

1.米中天津会談
7月26日、アメリカのシャーマン国務副長官は、中国を訪問し、天津で王毅国務委員兼外相、謝鋒(しゃ・ほう)外務次官と個別に会談しました。
バイデン政権発足後、アメリカの米国務省高官が訪中するのは初めてのことです。
会談でシャーマン国務副長官は、香港での民主派勢力への弾圧や新疆ウイグル自治区でのジェノサイドなどの人権問題のほか、アメリカに対するサイバー攻撃、台湾、東・南シナ海での中国の行動に懸念を表明。中国が武漢ウイルスの起源解明に向けた世界保健機関(WHO)の追加調査を拒否している問題でも改めて懸念を示しました。
更に、シャーマン氏は気候変動問題や核不拡散、北朝鮮やイランなどの地域情勢で米中が協力していく重要性を訴えました。
一部では、10月にイタリアで開かれるG20首脳会合に合わせて、バイデン大統領と習近平国家主席とで米中首脳会談が行われると予想する声があり、今回の会談ではそのための下準備が行われるのではないかとの声もあったのですけれども、議題にも上がらなかったようです。
2.謝鋒と王毅
天津会談について、ホワイトハウスのサキ報道官は、両首脳の会談の見通しは浮上しなかったと説明しながらも、今後ある時点で接触する何らかの機会はあるだろうと述べています。
けれども、アメリカのジャーマン・マーシャル財団のアジア専門家、ボニー・グレーサー氏は、天津ではフォローアップ会合や対話継続の仕組みについて合意がなかったようだと指摘しています。要するに平行線だったということです。
まぁ、平行線というと、今回は妥協点がなかったのだと軽く受け止めてしまうかもしれませんけれども、実態は喧嘩腰だったようです。
中国外務省のサイトは、謝鳳・シャーマン会談と王毅・シャーマン会談での中国側の言い分を公表しています。その内容はおおよそ次の通りです。
謝鳳・シャーマン会談:
・米中関係悪化の根本的な原因は、アメリカの一部の人々が中国を「仮想敵」として扱い、国内の根深い構造的対立の責任を中国に転嫁し、自国民の不満をそらそうとしていることにある。しかし、それによってアメリカが救われることはない。
・アメリカの「競争、協力、対抗」の三分法は中国を封じ込めるための「目くらまし」に過ぎない。対抗と封じ込めが本質であり、協力はその場しのぎ、競争は言葉の罠だ。自分たちが優位に立っていると判断する領域では、友好国を誘い込んでは中国に対してディカップリングを行いブロック化して制裁し、衝突して対立する。アメリカは自己本位で、一方的に利益を得たいだけだ。要するにアメリカは中国に負けたくないだけではないのか。
・中国はアメリカを負かしてアメリカに成り代わって世界制覇をしようなどとは思っていない。アメリカと軍事競争をする気も持っていない。
・アメリカ側の「ルールに基づく国際秩序」の維持とは、アメリカのような一部の国が自分たちの「家族の法律やルール」を国際的なルールと位置付けて他国を規制し、自分たちの利益になるようにルールを改ざんしているに過ぎない。中国が強くなることを怖がり、弱肉強食のルールを適用しているだけだ。アメリカは最も反省すべき国であり、自国の民主主義や人権問題に真剣に取り組むべきだ。
・アメリカは中国が新疆(ウイグル自治区)で種族絶滅を図っていると言い掛かりをつけているが、アメリカ大陸にいた原住民を絶滅させて国家を建設したのは、どこの国なのか。現在もなお人種差別をしている国はどこなのか?自国の人種差別と非民主性を改善してからものを言え。
・「一つの中国」原則は米中関係の基礎である。「台湾独立」を阻止してこそ、真の平和がある。内政干渉は許さない。
・香港が「中華人民共和国香港特別市」として中国に帰属したことを知らないわけではあるまい。アメリカはその現実を正視する勇気を持つことができず、何とか香港を、中国を転覆させるための「橋頭堡(きょうとうほ)」(敵地に侵攻するための拠点)に仕立て上げようとしている。小手先の内政干渉をしてきても香港の大局は揺らがない。
・アメリカは数か国に呼び掛けて「中国が悪質なサイバー作戦を仕掛けた」と事実無根の捏造をしているが、「盗人猛々しい」もいいところだ。アメリカこそは世界で最もインターネット技術と権力が集中している国であり、最も攻撃的なサイバー攻撃を仕掛け、西側先進国にまで盗聴の手を伸ばし、最も多くの機密をオンラインで盗み出す国であることは世界中の誰もが知っていることだ。サイバーセキュリティ問題で中国に汚水をかけなければアメリカは中国企業に勝てないので、汚い手段を弄している。
王毅・シャーマン会談:一言でいえば、「アメリカは中国に口を出すな。世界覇権を求める積りはない」という主張です。平たく言えば、米中で世界を分けようということです。
・現在の米中関係は深刻な困難と課題に直面している。次のステップが紛争や対立に向かうことであろうと、改善と発展であろうと、アメリカは慎重に考え、正しい選択をする必要がある。双方は、継続的な対話を通じて理解を深め、誤解を排除し、差異をより適切に管理する必要がある。
・アメリカ新政府は、中国に対する前政権の極端で誤った政策を継続し、中国の封じ込めと抑圧を強めている。中国はこれに固く反対する。このような問題は、結局のところ、中国を主要なライバル、あるいは敵対国とみなし、中国の近代化プロセスを妨害しようとするアメリカ側の中国に対する誤った認識に起因している。 この試みは、今は実現しそうにないし、将来的にも実現しない。
・中国の発展と活性化には大きな内因性の原動力があり、歴史的進化の必然的な傾向であることを明確に伝える。中国の特徴を備えた社会主義は、中国の国家的条件とニーズを完全に満たし、大きな成功を収めてきた。中華民族の偉大な再生は、いかなる勢力や国も止めることのできない不可逆的な歴史的プロセスに入っている。 あらゆる民族の中国人の近代化もまた、いかなる勢力や国も止めてはならない。
・中国は引き続き平和的発展の道を堅持し、互恵・ウィンウィンの開放的な戦略を追求し、国が強いときには決して古い覇権主義の道を歩まず、アメリカを含む世界のすべての国と共同の発展と繁栄を実現したいと考えていることを明確に伝える。中国は、第二次世界大戦以降の国際秩序の創設者と受益者の一人であり、別のルールを始めることはなく、そのような意図もない。 中国は、国連を中核とする国際システム、国際法に基づく国際秩序、国連憲章の目的と原則に根ざした国際関係の基本的な規範を堅持する。
・中国の発展の目的は、すべての中国国民の幸福のために働くことだ。中国の発展は、アメリカへの挑戦やアメリカに取って代わることを意図したものではない。我々は、各国がそれぞれの国情に沿った発展の道を自主的に探るべきだという基本的な立場から、イデオロギーや開発モデルを輸出したことはない。
もっとも、筆者は「世界覇権を求めない」という中国の言い分は口先だけの話であり、覇権を狙うだけの力を持てば、その野心をむき出しにして世界覇権を掴みに乗り出してくるだろうと見ています。
3.対米要求リスト
今回の米中天津会談はアメリカから仕掛けてきたものだという見方があります。
6月16日、バイデン大統領はスイスでプーチン大統領と対面で会談した後、「そう遠くない将来に習近平と会うことになるかもしれない」と示唆する発言を行いました。更に7月6日には、キャンベル・インド太平洋調整官が「アメリカはそれほど遠くない時期に、何かしらの関与をするだろう」と述べたことから、アメリカが 首脳会談の切っ掛け作りに乗り出したのではないかとの見方が浮上していました。
それゆえ、今回の米中天津会談は、バイデン大統領が習近平主席との会談を実現するための下準備として、アメリカから中国に申し入れたのではないかとも言われていたのですね。
けれども、会談では米中首脳会談は議題にも上がらなかった。中国が喧嘩腰で自分の要求を捲し立てたからです。
シャーマン・謝鋒会談で、謝鋒氏は二つの対米リストをシャーマン氏に手渡しています。
一つは、アメリカが中国共産党員に対する査証(ビザ)発給制限や中国企業に対する制裁の撤回および中国人留学生や孔子学院への弾圧といった、"誤った政策や言動"を是正せよという「是正措置リスト」で、もう一つは中国が懸念している案件のうち優先的に解決せよという事を要求している「優先案件リスト」です。
評論家の石平氏は、この是正リストの筆頭に「中国共産党員とその親族に対する入国ビザの制限の撤廃」があることに着目し、中国政府にとっての「革新的利益」とは実は台湾やウイグル等々ではなく、共産党員がアメリカに入国できるかどうかだと述べています。
これは、王毅・シャーマン会談でも同じで、石平氏は王毅外相がシャーマン氏に示した「三つの基本要求」を見ればそれが分かると述べています。その三つの要求は次のとおりです。
一、中国の社会主義体制の転覆を試みないこと石平氏はこれをみても、中国共産党政府にとって一番大事であるのは、今の体制を維持することであって、台湾やウイグルは3番目、まさに二の次の問題なのだと指摘しています、
二、中国の発展を妨害しないこと
三、中国に内政干渉しないこと。主権侵害や領土保全を損なわないこと
こうした中国側の要求に対し、シャーマン氏は香港の反民主主義的な弾圧、新疆ウイグル自治区で続くジェノサイドなどの人権問題や南シナ海などの中国側の行動を問題視して譲らなかったようです。
4.米中首脳会談を諦めないアメリカ
決裂と言ってよい今回の米中天津会談ですけれども、アメリカはまだ米中首脳会談に未練を残しています。
7月26日、ホワイトハウスは「国家情報長官室におけるバイデン大統領の発言について」というのを発表しました。
この中でバイデン大統領は「中国を見てみよう。 私は世界のリーダーとしての習近平と、誰よりも長い時間を過ごしてきた。……私は彼と一緒に17000マイルを旅をしてきた。彼と一緒に座ったこともあるし、私と通訳と一緒に座ったこともある。 彼は、40年代半ば、つまり2040年代までに、世界で最も強力な軍事力を持ち、世界で最も大きな、そして最も優れた経済力を持つ国になることを死ぬほど真剣に考えている。これが現実だ」と習近平との距離の近さをアピールしています。
また、ホワイトハウスのサキ報道官も、米中天津会談について、両首脳の会談の見通しは浮上しなかったとしながらも、今後ある時点で接触する何らかの機会はあるだろうと述べています。
何というか、もう、バイデン政権が何とかして米中首脳会談を実現しようと、習近平主席に秋波を送っているように見えてしまいます。
5.バイデンの焦り
なぜ、バイデン政権はこれほどまでに中国との首脳会談を望むのか。
筆者はこれはバイデン政権自身がバイデン政権としての「成果」を何としてでも出したいと思っているからではないかと見ています。
なぜなら、今現在、バイデン政権が行っている政策、とりわけ対中政策は、その殆どをトランプ前政権のそれを踏襲しているからです。
6月11日、ワシントンジャーナル紙は、バイデン大統領の対中政策の方向性について、ここ1週間で明らかになりつつあるとして、その措置は対中強硬姿勢を貫いたドナルド・トランプ前大統領のスタンスを踏襲する構えだと指摘しています。
記事によると、バイデン政権関係者らは、最近講じた措置は全体として、トランプ氏の取った行動に積み上げるものだと認めているとのことですから、もはやアメリカでも公然の事実となっていると思われます。
けれども、バイデン政権がトランプ流の政策を踏襲するということは、トランプ前大統領の正しさを認めるということであり、それは同時に大統領選で散々トランプ前大統領を批判して自身の政策が正しいと主張していたことを自分で否定することを意味します。
要するに、バイデン政権は、バイデン政権としての独自の実績が殆どないということです。
当然これは、自身の求心力を落とすことに繋がりますし、2022年の中間選挙にも悪影響を及ぼすことになりかねません。
となると、なんとしても、"民主党ならではの"、"トランプとは違う"、バイデン政権としての成果を見せておく必要に駆られているのではないか、と思うのですね。
そのための外交政策はなにかというと、やはり人権や同盟国重視というスタンスが挙げられるでしょう。
もしバイデン政権が、トランプ前政権との違いを強調しつつ実績を出そうとしているのだとしたら、対中外交は格好のターゲットになります。
つまり、ウイグルジェノサイドや香港弾圧、そして台湾問題などで中国に要求を飲ませることで、点数を稼ごうとしているという事です。だから、米中会談をやってみせてこれらの問題で何等かの合意をとりつけようとしているのではないか。
けれども、当然のことながら、対中強硬一辺倒では会談なんて到底無理でしょうから、多少のリップサービスは必要になってきます。
先程、キャンベル調整官が「アメリカはそれほど遠くない時期に、何かしらの関与をするだろう」と米中会談を匂わせる発言をしたことを取り上げましたけれども、このときキャンベル調整官は「台湾の独立は支持しない」とも発言しています。
これについて筆者は「麻生、キャンベル、レッドライン」のエントリーで、麻生副総理と示し合わせた上での発言ではないかと述べましたけれども、バイデン政権は、米中会談に向けてリップサービスをしたい反面、台湾進攻をされても困るので、日本に打診して、中国を牽制する意味で麻生副総理に例の「中国が台湾に侵攻したら日米で台湾を防衛する」発言をさせたのではないかさえ思えてきます。
もしもそうだとすると、中間選挙が迫る中、バイデン大統領は意外と焦っているのかもしれません。
それに対して、中国は「戦狼外交」で噛みついてみせた。これは結果的に悪手になったのではないかと思います。
なぜなら中国は、バイデン政権に点数を稼がせる機会すら拒否してみせたことになり、バイデン大統領を更に追い詰めることになるからです。
現在、アメリカでは、いくつかの州で昨年のアメリカ大統領選選挙結果の監査が行われるなど、不正疑惑が再燃しています。そんな状況で中国に妥協しようものなら、バイデン政権に対する風当たりは更に強くなるものと思われます。
畢竟、バイデン政権はトランプ前政権の政策を踏襲・継続するほかなく、米中関係はこのまま膠着状態になるのではないかと思いますね。
この記事へのコメント