囲師には必ず闕くワームビア法案

 
今日はこの話題です。

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3月5日、北朝鮮の朝鮮中央通信は金正恩国務委員長が専用列車で平壌に到着したと報じました。

朝鮮中央通信は「第2回朝米首脳会談とベトナム訪問を成功裏に終えて戻った最高領導者同志を出迎えるため、駅に駆けつけた群衆は最高領導者同志に祝賀の挨拶をするときを待っていた」と報道。専用列車が平壌駅に入ると「万歳」の歓呼が空いっぱいにこだましたと伝え、党幹部らが「祖国の繁栄と人民の幸福な未来のために2万里余りを行き来して不眠不休の対外活動を展開した最高指導者」を熱烈に迎えたとも強調しています。

また、朝鮮労働党機関紙、労働新聞も「わが党と国家、軍隊の最高領導者の金正恩同志がベトナム公式親善訪問を成果的に終え、祖国に到着した」と報じ、平壌駅に到着した写真を掲載しました。

けれども、北朝鮮メディアは出迎えの様子こそ大々的に報じたものの、肝心の米朝首脳会談については、曖昧にしか触れず、公式には「成功」したとしています。

けれども、それで済まないのが人の世。アメリカ政府系メディアによると、北朝鮮国内に「制裁解除を求めたが、アメリカ大統領が断り、成果なく会談が終わった」との噂が急速に広まり、当局が取り締まりに乗り出しているそうです。

何の成果も得られず、失敗したことも北朝鮮国内に広まる。いいところが全くありません。

なんでも住民の中には「3日間も列車に乗って訪越したが、恥をさらしただけ」との住民の声もあるそうですから、今後、金正恩委員長の求心力に陰りが出ることも考えられます。

時を同じくして、3月5日、聯合ニュースは、韓国の国家情報院から説明を受けた議員からの情報として、北朝鮮が昨年解体を開始した東倉里のミサイル発射施設の屋根とドアを修復。一部に復旧の兆候があることを確認したと報じました。

もっとも、この施設復旧の兆候が検知された時期については報じられてはいませんから、これらの復旧が先日のハノイ会談決裂を受けてのものなのかどうかは分かりません。

ただ、金正恩委員長にしてみれば、会談失敗の噂が国内中に広まるのは具合が悪いですから、軍部を含めて国内引き締めの一環として、ミサイル飛ばすフリをするといったパフォーマンスに出る事は考えられます。

アメリカは、今回のミサイル発射施設復旧の情報について、2017年以降停止しているミサイル実験の再開を示すような兆候ではないとし、特に警戒を要することではないと見ているようです。

米朝の信頼関係と役目を終える韓国」のエントリーで、筆者は、米韓合同軍事演習終了を受けて、北朝鮮が非核化に向けた動きを見せたならハノイ会談でアメリカと何等かの裏合意をした可能性があると述べましたけれども、聯合ニュースは寧辺の5メガワットの原子炉は昨年終盤から稼動の兆候はなく、プルトニウム再処理作業が行われた兆候もないとのことですから、現時点では、非核化の動きも、非核化破りの動きもどちらもないと言ってよいのではないかと思いますね。

けれども、アメリカはいつまでもそうやって見守ってくれる程、甘くはありません。

同じく5日、ボルトン大統領補佐官はアメリカFOXビジネス・ネットワークとのインタビューで、「北朝鮮がそれ(非核化)をしないつもりなら、われわれは制裁強化を検討する」と述べ、非核化をしなければ「北朝鮮は厳しい経済制裁の緩和を得られないだろう」とも強調しました。

更に時を同じくして5日、アメリカ上院銀行委員会に、北朝鮮と取引するすべての個人と企業にセカンダリーボイコットを義務付ける法案が上程されました。

この法案名は「オットー・ワームビア対北朝鮮銀行業務制限法案」といい、上院銀行委員会に所属する共和党のパット・トゥーミー上院議員と民主党のクリス・バン・ホーレン上院議員によって共同発議されました。

この「ワームビア法案」は昨年上院で発議され、11月に銀行委員会を全会一致で通過したものの、上院本会議に回付されることができず会期終了にともない昨年末に自動廃棄されていました。それが今回、再提出されたのですね。

共同発議人のバン・ホーレン議員は「北朝鮮が核能力を増やそうとしているという指摘が出続けているがアメリカが黙っていてはならない。2回目の米朝首脳会談が決裂した状況で議会が線を明確に引く必要性はいつになく重要になった……北朝鮮の石炭、鉄、繊維取引と、海上運送そして人身売買を手助けするすべての個人と企業に強力な制裁を課すよう義務化することで既存の国際法を効果的に執行させることに焦点を合わせている」とコメントしています。

法案には、北朝鮮と金融取引など利害関係がある個人と企業の米国内の外国銀行口座を凍結させ、関連海外金融機関の米国内口座開設を制限する措置が盛り込まれ、北朝鮮と合弁会社を作ったり追加投資を通じた協力プロジェクトを拡大する行為も国連安全保障理事会の承認がなければ禁止するというものです。

ただし、2017年の発議当時には含まれていた「南北経済協力事業開城工業団地再開反対」の条項は除外されていて、抜け道というか若干甘くはなっているようです。

この法案は、北朝鮮と取引しただけでアメリカの金融体制に対するアクセスを遮断するという点で、セカンダリー・サンクション、いわゆる「二次的制裁」に当たります。

この種の法案は過去、何度か可決されてきました。

北朝鮮に絡むところでは、2017年6月に中国の丹東銀行が、北朝鮮によるマネーロンダリングに関与したとして、アメリカ金融機関との取引を禁止されました。この時、専門家の間では、規模の大きな銀行にいきなり制裁を掛けると反動が大きくなるので、丹東銀行のような比較的下のレベルのところから実行したのだろうと指摘されていました。

けれども、ワームビア法案の対象は北朝鮮と取引するすべての個人と企業です。小さいも大きいもありません。実際にこれが可決、施行されるとそのインパクトは計り知れません。

しかも、昨年、この法案が初めて出されたときと違って、アメリカと中国は貿易戦争真っ只中にあります。そんな状況で制裁を破って北朝鮮を助けて、アメリカを激怒させるようなことは出来ないでしょう。つまり、北朝鮮にとっては、当時と比べて更に厳しい状況にある訳です。

その時は、当然、日本にも厳しい締め付けの要請があるはずですね。

その意味では、ハノイ会談が決裂したこのタイミングで、ワームビア法案が再提出されたのは「法案が可決されるまでの間に非核化のための動きを見せろ」という脅しの混じりのメッセージでもあるのではないかと思いますね。

それを考えると、今回のワームビア法案で「南北経済協力事業開城工業団地再開反対」の条項を除外したのは、孫子の兵法でいうところの「囲師には必ず闕く」、つまり「敵は完全に包囲せず、少しだけ逃げ道を開けておく」作戦に通じるものを感じます。

金正恩委員長も大分追いつめられてきたようです。

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