
1.失速する一帯一路
9月29日、アメリカのウィリアム・アンド・メアリー大学のエイドデータ研究所は、中国の「一帯一路」構想について、失速するリスクがあるとの報告書を公表しました。
エイドデータ研究所は、中国が過去18年間に165ヶ国で支援した総額8430億ドルのプロジェクトを検証しました。
それによると、一帯一路のプロジェクトの35%では汚職、労働法違反、環境汚染、抗議活動といった問題が発生しているとのことで、共著者のブラッド・パークス氏は、高額予算、汚職、債務の持続可能性に対する懸念を理由に、大規模な一帯一路プロジェクトを棚上げする低・中所得国が増えていると述べています。
実際、マレーシアでは2013—2021年に総額115億8000万ドルのプロジェクトが中止。カザフスタンでも15億ドル、ボリビアでも10億ドル以上のプロジェクトが中止になっています。
こうしたことから、報告書は、カザフスタン、コスタリカ、カメルーンなど「買ってから後悔する」国が相次いでいると指摘。更に、信用リスクも高まっており、多くの低・中所得国では、中国の債務に対するエクスポージャーが国内総生産の10%を超えているのだそうです。
先述のパークス氏は主要7ヶ国(G7)が一帯一路に対抗して打ち出した途上国向けのインフラ支援構想「ビルド・バック・ベター・ワールド(B3W)」の登場で選択肢が増え、一帯一路の一部の大規模プロジェクトが頓挫する可能性があるとの見方を示しています。
2.台湾に接近する中東欧諸国
そんな中、中東や欧州諸国で中国と距離を置き、台湾に接近する動きが出ています。
リトアニア、チェコ、スロバキアの3ヶ国は今年10月下旬に台湾の政府機関幹部や民間企業トップら約65人から成る視察団の受け入れを決定しました。
今年、この3ヶ国は、台湾に武漢ウイルスワクチンを無償提供して関係を深めたのですけれども、視察団受け入れを貿易と投資の促進につなげると共に、民主主義の価値観を共有し、中国の軍事的圧力にさらされる台湾との連帯を確認するとみられています。
リトアニアのナウセーダ大統領は「民主主義の原則と価値観を守るために尽力する」とイギリスメディアに語ったそうですけれども、リトアニアは、民主化運動を通じて1990年に当時のソ連から独立を勝ち取った過去があり、とりわけ中国の人権侵害に厳しい目を向けています。
5月に、リトアニア議会は中国による新疆ウイグル自治区での人権侵害を「ジェノサイド(民族大量虐殺)」と認定。7月には、台湾の代表処(大使館に相当)を首都ビリニュスに開設すると発表しています。
更に今月21日、リトアニア国防省は、中国のスマートフォン大手、小米科技(シャオミ)の製品には中国政府が警戒する用語の検出機能がついているとして不買を呼びかけています。
3.札束を失った中国に残るもの
最近は、中国の人権問題がクローズアップされていますけれども、欧州では、その前から中国の投資のあり方に疑問が出ていました。
2016年8月、中国大手電機メーカーのミディアグループ(美的集団)は、ドイツの世界的に有名な工作機械メーカーであるクーカ(KUKA)の公開株買い付け(TOB)を行いその95%を取得し買収しました。
当時、一部の政治家やメディアからは、クーカが持つドイツのロボット技術と同社の顧客である自動車メーカーなどの情報が流出するとの声が高まりました。
こうした懸念を背景にドイツ政府は中国企業による国内企業の買収阻止に腰を挙げました。
2018年には、中国の国有送電会社、国家電網(SGCC4)によるドイツの送電網事業会社50ヘルツの資本20%取得を阻止。
2020年には、中国の軍需関連国有企業、中国航天科工集団(CASIC)の子会社によるドイツの衛星・レーダー関連技術企業IMST買収を、国家安全保障上の懸念から阻止しています。
このように、ドイツをはじめとして、欧州は中国が国内企業を買収することで一気に革新技術を入手するのに警戒感を強めています。
もっとも、中国もこのことは理解していて、中国は中東欧諸国との多国間協力メカニズム「中国中東欧首脳会議(17+1)」で協力しましょうという姿勢を見せて、警戒感を薄めようとしてきました。
けれども、今年2月にオンラインで行われた「中国中東欧首脳会議(17+1)」では、バルト3国、ルーマニア、ブルガリアの5ヶ国が首脳の会議出席を見送り、代わりに閣僚が参加。更に、リトアニアが「中国中東欧首脳会議(17+1)」から離脱する意向を表明し、実際に5月に離脱しました。
リトアニアは離脱の理由として、当初期待した程、中国からの経済的メリットが得られなかったからだとしています。
2018年に広州で開かれた経済フォーラムで、中国政府系シンクタンクの国務院開発研究センター副局長・王一鳴氏は講演を行い、一帯一路は、毎年5000億米ドル(約53兆円)の資金不足が発生していると明かしました。
また、中国輸出入銀行の前代表取締役・李若谷氏は一帯一路に関わる殆どの国は貧困の途上国で、プロジェクトの費用を捻出できていないとし、「これらの国々の発展のために資金を調達するのは難しい」と述べ、より多くの民間投資が必要だと述べていました。
けれども、先日来、騒がれている中国不動産大手・広大集団のデフォルト懸念からも垣間見えつつありますけれども、、中国の民間企業に投資する体力がそう残っているとも思えません。
金の切れ目は縁の切れ目。
中国が、札束という最大の武器を失えば、残るのは世界からの不信の目です。
習近平主席が打ち出した一帯一路構想。
早くも、曲がり角にぶつかったのかもしれませんね。
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