

1.台湾の日米同時防衛
7月5日、麻生副総理は、都内で行われた沖縄選出の自民党議員の政治資金パーティーで講演し、中国が台湾への圧力を強めていることを踏まえ「いきなり爆撃するとか、いまの時代はそんなもんじゃないから……ストライキやデモが台北市内でわんわん起きて、総統府が占拠され、総統が逮捕拉致される……台湾で騒動になり、アメリカ軍が来る前に中国が入ってきて、あっという間に鎮圧して『中国の内政問題だ』と言われたら、世界はどう対応するのか。香港も同じようなことだったのではないか……台湾で大きな問題が起きると、間違いなく『存立危機事態』に関係してくると言っても全くおかしくない。日米で一緒に台湾を防衛しなければならないと述べ、中国が台湾に侵攻した場合「存立危機事態」にあたる可能性があるという認識を示しました。
そして、中国の習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主席)が中国共産党創立100年の記念式典で台湾統一を「歴史的任務」と語ったことにも触れ「台湾の様相が極めて厳しいものになってきた」とし「次は沖縄。そういうことを真剣に考えないといけない……日本を防衛する力をきちっと準備しないといけない」と述べています。
「存立危機事態」とは、2015年に成立した安全保障法制で新たに規定されたもので、日本が直接攻撃は受けなくても、アメリカなど「我が国と密接な関係にある他国」に対する武力攻撃が発生し、これによって「我が国の存立が脅かされる」「国民の生命や自由が根底から覆される」といった事態と判断し、一定の要件を満たせば、集団的自衛権を一部行使できるとしています。
台湾海峡が封鎖されシーレーンが閉ざされると、エネルギーが入ってこなくなりますから、原発も満足に稼働できていない現状では、確かに「存立危機事態」に当たる可能性は高いといってよいかと思います。
2.台湾有事と尖閣有事の同時発生
麻生副総理は、内乱からの台湾占領シナリオを挙げましたけれども、森本敏元防衛相は台湾海峡だけでなく台湾の周辺列島や尖閣諸島への介入が同時に起こるシナリオを提示しています。
例えば、まず台湾の政治・経済を不安定状態にしてから、偽情報やサイバー攻撃、要人の誘拐や暗殺、さらには工作員を侵入させて、都市や部隊に混乱を起こして、台湾山頂のレーダーの破壊工作を行い、周辺地域への監視能力を減らして、軍事中枢をまひさせる。
同時に、南シナ海の太平島や澎湖諸島、金門・馬祖島を奪取してミサイル・ロケットを配備し、東シナ海の尖閣諸島に大量の海警と海兵隊を接近させて日米の防衛力をひきつける陽動作戦をする。こうして台湾と米国の対応力を弱体化させ、東海岸付近に爆撃と艦砲射撃をして上陸するのではないか。これらのすべてが、同時に短期間で行われるということを前提に対応を考える必要があると述べています。
日本は直接、台湾を守ることはできないものの、自国の領域を防衛しつつ、アメリカを全面的に支援して、アメリカ軍の来援部隊に基地や施設を貸すとともに、偵察・哨戒や、米軍への給油、弾薬・物資の補給などの後方支援をする。場合によっては台湾から避難する官民を受け入れることもあり得ると警告しています。
3.国防法と海警法の同時改正
中国は今年1月、国防法を改正して宇宙やサイバーを含め、重大な安全保障にかかわる領域の活動について、安全を守るために必要な措置を取る体制を作り、海警法も改正しました。
森本元防衛相は、国防法と海警法の二つの改正がセットで行われたことに注目する必要があるとし、その狙いは、第一列島線の内側を圧倒優位な状態にして、いわゆる領域阻止を確保して日米を中国本土に接近させないようにすることだと指摘しています。
つまり、中国本土に日米の防衛力を接近させないようにすることで、海南島という一番重要な戦略基地や、中国の内陸部に配備している中長距離ミサイル・航空基地を、第一列島線付近に配備されたアメリカ軍のミサイルや空母艦載機・海軍艦艇から飛んでくる対地ミサイルから守る狙いがあると述べています。
森本元防衛相によると、海警の船が尖閣諸島周辺で日本の漁船や巡視船と接近するなど何らかの事態になった時に備え、自民党の国防部会や政府内でも随分と時間をかけて、あらゆるケーススタディーを行って検討したところ、現行法の枠組みで、相手が撃ってきたりした時には危害射撃を含めて相当な対応ができるという判断が下されたそうです。
いまは海保の巡視船が、侵入してくる海警船との間に入って日本の漁船の安全を守る措置を取っていますけれども、仮に海警が巡視船に撃ってきたら、警職法第7条を準用して要件を満たす場合には、警察比例の原則に基づき武器使用ができるとしています。
そして、海上保安庁で対応が難しく、自衛隊が治安の維持のために特別な必要がある場合には、自衛隊が海上警備行動を行うことになっていて、さらに事態が進み、一般の警察力では治安を維持することができないと認められる場合には、治安出動を行うことになっています。
ここまでは法執行行為の範疇なのだそうです。
けれども、さらに危険な事態になって平和安保法制で示されている武力攻撃事態になると、防衛出動となるのですけれども、今、どの事態に該当するのか判断が難しい「グレーゾーン事態」に対応する為の一本化した法体系はなく、仮に単一の法体系で内閣や海保、警察、自衛隊を実際に動かすとなると、指揮系統や権限を一本化する必要があり、課題が山積しているのが現状のようです。
4.日米同盟の新たな局面
仮に、台湾有事が起こったとして、アメリカ軍が沖縄の基地から出撃するような状況では、中国がアメリカ軍基地のある沖縄などを攻撃することも当然考えられます。
麻生副総理が述べたように、日米で一緒に台湾を防衛するといった事態ともなれば、日米も攻撃を受けることも想定しなければなりません。
そのためには、事前に十分、台湾防衛の計画と実行について日米協議を行っておく必要があり、平和安保法制や日米防衛協力ガイドラインの改正を含めて、国家安全保障戦略をきちんと固めていく必要があります。
森本元防衛相は、バイデン政権はトランプ前政権の対中抑止戦略でもあるインド太平洋戦略をおおむね引き継いだものの、異なっている点が二つあると述べています。それは次の通りです。
・日本など同盟国やパートナーとの連携を重視し、QUAD(日・米・豪・印)やASEAN(東南アジア諸国連合)との一体性を強調している。特に、インドとの連携を重視してQUADの枠組みを推進していこうとする強い意欲が見られることは注目すべき。森本元防衛相は、こうした政策の背後に、中国がインド・太平洋地域での法秩序と安定を強力な軍事力や技術力で変えようとしている問題や、香港、新疆ウイグル自治区での人権抑圧、さらには不法な海洋権益を求めて活動を進め、台湾に圧力をかけていることに対し、アメリカだけでは中国を抑止できなくなっているという現実的認識があると述べています。
・人権や気候変動、さらには競争力やイノベーション、デジタル経済、5Gなどの先端技術のような非伝統的な安全保障問題を重視した外交安全保障を進めて、対中抑止態勢を強化しようとする姿勢が目立つ。
そして、アメリカは、日本をはじめとする同盟国やパートナー国が台湾の防衛を重視するアメリカの戦略にどのように支援・協力するのかという点に大きく関心を寄せているというのですね。
4月に日米首脳会談が行われ、会談後の会見でバイデン大統領は、「日米同盟の鉄壁の支持を確認した」、「中国の挑戦を受けて立つために共に取り組むことを約束した」と述べ、共同声明でも「日米両国は困難を増す安全保障環境に即して抑止力および対処力を強化すること、サイバー・宇宙を含む全ての領域を横断する防衛協力を深化させる」ことを強調しています。
これについて、森本元防衛相は「従来の米国の足らないところを日本が補うというのではなく、全面的な同盟協力を迫ってきた感じだ。今までになかったことであり、日米同盟は新たな局面に入ったと思わざるを得ない」と述べています。
シナリオはどうあれ、日本は既に戦時下として、あらゆる中国の脅威に対抗していかなければ、それこそ日本自身の存立が危うくなるという認識を強く持つべきではないかと思いますね。
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