

1.王毅の四命題
5月7日、中国の王毅外相は国連安全保障理事会輪番議長国資格で「国際平和と安保守護:多国間主義と国連を核心とする国際システム守護」を主題としたオンライン特別会議を招集しました。
会議には、アメリカ、ロシア、メキシコ、ベトナム、ニジェール、ケニア、アイルランド、ノルウェー、エストニア、セントビンセント・グレナディーンの11ヶ国の外相と、インド、イギリス、フランスの外務次官、そして、国連本会議輪番議長であるトルコのボズクル国会外交委員長が参加し、王毅外相が直接司会を務めました。
会議で王毅外相は、「今年は中国共産党(CPC)創立100周年であり、中国は貧困との戦いで包括的な勝利を収め、包括的な社会主義現代国家の建設という新たな旅を始めた……世紀の流行と変化の世紀に直面して、我々は共同協力、互恵、ウィンウィンの道をしっかりと歩み、真の多国間主義を実践すべきだ」と述べました。
そして王毅外相は、次の4つの命題を提示しました。
・ゼロサムゲームではなく、Win-Winの状況を目指して協力することだ。 グローバルな問題が複雑であればあるほど、集団的な取り組みが必要になる。 人類全体の課題が難解であればあるほど、私たちは協力する必要がある。 全ての国は、平等と相互尊重に基づいて、対話と協力を行うべきだ。 いかなる国も、他の国が負けることを期待してはならず、普遍的な安全保障と共同の繁栄を達成するために、他の国と共に勝利することを約束しなければならない。国際法を無視して俺様ルールをゴリ押しし、中国には中国の"民主主義"があると宣って世界を分断しようとしておきながら、よくいえたものです。
・苛めや覇権主義ではなく、公平で公正でなければならない。 中心となるのは、国際関係の民主化を推進し、各国がガバナンスの責任を分担し、平和的発展を促進することだ。 重要なのは、国際関係における法の支配を促進し、普遍的に認められた国際法のルールを守り、共通に合意された国際協定を遵守することだ。 国際的なルールは、一部の国の独占や特権ではなく、国際法に基づいてすべての人によって策定されるべきであり、例外主義や二重基準ではなく、すべての国によって遵守されるべきだ。
・手をこまねいているのではなく、行動に集中することだ。 マルチラテラリズムは、その場に応じて、問題に焦点を当て、解決しなければ、立ち行かなくなり、遠くまで行くことはできない。 近視眼的な行動ではなく、世界の利益をトータルに考え、世界の利益の中に自分の国の利益を置かなければならない。 私たちは、現在と長期の間でバランスを取り、その場しのぎで持続可能な世界平和と世界の持続可能な発展を損なわないようにしなければならない。 特に、大国はグローバルな公共財を提供する模範となり、率先して行動すべきだ。
・多様性を尊重し、排他的にならないこと。 それぞれの国には独自の歴史と文化があり、それぞれの国の条件に合った発展の道を歩む必要がある。 このような多様性は、すべての人類が追求する平和、開発、公平、正義、民主主義、自由という共通の価値観と相まって、マルティラテラリズムの強力な力を生み出すことになる。 イデオロギーで世界を分断することは、マルティラテラリズムの精神に反し、歴史を逆行させることになる。
2.ブリンケンの三つの方法
この王毅外相の発言の前に、アメリカのブリンケン国務長官が発言しています。
ブリンケン国務長官は「第二次世界大戦後、各国が集まって国連を設立したとき、それまでの人類の歴史は事実上、"力こそ正義"であった。 競争は必然的に衝突をもたらした……現代史において、国連が創設されて以来、これほど平和で繁栄した時代はない。私たちは、核保有国間の武力衝突を回避した。 何百万人もの人々が貧困から抜け出すことができた。 私たちは、かつてないほどに人権を推進した。……しかし今、それが深刻な危機に瀕している」と発言しました。
そして、ナショナリズムが復活し、国家間の対立が深まったことで、多国間協力は可能なのかという疑問もあると述べた上で、「アメリカは多国間協力は可能であるだけでなく、必須であると考えている」とし、どの国とも協力していくとコメントしました。
その一方で「国際秩序を損なったり、我々が合意したルールをなかったことにしたり、勝手に違反したりする国があれば、我々は強力に反発する」と名指ししないものの、明らかに中国を意識した発言をしています。
ブリンケン国務長官は、多国間協力を行うには次の3つの方法があると提言しています。それは次の通りです。
・第一に、すべての加盟国は、特に法的拘束力のある公約を果たすべきだ。 これには、国連憲章、条約、安保理決議、国際人道法、世界貿易機関(WTO)や数多くの国際基準設定機関の下で合意された規則や基準などが含まれる。はっきり言っておくが、米国は他国を抑えるためにこのルールに基づく秩序を維持しようとしているのではない。 私たちが築き、守ってきた国際秩序が、最も熾烈な競争相手の台頭を可能にしてきたのだ。 私たちの目的は、単にこの秩序を守り、維持し、活性化させることだ。「約束を守れ」「国内裁判権(国内問題)を盾に人権侵害してはならない」「他国の主権を侵害するな」。ブリンケン国務長官が述べた3つのポイントは、もう明らかに中国を念頭に置いた発言です。
・第二に、人権と尊厳を国際秩序の中核に据えなければならない。 国連憲章の最初の文にあるように、国連の基礎となる単位は国家だけではない。 人間なのだ。 政府が自国内で何をしようと勝手だし、人権は社会によって異なる主観的な価値観だという意見もある。 しかし、世界人権宣言が「普遍的」という言葉で始まっているのは、世界中のあらゆる人が権利を有する一定の権利があることを、私たちの国が合意したからだ。 国内裁判権を主張することで、奴隷にしたり、拷問したり、失踪したり、民族浄化したり、その他の方法で人権を侵害することに、どの国も白紙委任することはできない。
・三つ目のポイントは、国連は加盟国の主権が平等であるという原則に基づいていることだ。ある国家が他国の国境線を引き直そうとしたり、武力の行使や威嚇によって領土紛争を解決しようとしたり、他国の選択や決定を指示したり強制したりする影響力の範囲を持つ権利があると主張したりする場合、その原則を尊重していないことになる。 国家は、偽情報や武器化された汚職で他国を標的にしたり、他国の自由で公正な選挙や民主主義制度を弱体化させたり、海外のジャーナリストや反体制派を攻撃したりすることで、この原則を蔑ろにする。このような敵対行為は、国連憲章が国連機関の維持を義務付けている国際的な平和と安全を脅かすことにもなりかねない。国連加盟国、特に安全保障理事会の常任理事国がこれらのルールを無視し、国際法に違反した者の責任を追及しようとする試みを阻止することは、他の国が平気でこれらのルールを破ることができるというメッセージを送ることになる。私たち全員が、自分たちが自由に行ったコミットメントに付随する、どんなに困難であっても監視の目を受け入れなければならない。 それはアメリカも同様だ。
3.理念に基盤を置いた多国間主義
会議では、中国の王毅外相は、アメリカの対中制裁を念頭に「制裁のような強制性措置を取るには他の非強制的な手段をすべて使ったという前提が必要だ。安保理を飛び超えた一方主義の行動はいずれも合法性はない。必ず廃棄すべきだ」と主張しました。
これにロシアのラブロフ外相が「アメリカが招集しようとする民主主義サミットはいつになく統合が必要な課題に直面した世界を分ける線を引き国際的な緊張を悪化させるもので、理念に基盤を置いた新しく特別な利益クラブだ」と中国に肩入れしました。
これに対しアメリカのブリンケン国務長官は「フェイク情報や武器化した腐敗で他の国を狙ったり、他の国の自由で公正な選挙と民主制度を毀損したり、海外ジャーナリストや反体制関係者を弾圧する時、その国は軽蔑を受ける。アメリカは国際秩序を無視し、誰もが同意する規則が存在しないふりをしたり、勝手に違反する国を見た時には、これを力で正すだろう」と反論しています。
この会議の場でも米中対立しているのですけれども、王毅外相が提示した4つの命題とブリンケン国務長官の掲げた3つの方法は、共に多国間主義の実現を謳っているのですけれども、その間には、やはり違いがあるように見えます。
それは王毅外相の主張は、「結果としてだけの多国間主義」であり、ブリンケン国務長官のそれは「人権という普遍的価値観をベースとした上での多国間主義」であるということです。
王毅外相は、アメリカをあれこれ批判し自説を主張していますけれども、つまるところは、「内政干渉するな。中国のやり方を認めろ」というもので、なんら"普遍的価値観"を提示していません。
まぁ、あえてその底流にある価値観を挙げるとすれば、「中国共産党思想」ということになるかと思いますけれども、それは口にできなかった。なぜなら「中国共産党思想」は世界に"普遍的価値"だと認められていないからです。
それに対し、ブリンケン国務長官は、まず、人権という普遍的価値観があって、それを守るための多国間協力であるべきだ、と述べているのですね。これはいみじくもロシアのラブロフ外相が「理念に基盤を置いた新しく特別な利益クラブだ」との指摘に通底しています。
4.中国は人類の敵
「中国共産党思想」が世界の普遍的価値だといえない中国は、しばらくは、アメリカをダブスタだの、内政干渉するなと反発しては、周辺国を「中華圏」に組み入れて仲間を増やし、最終的に既存自由主義を倒す、あるいは中華式に塗り替えることを狙っているのではないかと思いますけれども、現実世界は既に自由主義陣営による中国包囲網が出来上がりつつあります。
アメリカは4月28日の大統領施政方針演説で「専制主義が未来を勝ち取ることはない」と中国を名指しで批判し、貿易や知的財産、ハイテク分野など多分野で対抗するとし、ウイグル自治区での人権弾圧についても「ジェノサイド(民族大量虐殺)」と認定しました。このジェノサイド認定にイギリス議会やカナダ下院、オランダ議会も続いています。
また、イギリスは4月29日に国家の安全保障を脅かしかねない外国企業による投資活動を規制する「国家安全保障・投資法」を成立させ、人工知能(AI)などの分野に外国企業が投資を行う場合には届け出させることにしましたし、オーストラリアもビクトリア州政府と中国が締結していた一帯一路に関する協定を破棄すると発表しました。
更に、EU欧州委員会は5月5日に、域外国から補助金を得ている企業によるEU企業買収などを規制する措置の導入や、デジタル分野や医薬品、気候変動関連など戦略的産業に不可欠な137品目の輸入についてサプライチェーンを多様化する措置を提案しています。
いずれも中国を念頭においた措置です。
そして、中国の海洋進出については、日本とアメリカ、オーストラリア、インドの4ヶ国による戦略的枠組み「QUAD(クワッド)」の首脳会談や、日米首脳会談の共同声明で台湾海峡について明記しています。
こうした動きについて、評論家の石平氏は「人権問題や東アジアで暴挙を続ける中国は"人類の敵"であり、習近平体制対自由主義陣営の構図はすでに出来上がっている。現在の中国による強硬姿勢を見ていると、習氏には世界情勢に関する正しい情報すら入っていないように思える……中国自体が高齢化社会で自慢の労働力も低下する一方であるため、世界のリーダーシップはおろか、求心力が低下していくだろう。習体制の崩壊に向かうだけで、その崩壊は中途半端に終わらないだろう」とコメントしています。
5.習近平の異変
5月7日、中国の習近平国家主席は、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と電話会談しました。
中国外務省によると、この中で習近平主席は、来年冬の北京オリンピック・パラリンピックについて中国として着実に準備を進めていることを説明し、予定どおりの開催に自信を示すと共に、東京オリンピックについても、引き続き国際オリンピック委員会(IOC)と協力して開催を支持するとしたほか、武漢ウイルスのワクチンについての協力を強化したい考えを示しました。
一部では、北京オリンピックの開催をめぐって、中国の人権状況を問題視する人権団体やアメリカの一部などからボイコットを呼びかける動きも出ていることから、こうした動きを牽制する狙いがあるのではないかとも言われています。
これは裏を返せば、今の習近平体制にとって、日本の存在がキーになっているということです。
ジャーナリストの加賀孝英氏は、日米情報当局から入手した情報として、習近平主席に異変が起こっていると伝えています。
異変とは次の通りです。
「習氏は4月25日、広西チワン族自治区桂林市にある『紅軍長征湘江戦役記念館』を見学し、演説した。湘江戦では、紅軍8万の兵が約3万に減った。習氏はこの絶望的苦戦を現状に重ね、『最も困難の時期を耐えることだ。そうすれば奇跡的な勝利を続けられる』と発言。『習氏が弱音を吐いた』と衝撃が走ったつまり、日本に対しても戦狼外交して完全に敵対させてしまったら、自身の首が危ないという訳です。
中国は、菅義偉政権が台湾問題などで、米国と一緒に対中強硬政策を宣言したことに、『習外交の歴史的大失敗だ』と衝撃を受けている。習氏は7日、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長と電話会談し、『東京五輪の開催を支持する』と言った。習氏は『日本に見捨てられたら、G7は来年の北京冬季五輪ボイコットで結束し、自分は失脚する』と怯えている」
先日、中国外務省の趙立堅副報道局長が、葛飾北斎の浮世絵の模倣画で東京電力福島第1原発の処理水放出を皮肉り、問題となりましたけれども、もしかしたら、わざと日本を煽ることで、どこまで日本の世論が対中強硬に傾くのかを探ってみたのではないかとさえ思えてきます。
果たして習近平主席の"異変"がどこまで本当なのか分かりませんけれども、仮に本当であれば、日本は、アメリカと示し合わせて、中国に気を持たせるかのような微妙な態度を取ってみせて時間稼ぎをして、中国包囲網によって、ずっと圧力を掛けていくというやり方もあるかもしれませんね。
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