ブログランキングに参加しています。よろしければ応援クリックお願いします。
1.キャンセルされた夕食会とハンバーガー
今回の共同声明については、水面下で様々な駆け引きがありました。
日本は中国を過度に刺激しないよう、内容をシンプルにしたいと考えていたのに対し、アメリカは、今回の首脳会談を中国に対して、日米が結束して立ち向かう姿勢を明確に示す機会だとして、盛り沢山の共同声明を用意していたのだそうです。
結局、共同声明はアメリカ側が押し切った形となり、異例の長文となりました。
それでも、アメリカ側にはまだ不満が残っているようで、あるアメリカ政府関係者は、「日本には共同声明でもっと強い表現に賛同して欲しかった」とか「落胆している」とこぼし、アメリカ政府内には「台湾」を明記してなお、「日本は台湾有事への危機感が低い」とか「日本は経済分野で中国と良い関係を保っていて、少しずるい」との声まで囁かれているようです。
当然ながら共同文書の文言は会談前にほぼ固まっていた筈です。その結果、夕食会はキャンセルされ、一対一の会談でハンバーガーが出された。やはりそこに言外のメッセージが多分に含まれていたと見るべきだと思います。
ハンバーガーはトランプ前大統領の好物であることは広く知られています。したがって、それに手をつけるかどうかでアメリカは日本の態度を試したという見方はそうおかしなものではありません。つまり、日本に対して、トランプにつくのか、バイデンにつくのかそれを試した。もしも手をつけていればトランプ側だと見做された可能性があったかもしれません。
無論、菅総理も、それに気づいた筈です。あるいは手をつけるべきが迷ったかもしれませんけれども、おそらくバイデン大統領がハンバーガーを口にしたら自分も食べるが、手を付けないのなら自分もそうしない。バイデン大統領に合わせようとしたのではないかと思います。
結果的に菅総理はハンバーガーを口に運ばず、バイデン側に立つことを意思表示して見せました。
アメリカも、両首脳がハンバーガーに一切手をつけずに会談している様子をわざわざ公開した。これは日本のみならず世界に対しても、菅政権はバイデンに付いたと知らしめる意図すらあるようにも見えなくもありません。
もしも、菅総理がハンバーガーに手をつけ、バイデン氏が手をつけなかったとしたら、その場面を切り取って公開されてしまった可能性すらあります。その結果は今よりもずっと厳しいものになったのではないかと思います。
2.中国からの挑戦を受けて立つ
今回の共同声明では、日本の態度に不満の声もあると伝えられるアメリカですけれども、会見後の共同記者会見では、確かにバイデン大統領は中国に対して厳しい言葉を使いました。
例えば、会見の冒頭で「我々は中国からの挑戦を受けて立つためにともに取り組む」と発言し、中国を念頭に「専制国家」と述べる一方で日米については「二つの強い民主主義国」と述べています。
それぞれの原文は次の通りです。
We committed to working together to take on the challenges from China and on issues like the East China Sea, the South China Sea, as well as North Korea, to ensure a future of a free and open Indo-Pacific.
Japan and the United States are two strong democracies in the region, and we’re committed — we’re committed to defending and advancing our shared values, including human rights and the rule of law.
We’re going to work together to prove that democracies can still compete and win in the 21st century. We can deliver for our people, and in the face of a rapidly changing world.
私たちは、自由で開かれたインド太平洋の未来を確かなものにするために、中国からの挑戦、東シナ海や南シナ海、そして北朝鮮などの問題に協力して取り組んでいくことを約束した。
日本と米国は、この地域の2つの強力な民主主義国家であり、私たちは、人権や法の支配などの共通の価値観を守り、前進させることに全力を尽くしている。
私たちは、21世紀においても民主主義国家が競争に勝ち抜くことができることを証明するために協力していく。 私たちは、急速に変化する世界に直面しても、国民のために貢献することができる。
Secondly, Japan and the United States are both deeply invested in innovation and looking to the future. That includes making sure we invest in and protect the technologies that will maintain and sharpen our competitive edge. And those technologies are governed by shared democratic norms that we both share — norms set by democracies, not by autocracies.バイデン大統領は、専制国家である中国を民主主義国家に対する競争相手とし、その挑戦を受けると述べました。
第二に、日本と米国はともに、イノベーションと未来への展望に深く関わっている。 これには、競争力を維持・強化するための技術に投資し、それを保護することが含まれている。 これらの技術は、日米両国が共有する民主主義的な規範、つまり専制国家ではなく民主国家が定める規範によって管理されている。
筆者は3月22日のエントリー「覇権を狙う独裁政治と腐敗した民主政治」で、米中対立は独裁政治と民主政治の対立であり民主政治の真価が問われる、と述べましたけれども、今回の共同声明および共同記者会見で奇しくもそれを宣言する形となりました。
3.対中軟弱と対中強硬
では、バイデン政権は中国の挑戦をどう受けるのか。
これについては賛否両論あります。
例えば、「張陽チャンネル」の張陽氏は、アメリカが中国と台湾それぞれに派遣したメンバーを見れば、対中態度が弱いことが見て取れるとし、更に、香港で真実を報道する二社のマスコミの一つである大紀元の印刷所を襲撃したこと、そして、日米首脳会談後に香港で真実を報道するもう一方であるリンゴ日報の創始者ジミーライ氏に実刑判決を出して、日米の共通の価値観を挑発し、バイデン政権と菅政権を試したのだと指摘しています。
この挑発に対し、バイデン大統領と菅総理は何もできないのではないかとし、共同声明になる「中国との共通の利益を有する分野に関し、中国と協働する必要性を認識した」との文言から日米は中国政府に対して何もできないことは明らかだと指摘しています。
一方、張陽氏の見方とは逆にバイデン政権は対中強硬に出ているという見方もあります。
4月16日、路徳社は実業家の郭文貴氏からの情報として、先日訪中したケリー特使が、中国政府に対し、次のように述べたと報じています。
まずは台湾についてどうするのかを聞き、もし台湾に手を出すなら、必ず潰してやる。これらのうち、台湾以外の二つ、すなわち香港と武漢ウイルスについては、中国政府の行動を要求しています。今の中国政府はそれにすんなり応じるとは思えませんけれども、応じなかったら制裁またはデカップリング、あるいは開戦するということになります。
次に香港について、すぐに撤退し、イギリスとの約束をキッチリ果たせ。撤退しないのなら制裁する。
最後は新型コロナの真実を必ず話せ、真実を話さないならぶっ潰す、デカップリングも開戦の可能性もある。
ケリー氏が本当にこれを中国政府に伝えたのなら、ほとんど最後通牒です。
当初の予想とは裏腹に、バイデン政権はトランプ前政権の路線を踏襲しているように見えます。
一部には対中政策ではトランプ政権よりも強硬なのではないかという意見もまま見受けられますけれども、両者にはやはり違いがあるように筆者には見えます。
それは何かというと、制裁か、デカップリングかということです。
4.バイデン対中戦略の3つの柱
トランプ前政権の対中政策は制裁が前面にでていました。対中関税などはその典型です。
対するバイデン政権は今のところトランプ関税を継続し、撤廃には動かないものの、あらたな制裁を科すわけでもなく、どちらかといえば、デカップリングを優先しているように見えます。
これについて、クレアモントマッケンナ大学・ケック国際戦略研究所所長のミンシン・ペイ氏は、トランプ時代の対中戦略よりも巧妙かつ持続可能な長期戦略を模索すると述べています。ミンシン・ペイ氏はその戦略には3つの柱があるとし、次のように述べています。
第1の柱は、中国を弱体化させるよりもアメリカの経済力・技術力の強化を優先すること。その背景には、経済成長も技術開発も中国のほうが速いため、このままでは流れを変えられないという危機感がある。具体的には国内での教育や医療、製造業や技術部門に対する連邦政府の投資を増やすことになるだろう。ミンシン・ペイ氏は、バイデン政権の対中政策は戦術面でトランプ政権のそれとは似て非なるものになるとしつつも、米中関係の改善に打てる手も限られていると指摘しています。
第2は、ヨーロッパやアジアにいる従来からの同盟諸国を糾合して共同戦線を張ること。ハードパワーに関してはアメリカは単独でも中国を圧倒しているが、各国の力を合わせれば中国との新冷戦に勝利できる確率がぐっと高まる。ただし各国の足並みをそろえるには、経済面でも安全保障面でも同盟国との関係を強化し、主要な問題では各国と真摯に協議することが必要になる。
第3は、今の中国が持つグローバルな影響力を考慮して、対決と協力の二正面作戦を採用すること。つまり中国の経済力や技術力、軍事力を弱体化させ、人権侵害を非難する努力を続ける一方で、アメリカの安全と繁栄に不可欠な問題(気候変動への対応や新型コロナウイルス対策、核拡散の防止など)では中国に協力を求めるということだ。
それは、過去1年間にトランプ前政権が中国に科した多くの制裁のせいで、バイデンの選択肢がひどく狭められているからで、もしも追加関税の撤廃や、安全保障上の脅威とされた中国企業への制裁の解除に動けば、共和党からも民主党からも反発を招くと述べ、アメリカが先に中国側に譲歩するのは難しく、当面は中国政府が先に、関係修復に向けた動きを見せるのを待つしかないだろうとしています。
5.制裁とデカップリング
ミンシン・ペイ氏の指摘は正しいとは思いますけれども、現状を見る限り、中国政府が先に関係修復に向けた動きを見せるとはとても思えません。したがって、米中共に現状のまま膠着状態になると思われます。
となるとバイデン政権としてやれることは、自身と同盟国だけで出来るデカップリングしかありません。
とはいえ、制裁とデカップリングとでは、同じ圧力だとしても、その意味するところは大きく違います。
なぜなら、制裁は相手のやり方を認めないことであるのに対して、デカップリングは相手のやり方を黙認した上で関わらないことであるからです。前者は相手が変わらない限り存在を許さないことを意味しますけれども、デカップリングは存在を許すという違いがあります。
この相手のやり方を黙認するデカップリングを延々と続けた場合、その行きつく先は、世界の分断です。いわゆる「世界の半分をお前にやろう」の世界です。
まぁ、北朝鮮のように他国からデカップリングされたら生きていけない国ならいざ知らず、中国のように自らの勢力圏をアジアに確立して、それを広げようとする国をデカップリングしたとしても、そこに現れるのは互いの勢力圏を争う「陣取りゲーム」です。
中国はバイデン政権のデカップリング戦略に対し、今の制裁を解かすべくアメリカ議会への裏工作もやるでしょうけれども、同時に自らの勢力圏を拡張することで生き残りを謀ってくるのではないかと思います。
下手をすると、バイデン氏は融和を口にするのとは裏腹に世界を分断させる大統領となるかもしれませんね。
この記事へのコメント