

1.米中部分合意
10月11日、中国はアメリカ産農産品の年間購入額を現在の約260億ドルから最大500億ドル(約5兆4200億円)に拡大することで合意したと報じられています。
この日、トランプ大統領は、ホワイトハウスで開いた中国の劉鶴副首相との会談で「とても重大な『第1段階』の合意に達した」と述べ、13日夜、中国が既に農産品の購入を開始したとツイートしています。
それ以外にも為替、知的財産権などの特定分野でも暫定合意したとし、金融面では、中国が通貨政策で透明性を確保。中国がアメリカ金融機関に市場を開放していく方針も盛り込んでいます。また、中国がアメリカ企業の知財保護を強めることや技術移転の強要を抑える施策も一部取り入れると見られています。
これを受け、トランプ政権は15日に予定していた2500億ドル相当の中国製品への制裁関税の引き上げを先送りすると表明。米中貿易戦争激化がひとまず回避されたかに見えたのですけれども、市場は大きく上昇したかというとそうではありません。というのも、合意について文書での署名にまだ至っていないからです。
13日、アメリカのムニューシン財務長官は「我々にはやるべき多くの仕事があるが、双方が非常に一生懸命に取り組むと確信するとともに、これを成立させると予想している」と述べ、今後米中両国は最大5週間かけて詳細を詰め、文書に落とす作業を進めるとしています。
けれども、中国国営新華社は12日「双方は率直で効率がよく、建設的な議論をした。農業、知的財産の保護、為替、金融サービス、貿易協力の拡大、技術移転、紛争解決などの分野で実質的な進展があった」と述べるのみで合意したとも言っていません。
実際、19日、中国の劉鶴副首相は江西省南昌で開催されたテクノロジー会議で「中国とアメリカは多くの側面で大きく前進し、第1段階の合意に向け重要な基盤を築いた……平等と相互尊重に基づいて双方の中核的な懸案事項に対処するため米国と協力して取り組む用意がある」と第一段階の合意に向けた話し合いをしているとだけにとどめ、やはり合意したとは言っていません。
2.時間稼ぎ戦略に出る中国
10月17日、IMFのゲオルギエワ専務理事は、これまでIMFが試算していた、世界経済の成長率が米中貿易戦争によって約0.8%(約7000億ドル相当)押し下げられるという予想を今回の米中部分合意で0.2ポイント分が緩和される可能性があるとした上で、「不十分だ……停戦ではなく平和が必要で、貿易が再び世界経済の成長エンジンとなるよう今後の進展に期待する」と指摘しました。
また、世界銀行のマルパス総裁は「世界経済は減速しており、投資や製造業の活動は弱含み、貿易は縮小している」と懸念を示しています。
市場はまだまだ今回の米中部分合意の効果について懐疑的だということです。
筆者は今回の交渉含めて、中国のやり方はいわゆる「時間稼ぎ」戦略に出ていると見ています。なぜ戦略と呼ぶのかというと、単なる時間稼ぎではなく、トランプ後を視野にいれた、中長期戦略に見えるからです。
昨年10月、ペンス副大統領が中国を激烈に批判する演説を行っていますけれども、その中でペンス副大統領は「中国は工作員や偽装グループ、プロパガンダ媒体を活用し、中国の政策に対するアメリカ国民の認識を変えようとしてきた。アメリカ情報機関の幹部によれば、中国がアメリカで行っている工作活動はロシアの活動よりはるかに広範に及んでいる……中国はトランプとは別のアメリカ大統領を望んでいる」と中国が工作活動をしていると述べています。
中国にとって、トランプが大統領だと困るという訳です。トランプさえいなければ、米中貿易戦争は終わらせられる、なんとでもなると考えているのではないか。
となると、ペンス副大統領のいうようにトランプ大統領を排除すべしとなる訳で来年の大統領選挙でトランプ大統領が負けるように工作をするのは当然となります。
畢竟、今の米中貿易交渉にしても、のらりくらりと、合意ともいえぬ"部分合意"を小出しにして時間を稼ぎ、トランプ大統領が来年の大統領選で敗北するまで時間を稼げばいい。そういう戦略です。
よしんば、トランプ大統領が次の大統領選で勝利したとしても、次の4年が最後です。つまり都合5年も耐えればトランプ大統領はいなくなる。そういう構想で、合意は小出しにする、その合意も結局守らない。そうしようとしているのだと筆者はみています。
3.ペンス第二演説
10月18日、 ペンス副大統領が10月24日に中国に関する政策について講演することが明らかになりました。ホワイトハウス当局者によると、ペンス副大統領は「過去1年間の米中関係、および将来の関係」についてワシントンのウィルソン・センターで講演するようです。
内容は、中国の習近平体制による新疆ウイグル自治区での人権抑圧や香港情勢などで習体制を批判する内容になるとみられ、貿易や安全保障だけでなく、人権・民主化問題でも中国に全面的圧力を加えていく立場を鮮明に打ち出す考えと見られています。
この米中関係に関するペンス副大統領の演説は元々今年6月に予定されていたのですけれども、当時、米中首脳会談を目前に米中貿易交渉が山場を迎えていたこともあり延期されていました。
ペンス副大統領の講演については、今年9月6日、ミラー副大統領副報道官が今秋行うと発表していましたから、今回の部分合意を受けて正式に日程を発表したということでしょう。
ペンス副大統領の講演内容が事前の予想通りであれば、当然、中国の反発が予想されるのですけれども、それでもこのタイミングで発表したということは、裏を返せば、アメリカにとって今回の合意はそれなりに評価できるものだと見ているのだろうと思われます。24日のペンス演説で中国が臍を曲げて、合意を反故にしようものなら、それを理由にして更なる制裁関税を掛けることも出来る訳ですからね。
ただ、そうなると、部分合意で残った部分の合意は更に遠ざかることが予想されます。その時は、トランプ政権の更なる制裁関税に中国が「時間稼ぎ戦略」でどこまで耐えることができるのかと、来年の大統領選挙のゆくえが更に重要な鍵を握ることになります。
4.台湾と南太平洋を巡る米中の攻防
中国の時間稼ぎ戦略については、当然トランプ政権も察知していると思いますし、中国の工作が浸透すればするほど、トランプ政権に対する風当たりも強くなるでしょうから、トランプ大統領の側にしてみれば、自分の任期中にケリを付けたいと考えているのではないかと思います。少なくとも、中国に西側のルールを飲ませ、それに従った行動をするようにさせたい。そのためには貿易だけでなく、激烈にプレッシャーを掛けていくと思われます。
既に、アメリカは台湾への武器供与など、台湾軍の強化に踏み出すとともに、国防総省が最近発表した「インド太平洋戦略報告書」で、台湾を協力すべき対象「国家(country)」と表記するなど関与を深めています。
けれども、対中戦略で、アメリカが頑張るだけでは十分な効果は望めない分野もあります。たとえばインフラです。
筆者は、「侵略はスマートフォンとともに」のエントリーで、中国がファーウェイを手先にして世界中にファーウェイ製品をばらまき、世界の通信覇権を握ろうとしている可能性があると述べたことがありますけれども、インフラを抑えることで事実上の覇権を握ることが可能になります。
ファーウェイについては、トランプ政権は同盟各国にファーウェイ製品を使わないよう要請・圧力を掛けました。対中制裁を考えれば、同じ様なことを他にも要求してくることは十分考えられます。その時、世界がどこまで世界が同調するか。それが一つのポイントになるのではないかと思います。
日本は、インド太平洋戦略に基づいて、アメリカ、オーストラリア、インドと連携するのは勿論のこと、出来れば、ASEANを取り込みたいところです。
逆に中国は、アメリカの制裁関税やその他圧力を緩和するために、アメリカを外交的に孤立させようとする工作を掛けてくるものと思われます。取り分け、台湾と南太平洋を巡る争いが激化すると思いますね。
9月20日、南太平洋のキリバスが台湾との外交を断絶し、中国と国交を樹立していますけれども、キリバスは2003年に外交関係を中国から台湾に乗り換えたのを再び中国に戻った形です。同じく16日には、ソロモン諸島政府が台湾と断交し、中国と国交を樹立しています。
ソロモン諸島政府は早速、島全体を中国企業に貸し出す合意を交わし、オーストラリアなどから中国が軍事目的にも使うのではないかという懸念が上がっています。
中国は南太平洋諸国への影響力を強めることで、台湾を孤立させるとともに、オーストラリアとも分断させようと動いています。
これは、同時に日本とオーストラリアを分断し、インド太平洋戦略に穴を開けることにも繋がります。
近々には、日本は、アメリカを基軸として、台湾、ASEAN、オーストラリアとの繋がりを強め、インド太平洋戦略をがっちりと進めていくことが国家戦略として重要になるのではないかと思いますね。
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モンキー