中国のサイバー攻撃とUSMCAの毒薬条項

 
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10月4日、ブルームバーグは、サーバ向けマザーボード製造を委託している中国の企業が、マザーボードにハッキング用のマイクロチップを埋め込んで製造し、特定のアメリカ企業をハッキングしていると報じました。

これは、2015年にアマゾン・ウェブ・サービシズ(AWS)が資産評価の一環としてエレメンタル・テクノロジーズという新興企業のセキュリティ調査を始めた事が発端です。

オレゴン州ポートランドを本拠とするエレメンタル社は、動画ファイルを圧縮し、異なる機器向けにフォーマットするソフトウエアを作っていました。この技術は国際宇宙ステーションとの通信や国防省のデータセンター、海軍の艦船間のネットワーク。更にドローンの映像を中央情報局(CIA)に送ることにも使われていたため、アマゾンは政府関連事業にも役立つと考えたのですね。

ブルームバーグによると、アマゾン・ウェブ・サービシズ(AWS)がエレメンタル社の主力商品である高性能のネットワークサーバーを調査したところ、エレメンタル社からサーバーの組み立てを請け負っていたスーパーマイクロ・コンピューター社の動画圧縮用サーバーのマザーボードに、本来の設計にはないマイクロチップが組み込まれていることが発見されました。

アマゾンはこの件をアメリカ当局に報告し、当局による最高機密の捜査が始まりました。

捜査は3年以上が過ぎた今も完了していないのですけれども、捜査官らは問題のチップが操作されたサーバーを含むいかなるネットワークにもアクセスすることを可能にするものだと結論付けました。

当局者によると、チップは製造過程で人民解放軍の1部隊の工作員らによって埋め込まれたそうで、最終的に30社近くが攻撃対象となっていたことが分かりました。攻撃対象の中には、大手銀行1行と政府と契約する業者やアップルも含まれていたそうで、当局者らはこの事件を、アメリカ企業に対して仕掛けられたこれまでで最も重大なサプライチェーン攻撃だとしています。

中国のサイバー攻撃については、2015年のエントリー「千粒のバックドア」で取り上げたことがありますけれども、ソフトに対するサイバー攻撃より、ハードウエアに直に仕込んだハッキング攻撃は、ソフトで除去するのが困難な分、更に厄介になります。

このブルームバーグの報道に対してアマゾン・ウェブ・サービシズ(AWS)最高セキュリティ責任者のスティーブン・シュミット氏は「過去から現在に至るまで、エレメンタルまたはアマゾンのシステムで使用するスーパーマイクロ製のマザーボードで、疑わしいハードウェアや、悪意のあるチップに関する問題を発見したことは1度もない」と否定していますけれども、アメリカ当局が3年以上も捜査を続け、アメリカ企業に対する攻撃だとしている以上、疑いが晴れるまでは安心できないでしょう。

10月4日、ボルトン大統領補佐官は中国によるアメリカへのサイバー攻撃は、トランプ政権が重視する反撃も辞さないサイバー戦略の正しさを裏付けるものだとしながらも、ブルームバーグが報じた中国のハッキングをホワイトハウスが以前から承知していたかどうかについては「具体的な機密情報の問題に触れるようなことには言及したくない」と明言を避けています。

それでも、ボルトン補佐官の発言は、中国のサイバー攻撃がそれだけ脅威になっているということです。

中国による知的財産権侵害について、アメリカは本気で対策を講じようとしています。

アメリカはこれまでの北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる新たな貿易協定「アメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」を8月にメキシコと、9月にカナダと合意しています。

USMCAの内容については、こちらに概要が報じられていますけれども、この協定によって、アメリカのカナダ乳業市場へのアクセスが拡大するほか、カナダの対米自動車輸出に上限が設けられるようになります。

このUSMCMの中で、一部に注目されているのは、第32条10項の「非市場国とのFTA」です。
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これは、市場経済でない国との自由貿易協議を望む参加国は協議開始の3ヶ月前に他の2ヶ国に通知することを義務付けるもので、交渉当事国でない他の2ヶ国は自由貿易協定の調印前に検証が可能。更にUSMCAに加盟する1国と非市場経済国との間に結ばれた新しい協定が発効した場合は、 他の2ヶ国が3ヶ国から成るUSMCAを打ち切ることができるというものです。

つまり、非市場経済国と貿易協議すれば、場合によっては他のUSMCA参加国から縁切りされるかもしれないということです。

第32条10項には非市場経済国はどの国かと具体的に言及している訳ではありませんけれども、まぁ普通に考えれば中国が念頭にあることは間違いないでしょうね。

実際、10月5日、ロス商務長官はロイターとのインタビューで、USMCAに盛り込まれた第32条10項について、中国の知的財産権侵害や助成金供与などの慣行を「正当化する」貿易協定の「抜け穴をふさぐ」ことが目的と述べていますから、やはり中国がターゲットと思われます。

この条項については、カナダ国内で議論を呼んでいるようで、オンタリオの政府はフリーランド外相宛ての書簡で、「カナダと他国の将来の貿易協定に影響する」条項なのかと問い、フリーランド外相は今回の合意には「他国との商業関係を発展させるカナダの主権を侵害するものは一切ない」と答えています。

まぁ、条文そのものには、主権を侵害するような文言は入っていませんけれども、USMCAに加盟する他国が協定を打ち切る事が出来るという内容は、非市場経済国との貿易協定を結ぼうとする動きに対して牽制する効果はあるでしょうね。

そして、アメリカはこの第32条10項を同じく日欧にも適用することを考えています。

ロス商務長官は、ロイターから他国と将来締結する貿易協定にも盛り込まれる可能性はあるかと質問され、「状況を見守ろう」としながらも、USMCAが先例となり、他の貿易協定に盛り込むことは容易になるとした上で、「貿易協定締結の必須要件になるとの考えが理解されることになるだろう」と、今後締結を見込む日本や欧州連合(EU)などとの貿易協定にも、第32条10項取り入れる可能性があるとの認識を示しています。

これについて、日本はどうなのかというと、既にその方向で動いていると思われます。

先月、日米首脳会談が行われましたけれども、その共同声明で、それを匂わす文言があります。それは次のとおり。

6. 日米両国は、第三国の非市場志向型の政策や慣行から日米両国の企業と労働者をより良く守るための協力を強化する。したがって我々は、WTO改革、電子商取引の議論を促進するとともに、知的財産の収奪、強制的技術移転、貿易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出される歪曲化及び過剰生産を含む不公正な貿易慣行に対処するため、日米、また日米欧三極の協力を通じて、緊密に作業していく。

思いっ切り、第三国の非市場志向型の政策や慣行から日米両国の企業と労働者を守る、と謳っています。おそらくこの6項は、USMCAの第32条10項を意識したものだと思いますね。

その意味では、日本企業の対中ビジネスも大枠で見直しが必要になってくるのではないかと思いますね。

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