を使う相手同士では、知・情・意の伝達に関してそれほど問題は起こさないケースが多いけれど、言語やその背景となる伝統や文化、思考が異なる相手同士を接続するケースになると、更に考慮しないといけないことがある。翻訳の問題がそれ。 言語が異なるもの同士で縁起のレイヤーを繋ぐ場合には、その間に翻訳を挟まないといけない。この翻訳時にしばしばおこるデータの損失や減衰が、縁起の糸を細くする。…

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縁起レイヤー内通信の問題(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その9)

各縁起レイヤー内の通信は何を媒体にして行われるかというと、テレビ、新聞、書籍、ラジオやネット、あとは口コミとか色々あるけれど、それらに共通しているものは「言語」。言葉を介してデータをやりとりしている。言語が伝達媒体の中枢なのは変わりない。 縁起のレイヤーで通信される、主に言葉で伝えられるものは、単にその意味だけじゃない。人と人を繋ぐ縁だから、心に伝わるものは全て伝達されると考えるべき。…

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各レイヤーの接続問題(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その8)

縁起のレイヤーでは、個人個人の繋がりは一本一本の糸を編んでいくことになるのだけれど、国同士でレイヤーを接続することになると少し事情が異なる。 接続方式は、糸同士の接続ではなくて布単位での繋ぎになる。もちろん具体的な接続面ひとつひとつは糸なのだけど、総体として国家という縁起の繊維を見た場合、その糸の種類も違えば、太さも異なる。もちろん比喩的な表現での話。 例として、2国間で縁起レイヤー…

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中世化する世界(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その7)

国が人間道・天道の段階までくると、民衆レベルで上位レイヤーが十分活性化している。だから国が各レイヤーを活性化させるために口出しする必要がだんだん無くなってくる。横糸的には生命と財産の安全保障ができて、縦糸的には国民文化の維持・拡張政策ができれば十分。黒子に徹することになる。 そのため、国民の国への帰属意識はだんだん希薄になってくる。国が黒子だから、その姿は意識されない。 国民ひとりひ…

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多民族国家の縁起レイヤー構造(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その6)

ある意味中国もそうなのだけど、多民族国家、つまり母国語や伝統文化が異なる集団を持った国家を纏めていくのは難しい。下層レイヤーでは、それぞれ異なる色合いの縦糸で出来た布があって、それを寄せ集めて、互いにツギハギして下位レイヤーが出来ている。それら「こま切れ」の下位レイヤーの布に上位レイヤーの一枚布を覆いかぶせて何とか国家の呈を成している。 上位レイヤーの布を下位レイヤーとズレない…

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中国の縁起レイヤー構造(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その5)

日本はしっかりした伝達損失の少ない縁起の織物で出来た国なのだけど、これが中国だとまったく反対になる。 中国という国は相互信頼度が低く、騙す騙されるの社会だから、互いの通信データがエラーだらけ。各々はエラー訂正したり、ID確認したり、時には通信遮断したりさえする。もちろんデータ転送効率はとても悪い。政府がどんなに大出力でデータを伝送したとしても、途中でどんどん減衰して、人民に届くころには消え…

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日本の縁起レイヤー構造(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その4)

縦糸が途中で切断されずにずっと続いているような国は、世界でみても数少ない。単なる時の政権の交代というレベルではなく、その民族や伝統が断絶しないということが条件になるから。 ヨーロッパ・アラブや中国大陸などでは、王朝の交代に伴って、民族の虐殺や伝統の破壊を行ってきた歴史があるから、縦糸はズタズタ。 日本は時の政権の更に上に「帝」をおいて、権威と権力を早くから分離した二重構造を持っていた…

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縁起の縦糸と横糸(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その3)

縁起のレイヤーでは、縦糸が時間軸で繋がる縁だし、横糸は空間軸で繋がる縁になる。これを国に当てはめれば、縦糸の長さは国の歴史になるし、横糸の長さは国土の広さにあたる。 この縁起のレイヤー構造を作っている縦糸と横糸で通信されるデータには違いがある。 縦糸は時間軸の縁起の糸だから、後世に伝えるべきもの、伝統とか風習とか後世に残さなければならないと思っているものを代々伝えていく。それによ…

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六道輪廻と縁起レイヤーの関係(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その2)

国の発展段階は六道輪廻の世界観と比較してみるとなかなかよく当てはまる。 この六道の段階おのおのについて、それらを形成または活性化している縁起レイヤーを重ねて考えてみると丁度正比例のような関係になる。 六道を下から大きく3つの段階に分けてみる。すなわち、地獄・餓鬼道と、畜生・修羅道。最後に人間・天道。 まず、地獄・餓鬼道の段階の国は、半ば無政府状態。地獄道は戦争、紛争、治…

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縁起のレイヤーからみた国のかたち(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その1)

当、日比野庵からリンクしている「マルコおいちゃんのシナにつける薬」の二つのエントリー「シナとヨーロッパという二つの異なる理念」と「シナにモラルがない、とは誤解である」から、ヒントを得て今回は、以前エントリーした、縁起のレイヤーと六道輪廻からみた国と世界の関係について考えてみたい。全13回シリーズでエントリーする。 近代国家の成立は、絶対王政の下での中央集権国家による三十年戦争の終結…

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期限切れリスクの適正化(食品偽装問題について 後編)

消費者はこれからも表示に対する信頼性を要求していくのだろうけれど、さらに、表示内容に対する、適正水準の見直しの声も出てくるのかもしれない。 適正水準とは、賞味期限の基準をどこまで緩和するのが適切かという問題。実際ほとんどの人は賞味期限を過ぎても食べてなんともなかった経験を持っていると思う。 今の賞味期限、消費期限を厳しすぎると考える人も少なからずいるはず。 消費・賞味期…

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日本人の食に対する冷静な判断(食品偽装問題について 前編)

食品偽装問題について、今日明日、2回シリーズでエントリーしたい 日経レストランが300人の消費者を対象に、「食品偽装」と「食材高騰」に関して、2007年12月に実施したアンケート結果が公表された。 それによると、昨年問題となった、賞味期限や原産地表示など偽装については、約8割の人は「ほとんどの店で多かれ少なかれ不正をしている」と考えている反面、約6割の人は「きちんと改善策を講…

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主体的に生きる(人間として生きるということ 最終回)

アンパンマンの主題歌である「アンパンマンのマーチ」の歌詞の冒頭。 外部記憶とか、無意識システムが人格や意識をつくるという受動意識仮説では、人間の意識存在は生まれた環境や学習で全部決まってしまうことになる。 これは、人間というものを「なぜだか分からないけれど、偶然にこの世に投げ出されてしまった存在」とみていることと殆ど変わらない。哲学でいうところの実存主義にきわめて近い…

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経験の獲得(人間として生きるということ その9)

もしも、最高性能の機械の体を持ち、最高の頭脳の記憶をダウンロードした人がいたとして、その人がどんな人生を歩むのかを考えてみると、かえって不幸な人生になるのではないかと思う。 なぜかというと、思えば何でもできる身体能力と世の中のすべての知識を持っていることそのものが、人生の目的を見つけだすことを困難にさせるから。 思えば何でも適う世界に生きると、たぶん人は何もしなくなる。 …

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肉体を強化する世界(人間として生きるということ その8)

最近の脳科学の研究では、人間の脳は結構あいまいに出来ていて、それゆえに柔軟性を持っていることがわかってきている。 人間の脳には、体の各部分と脳の部位との対応関係を示す脳地図とよばれる図がある。 面白いのはこの脳の地図は後天的に作られて、かつダイナミックに変わるということ。 ごくまれに人差し指と中指がつながったままのいわゆる4本指で生まれてくる人がいるけれど、その人の脳地…

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心を持つロボット(人間として生きるということ その7)

無意識化の演算が意思決定の主体であれば、その無意識で演算する機械のシステムを作って、他の適当な外部入出力装置と接続すればいいという考えも成り立つ。それも心を持つロボットだ、と言えなくもない。 たとえば、ある人物の「意味記憶」と「エピソード記憶」がすべて入力された外部メモリと、無意識化の演算システムを接続すれば、そのシステムの反応や意思はその人物と同じになるはず。 だから、様々…

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意識の受動性(人間として生きるということ その6)

個人の人格、アイデンティティは文字どおり、自分か何者であるかを規定するものだから、その人がもつ固有の記憶が土台になっている。だから人格と記憶の関係は切っても切り離せないもの。 [器・UTUWA&陶芸blog]より 心理学では記憶を、言語として表現できない「非宣言的記憶」と、言葉で表現できる「宣言的記憶」に分類する。言語化できない記憶とは、運動のスキルや思考の筋道など、経験する…

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細胞の記憶(人間として生きるということ その5)

「しばらくの間、私を見つめて・・(ドナーの)母親が言ったんです。"だって貴方が、余りにも息子に似てるから・・・"。」 心臓移植を受けた人物が、手術以降大きな趣味嗜好の変化を体験し、その新たな趣味嗜好は、心臓提供者(ドナー)のそれとピタリと一致していたという、心臓移植を巡る人格や記憶の転移現象が数多く報告されている。 《細胞の記憶》と呼ばれるこれらの例は、まだ学会では認められてはいない…

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義手・義足・義体(人間として生きるということ その4)

ロボットと人間の差をアイデンティティ、心の有無という視点で考えてみたけれど、ではロボットと人間の中間的な存在ではどうなのかという疑問は当然あっておかしくない。 半ば概念上の存在だけれど、サイボーグに心があるかという問題がそれ。 サイボーグとは、人間の身体に人工臓器等を埋め込んだり、電子機器をはじめとした人工物に身体機能を代替させることで、身体機能の補助や強化を行った人間の事。 …

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「女形」と「人形(ひとがた)」(人間として生きるということ その3)

「声も仕草も色っぽかったー。」 「やっぺし、えぇ女だわ 。」 「すごくきれい。」 大衆演劇の天才女形として活躍する、早乙女太一を見た人の感想。 女形は男性が女性を演じるもので、衣装や声色・動作だけで女性らしさを表現する役者。むろん普通の男性よりは見た目も中性っぽくて、きれいなのは当然なのだけれど、注目すべきは、女性以上に女性らしい立ち振る舞いを行うことで、本当の女性だと錯覚させて…

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不気味の谷とミラーニューロン(人間として生きるということ その2)

人間に近いロボットを作る際に、ぶつかる壁のひとつに《不気味の谷》という概念がある。 《不気味の谷》とは、日本のロボット工学者、森政弘東工大・元名誉教授が1970年に提唱した、ロボット工学上の概念。 森・元名誉教授は、人間がロボットに対する感情的反応は、ロボットがその外観や動作がより人間らしくなるにつれて、より好感的、共感的になっていくが、ある時点で突然強い嫌悪感に変わると予想した。さ…

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人間とロボット(人間として生きるということ その1)

「理想と現実」のエントリーのコメント欄にて、江戸屋さんから、「精神の肉体制御ではなくて、肉体の精神統御の方が「生理」にかなっているのでは?」というコメントをいただいたので、今回はこれについて考えてみたい。全10回シリーズでエントリーする。 人間を構成する要素を考えてみると、五感という感覚器官を備えた肉体と知・情・意のはたらきを持つ心からなるというのが、おそらく一般的な答え。 …

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2007年エントリー記事についての雑感 後編

昨日のつづきとして2007年エントリー記事についての雑感の後編です。 ● 国内政治カテゴリー 当初はあまり国内政治というものを意識することなく、エントリーしていました。2007年の参院選を機会に少しずつエントリーをしていったような感覚です。 「ネットの政治への影響力を検討する」は、ナルト様のブログで取り上げていただいたことが切っ掛けとなって、最高のアクセス数を記録するシリー…

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2007年エントリー記事についての雑感 前編

お正月特別企画として、今日、明日と2回にわたって、2007年エントリー記事についての雑感を、昨日エントリーした目次にしたがって振り返ってみます。ええ、もちろん時間稼ぎです(w ● 知性と思索カテゴリー  2007年は4本のシリーズエントリーと4本の雑考をエントリーさせていただきました。 このカテゴリーは日比野自身が普段から興味ある領域についての思索がまとまり次第記事にしてい…

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2007年 総目次3 【日本の文化と精神/教育/ビジネス・社会】

昨年1年間の記事を整理して、総目次3をエントリーします。 【日本の文化と精神/教育/ビジネス・社会】編です。 まとめて読む場合は、●、◎又は★印の題名を 個別項目は数字表記にて各章立てしている、小見出しを また、小見出しには、関連のある単発記事をさらに小々見出しとして+で表記しています。 ●、◎又は★印の題名の記事は「日比野庵 離れ」にリンク、それ以外は「日比野庵 本館」に…

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2007年 総目次2 【国際関係/国内政治】

昨年1年間の記事を整理して、総目次2をエントリーします。 【国際関係/国内政治】編です。 まとめて読む場合は、●、◎又は★印の題名を 個別項目は数字表記にて各章立てしている、小見出しを また、小見出しには、関連のある単発記事をさらに小々見出しとして+で表記しています。 ●、◎又は★印の題名の記事は「日比野庵 離れ」にリンク、それ以外は「日比野庵 本館」にリンクしています。 …

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