

1.WHO拠出金停止
4月14日、アメリカのトランプ大統領は記者会見で、去年12月の時点で、中国武漢からの情報でヒトからヒトへの感染を疑うべき情報があったのに、WHOは調査しなかったなどとして、「基本的な義務を怠り、その責任を負わなければならない。WHOの過ちによって多くの人たちが死亡した」と、WHOの対応を検証し、その間、WHOに対する資金の拠出を一時的に停止する考えを明らかにしました。
トランプ大統領は「WHOが感染発生の段階で医療専門家を中国に派遣し、現地で何が起きているかを客観的に調査する一方、中国の透明性の欠如を非難していれば、感染は発生地に封じ込められ、死者も少なくて済んだ」と批判しています。
WHO予算は、各国が経済規模などに応じて義務づけられる「分担金」と、独自に資金を提供する「任意の拠出金」に分けられます。
WHOの報告書によると、2018年の分担金の合計はおよそ5億ドルだったのに対し、加盟国や民間団体による任意の拠出金の合計は、22億4300万ドルと大半は任意供出金です。
厚生労働省によると、分担金の割合は2020年からの3年間でアメリカが最も多く22%、次いで中国が約12%、3位が日本で約8.5%となっているのですけれども、任意拠出金についても2018年にアメリカが2億8100万ドルと最も多く、日本は8650万ドルを拠出、中国は630万ドルにとどまっています。
WHOの主な活動の1つは、世界中の専門家を集めて医療に関わる規範を作成することとされ、2018年の支出に占める人件費の割合は40%余りに上るそうです。
このアメリカの決定にWHOも少なからず動揺を見せました。
4月15日、WHOのテドロス事務局長は記者会見で「決定を遺憾に思う。WHOはアメリカの国民や政府の協力によって、世界で最も貧しくぜい弱な多くの人たちの健康状態を改善できるように取り組んでいる……アメリカによる資金の拠出がなくなることによる影響を調査しているところだ」と述べたうえで、今後ほかの加盟国などにさらなる資金の拠出を求め、医療態勢がぜい弱な国への支援を継続できるように努める考えを示しました。
WHO全体予算に対する任意供出金の割合から考えると、アメリカが抜けるのは大打撃であることはいうまでもありません。
2.批判されるアメリカとWHO
アメリカのWHOへ供出金停止については他国や機関から批判の声が上がっています。
フランスのシベット・ヌディアイ政府報道官は、アメリカの決定に遺憾の意を表明。イギリスはトランプ氏の決定を批判しなかったものの、アメリカには追従しない姿勢を示し、フィンランドは、WHOへの資金拠出を550万ユーロに増額すると表明しました。
また、ロシアのセルゲイ・リャプコフ外務次官はアメリカの決定について、「パンデミックにより今世界で起きていることに対するアメリカ当局の極めて利己的なアプローチを示している」と指摘。イランのモハンマドジャバド・ザリフ外相はツイッターで「世界は、イランがずっと以前から理解し、経験してきたことを学ぼうとしている。アメリカ政権の脅迫的・威嚇的かつ虚栄心の強い戯言は、単に依存症であるだけではなく、人々を殺している」と批判しました。
さらに、欧州連合(EU)のジョセップ・ボレル外交安全保障上級代表は、アメリカの決定を「深く遺憾に思う」と言明。ドイツのハイコ・マース外相は「他者を非難しても助けにはならない。ウイルスに国境はない」とツイートしました。
一方、WHOは役立たずだとハッキリ批判する国もあります。
4月19日、オーストラリアのマリス・ペイン外相は、オーストラリア放送協会(ABC)に対して「独立した検証で突き止めることになるウイルスの起源、対応の手法や情報を共有する公開性の取り組みについて、われわれはいくらか詳細を知る必要がある」とオーストラリアがアメリカと同様の懸念を共有していると述べ、中国政府の透明性をめぐる不安が現時点で「極めて高い水準にある」との認識を示しています。
また、グレッグ・ハント保健相は、「オーストラリアは世界基準で非常に重要かつ上出来の結果を上げることができているが、国内の医療専門家が提示した道筋に従って成し遂げた……我々が2月1日に中国からの入国禁止措置を課した際、一部の当局者やジュネーブのWHOから相当な批判があったことを知っている」とし、WHOはポリオやはしか、マラリアのような病気との闘いにおいては「うまくやった」ものの、新型コロナウイルスへの対応は「世界を助けることにはならなかった……われわれ良い結果を出したのは、国家として独自の決定をしたからだ」と露骨にWHOを無能呼ばわりしています。
更に、民間レベルでもアメリカに追随すべきだという声もあるようで、イギリス・Institute of Economic Affairsのシンクタンクのクリストファー・スノードン氏は「組織の2番目に大きな資金提供者として、イギリスはアメリカの先導に従うべきです。2018年、英国はWHOに2億ドルを提供しました。WHOのリーダーシップを取り替える必要があり、政府機関は透明性、誠実さ、ひたむきな焦点で伝染病に取り組むというコアミッションに戻る必要があることを明確にする必要があります……感染症にボールを落としたのはこれが初めてではない。厳しい真実は、予算削減の脅威にさらされない限り、自らを改革しないことだ」と語り、武漢ウイルスによる組織の対応は「危険で無能で、しばしば奇妙」であると述べています。
これらに対し、日本はどちらにも肩入れしない態度をしています。
4月17日、安倍総理は記者会見で、16日に行われた先進7ヶ国首脳テレビ会議で、世界保健機関(WHO)の新型コロナウイルスへの対応について「今回と同様の事態に備えるためにも、十分な検証を行うべきだ」との考えを示したことを明らかにしました。
会議では「WHOを中心に国際社会が一致協力して、この感染症と戦わなければならない」とも指摘したそうですけれども、供出金について、安倍総理は「日本の分担金を削る、出さないということは、全く考えていない。しっかりWHOを支えていかなければならない」と述べました。
このように今のところアメリカの決定に追随する動きにはなってはいませんけれども、WHOの検証をしなければならないという国際的コンセンサスが取れるようになれば、今回の動きは他の国際機関に向けても重いメッセージとなるでしょうね。
3.WHOは信頼を失った
そんな供出金停止に批判を浴びるアメリカですけれども、一部議員が供出の条件を出しました。
4月16日、アメリカの共和党議員団が世界保健機関(WHO)に任意拠出金を出すならば、武漢ウイルスのパンデミックへの対応を誤ったとしてテドロス事務局長を辞任させることを条件とするようトランプ大統領に提言しました。
アメリカ下院外交委員会のマイケル・マコウル共和党筆頭理事が率いる共和党議員17人は「テドロス事務局長は、エイズのパンデミック以来世界最大の健康危機に客観的に対応するという職務を果たすことができなかった」と指摘。テドロス事務局長について、中国政府を信頼したり、ウイルスの感染しやすさに関する台湾の警告を無視したりしたくて仕方がないのだろうとした上で、「急速な感染拡大と武漢ウイルスの人から人への感染に関する明らかな証拠があったにもかかわらず、パンデミック宣言を遅らせたと非難しました。
そして、共和党議員団は、WHOの「公平性、透明性、正当性」を確保するため、速やかな措置を講じるよう求め、テドロス事務局長のWHO指導者としての能力への信頼を失った……2020会計年度にWHOへの任意拠出金を出すならば、テドロス事務局長の辞任を条件とするよう提言する」と述べました。
また、アメリカ議会の下院監督改革委員会は4月上旬、WHOのテドロス事務局長に書簡を送り、WHOと中国政府の間で武漢ウイルス感染について交わした文書や通信の開示を公式に要求しました。
書簡に記された要求の理由は次のとおり。
・WHOは新型コロナウイルス感染の拡大に対して中国政府が出した虚偽の情報を繰り返して発信し、中国からの圧力によって、感染防止に欠かせない旅行制限などの措置の履行を各国がとることを遅らせた。下院監督改革委員会は、同時にアメリカ議会の活動として、WHOと中国との癒着に等しい密着関係について調査を始め、その証人としてテドロス事務局長にも公聴会などでの証言を求めるという意向をも明らかにしました。
・WHOは中国政府のプロパガンダの拡散を助け、ウイルス感染の程度を不当に低く宣伝し、公衆衛生の緊急事態の宣言を遅らせた。
・ここ数ヵ月間のWHO代表の行動と声明をみると、WHOはもはや全世界の公衆衛生上の必要性に適切に対応しておらず、ただ中国政府からの指示をそのまま実行しているとみなさざるをえない。
中国のみならず、WHOにも対するアメリカの憤りが伝わってきます。
果たしてテドロスWHO事務局長が辞任するかどうか分かりませんけれども、既存の国際組織の在り方を見直す契機にはなるかと思いますね。
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