

1.台湾を国と呼んだ菅総理
6月9日、国会で菅政権発足後初となる菅総理と野党4党との党首討論が行われました。
立憲民主の枝野代表との党首討論では、菅総理は、海外の武漢ウイルス対策の事例として、オーストラリア、ニュージーランド、台湾の名前を挙げ、「3国は強い私権制限を行っている」と述べ、枝野代表も台湾の名を挙げた上で、感染拡大の抑止に「成功している国」と表現しました。
菅総理が、台湾を「国」と表現したことに対して、政権批判ばかりの野党がそれを咎めるどころか同じく「国」と表現した。何か裏でもあるのかと勘繰ってしまいたくなります。
この発言に中国は早速噛みつきました。
6月10日、中国外務省の汪文斌副報道局長は、両国間の政治文書や「台湾を国家と見なさないという厳粛な約束」に違反したと非難。「中国の主権を損なってはならない」と述べ、再発防止を求めて厳正な申し入れをしたと明かしました。
これに対し、翌11日、加藤官房長官は記者会見で、台湾についてのスタンスについて問われ、「台湾に関するわが国の立場は、1972年の日中共同声明にある通りであり、非政府間の実務関係として維持する基本的立場には何ら変更ない」と述べましたけれども、菅総理の発言そのものの撤回はしませんでした。
また、別の記者から共同声明を見直して台湾の地位を変更する可能性はないかと問われたのけれども、日中共同声明の通りだと繰り返しました。
2.台湾の誘惑
有事の懸念が囁かれる台湾ですけれども、地政学者の奥山真司氏は、アメリカの外交・国際政治専門誌『フォーリン・アフェアーズ』の6月号掲載の「台湾の誘惑 なぜ北京は武力に訴えるのか(The Taiwan Temptation Why Beijing Might Resort to Force)」という論文を紹介しています。
著者はスタンフォード大学フリーマン・スポグリ国際研究所のセンターフェローのオリアナ・スカイラー・マストロ氏。
この論文では題名の通り、なぜ中国が台湾の武力統一を目指しているかについて述べられています。その論旨はおおよそ次の通りです。
・ここ数ヶ月、中国が平和的なアプローチを見直し、台湾の武力統一を検討しているという不穏なシグナルが出ている。このような考え方の変化を可能にしたのは、習近平が数十年にわたって進めてきた軍事的近代化である。中国の指導者たちは、かつては台湾を軍事的に占領することは幻想だと考えていたが、今では現実的な可能性だと考えている。このように、習近平主席は自らの実績として台湾統一を目指し、習近平の側近、国営メディア、世論も主戦論に傾いていると分析しています。
・習近平は、統一に向けて前進することを公然と呼びかけ、統一に向けた動きに自らの正統性を賭けている。習近平は台湾との統一を自分の個人的なレガシーの一部にしたいと考えている。
・習近平の周りには軍事顧問がいて、中国は今、許容できるコストで武力によって台湾を取り戻すことができると自信を持って語っている。
・北京では、新しい軍事力を台湾に対して使用する時が来たと主張する声が大きくなってきており、何人かの退役軍人は、中国が時間をかければかけるほど、台湾を支配するのは難しくなると公に主張している。国営の報道機関や人気のあるウェブサイトでも、中国に早期行動を促す記事が掲載されている。
・国営の「環球時報」の世論調査によると、本土の人々の70%が武力による台湾統一を強く支持しており、37%が3年から5年後に戦争が起こるのがベストだと考えている。
・米中の緊張が高まるにつれ、中国の国営メディアは自国の軍事力を称賛する声を強めている。4月の『環球時報』は、無名の軍事専門家の話として、"PLAの演習は警告であるだけでなく、実際の能力を示しており、いざとなれば島の統一を現実的に実践している "と紹介しています。中国が侵略を選択した場合、台湾軍には "勝ち目がない "と分析している。
3.四つの主な作戦
続いて論文は、北京は、台湾を掌握するために必要と思われる4つの主な作戦を準備していると述べています。それは次の通りです。
・共同攻撃作戦。人民解放軍のミサイルと空爆を合同で行い、台湾のターゲット(最初は軍人と政府関係者、次に民間人)の武装解除を行い、それによって台北を中国の要求に従わせる。オリアナ・スカイラー・マストロ氏は、国防専門家の間で中国が、これら4つの作戦の内最初の3つ(共同攻撃、封鎖、反介入作戦)を成功させる能力があるかどうかについては、ほとんど議論されていないと指摘。台湾のミサイル防衛システムも、中国の弾道ミサイルや巡航ミサイルを防げず、中国は、台湾の主要なインフラを迅速に破壊し、石油の輸入を遮断し、インターネットへのアクセスを遮断し、そのような封鎖を無期限に続けることができると述べています。
・封鎖作戦。中国は海軍の空襲からサイバー攻撃まで、あらゆる手段で台湾を外界から遮断しようとする。
・反介入作戦。周辺に展開している米軍へのミサイルや空爆を行い、紛争の初期段階で米国が台湾を支援することを困難にする。
・島嶼上陸作戦。中国は台湾に対して水陸両用の攻撃を行う。沖合の島々を先に奪って段階的に侵攻するか、絨毯爆撃を行い、海軍、陸軍、空軍は台湾本土に集中する。
ただし、4番目の島嶼上陸作戦については、成功が保証されているとは言い難く、2020年のアメリカ国防総省の報告書では「中国は本格的な侵略に貢献する能力を構築し続けている」が、「台湾を侵略しようとすれば、中国の軍隊に負担をかけ、国際的な介入を招く可能性が高い」としていると述べています。
論文は、中国が台湾問題を最終的に解決するための軍事力を手に入れれば、北京は大規模な軍事作戦に移行する可能性が高く、空軍や海軍のパトロール強化などの「グレーゾーン」戦術に始まり、台北に政治的解決を交渉させるための強圧的外交へと発展していくだろうと予測しています。
また、心理戦も北京の戦略の一部となると指摘。台湾周辺での演習など、軍の存在を日常化させることで、人民解放軍は世界に既成事実を示すと同時に、アメリカに対し、中国の攻撃が差し迫っていることを判断することを難しくさせる狙いがあるとしています。
更に中国は、中国は武力行使に対する国際的な制約をなくすための広範な外交キャンペーンを続け、台湾に対する武力行使は、台北とワシントンの挑発行為に対して防御であって、それは正当化されるのだというストーリーを作り出すだろうと述べています。
このやり方は尖閣に対して行っているものと同じではないかと思います。
4.中国の最大の関心事はコストではなく主権
論文は更に、「ここ数ヶ月、中国では台湾に関する論評が氾濫しているが、戦争のコストや国際社会の反応について言及している記事がほとんどないのは興味深い」と述べ「中国の最大の関心事はコストではなく、主権なのだ。中国の指導者たちは、自分たちのものを守るために常に戦う」と指摘しています。
その上で、中国の指導者たちは、アメリカが介入することをすでに想定しているので、問題はアメリカの決意ではなく、習近平をはじめとする中国のトップリーダーにとって重要なのは、アメリカが介入しても中国軍が勝てると考えているかどうかだと喝破しています。
それゆえに、中国に対する、抑止を成功させるためには、アメリカが台湾での軍事的目的の達成を阻止できることを中国に確信させる必要があるが、困難かつ、それなりのマイナス面や潜在的なリスクを伴う道だと述べています。
オリアナ・スカイラー・マストロ氏は、これらを背景に、中国を納得させる一つの方法は、台湾への侵攻を物理的に阻止する能力を開発することであり、そのためには、台湾の近くにミサイルランチャーや武装したドローンを配置し、グアムや日本、フィリピンなどにはより多くの長距離兵器、特に対艦兵器を配備することで、中国の水陸両用の攻撃や空からの攻撃を初期段階で撃退することが重要だと述べ、アメリカは、米国はこの地域の情報、監視、偵察に多額の投資をする必要があると強調しています。
また、論文は、中国にとって、全面的な侵略の魅力は、奇襲の可能性にあるとし、アメリカのどの大統領にとっても、発砲されていない時に中国への攻撃を許可することは政治的に困難であろうことから、北京が島を支配して戦争が終わるまで、アメリカは軍事的に対応できないかもしれないと警告しています。
つまり、アメリカの台湾への介入は、中国に攻撃されてから反撃する「後の先」になるだろうというのですね。
5.リスクヘッジに走るTSMC
6月10日、日経新聞は、半導体受託生産の世界最大手のTSMC(台湾積体電路製造)が、日本で初めてとなる半導体工場を熊本県に建設する検討に入ったと報じました。
現在、日本政府は、経済安全保障の観点などから国内半導体産業の再興を目指していますけれども、経済産業省主導で、ソニーグループとTSMCが合弁で熊本県に半導体工場を建設する構想があります。今回の報道もこの件だと思われます。
建設される半導体工場は、前工程中心で総投資額1兆円以上。熊本県・菊陽町にあるソニーグループのイメージセンサー工場近くに建てる計画で、自動車や産業機械、家電などに使う回路線幅20ナノから40ナノのミドルエンド品を生産する模様です。
投資の分担はソニーグループが土地・建屋を手当てし、TSMCが製造プロセスを受け持つ方向で調整するようで、パッケージなどの後工程工場も熊本県内に新設する見込みとされています。
政府関係者は「TSMCはいろいろな支援措置がないと日本に進出できない。他方で外国企業が日本に来てすべてブラックボックスでやられても大胆な支援はできない。政府は現在、様々な可能性を追求している」と述べており、経産省は別の構想も同時並行で進めているそうです。
これらは、日本にとっては、国内半導体産業の再興に繋がる戦略でしょうけれども、台湾にとっても来るべき有事に備えてのリスクヘッジの一環でもあるのではないかとも思えます。
つまり、中国による台湾進攻で、インフラが破壊され、TSMCなどの半導体工場が稼働ストップしても、バックアップとして日本、ないしアメリカで半導体の生産を続けられるようにしようとしているのではないかということです。
そして、更に、台湾が中国に攻撃されてから反撃するしかできないアメリカにしても、中国を"挑発"して、先に手を出させた上で、反撃する口実を得ようとしているのではないのか。そして、その撒き餌の一環として、日本政府にも手を入れて、台湾を「国」と発言させたのではないか。
まぁ、穿った見方だとは思いますけれども、このタイミングでしかも与野党揃って、台湾を「国」と表現するのは非常に気になります。
武漢ウイルスの起源説や責任追及とも相まって、対中包囲の網が少しづつ狭まってきているのかもしれませんね。
この記事へのコメント