南シナ海における仲裁裁判所の判決は沖ノ鳥島に影響を与えるか
昨日のエントリーのコメント欄でsdi様から「中国が沖ノ鳥島について今回の判例の適用を言い立てたりしたら大丈夫か」との質問を戴きましたので、今日はお返事を兼ねてこれについて。
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まず、沖ノ鳥島について今回の判例がどう関係するかについてです。
仲裁裁判所の判決は当事者のみを拘束することから、日本政府は「沖ノ鳥島と全く関係ない」との立場を取っています。けれども、政府は将来の司法判断に影響を与える可能性は否定できないとみて、判決を精査するとともに各国の動向を注視することにしています。
今回の判決について外務省幹部は「かなり踏み込んだ判決だ」とコメントしているのですけれども、これは一体どういうことなのか。
沖ノ鳥島のEEZ問題については、2012年6月のエントリー「沖の鳥島開発と陸地化プロジェクト」で取り上げたことがあります。
このエントリーでは国連海洋法条約の121条で規定されている「島」の定義から、沖ノ鳥島で経済活動があったほうがよいと述べました。なぜなら121条3項で「人間の居住または独自の経済生活を維持することができない岩は排他的経済水域または大陸棚を有しないと」とあるからです。
ただ、ここが国連海洋法条約121条のグレーなところなのですけれども、EEZや大陸棚を持つことのできないのは「岩」だと規定している癖に「岩」とは何かを規定していないのですね。日本政府はこの点をついて、沖ノ鳥島は「岩」ではなく「島」である。従って、「島」である沖ノ鳥島はEEZや大陸棚を保有する、とまぁこういう立場でいるわけです。
ところが今回の判決で、仲裁裁判所この部分に大きく踏み込みました。
それは、スプラトリー諸島の太平島を「島」とは認めなかったことです。
太平島はスプラトリー諸島の北部に位置する諸島最大の島で、東西約1289.3m、南北全長約365.7m、面積約0.51平方キロの細長い島です。
太平島を巡って台湾、中国、ベトナム、フィリピンが領有権を主張しているのですけれども、1956年より60年間に渡って、台湾が実効支配しています。
太平島はシーレーン防衛の要衝に当たることから、全長1150mの台湾空軍の滑走路が設けられ、海軍陸戦隊員や海岸巡防署員が常駐しています。
太平島には現在、海岸巡防署の職員167人と合わせて約200人が住んでおり、島内でカボチャ、オクラ、トウモロコシ、キャベツを栽培し、少数のニワトリとヤギを飼育しています。更に島内には淡水の湧く井戸が4本あるそうです。
つまり、太平島には人が住んで、経済活動も行っているわけで、少なくとも国連海洋法条約121条3項でいう「岩」には当たらないと思われます。
実際、台湾は太平島を「島」だと認めさせようと今年1月、当時の馬英九総統が太平島を訪れ、3月には、台湾政府が台湾メディア、海外メディアをこの島に招待しています。勿論、島で生活が営まれていることをアピールするためです。実効支配の年数、人の居住。経済活動。普通に考えれば「島」と認定されておかしくありません
にも拘わらず、仲裁裁判所は太平島を「島」とは認めませんでした。
その理由は「外部からの援助なくしては人間の居住が維持できないため、太平島もスプラトリー諸島の他の地物同様、やはり島ではない」というものでした。
これについて、ディプロマット誌は、今回の仲裁のビッグバン級の結果の1つであるとし、もし太平島が、人間の居住を維持しないという理由で島と認められないのならば、他のいくつかの領地について疑問を喚起すると指摘した上で、その例としてアメリカのウェーク島、ミッドウェー島、日本の沖ノ鳥島を挙げています。
ただ、今回の判断についていえば、筆者は多分に政治的思惑が働いたのではないかと見ています。
それは、太平島と南シナ海で中国が埋め立てた人工島との位置関係です。
中国の南沙諸島の人工島は全て、太平島から200海里以内に位置しているのですけれども、この200海里はEEZの範囲です。
EEZは「設定水域の海上、海中、海底及び海底下に存在する水産・鉱物資源並びに海水、海流、海風から得られる自然エネルギーに対して、探査、開発、保全及び管理を行う排他的な権利」ですから、EEZ内であれば、開発なり保全なりの名目で人工島を作ってしまえるのですね。
中国政府は「一つの中国」を打ち出し、台湾を国とは認めていません。また、台湾を国家として認めている国は世界でわずか22ヶ国しかありません。
「一つの中国」を建前とする中国政府にとって、台湾の領土は中国の領土である、という理屈を彼らは持っています。従って、太平島が「島」としてEEZが認められると、そのEEZ内に人工島を建設することは違法でなくなってしまいます。
仲裁裁判所は、それを許すことができなかった。ゆえに、強引とも思える解釈をしてでも、太平島を島とは認めなかったのではないかと思いますね。つまりそれ程断固たる決意で中国の南シナ海侵略にNOを突き付けたという訳です。
その意味では、台湾はとばっちりを受けたと言えるのかもしれません。
当然、そのとばっちりは、日本の沖ノ鳥島も受けることになります。
今回の判決は日本のせいだと喚く中国なら、嫌がらせに沖ノ鳥島について、同様に判例の適用を言い立てる可能性はあります。
ただ、自分は判決を無視すると言って置いて、他人様のことをどの口がいうのか、と批判されることは間違いないでしょう。
今回の裁判についても中国が仲裁裁判所所長に裏工作していたことが暴露されていますしね。相当心象は悪くなっている筈です。
予断は許しませんけれども、しばらくは警戒しながら様子見するしかないと思いますね。
この記事へのコメント
りりぱっと
口で「岩だ」といわれるだけなら特に痛くもないでしょう
そして中国がそれをする可能性はきわめて低い
なぜならその場合、今回の南シナ海での裁定を受け入れる必要があるからです。
九段線の放棄が前提となるわけです。
南シナ海の国際法を無視しつつ沖ノ鳥島だけ取り出し国際法により司法裁判に訴えるのは不可能です。
口で言うくらいしかできません。
むしろ可能性があるのは台湾でしょう。
太平島が認められないのであれば、抱きつき心中のごとく沖ノ鳥島も無効にしようと国際司法に訴えるというのは
損得勘定から考えればありえないとはいえない。
opera
南沙諸島は、もともと海底の岩礁帯などに珊瑚礁が付着して積み重なり、一部が海面上に出ているもので、通常は岩に過ぎませんが、何らかの理由でこの部分全体が隆起し、人の居住も充分可能な大きさになると、一般に島なると言われていますね。比較するなら、沖縄本島がそうであるということを、少し前のブラタモリで放送していましたw
これに対して沖ノ鳥島は、巨大な海底火山(3~4000m級)の山頂部分が海面上に出ているもので、放置しておくと波による浸食で海面下に没してしまうので、周囲を防護壁で囲って保護している訳です。比較するなら、現在絶賛噴火中の西之島がこれに該当します。
まぁ、日本のやり方も狡いと言えば狡いのですが、もともと地形的な差異があるので、沖ノ鳥島には直接波及しにくいような気がします。人の居住可能性を一義的な要件にしてしまうと、西之島は島ではないと言われかねませんし。
sdi
中国が沖ノ鳥島について、今回の判決を盾に「島じゃない、岩だ。だから領海も経済水域も無効だ」と言い立てるには、自分が大人しく南シナ海から手を引くのが大前提です。でないと、プロパガンダの材料として最低限の説得力を持ちません。ルットワック氏の言葉を借りれば、中国がいきなり中国1.0に戻るようなものです。自分でコメントしておいてなんですが、今の中国の国内情勢を考えると多分無理だとは思いますが。
ついで、与太話しなIFシナリオを一席。
本件を逆手にとって日本とASEAN諸国に楔を打ち込むという謀略です。霞ヶ関や永田町のパンダハガー達の耳元で「南シナ海におけるわが国の権益保持に賛同の意思を示してくれるなら、沖ノ鳥島を我が国は『島』として認めよう。勿論、南沙諸島は平和利用し南シナ海は『平和の海』さ」と非公式の場でこっそり囁くという手です。
ASEAN諸国に「南沙諸島の件では日本は、我々と一枚岩ではない。」という疑念を出だせることが出来ればめっけもの、という程度ですけどね。