

1.パンジシールの抵抗
アフガニスタンを掌握したタリバンが、東部パンジシール州で反タリバン勢力の激しい抵抗に遭っています。
自らを「アフガニスタンの反タリバン国家抵抗戦線(NRF)」と名乗る反タリバン勢力は、2日までにパンジシール渓谷付近でタリバンとの戦闘が再開したと発表しました。
パンジシール州は、州内を通る一本道の両側に3000メートル級の山々が並ぶ「自然の要塞」で、タリバンへの投降を拒んだアフガン政府軍の兵士や民兵ら約1万人が山陰などに潜み、約8500人とされるタリバン戦闘員らを退けています。
兵士らは、州内に侵攻したタリバン戦闘員らの後背を土砂で塞ぎ、補給を断った上で一斉攻撃を仕掛けているようです。
4日、「アフガニスタンの反タリバン国家抵抗戦線(NRF)」の現地報道官は「過去3日間で600人超のタリバン戦闘員を殺害した」と主張しています。
タリバンがパンジシール州制圧に拘るのは、崩壊した民主政権ができなかった全土統一をアピールした上で、政権樹立を宣言し、各国からの政権承認を取りつける思惑があるためと見られています。
9月5日、反タリバン勢力を率いるアフマド・マスード氏は、フェイスブックで「現在の問題を解決し、戦闘を即時停止して交渉を続けることに原則合意する……恒久的平和に向け、タリバン側もパンジシールとアンダラブに対する攻撃と軍事的な動きを停止することを条件に、戦闘を停止する用意がある」と投稿し、戦闘終結に向けて交渉による解決を提言したイスラム学者らの案を歓迎すると表明し、イスラム学者を交えた全勢力の大規模会合をその後に開催することができるとの考えを示しました。
現地メディアは、イスラム学者がタリバンに対し、パンジシール州での戦闘終結に向けて交渉による解決を受け入れるよう求めたと報じているのですけれども、タリバンは現時点で反応を示していないとのことです。
2.アメリカのアフガニスタンにおける軍事作戦は終了している
このパンジシールの戦闘について、9月3日、アメリカ国防総省のジョン・カービー報道官は記者会見で、パンジシール州の地元集団とタリバンの間で発生した武力衝突でタリバンに対してパンジシール州の集団を支援するかどうかに関する質問に「アメリカのアフガニスタンにおける軍事作戦は終了している」と答え、現地の武力衝突に介入しないことを示唆しています。
アメリカは反タリバン勢力を支援しないのかという見方について、国際関係論を専門とする東京外国語大学の篠田英朗教授は「バイデン政権は、共和国政府のアフマド・マスード、アムルラ・サレー第1副大統領、ビスミッラー・ハーン・モハンマディ国防相らパンジシール渓谷に集結した反タリバン勢力に対して、全く反応を示していない。武力でカブールを制圧したタリバンに対して、憲法の規定にしたがってアフガニスタン政府の暫定大統領となっているとするサレー第1副大統領の主張には、一定の妥当性がある。それを考えると、アメリカの冷淡な態度は、むしろ不自然なくらいだ」と述べています。
篠田教授によると、アフガニスタンで活動する「イスラム国ホラサン州(IS-KP)」は、新タリバン政権について、新しいアメリカの傀儡政権にすぎない、と断ずる声明を出しているそうですけれども、そうだとすると、タリバンとアメリカは裏で繋がっているが故にパンジシールの反タリバン勢力に冷淡だという見方も出来なくもありません。
3.アメリカが最長の戦争を失った日
8月28日、アメリカのワシントンポスト紙は、「サプライズ、パニック、そして運命の選択。アメリカが最長の戦争に敗れた日」というスクープ記事を掲載しました。
これは、首都カブール陥落の様子を、アメリカとアフガニスタンの政府関係者、タリバンの司令官、カブールの住民への約20回のインタビューに基づいて描いたもので、なんとタリバンが首都カブールの治安維持をアメリカに依頼していたのを拒絶していたというのですね。
該当部分までの大まかな内容は次の通りです。
・アメリカ中央軍のケネス・マッケンジー海兵隊元帥とロス・ウィルソン駐アフガニスタン代理大使は、7月にカブールで行われたガニ大統領との会談で、ガニ大統領に対し、「現実的で、実行可能で、広く支持される国防計画」が必要であり、34の州都すべてを防衛するという考えは捨てなければならないとアドバイスした。ガニ大統領は同意したように見えたが、結局何もしなかった。このように、タリバンはカブールの治安維持をアメリカ軍に依頼したにも関わらず、アメリカ側はそれを拒否したというのですね。
・アメリカの情報機関は、8月時点では、タリバンがカブールに深刻な脅威をもたらすのは秋の終わり頃だろうと見ていた。
・しかし8月14日にタリバンがマザリシャリフを陥落させると、アメリカ政府関係者は急いで行動する必要があると確信。ロイド・オースティン国防長官は、バイデン大統領と安全保障担当の側近との電話会議で、米国大使館の全職員を直ちにカブール空港に移動させるよう求めた。
・8月14日夜、ガニ大統領とブリンケン国務長官が電話会談を行った。首都での対決を避けたいブリンケンは、アメリカが仲介したタリバンとの協定へのガニ大統領の支持を求めた。その協定とは、アフガニスタンの指導者が身を引いて暫定政府が主導権を握れば、タリバンはカブールの外に留まるというものだった。その目的は、タリバンを含む包括的な政府の樹立に向けた交渉の時間を稼ぐことであった。ガニ大統領は渋々同意した。
・ガニ大統領逃亡。アメリカ政府は、ドーハでの交渉で合意された通り、暫定的な権限を持つ人物への秩序ある移行のために、ガーニが留まると考えていた。ドーハでの交渉で約束されていたように、ガーニは秩序ある暫定政権への移行のために留まるものと期待していた。
・急遽手配されたドーハのアメリカ軍幹部は、タリバンの政治部門のトップであるアブドゥル・ガニ・バラダーと直接会談を行った。
・バラダーは「我々は問題を抱えている」と語った。「我々には2つの対処法がある。あなた方(アメリカ軍)がカブールの安全を確保する責任を負うか、我々がそれを行うことを許可しなければならない」
・バイデン大統領は、アフガニスタンからの米軍撤退を断固として主張していた。その命令を知っていたマッケンジーはアメリカの任務はアメリカ国民やアフガンの同盟国など、危険にさらされている人々を避難させることだけだと言った。そのためには空港が必要なのだと。
・その場で、「アメリカは8月31日まで空港を確保するが、街はタリバンが支配する」という合意が成立。
・タリバンは、カブール中の戦闘機を移動させた。タリバンはその日のうちにカブールを占領するつもりはなかったが、ガニ大統領の退陣により選択の余地がなくなった。
バイデン大統領はカブール陥落について、誰も予想できなかったなどと言い訳でしていますけれども、このワシントンポスト紙の報道が正しければ、バイデン大統領の説明は真っ赤な嘘だったということになります。
4.一帯一路への参画を希望するタリバン
9月3日、タリバンのザビフラ・ムジャヒド報道官は、中国とパキスタンが進める大規模インフラ整備事業「中パ経済回廊(CPEC)」を、アフガンまで拡大するよう呼びかけました。
「中パ経済回廊(CPEC)」は、中国西部からパキスタン南西部グワダル港までの約2700キロの間に高速道路や発電所、港湾などを整備するプロジェクトで、中国の「一帯一路」の中心事業に位置づけられています。
ムジャヒド氏は、パキスタンの首都イスラマバードで開かれたオンライン国際会議に参加し、「貿易を拡大させるためにもパキスタンの支援を望んでいる」と、西側諸国がアフガン支援の継続に慎重な姿勢を示す中、中パ両国にインフラ整備で協力を仰ぐ考えです。
アフガニスタンは2016年にガニ政権が、中国と「一帯一路」の共同建設に関する覚書を交わし、王毅外相がこれまでに、「中パ経済回廊(CPEC)」のインフラ開発事業をアフガンに接続する構想を表明しているのですけれども、テロの危険性などから実際の事業は進んでいないのが現状です。
また、前日2日には、タリバンのハナフィー幹部が中国の呉江浩外務次官補と電話会談し、中国の「一帯一路」構想をめぐり「引き続き積極的に支持・参画したい」と「一帯一路」への参画を希望しています。
これに対し、中国の汪文斌副報道局長は翌3日の記者会見で「中国とアフガンの一帯一路共同建設は両国民に確かな支えをもたらす」と賛意を示す一方で、「アフガン情勢の平穏な移行、持続的な平和と安定の実現を望む。これはアフガンが次の段階で展開する対外協力の前提であり、各国企業の投資を呼び込む基礎だ」と留保を付けました。
中国にとって、「一帯一路」を進めるにあたり、アフガニスタンを抑えることは願ったり叶ったりなのではないかと思ってしまうのですけれども、これについて経済評論家の上念司氏は「中国がタリバンと仲良くすればするほど、周辺国が逃げていくからだ」と指摘しています。
その周辺国の例として挙げているのがロシアとインドです。
インドは、タリバンに近いパキスタンと対立しています。また、ロシアは、周辺のウズベキスタンやトルクメニスタンといった旧ロシア諸国にテロや麻薬を輸出されるのは困るといった事情からタリバンと対立していたアフガニスタンの北部同盟を支援していた過去があります。
上念氏は、特にロシアはタリバンをテロ組織認定しており、そのタリバンを中国が支援することは何事だということになるが故に、今度はロシアが中国を裏切るのではないかとコメントしています。
また、アナリストらによると、ロシア政府は複数の軍事基地を持つ中央アジアにおける権益を守ることを重視し、自国に隣接する地域で政情不安やテロの可能性が広がることは何としても避けたいと考えているとの分析があり、タリバンを警戒していることは間違いないものと思われます。
もっとも、ロシア政府は、タリバンの指導部をモスクワでの会議に度々招き、タリバンの国際的信用を向上させてやるなど、アフガニスタン国内の戦闘を近隣諸国に波及させないことや中央アジアにおけるテロの増加を防ぐための手も打っています。
5.バイデンの大戦略
アメリカがアフガニスタンを手放すことで、中国が進出できる環境を生み出し、ロシアが警戒を強める展開になりつつあることになった訳ですけれども、見方を変えれば、アメリカがアフガニスタンを中国に押し付けたと見ることも出来るかもしれません。
仮に一帯一路で中国がアフガニスタンに進出したとしても、アフガニスタンが不安定化すれば、そのインフラを守るため、あるいは整備するために軍を派遣したり、資本投入する必要が出てきます。たとえ、直接、中国軍を投入しないにしても、タリバンに金を渡して代わりに守って貰わなくてはなりません。
アフガニスタンの不安定化は隣接する新彊ウイグル自治区へも影響します。
8月18日、トルコのチャブシオール外相と電話会談した王毅外相は、タリバンに対し「明確な態度で全てのテロ勢力との関係を完全に断絶する必要がある」と述べ、新疆ウイグル自治区の独立派組織、東トルキスタン・イスラム運動の取り締まりを特に求めています。それほど、タリバンを恐れているということです。
アフガニスタンは、かつて古代ギリシャ、モンゴル帝国、ムガール帝国、大英帝国、そしてソ連軍がこの地域に侵攻したものの、いずれも撤退の憂き目に遭っています。そのことからアフガニスタンは「帝国の墓場」とさえ呼ばれています。
今回はアメリカはその墓場に足を取られることになった訳ですけれども、アメリカはそこから逃げ出す代わりに中国に押し付け、それによって中国の力を削ごうとしていることを狙っているのではないか。
そんなことが上手くいくのかどうかは別として、ならば、アメリカの屈辱的ともいえるアフガニスタンからの撤退劇はなんだったのか。
先のワシントンポスト紙によれば、バイデン政権は、タリバン側からカブールの治安維持を依頼されたにも拘わらず、それを断った結果、あの失態を晒してしまった訳ですけれども、もしあれが、単なるバイデン大統領の"やらかし"などではなく、計算づくでのことだったとしたら、その狙いは何か。
これは穿ち過ぎではないかと思いますけれども、その答えとして一つ考えられることは「バック・パッシング」です。
バック・パッシングとは、「自国と同じように脅威を受けている他の国をつかって、脅威となっている大国を直接押さえ込むという"面倒な仕事"を肩代わりさせる」という戦略概念です。
今回、アメリカは無様なアフガン撤退で信頼を損ないました。世界各国に「アメリカは同盟国を見捨てることもするのだ」という疑念と恐怖を抱かせたのですね。
例えば韓国などがそうです。
勿論、日本も他人事ではありません。畢竟、それらの国は「アメリカは当てにならないから自分の国は自分で守れるようにするべきだ」という方向に流れるであろうことは容易に予想できます。
けれども、それこそがアメリカの狙いで、例えば対中包囲にしても、直接な軍事的対立あるいはバランスは日本、台湾、東南アジアなどの周辺国に肩代わりさせて、自身は後方で悠々と構え、危なくなったら支援する、という戦略にシフトしようとしたのではないか。
そのために、アメリカが無様な姿を「わざと」世界に見せつけた。自国に引き籠るための大芝居を打ったということです。
けれども、このやり方は非常に危険な面があります。
それは、中国の周辺国がアメリカの言いなりになって、いつまでも「バック・パッシング」してくれる保証がないということです。
中国が周辺国に工作し、金をばら撒いて、周辺国を手懐けて、アメリカを裏切ることだってできる訳です。それこそ極端なことをいえば、米中で世界を二分することなってしまう事態も無いとは言えません。
果たしてこれが本当にバイデンの「大戦略」なのかどうかは分かりませんし、単なるバイデン大統領の「やらかし」であればよいと願いたいところですけれども、一定の警戒を抱きつつも、それでも、この機会を利用して日本の国防力を高める方向に進むべきだと思いますね。
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