
目次

1.米中アラスカ外相会談
3月18日、アメリカ・アラスカ州のアンカレジで米中外交トップによる初の直接会談が始まりました。
報道陣を前にした冒頭発言で中国の楊潔篪・共産党政治局員が自国の主張を長々と述べ立てるなど波乱の幕開けとなりました。
会談は冒頭、報道陣による写真やビデオ撮影に合わせて、ブリンケン国務長官と楊氏の双方が約2分間にわたり発言することで合意していたのですけれども、最初に冒頭発言を行ったブリンケン国務長官は、新疆ウイグル自治区での人権侵害や香港での民主派弾圧、台湾情勢、米国に対するサイバー攻撃や同盟諸国に対する経済的威迫などを議題として提起するとし、「中国による一連の行動は、世界の安定維持の役割を果たす『ルールに基づく秩序』を脅かしている……ルールに基づく秩序に代わるものは『力の正義』や『勝者総取り』の世界であり、世の中ははるかに暴力で不安定となる」と批判して、アメリカが民主主義諸国・地域を主導し国際秩序の強化に関与していくと述べました。。
これに対し楊氏は、米中両国は「世界の平和と安定に対する重大な責任がある。気候変動問題と経済回復は共通の関心事項だ」としつつ、ウイグルや香港、台湾は「内政問題だ」と述べ、「アメリカにはアメリカの、中国には中国の様式の民主主義がある」と主張。更に「アメリカの人権状況は最低水準にあり、多数の黒人が虐殺されている」などと15分間以上にわたり中国語で反論し、米中はそれぞれ自国の中の問題に取り組むべきだと主張しました。
ブリンケン国務長官は、楊氏の冒頭発言が終了したのを受けて退室しようとした報道陣を引き止め、カメラの前で「アメリカは中国との紛争を求めていないが、原則や友邦諸国のためには立ち上がる」と言明し反論しました。
結局、双方の言い合いは1時間以上も続き、現場に居合わせた記者によると、楊氏からは「アメリカは、中国に対して強い立場からものを言う資格などない。これは中国人に接する態度ではない」と恫喝する発言も飛び出したそうです。
2.アメリカに対して戦狼外交をした中国
この冒頭での楊氏の発言について、バイデン政権高官は、「外交儀礼違反だ……中国代表団は会談の中身よりも大げさな言動に関心を集中させ、スタンドプレーを狙っている」と痛烈に批判しています。
楊氏は自己中の約束破りと早速、中共政府の本性を露わにした形ですけれども、報道陣の前で恫喝してみせたということはこれが大きく報道されることを狙ってやったということでしょう。
これがバイデン政権高官の指摘する「スタンドプレー」であるとすると、誰に向けたものなのか。
戦狼外交は自分よりも弱い相手に行ってこそ効果があるにも関わらず、世界最強のアメリカに対しても戦狼外交なスタンドプレーをやったということは、いよいよ自惚れてアメリカをも見下したか、中国国内に向けてのアピールかどちらかだと思います。
普通に考えると前者は考えにくいと思ってしまうのですけれども、昨年7月、イギリスのフィナンシャルタイムズは「'Wolf warrior' diplomats reveal China's ambitions」という記事で、ドイツの外交官は、「彼らは、彼らが小さいか弱いと考えた国に対してのみ使用したであろう口調で私たちと話し始めた」と紹介していますから、あるいは本当に自惚れ出した可能性は否定できません。
一方、後者については、評論家の石平氏が楊氏の冒頭発言は中国国内向けの発言だと指摘しています。筆者としてはこちらの理由の方が大きいと思います。
今回のアラスカでの米中外相会談は2日間にわたり行われ、共同声明は発表されない見通しとのことですから、アメリカは最初から何らか合意をするつもりはないということです。
ブリンケン国務長官は会談について今回の「1回限り」との認識と伝えられていますから、中国の考えや出方を見る程度で交渉など考えていないことが分かります。
3.中国がアメリカに理解させるべき6つのポイント
一方、中国は今回の会談をアメリカの政権交代を受けた新たな「戦略的対話」と位置づけ、対米関係の改善につなげたい考えだと伝えられています。
3月19日、環球時報は「Alaska talks to be remembered in history as a landmark(アラスカ会談は画期的な出来事として歴史に刻まれるべきだ)」という社説を掲載し、「世界の善悪の感覚はワシントンの手にはない。ワシントンの中国に対する考え方を変えることは簡単なことではなく、徐々に起こる運命にあるが、アラスカでの話し合いは、歴史上、このプロセスのマイルストーンと見なされることになるだろう。中国は依然として、アメリカとの正常な関係を維持し、互恵的な協力関係を発展させたいと考えている……激しい開会の挨拶の後、中国と米国は非公開の実質的な対話に入った。冒頭の対立の影響に耐え、両国の世論もすぐに順応したようだ。この中にはポジティブな兆候もあると考えている」と述べています。
中国側はアラスカ会談を機に、アメリカとの対話を続けたい考えでいるようです。
けれども、万が一対話を継続して何をしたいのか。それも環球時報が答えています。
3月18日、環球時報は「Six points China has to let US understand(中国がアメリカに理解させるべき6つのポイント)」という社説を出しています。
この記事では、「アメリカが中国について全体的な誤解を持っている為、コミュニケーションが必要だ」として次の6つを理解させなければならないと主張しています。
1)中国はアジア太平洋地域に地政学的な野心を持っていない日本人がみれば、即座に嘘だと思う項目ばかりですけれども、これらの主張をまとめると、「アジアに中華帝国を作ることを邪魔するな。西欧社会と中華帝国とで世界を二分しようではないか」ということではないかと思います。まるでどこかの有名RPGでラスボスが言う「もし わしの みかたになれば せかいの はんぶんを おまえに やろう」の世界です。
2)中国と欧米の間にはイデオロギーの違いがあるが、中国は欧米に対して敵意を持っていない。中国は古来より、多様性の中に調和を保つことを提唱してきた。
3)中国はアメリカの内政干渉を決して受け入れない
4)中国が近隣諸国と領土問題を抱えていることは事実だが、中国の一貫した立場は、それらを平和的に解決することだ。
5)中国は、数年以内に経済成長においてアメリカを追い抜く可能性を考えたことはなく、アメリカの覇権を「中国の覇権」に置き換えることを検討したこともない。
6)アメリカがどんなに努力しても中国を封じ込めることはできない
アラスカ会談の冒頭で楊氏が「アメリカにはアメリカの、中国には中国の様式の民主主義がある」と述べたことは、それを傍証しているかと思います。

4.アメリカに対する最大の脅威は中国だ
アメリカの世論は既に中国をアメリカに対する最大の脅威と見做しています。
世論調査会社ギャラップは、2月3日から2月18日の間に、全米50州すべてとDCの1021人の成人のランダムサンプルへの電話インタビューを行いました。
調査で、アメリカの最大の敵と見なされている国を尋ねたところ、アメリカ人の45%が中国と答えました。これは、昨年の世論調査で中国と回答したのが22%であることを考えると大幅な上昇です。
もっとも、この反応は政党によって大きく異なっています。中国が最大の敵であるとしたのは、共和党員の76%であったのに対し、無党派は43%、民主党員は22%でした。
一方、中国の経済力はアメリカの利益に対する重大な脅威であるかとの質問に、共和党の81%、独立党の59%、民主党の56%がそうだと答え、経済的脅威という面では、アメリカ人の大多数は脅威とみているという結果が出ています。
それでも、アメリカ人の半数近くが中国が最大の敵と見做している現状があるにも関わらず、アラスカ会談で楊氏がアメリカ側を恫喝する「戦狼外交」を報道陣の前で見せたことは、好感度を更に下げる一因にしかなりません。
ただ、環球時報が「世界の善悪の感覚はワシントンの手にはない。ワシントンの中国に対する考え方を変えることは簡単なことではない」といっていることから考えると、やはり中国はアメリカに「中華思想」を理解させ、許容させようとしているのだと思います。
5.移民というサイレントインベージョン
もっとも、いくら、中国がアメリカに「中華思想」を理解させようとしても、西欧の世界観、いわゆる「自由、人権、民主」といった価値観を超えるものが出せなければ、無理というものです。
アラスカ会談で楊氏が「中国には中国の様式の民主主義がある」と民主主義という言葉を出している時点で、中華思想が民主主義を超えらえれていないことを自白しています。
したがって、現状では「中華思想」をアメリカや西欧社会に浸透させることは難しいと思います。
ただし、それはプロパガンダを使った場合の話です。
もっと"悪辣な"手段が存在します。それは「移民戦略」です。
宣伝によって中華思想を浸透させることができないのであれば、最初から中華思想で染まった、あるいは洗脳した人民を大量に西欧社会に移民させるという戦略です。これなら宣伝も教育も必要ありません。彼らを多数派にしてしまえば、それで終わりです。中華思想を持った人民によって、ターゲットとなる外国の思想を上塗りしてしまう訳です。
これは多数決で物事を決める民主国家に対しては非常に有効な手段となります。
中共政府は、覇権など求めていない、もっとコミュニケーションが必要だなどという裏でこの戦略も動かしているのではないかとも思うのですね。これもサイレントインベージョンの一種かもしれません。
6.セルダン危機を迎えた世界
この移民戦略を阻止しようとするには、一義的には移民をさせないということになります。けれども、国によっては、移民を停止することができないところもあるでしょう。とりわけ、アメリカのように移民によって成り立っている国なら猶更です。
もっとも、この移民戦略とて「諸刃の剣」的な面があって、中華思想に上塗りするつもりで送り込んだものの、先方の国の思想に触れて、逆にそちらの考えに上塗りさせられてしまうという危険もあります。
その意味では、一度に大量の移民をさせるのではなく、少しづつ移民させ、彼らの考えが変わるのかどうかを観察する期間を設けるという手もあるかもしれません。
要するに、その社会に浸透している思想がどの程度の感化力を持っているかがポイントになるということです。
ぶっちゃけた話、その国が中華思想をものともしない圧倒的な思想の力があって、やってきた移民が悉く中華思想を捨て、その国の思想を受け入れることになれば、移民戦略も意味をなさなくなります。
思想的感化力がすごく強い国に対し、感化力が低い国が思想を塗り替えようとしても中々上手くいきません。逆にその国の感化力に押されて自国民の思想が塗り替えられてしまうことだって十分あり得ます。
例えば、中国にも日本のアニメが浸透し、ファンも多数いるようですけれども、ある中国メディアは、「日本アニメでは、日本が過度に魅力的で美化されているため、中国教育にストレスを感じている若者は中国に不満を感じるようになっている」と指摘していて、中国国内ではアニメ作品も頻繁に禁止されているそうです。
筆者は7、8年ほど前のエントリー「日本というファウンデーション」で、今の世界は、かの有名なアイザック・アシモフのSF小説「ファウンデーション」で描かれている世界に似ていると述べたことがありますけれども、小説内の「セルダン危機」を救ったのは宗教でした。
7.宗教の中国化
中国における宗教は拡大の一途を辿っています。2018年4月3日に国務院弁公室が発表した「中国の宗教信仰の自由を保障する政策と実践」白書によると、宗教の信仰者は2億人近くに上ることが明らかなっています。
公式には「五大宗教」として仏教、道教、イスラム教、カトリックとプロテスタントが認められており、信徒はそれぞれの「愛国宗教団体」という組織のもとでの活動が容認されています。
けれども、実態は、公式に承認されていない数多の宗教団体が存在し活動しています。その理由として、中国社会の貧困層や社会的に孤立した人々の増加に加え、社会主義イデオロギーの後退で社会に思想的空白が生じたところにインターネットなどを通じて様々な思想が中国社会に流入した結果だと考えられています。
勿論、小説と現実は違います。
習近平政権は宗教に対して独特かつ中共らしい政策を行っています。
それは、「宗教の中国化」です。
中国は2015年5月の中央統一戦線工作会議で、社会的影響力のある団体や個人を共産党の方針に従わせる管理の強化を決定しました。
ここで習近平主席は民衆を統治する手段として、宗教が社会主義社会に適応するよう積極的に導くこと、宗教の中国化の方向の堅持、宗教管理の法治化の水準を高めることなどを示しました。
習近平主席は2017年10月の第19回党大会でも、「宗教の中国化」や「宗教が社会主義社会に適応するよう積極的に導く」方針に言及しています。
そして、2016年4月に開催された全国宗教工作会議で、習近平主席は「宗教管理活動は党と国家の活動全体のなかで特殊な重要性をもつ……国家安全保障と祖国統一に関係する」と位置付け、「中国の特色ある社会主義宗教理論」を提起。そして、2016年9月に国家宗教事務局が主催した「我が国における宗教の中国化の方向の堅持」討論会で、王作安局長が「宗教は政治上のアイデンティティを自覚し、文化上の融合を自覚し、社会上の適応を自覚しなければならない」と発言しました。
要するに、中共は、宗教すら人民統治の道具としてしか見ていないということです。
今年2月9日、新華社通信などの中国メディアは、中国国家宗教管理当局が宗教人の行動綱領と義務を盛り込んだ「宗教人管理規定」を発表したと伝えました。
この規定の具体的な内容は、宗教人たちは国家安保と公共安全に悪い影響を及ぼす活動をしてはならず、宗教による極端主義的な行動を煽ってはならないとするもので、国家統合に害を及ぼすテロ行為に加担してはならない。外部の宗教勢力の影響を受け、国家秩序を崩壊させてはならないという内容が含まれています。
そしてやはり、「宗教の中国化」を強調しているそうです。
けれども、どんな美辞麗句で飾ろうとも、宗教の教えを捻じ曲げるのは、それだけで宗教への冒涜であり、弾圧だと思います。信教の自由を侵しているからです。
まぁ、無神論国家なのですから、当然と言えば当然なのかもしれませんけれども、そんな国に、地球を二分する中華帝国を作られてはたまったものではありません。
そうした事態を防ぐ意味でも、自由を弾圧する中共思想は大陸内に封じ込め、広げさせない努力は必要になってくるのではないかと思いますね。
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