

1.中国からの批判を恐れるのは恥ずべきことだ
7月27日、アメリカ議会の「中国に関する議会・政府委員会」は来年の北京冬季五輪の有力スポンサー企業を呼んでオンライン公聴会を開きました。
証人として呼ばれたのは、コカ・コーラ、クレジットカードのビザ、民泊仲介のエアビーアンドビー、半導体のインテル、一般消費財メーカー世界最大手のプロクター・アンド・ギャンブルなどの幹部です。
公聴会で共和党のスミス下院議員は、五輪協賛は「中国の体制宣伝を助ける」として、開催地が変更されない限りスポンサーを辞退するよう促しました。
これに対し、インテルのロジャース執行副社長は中国に言及せずに「ビジネスを行う場所で人権侵害があれば、われわれは深く憂慮する」と一般論で返答。エアビーアンドビーの幹部は「人権はわれわれの価値観の核心だ……中国では中国の法と規制に従うことが求められている」と明言を避けました。
各社の幹部は、北京五輪の開催地変更または延期を支持するか聞かれても「私たちは開催地選定に関与していない。私たちは開催地がどこであれ、選手を応援し支える」と答え、国務省が新疆ウイグル自治区での人権侵害をジェノサイドと認定したことについても、インテルの役員が「わが社は国務省が報告書を出す前から新疆でビジネスをしていない。私は報告書を研究し、その結論を信じている」と述べた以外は、各社とも明確な答えをせず逃げました。
この態度に共和党のコットン上院議員は「ここにいる証人は中国共産党の反発を買う発言をするな、との指示を受けて公聴会に出席している」と非難。民主党のマリノウスキー下院議員も「中国からの批判を恐れるのは恥ずべきことだ」と断じています。
2.中国に関する議会・政府委員会
「中国に関する議会・政府委員会」は企業幹部を公聴会に呼ぶだけでなく、書簡でも企業に圧力を掛けています。
7月、委員会は、ホテルチェーン大手のヒルトン・ワールドワイド・ホールディングスのクリストファー・ナセッタ社長兼最高経営責任者(CEO)に宛てた書簡で、「建設予定地は、新疆ウイグル自治区でウイグル族の宗教的・文化的な場所を破壊し、信仰や文化を根絶しようとする中国政府の取り組みを象徴している」と批判。ウイグル族の宗教・文化的遺産の破壊は、同自治区でイスラム教徒に対する「ジェノサイド」や人道上の犯罪が行われていると政府が判断する要因になっていると述べ、ヒルトンは、抑圧に名前が利用されることを容認してはならないと訴えました。
「中国に関する議会・政府委員会」はアメリカ連邦議会両院の議員と連邦行政府高官により構成される常設の連邦議会・行政府合同委員会です。
2000年10月10日に成立した連邦法「中華人民共和国のための通常貿易関係」の規定に基づき設立されました。この委員会は、人権、特に「市民的及び政治的権利に関する国際規約」、「世界人権宣言」における人権が遵守されているか、侵害されているかについて、中国の行為を監視することを職務としています。
当委員会は中国における人権状況と法の支配の整備状況に関する年次報告書を提出しており、2020年の年次報告書では、この1年間で自治区での大量虐殺を含む「人道に対する罪の証拠」が浮上したと指摘し、アメリカ政府に対して自治区でのウイグル族などへの弾圧をジェノサイドであると公式に認定するよう促しています。
このように、精力的に活動している「中国に関する議会・政府委員会」ですけれども、アメリカ政治に詳しい福井県立大の島田洋一教授は「5月にはナンシー・ペロシ下院議長が首脳の出席を見送る『外交的ボイコット』を提唱したが、共和党議員だけでなく、民主党からも甘いという声が出て、次の段階としてスポンサーによるボイコットが呼び掛けられている。中国が態度を改めない限り、開会式での選手入場取りやめ、さらには完全なボイコットなど段階を踏んで米議会は行動することになるだろう」とコメントしています。
まぁ、中国が批判されて態度を改めることなんてことはありえませんから、このままいけば、結局は完全ボイコットに向けて進んでいくのではないかと思います。
3.直観的に反対だ
アメリカと同じく、北京冬季五輪へのボイコット論が浮上しているのがイギリスです。
イギリス議会で北京五輪に政府代表を派遣しない「外交的ボイコット」の声があがり始めたのは7月始めのことです。
イギリス議会の委員会は、ウイグル族イスラム教徒に対する「迫害を終わらせる」ため、北京五輪をボイコットして中国に圧力をかけるべきだとする報告書を発表しました。
7月7日、ジョンソン首相は議会で外交的ボイコットを支持するかと質問され、「英国は世界に先駆け、新疆ウイグル自治区での人権侵害を糾弾し、責任者への制裁を科している。スポーツでのボイコットにはこれまでもそうだが、直観的に反対だ」と語りました。
直観的に反対、とはなんとも微妙な表現ですけれども、理性で考えれば結論は違うともいえ、どちらにも行けるように「保険を掛けた」発言といえなくもありません。
そんなジョンソン首相の発言を他所に、イギリス議会のボイコット論は全然沈静化していません。
7月15日、与党・保守党のイアン・ダンカン・スミス元党首は、議会で「以前、別の凶悪な独裁政権に譲歩したときに何が起こったか忘れたのか……宥和政策は失敗し、6000万人が死亡した。今、われわれは同じ道をたどっている……北京五輪のボイコットは、決して形ばかりのものではない……中国は、世界中から非難を受けたり、影の行いを詮索されたりすることを非常に嫌う。きっと、効果が上がる」と外交的ボイコットを強く訴えました。
また、ウイグル自治区での中国の政策を批判したことで、中国の制裁対象になった9人のうちの1人である保守党のティム・ロートン議員は「北京を2008年の夏季オリンピック開催都市に選んだのは、国際オリンピック委員会(IOC)が、大会の開催は中国の人権改革のきっかけになると約束したからだ……その後どうなったか。新疆ウイグル自治区ではジェノサイド、チベットでは何千人ものチベット族が逮捕、投獄され、住まいを奪われ、拷問され、殺された。香港では言論の自由と政治的自由が抑圧され、中英共同声明は反故にされ、国家安全法が発動された。なんともすばらしい成果ではないか」と手厳しく批判しています。
4.トヨタは東京五輪に複雑な思いを抱いている
当然、アメリカの同盟国である日韓もこうした動きの影響を受け始めています。
8月1日、韓国の毎日経済新聞などの報道によると、アメリカ議会の関係者らが韓国の大企業と接触し、北京五輪の後援を中止するように強く求め、更にアメリカの人権団体も、韓国企業に北京五輪のスポンサー中止を促していると伝えられています。
韓国で北京五輪のスポンサーをしているところで有名なのは「サムスン電子」で、オリンピック公式トップスポンサーとして4年ごとに約1億ドルを出し、2028年のロス五輪まで契約されています。また「現代自動車」や「SK」もスポンサーとなり、様々な形でオリンピックをマーケティングに活用しています。
これは日本企業も同じです。
7月25日、ワシントンポスト紙は「トヨタは東京五輪に複雑な思いを抱いている。しかし、ジェノサイド・オリンピックにはOKだ。(Toyota has mixed feelings about the Tokyo Olympics. But it’s okay with the Genocide Olympics.)」という皮肉めいたコラムを掲載しました。
内容は、見出しの通りで、トヨタが東京五輪には「理解されにくい問題がたくさんある」という理由で、日本でのテレビ報道からオリンピックをテーマにしたすべての広告を取りやめ、トヨタCEOの開会式参加も見送ったことについて、何が問題なのかと疑問を呈した上で、中国では毎週のように、何の罪もない人々が、尋問され、拷問され、刑罰を受けており、ウイグル自治区では、共産党員がウイグル人女性に対して、避妊ルールに違反すると強制的に不妊手術をしたり、収容所に収容したりしていることは「理解されにくい」問題なのだろうか、と皮肉っています。
7月20日、自民党外交部会などは党本部で会合を開き、中国による新疆ウイグル自治区での人権侵害をめぐり意見を交わしました。外交部会長である佐藤正久参院議員は「人権という普遍的な価値を基軸とする日本外交にとっても非常に影響を受ける問題だ」と指摘し、出席議員からは、北京冬季五輪について「外交的ボイコットを検討すべきだ」、「中国自体が五輪憲章に反する人権侵害をしており、開催地変更を働き掛けるべきだ」などの意見が出ました。
これに対し外務省は「質問ではなく、ご提案だと受け止めました」とだけ回答したそうです。
質問ではないと受け取ったというのは「返事する必要がないもの」だと認識したということです。返事をしたくなかったのか、出来なかったのか分かりませんけれども、少なくとも政府として何らかの見解を出せる状態にない、ということだけは間違いありません。米英中心にボイコット論が盛り上がっていることを外務省が知らない訳がありません。にも拘わらず、その準備どころか返事すら出来ないとは、ちょっと情けない感じがします。
ただ、世界の動向を見る限り、この件は有耶無耶には出来ないと思いますし、放置すれば、アメリカなどから北京五輪のスポンサー企業にペナルティや制裁が課される可能性も否定できません。
踏み絵の前に立たされた日本。ブルーチームの旗を掲げるのか否か、その時は目前に迫っています。
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