

1.武漢研究所の膨大な遺伝子データをハッキング?
8月5日、アメリカのCNNテレビはアメリカ情報機関が中国の武漢ウイルス研究所から、遺伝子情報を含む大量のデータを入手したと報じました。
情報機関がいつ、どのようにしてこれらの情報を入手したのかは不明とのことですけれども、通常、遺伝子データの生成や処理に使われる機器は通常、外部のクラウドベースのサーバーに接続されていることから、ハッキングの可能性もあると見られています。
武漢ウイルスの起源をめぐっては現在、アメリカ当局が90日間の検証作業を実施中で、一部の当局者は武漢ウイルス研究所が、武漢ウイルスの流行の発生源になった可能性があるとの見方を示しています。
そのためにも、今回入手したデータから、武漢ウイルスが動物から人間にうつった経緯の解明が出来るかどうかがカギになります。
アメリカ政府内外の調査員は以前から、武漢ウイルス研究所で扱われていた22000のウイルス試料の遺伝子データを入手しようとしてきました。このデータは2019年9月に中国当局者によってインターネットから削除され、中国は初期の武漢ウイルス症例に関する生データを世界保健機関(WHO)やアメリカに提出するのを拒んでいました。
勿論データの解析と実態の解明は簡単ではありません。全データを処理する計算能力やマンパワーの確保、更に遺伝子配列データを解釈できるスキルに加え、機密取り扱い資格だけでなく、中国語も理解できなければなりません。
2.武漢ウイルス起源調査の主導権を握りたいバイデン
筆者は、8月5日のエントリー「衝撃の米共和党の武漢ウイルス起源報告書」で、共和党が出した武漢ウイルスの起源に関する報告書は、バイデン政権が90日以内の報告を命じたのに対する牽制ではないかと述べましたけれども、福井県立大学の島田洋一教授も「米議会共和党は、これまでも中国語に堪能なマット・ポティンジャー前大統領安保副補佐官らが、中国側から得た秘密文書を精査し、『武漢研究所漏洩説』に自信を持っているようだ。『親中派』とされるバイデン民主党政権と中国側が“談合”して、中身の緩い報告書を発表しないよう、民主党政権と中国を強く牽制(けんせい)した動きだ」と語っています。
では、今回、武漢ウイルス研究所から遺伝子情報を含む大量のデータを情報機関が入手したとなぜこのタイミングで報じられたのか。
筆者はこれはアメリカ当局からの意図的なリークではないかと見ています。というのも、件の共和党の報告書はいわゆる状況証拠の積み重ねであり、直接的な証拠ではないからです。
これに対し、アメリカ情報機関が入手したという武漢ウイルス研究所からのデータは、それが本物であれば、直接的証拠になります。
つまり、アメリカ情報機関が入手した情報、つまり、バイデン政権は、近く提出するバイデン政権からの調査結果は、アメリカ情報機関が入手した直接的証拠に基づいたものであり、共和党が出した「状況証拠を羅列しただけ」のものとは違うのだ。こちらが格段に精度が上であるのだとする狙いがあるのだと思います。
要するに、武漢ウイルスに関する対中政策の主導権を握ろうとしているということです。
もしも、狙い通りに、バイデン政権が武漢ウイルス起源調査で主導権を握れたとするならば、バイデン政権からの報告書は、共和党が出したものと同じ武漢ウイルス流出説を裏付けるものとすることもできますし、また、前述の島田洋一教授が指摘するように、バイデン民主党政権と中国が"談合"して、中身の緩い報告にするなど、どちらも出来ることになります。
3.牽制と談合
また、今回の武漢ウイルス研究所からデータを入手したとする報道は同時に中国政府への牽制にもなります。
7月28日、ブリンケン国務長官は、訪問先のクウェートで世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長と会談し、WHOが計画している武漢ウイルスの起源に関する2次調査を支持する考えを伝えました。
2次調査というのは7月16日にWHOが武漢ウイルスの起源に関する中国での調査を再び行い、今度は人、野生動物、武漢の海鮮卸売市場などの調査に加え、2019年12月に人の感染が確認された地域で運営されていた武漢ウイルス研究所などの監査も実施するというものです。
この前日7月15日、テドロス事務局長は記者会見で「中国にパンデミック初期の情報やデータについて透明性を高め、オープンかつ協力的になるよう求める。中国の武漢ウイルス研究所から新型ウイルスが流出した説を排除できるのは十分な情報が得られた後である……私自身は免疫学者であり研究所で働いた経験があるが、研究所での事故は起こりうる。普通に起きることだ。私は事故を見たことがあるし、私自身ミスをしたことがある」とまで述べています。
アメリカ国務省の発表によると、ブリンケン国務長官は2次調査に関し、「証拠に基づき、透明性が確保され、専門家が主導し、干渉されないことが必要だ」と述べ、「国際社会が一緒に取り組むことが重要だ」とも強調しました。
WHOの2次調査提案に対し、案の定、中国は「常識を尊重せず、科学に背いている。我々は受け入れることはできない。データは調査期間中に示した……ただし病人のプライバシー保護のため提供に同意せず、コピーも認めなかった。専門家チームは理解を示していた」と強く反発していますけれども、なんとなれば、アメリカは今回入手したという武漢ウイルス研究所からのデータをWHOに提供することもできますからね。
他方、バイデン政権にしてみれば、証拠は全部握っているのだと表向き脅しておいて、水面下で中国と談合して、"なぁなぁ"の報告書で手打ちするという選択肢もないわけではなく、まだどうなるかは分かりません。
4.アメリカ世論は人工説に変わっている
ただ、アメリカ世論は武漢ウイルス人工説に大分傾いています。
アメリカの政治ニュースサイト「ポリティコ」とハーバード大学が6月下旬に実施した世論調査によると、調査に参加したアメリカ人の52%が「新型コロナウイルスは武漢の研究室から発生したものと信じている」と回答し、動物が感染源と考える人はわずか28%に留まりました。
そして、49%が「中国の研究所が新型コロナウイルスを開発した」との見方を示し、25%が「中国当局が故意に新型コロナウイルスを作り、意図的にウイルスを放出した」とまで回答したそうです。
これが、アメリカのピュー・リサーチ・センターが昨年3月に実施した世論調査で、「新型コロナウイルスは中国の研究室で発生した」と回答したアメリカ人が29%だったのとは大分様相が異なります。
しかも、支持党派別で見ても、「武漢研究所発生説」を信じていると答えた人の割合は、共和党が59%、民主党が52%と大差がなく、この1年で党派を問わず研究所由来説がアメリカの世論に広く浸透したことは明らかです。
これについて、調査内容を設定したハーバード大学のロバート・ブレンドン教授は「もともとはトランプ大統領の主張で、保守勢力の中でのみ言われていたことだったため、以前の調査では共和党と民主党支持者間で結果が大きく異なっていた。しかし今回は異なり、両党の支持者が同じ考え方をしている」と指摘しています。
更に、この世論調査でウイルス発生源の究明について、およそ3分の2の人が「極めて重要」「とても重要」と認識していることが明らかになっています。
また、アメリカのシンクタンク「セキュリティー・ポリシー・センター」が7月初めに実施した世論調査によれば、63%が「中国当局に損害賠償を請求すべきだ」と回答しているとの結果もあります。
したがって、もし仮に、バイデン政権が「なぁなぁ」の報告書で済まそうとしても、中途半端な内容では世論が納得せずかえって炎上する可能性もあります。
果たして、バイデン政権は、武漢ウイルス起源に関して、どのような報告書を出してくるのか。俄然注目度が高まってきたように思いますね。
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