

1.ウイグル人権問題で捜査されるユニクロ
7月1日、フランスの検察当局は、ユニクロなど4社の捜査を開始したと発表しました。
フランス調査報道機関のメディアパルトが報じた内容によると、捜査対象はファーストリテイリング傘下のユニクロ、ZARAを展開するスペインのインディテックス、アメリカ靴大手スケッチャーズ、フランスアパレル大手のSMCPです。
これは4月9日にNGO団体が中国・新疆自治区のウイグル族らが労働を強いられている工場で作られた製品を扱っているとして4社を告発したことを受けたもので、捜査は6月末に始まったとのことです。
訴えたNGO団体は「シェルパ」、「ラベルの倫理連合」、「欧州ウイグル研究所」の3団体。
「シェルパ」はグローバリゼーションの下での経済活動の犠牲になった人々を支援する活動を行う団体で、「ラベルの倫理連合」は、国際連帯のNGO、消費者団体、労働組合などの集合体で、世界中の労働者の人権問題と、商品の質を消費者が知る権利を扱っています。
そして「欧州ウイグル研究所」で、その名のとおり欧州のウイグル人会です。
提訴のもとになったのは、2020年3月に発表されたオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の報告書です。
この報告書については2月23日のエントリー「名指しされたウイグル人弾圧疑い企業」で取り上げたことがありますけれども、報告書では、ウイグル人に対する強制労働への関与が疑われる企業として82社が名指しされています。
今回、告発されたのは、このうちの4社のようです。
NGO3団体は、「製造の一部を人権侵害している下請け企業に任せたり、新疆地区の綿を使い続けたりすることで、重大な罪の存続に加担するこれらの企業を捜査する」として、「悪化した隷属状態に置く罪の隠匿」「人間を群れとして扱う罪の隠匿」「虐殺(ジェノサイド)の罪の隠匿」「人道に対する罪の隠匿」の4つの罪で告発したところ、裁判所は「人道に対する罪の隠匿」を受け入れたとのことです。
日刊紙「ルモンド」の報道によると、ユニクロは新疆ウイグル自治区と、労働者が強制移動させられた可能性のある地方から布地を購入していることが非難され、インディテックスは新疆にある繊維企業との結びつきが、SMCPは新疆に工場を構えた中国企業が主要株主であることが問題視されています。そして、スケッチャーズの靴は、ウイグル人が強制移動させられた地域で製造されたと報じています。
「ラベルの倫理連合」のナイラ・アジャルトゥニ氏は「その他多くの企業もウイグル人の人権蹂躙に加担した責任があるが、この4社の関与は明らかだった」と語っていますから、それなりに証拠を持っているのではないかと思われます。
今回の告発には、複数の欧州連合(EU)議員が支援を表明。中でもラファエル・グリュックスマン議員はウイグル人の人権保護で先頭に立ち、支援する他国のEU議員とともに3月、中国から入国禁止の報復措置を受けています。
更に、ドイツ、オランダでも非営利機関「欧州憲法人権センター(ECCHR)」がウイグル人弾圧に加担する国際企業に対し、提訴を準備しているそうです。
2.受け身なユニクロ
7月2日、このフランス検察当局の捜査開始の報道を受けて、ファーストリテイリング側は「ユニクロが製品の生産を委託する縫製工場で新疆ウイグル自治区に立地するものはなく、素材についても生産過程で人権や労働環境が適切に守られていることが確認されたコットンのみを使用している……これまでのところフランス当局から捜査についての連絡は受けていない。当局からの要請があればサプライチェーンにおいて強制労働がないことを再確認するため、捜査には全面的に協力する」と述べ、強制労働が確認された場合は取引を停止する姿勢を示しています。
ただ、NGO団体から告発を受ける直前の4月8日のファーストリテイリング決算記者会見で、柳井正会長兼社長は新疆産綿花の使用の有無を問われ、明言を避け、「全ての工場を監視し、問題があれば取引停止している……それ以上は人権問題というより政治問題なのでノーコメント」と述べていました。また、NGO団体の告発についても取材に対し「告発の詳細を把握していないためコメントはできない」と回答するにとどめています。
これらをみると、ファーストリテイリングの受け身な姿勢が目につきます。
3.微妙に変化した加藤官房長官発言
今回のファーストリテイリングに対する告発について、加藤官房長官は閣議後の記者会見で「外国における捜査の話であり一つ一つのコメントは避けたい。日本企業の正当な経済活動が確保されるよう引き続き関連情報を収集し、個別の状況に応じて適切な対応を行っていくのが基本的な考え方だ……国際的に企業に対する人権尊重を求める声が高まる中、日本政府も去年10月にビジネスと人権に関する行動計画を策定した。引き続き企業と意思疎通を図りながら一層の理解の促進と意識の向上による責任ある企業行動の促進を図っていきたい」と述べています。
ファーストリテイリングは今年5月にアメリカから、新疆ウイグル自治区の強制労働をめぐる制裁措置に違反したとして、「ユニクロ」製シャツの輸入の差し止め措置を受けましたけれども、加藤官房長官はその時も「政府として情報収集を行っているが、日本企業の正当な経済活動が確保されるよう、適切な対応を行っていく」と述べていました。
前回も今回も政府は「日本企業の正当な経済活動が確保されるように」と述べていますけれども、これは日本政府として邦人企業は守るという意思表明であり、是とされるべきものだと思います。
少し前、海自の海外派遣に反対している民間国際交流団体「ピースボート」が、ソマリア沖・アデン湾を航行する自身の旅客船の護衛を海自に依頼して「『危ないときは守って!』というのはムシがいい」と批判されたことがありましたけれども、それと同じで、たとえ政府に批判的な企業であったとしても、政府が邦人企業を守るのは普通だと思います。
ただ、加藤官房長官の発言を注意深くみていくと、前回は「日本企業の正当な経済活動が確保されるよう、適切な対応を行っていく」としていたのが、今回は「日本企業の正当な経済活動が確保されるよう、個別の状況に応じて適切な対応を行っていくのが基本的な考え方だ」と"個別の状況に応じて"と"基本的な考え方だ"というのが付け加わっているなど、微妙に変化しています。
政府は情報収集を続けると答えていますけれども、もしかしたら、情報収取を進めるうちに、ファーストリテイリングが関与している疑いがあると判断したか、あるいは何らかの証拠を掴んでいるのではないかとも思えてきます。
そういった背景があるが故に、今回、微妙に発言内容が変わったと解釈すると辻褄があうような気がしなくもありません。
4.ユニクロの価値観と行動規範
ファーストリテイリングのホームページを見ると、会社の基本理念として「私たちの価値観 ─ Value」と「私の行動規範 ─ Principle」が記載されています。
それは次の通りです。
私たちの価値観 ─ Valueこれを見ると「正しさへのこだわり」だとか「高い倫理観を持った地球市民」だとか、何やら香ばしい文言が並んでいます。
お客様の立場に立脚
革新と挑戦
個の尊重、会社と個人の成長
正しさへのこだわり
私の行動規範 ─ Principle
お客様のために、あらゆる活動を行います
卓越性を追求し、最高水準を目指します
多様性を活かし、チームワークによって高い成果を上げます
何事もスピーディに実行します
現場・現物・現実に基づき、リアルなビジネス活動を行います
高い倫理観を持った地球市民として行動します
ファーストリテイリングのホームページにはこれらについての詳細な説明があります。件の「正しさへのこだわり」と「高い倫理観を持った地球市民」についての説明は次の通りです。
■正しさへのこだわり掲げている理念なり行動規範は言葉の上では立派です。
企業の不正は、永年にわたって育ててきたブランドの価値を、一夜にして地に落としてしまいます。
ファーストリテイリングは、経営のあり方、取引姿勢、従業員のものの考え方など、あらゆる企業活動において「正しさ」にこだわり抜きます。これが、私たちの企業姿勢です。
正しい企業姿勢と企業活動こそが、企業の信用と信頼を築く礎です。企業として法規を遵守し、公正さに心がけるのはもちろんのこと、従業員一人ひとりに対しても、正しい行動を求めます。
商品やサービスそのものよりも、先ず私たちの企業姿勢を買っていただく。ファーストリテイリングは、その卓越した商品・サービスにふさわしい品格ある企業として、あらゆる人々から親しみと敬意をもって受け容れられるよう努めていきます。
■高い倫理観を持った地球市民として行動します
私たちは、世界中の人々に服を着る喜び、幸せ、満足を提供するグローバル企業、ファーストリテイリングの一員として、一人ひとりが卓越したビジネスパーソンであると同時に、高い倫理観をもったひとりの人間でなければならないと考えます。
国や民族によって文化は異なり、社会習慣や常識も違います。私たちは、自分がいま関係する社会について深く理解し、社会規範を遵守するとともに、国際社会が抱える課題や地球環境にも留意した行動に心がけ、人々から信用され信頼される地球市民として行動します。
けれども、それが本当にそうなのかが、フランスでの告発によって問われている訳です。
ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は新疆産綿花の使用の有無を問われ「人権問題というより政治問題なのでノーコメント」と発言していますけれども、NGO団体から「悪化した隷属状態に置く罪の隠匿」「人間を群れとして扱う罪の隠匿」「虐殺(ジェノサイド)の罪の隠匿」「人道に対する罪の隠匿」の4つの罪で告発され、既に裁判所が「人道に対する罪の隠匿」を受理しているのです。
ファーストリテイリングが自ら掲げる企業理念通りに"「正しさ」にこだわり抜く"のであれば、これを人権問題ではなく政治問題と捉えるのはどうかと思いますし、むしろ人権侵害していない、強制労働などしていないという証拠を積極的に開示・証明してみせるべきではないかと思います。
ファーストリテイリングは、「正しさへのこだわり」で「企業の不正は、永年にわたって育ててきたブランドの価値を、一夜にして地に落とす」と述べています。これが"正しい"ことであるのはいうまでもありません。
もしも、ファーストリテイリングが、ウイグルの人権問題を「正しさ」の問題として考えていないとするならば、その報いは何らかの形でくるのではないかと思いますね。
この記事へのコメント