マスコミが国民の敵にならない条件とは何か

 
一昨日の続きです。

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画像「妖印刻みし勇者よ、滅びゆく多元宇宙を救え」連載中!

8月14日、NHKが10月に放送する土曜ドラマを発表しました。その名もずばり『フェイクニュース』。

ドラマの題材は、ネット上に氾濫する「フェイク(偽)ニュース」。SNSに投稿されたインスタント食品への青虫混入騒動をきっかけに、フェイクニュースが飛び交い、何が本当で何が嘘かわからない世界で記者が真実を追い求める模様を描くとしていますけれども、おそらく2014年に起こった、まるか食品の「ペヤングソース焼きそば」に虫が混入していたとネットに画像が上がって大騒ぎになった事件を意識してのことだと思われます。

件のドラマがどんなシナリオになるのか分かりませんけれども、NHKが「『真実と嘘』、『分断』、『人は何を信じるのか』という普遍的なテーマを、エンターテインメント性豊かに描きます」としているところを見ると、"見かけの情報に惑わされず、真実を見極める姿勢が大切だ"あたりのメッセージを込めてくるのではないかと筆者は邪推しています。

それにしても、過去、アメリカ高官にインタビューした時、その高官から「お前らは日本のCNNに違いない。そうだよな?(You must be CNN of Japan. right?)」とブチ切れさせたこともあるNHKがフェイクニュースをテーマにしたドラマを作る。案の定、ネットでは「お前が言うな」と炎上しています。

ただ、今回の『フェイクニュース』のドラマ脚本を担当する『逃げるは恥だが役に立つ』を手掛けた野木亜紀子氏は、ツイッターで「以前、新聞やテレビの誤報を正す架空のチームの連続ドラマを作りたくて民放局にもちかけたら『お前が言うなと視聴者の反感を買うから無理』と言われた」と明かしています。

その上で「こう書くと今度は新聞やテレビばかりが悪いみたいだな。厳密に言うと『新聞・テレビ・ネット上の誤報』です」とツイートしていますから、ネット一般の反応は御存知のようです。

また、民放局が「お前が言うなと視聴者の反感を買う」と自覚しているとおり、NHK自身もフェイクニュースに対する態度がどうなのか視聴者から厳しい目で見られていることを意識しなくてはならないでしょう。

けれども、NHKはまた事実誤認のフェイクニュースを流したとして騒ぎになっています。

8月11日、沖縄県名護市で、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する「県民大会」が開かれました。参加者は主催者発表で約7万人だったのですけれども、会場となった奥武山陸上競技場は収容人数9000人。トラック部分に人を詰めても2万数千人の計3万数千人程度が精一杯のキャパです。

こちらのサイトでは実際に面積換算で見積もったした上で、実際は一万数千人くらいではないかと検証しています。

炎上した原因は、NHKがニュースでこの県民大会を取り上げ、主催者発表の数字をそのまま参加者として報じたからです。

主催者発表で数字を"盛る"のはよくあることです。けれども、NHKは7万人という数字について"主催者発表"との断りも入れずに報じたのですね。

主催者発表は主催者視点での数ですから、公平中立ではありません。公平中立を期すためには、その数字を検証した上で必要に応じて訂正するか、別視点での数値、例えば警察発表などの数値を併記して客観性を確保する努力をしなければなりません。放送法4条の主旨に従えばそうせざるを得ません。

NHKが"主催者発表"の断りをいれなかったということは、その7万人は事実に近い数字として報じたことになります。

けれども、会場のキャパその他を検証から7万人は有り得ないというネットでの指摘は既にネットで拡散していました。ゆえに、NHKの報道は炎上したという訳です。

今や、オールドメディアのニュースはネットで検証され、それがファクトかどうか厳しくチェックされる時代です。 

それでもフェイクニュースを流し続ける報道局があるのなら、それは国民の知る権利を阻害する"国民の敵"だと見做されても仕方がないと思いますね。

8月18日の朝日新聞のコラム「素粒子」に「報道は『権力の敵』ではあっても、『国民の敵』ではない。 だからこそ、権力は報道と国民の対立をあおる。国民の知る権利を嫌うがために」とおよそブラックジョークとしか思えない記事を書いています。

この素粒子のロジックが成立するためには、権力と国民は対立関係にあり、かつ、報道は国民の側に立っている、という前提がなければなりません。

権力は選挙によってその大多数の支持を得ることで与えられます。確かに、支持しなかった人にとっては権力は対立するものかもしれませんけれども、権力と対立関係にない国民の方が多数派なのですね。従って、民主国家において「権力と国民は対立関係にある」は少数派であり、全体を示すものではありません。

また、報道が国民の側に立っているといえるためには、報道が国民を裏切らないという大前提があります。

裏切りとは「約束・信義・期待などに反する」ことです。ですから、報道が国民を裏切らないためには、記事が国民の期待に反してはいけない筈です。けれども、現実にはこれは非常に難しい。なぜなら人の考えは千差万別であるからです。

国民の政治的スタンスに限定してみても、右も左も中間もノンポリも、人それぞれあります。取り分け、解釈や評価を含んだ報道にあっては、国民全てを一律に満足させる事は有り得ないといっていいでしょう。

けれども、そんな中でも、唯一、"裏切らない報道"というものが存在します。

それは「真実を報じる」ということです。

真実はそれを聞いた人が気に入る気に入らないに関わらず、存在します。視聴者の評価に左右されません。真実そのものは揺るがないものですから、「約束・信義・期待」に反することはありません。

つまり、「真実を報じる」ことが、報道が国民の側に立つ為の殆ど唯一の条件だと思うのですね。

勿論、その中に「フェイクニュース」など存在しませんし、あってはなりません。

朝日新聞が「報道は国民の敵ではない」と主張するのであれば、自分達の中から「フェイクニュース」を追い出し、真実を伝えるという実績を積む必要があります。

それがなければ、朝日の主張は今後増々受け入れらなくなっていくと思いますね。

この記事へのコメント

  • kazusa

    こんにちは。
    私たちが欲しているものは公平公正な客観的な事実だけなんですがマスコミは自分たちのイデオロギーの発露の場として、あるいは民意を誘導しこの国を操縦する為に角度をつけた報道や報道しない自由、恣意的な切り貼り報道、あげくの果てにはフェイクニュースとやりたい放題。
    自衛のために玉石混合のネット情報から真実を探す苦労を強いられています。
    その探す過程の代償として無実の人間や企業を傷つける行為に及ぶこともあります。
    そのような事態を避けるためにもマスコミがイデオロギーを排し、公平公正な客観的な報道をし続け、信頼を取り戻す必要があります。
    信頼をなくすのは一瞬ですが一度失った信頼を取り戻すには長い年月がかかります、その長い期間、自らの主義主張を封印できるかがカギです。
    2018年08月21日 08:21
  • タカ派(このタカ派は野球球団の意味で、つm(ry)

    >報道は「権力の敵」ではあっても、「国民の敵」ではない。だからこそ、権力は報道と国民の対立をあおる。国民の知る権利を嫌うがために。

    敵と言うものが常時必要である、とも取れるこの一文ですが、まあなんていうか、革命的な思想が見え隠れしますね。権力、と言う意味で言うなら日本国の権力者は国民ですよ?
    戯言ここまでとしまして、実際のところを言えばメディアが国民の敵と言うのはあながち間違っていないと思います。というより、今のように日本の報道が碌に裏も取らない、足も使わない、脳内でこうあるべきだ、というような情報精度の低いジャンク情報を報道する限り、日本のメディアは民主主義の敵になると思うのですね。1億人以上という大規模コミュニティにおいて選挙での投票の基準となるのはやはり正確な情報ですから。彼らは情報を売っているんですからその品質にもっとこだわるべきなんですけどねえ。
    2018年08月21日 12:48

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