

1.地球上で最も危険な場所
5月1日、イギリスのエコノミスト紙は「地球上で最も危険な場所:台湾の将来をめぐる戦争を避けるために、アメリカと中国はもっと努力しなければならない」という特集記事を掲載しました。
もう、題名で分かる通り、この記事では、アメリカと中国の間の緊張関係に焦点を当て、これまでアメリカが採ってきた台湾に対する「戦略的な曖昧さ」が崩れ、中国が武力で台湾を占領することをもはや抑止できないのではないかとするアメリカの危惧を指摘し、台湾を米中れらの敵対関係が展開される舞台として描き出しています。
この記事は、台湾のネットユーザーの反響を呼び、件の記事は中国の恐怖を煽る戦術と同じで、台湾の立場を弱めているという意見や、アメリカだけに頼らず、中国の脅威に立ち向かえるような外交的枠組みを構築すべきなどいう意見も上がったようです。
実際、今の台湾を巡る情勢を見る限り、中国の軍事的脅威があることは否定できません。
中国は、国民党が中国内戦に敗れて台湾に逃れた1949年以来、台湾の主権を主張。2016年に独立派の民進党の蔡英文氏が現職に就任して以来、中国は「武力で台湾を統一する」というスローガンをより一層掲げ、海峡を挟んでの軍事訓練も頻繁に行われるようになっています。
これについて、アメリカの社会学者で、ジョージ・ワシントン大学教授のアミタイ・エツィオーニ氏は、台湾が実効支配する金門島と馬祖島を中国が占領したわけでもなく、中国が反中的な台湾政権に攻撃をちらつかせて脅しをかけた訳でもないことを挙げ、中国は台湾周辺での軍事演習や戦闘機による防空識別圏侵入などによって台湾への圧力を強めているものの、大々的ではなく、中国が台湾統一を叫ぶのも何十年も前から言っていることだと述べています。
エツィオーニ氏は、中国よりもアメリカに目を向け、冷戦時代の政権は、政府の事業はどんなものでもソ連の打倒に役立つと訴えることで、思いどおりに事を進めたことを挙げ、今のバイデン政権は、自国民を団結させ、超党派の支持を得られる課題として「中国たたき」を選んだのだと指摘しています。
2.大きな業績がない習近平
エツィオーニ氏は、中国の台湾進攻をあまり現実的なものとして考えていないようですけれども、それとは反対に中国の台湾進攻は必然だと見る識者もいます。評論家の石平氏です。
石平氏は、今年1月4日、習近平主席が「中央軍事委員会2021年第1号命令」に署名・発令したこと、人民解放軍将校・兵士は今年において一律に40%程度という驚異の大昇給をしたことを取り上げ、解放軍の士気を高めて軍全体をそれこそ戦時状態へと持っていくための措置であると指摘しています。
そして、習近平主席が、鄧小平時代以降の中共政権が、台湾との経済的結びつきの強化による事実上の一体化を図りながら、「1国2制度」の香港返還をモデルにして、台湾が熟した柿のように落ちてくるのを待つ「熟柿戦略」から転換して、武力による台湾併合を急ぐことになった理由として、次の2つを挙げています。
・去年7月からの香港国家安全維持法の施行により、習政権は香港の1国2制度を自分たちの手で完全に潰してしまったことで、台湾の人々の民心は中国から増々離れ、同じ「1国2制度」による台湾の「平和統一」は事実上不可能になってしまったこと。
・習近平主席は、中国を建国した毛沢東や中国を今の経済大国にのし上げた鄧小平と比べると、大きな業績がないが故に、彼らと肩を並べる業績として「台湾併合」があること。
石平氏は台湾併合という前人未到の「偉業」を達成していれば、習主席は共産党政権史上最大の英雄・偉大なる指導者となって、終身独裁者としての地位を不動のものにすることができると述べ、そうした望みを持つのは、アメリカと台湾との間には日米安保のような条約がないため、中国軍が台湾に侵攻してきた場合、アメリカ軍が必ず出動するという保証はどこにもないと指摘しています。
つまり、今後4年間、バイデン政権とバイデン大統領が、台湾を守るためにアメリカ軍を出動させて中国と一戦を交えるような大変な政治的決断に踏み切ることができないと習主席または習政権が判断した場合、中共政権はおそらく何の躊躇いもなく台湾併合戦争の発動に打って出るだろうと述べています。
3.日本よ、目を覚ませ!
では、実際に中国が台湾進攻に踏み切ったらアメリカは対抗できるのか。
これについて、日本戦略研究フォーラム上席研究員で元アメリカ海兵隊大佐のグラント F・ニューシャム氏は次のように述べています。
・米国は台湾をめぐる戦いで中国に対抗できるのか?ニューシャム氏は日本について「日本単独では中国に対する防衛は無理だ」とした上で、強化された自衛隊とアメリカ軍の能力を組み合わせれば、日米両国の勝算は上がるとし、その実現のために日本は次の7つのステップを行う必要があるとしています。
── それが大きな問題だ。支持の表明は「単なる言葉」にすぎない。また、米国が中国の攻撃から台湾を守ろうとしても、米軍は間に合わない、あるいはそもそも台湾に到達すらできない──。残念ながら中国の軍事力は、 習近平や中国共産党指導部がそう信じてもおかしくない水準にまで達している。
東アジアの軍事バランスは変わった。米海軍が南シナ海、台湾海峡、東シナ海に派遣できる艦船1隻に対し、中国海軍は10隻配備できる。中国空軍は恐るべき勢力になりつつあり、数千発の長距離ミサイルからなる中国のロケット軍は、洋上の空母や在日米軍基地を含め米軍にとっての脅威となっている。
中国軍は、特定のシナリオ、とりわけ中国本土周辺の戦闘では、米軍に勝利する可能性がある。台湾は中国本土からわずか約130㌔メートルしか離れていない。米国政府は台湾の重要性を理解していても、中国が台湾を攻撃した場合、成功裏に介入できない可能性がある。米国は中国に対して金融・経済上の圧力はかけられるが、直接的な軍事支援は難しい課題となるだろう。これは、中国が第二次世界大戦以降で最大・最速の軍備拡張をしている間、米国がその問題に目を背けていた結果だ。
1:現在のままの自衛隊では戦争ができないことを認識する。自衛隊は深刻な敵と実際に戦うための装備・編成を持っておらず、そのための訓練もされていない。中国は深刻な敵だ。驚く日本人(および米国人)が多いかもしれないが、これは本当のことだ。自衛隊は考え方をがらりと変え、この問題に取り組む必要がある。ニューシャム氏は、日本政府、企業、学界、メディアなどあまりにも多くの人が、日本と日本人を土台から揺るがす恐れのある中国の脅威を無視してきたとし、やるべきことをやらなければ、殆ど何をするにも中国政府の許可が必要になるかもしれない述べ、日本に対し「目を覚ますのだ」と警告しています。
2:陸海空の各自衛隊がともに行動できるよう、統合運用能力を開発する。これは実効性のある現代的な軍隊の必須条件だ。
3:防衛費を増額して賢く使う。防衛費は今後5年間、年10%ずつ増加させるべきであり、特に要員強化を最優先で行う必要がある。14年度以降、自衛官候補生の採用者数は計画数を下回っている。自衛隊員は献身的、専門的、勤勉であり、自国をきわめて大切に思っている。彼らは適切な俸給と処遇を受け、自衛隊に入隊することは誇るべきことであり、国民の尊敬の対象となるべきだ。さらに訓練予算も増やす。要員と訓練が充足されてはじめて、真に必要な装備に資金を振り向けるのがよい。装備は一貫性のある国防計画とは無関係な、ピカピカで高価なだけのものであってはならない。
4:米軍と自衛隊を完全に統合し共同で日本を防衛する。米軍と自衛隊の幕僚が日本と周辺地域防衛のために必要な活動を立案し実行に移す本部をすみやかに設置する。そして全体的な防衛計画の一部に台湾防衛を含める。
5:南西諸島防衛も日米間で完全に統合する。南西諸島全域、台湾近辺で訓練、演習、哨戒を共同で行い沖縄に統合本部を設置する。
6:米国・インド・豪州を合わせた「クアッド」およびパートナーの国々の軍とともに、自衛隊を定期的にインド太平洋全域に展開する。
7:台湾に関して以下の措置を講じる。台湾の事実上の独立は日本の安全保障上きわめて重要であり、少なくとも中国の軍事力や強制によって現状変更されないように日本は必要なことを行う、と宣言する「台湾関係法」を起草する。また、航空自衛隊と台湾空軍をグアムで一緒に訓練をさせ、海上自衛隊と台湾海軍が定期的な訓練活動を開始したり、ミサイル防衛活動および対北朝鮮制裁の違反監視活動に台湾を招く。あるいは中国空軍が威嚇のために台湾周辺を飛行した際、沖縄の航空自衛隊機を米空軍機などとともに護衛任務で台湾空軍機に合流させる。最近合意された米台の沿岸警備に関する作業部会に海上保安庁を参加させる。
4.中国が台湾を攻撃する日
では、中国が台湾を攻撃するのはいつなのか。
これについてニューシャム氏は、アメリカ・インド太平洋軍司令官のジョン・アキリーノ海軍大将は今年3月に、アメリカ連邦議会上院において、「中国の攻撃が2027年よりも前に、場合によってはそれよりもかなり前に起こる可能性がある」と語ったと述べていますけれども、あるいは、その"かなり前"が"今すぐ"になる可能性も否定できません。
というのも、アメリカの台湾支援をいつ中国が「レッドライン」を超えたと見做すか分からないからです。
5月16日、台湾大手紙「聨合報」は、アメリカの陸軍顧問団が台湾軍を訓練指導するため、台湾軍の基地に「一時進駐」したことが明らかになったと報じました。
それによると、進駐したアメリカ陸軍顧問団は「安全保障部隊支援旅団(SFAB)」。目的は、地上作戦における部隊の移動速度、海・空軍との連携などに関する訓練の監察・指導のようです。
現在、アメリカ陸軍には5つの「安全保障部隊支援旅団(SFAB)」があり、今回、台湾に進駐したのは「第1旅団」。約600名の兵士で構成されるのですけれども、派遣された人数は不明です。
このことが発覚したのは、台北市の西の新竹県・湖口郷にある台湾陸軍合同訓練北部センターの兵士が、アメリカ軍兵士がセンターに駐屯しているため、「業務量が増えて昼休みもとれない」とツイッターに零したのが切っ掛けのようです。
顧問団は4月に進駐後、コロナ感染防止対策として14日間の隔離期間を経て、活動を開始。すべての行動は訓練センター内に限られ、外出は厳禁とされたそうですけれども、台湾軍の兵士が不満を漏らしたことを考えるとそれなりの人数が進駐したと思われます。
そして翌17日、台湾国防部のシンクタンクである国防安全研究院の論文集「国防安全隔週刊」は、最新号で、「台湾有事」に備え、アメリカ軍の台湾駐留を公然と支持する論文を掲載し、以下の3点を主張しました、
・米海兵隊の台湾6基地への駐留を希望論文はアメリカ軍常駐基地の候補として、宜蘭、花蓮、緑島、蘭嶼、小琉球、東沙の6ヶ所をリストアップ。移動式ミサイル発射台、多弾装ロケット砲、射程500キロの次世代型地対地ミサイル(PrSM)などを配備することで、「台湾本島のシームレスな防衛が可能になる」としています。
・米海兵隊の基地間の機動作戦を期待
・対上陸作戦を計画、米海兵隊は台湾と共同して中国軍と戦う
この論文に対し、中国系資本が入った「中国時報」グループのメディアで、中台関係を専門とする台湾紙「旺報」は「海兵隊を常駐させるという主張が、大陸(中国)の強烈な反応を引き起こすのは必至。台湾は自らを戦争の境地に追い込もうとしている。もし両岸の武力衝突が起きた場合、アメリカ軍は本当に台湾支援のために一肌脱ぐだろうか。残念だが、それは難しい」と海兵隊の常駐は「レッドライン」を踏み越えることを強く示唆しています。
こうした論文が表に出る背景には中国の「レッドライン」がどの辺りであるのかを探る狙いや、「曖昧戦略」の有効性への疑念を打ち消す意図があるとも見られていますけれども、少なくとも激しい情報戦・心理戦が行われていることは確かです。
日本も一刻も早く有事対応できるよう法整備を始めとして各種準備をしておくべきではないかと思いますね。
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