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1.欧州天然ガス急騰
ヨーロッパで天然ガスの値上がりが加速しています。
12月21日の欧州エネルギー市場で翌月物の天然ガス取引価格は前日比で一時25%上げ、過去最高値を大幅に更新しました。
金融情報会社リフィニティブによると、欧州の指標価格であるオランダTTF(Title Transfer Facility)は2022年1月渡しの取引で一時、前日より37.55ユーロ高い、1メガワット時あたり184.95ユーロまで値上がりしました。
これは、10月6日につけた翌月物としての最高値である155ユーロを大きく塗り替えるもので、昨年末と比べて10倍近い水準になっています。
なぜこんなことになったのかというと、ドイツでガス供給不安が起こったからです。
ブルームバーグによると、12月18日、ロシアからベラルーシとポーランドを経てドイツに向かうパイプライン「ヤマル・ヨーロッパ」のガス供給量が大幅に減り、20日には通常の輸送量の4%まで落ち込みました。
そして翌21日に、ドイツのパイプライン運営会社ガスケードは、パイプラインの輸送方向はドイツからポーランド方面へと切り替わったと明らかにしました。
更に、この日、ロシアの天然ガスの生産・供給企業のガスプロムは次期輸送量に対する輸出予約もしていないことが明らかになったことも重なり、ガス先物価格が急騰したという訳です。
パリ政治学院教授で以前はエネルギートレーダーだったティエリー・ブロ氏は「ロシアでのガス需要が記録的な水準に上っているためにガスプロムに生産余力がないからなのか、隠された政治的な意図があるからなのかはわからない」と語っています。
2.ロシア産天然ガスとパイプライン
ロシアは、50年以上前からパイプラインで欧州にガスを供給しています。
ロシア産ガスは、アルジェリア産、リビア産のパイプラインガスよりも安価で供給も安定しており、競争力のある価格でマーケットシェアを維持してきました。
ロシアから欧州に延びるガスのパイプラインは、まずヤマル・ヨーロッパとウクライナを経由する2本の計3本が東欧に延び、ヤマル・ヨーロッパのラインはフィンランドに向かうノルドストリームと、ベラルーシを経由してウクライナのラインに接続するルート、更にそのままドイツに向かうルートに分岐しています。
そして、ウクライナを経由する2本のうち南側のラインは地中海に向かうブルーストリームに分岐しています。
ロシア産のガスは、ウクライナ経由4割強、ノルドストリーム経由3割、ベラルーシ経由2割で欧州に輸送されています。
次にガスの消費量をみていくと、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ等、北西ヨーロッパ地域は、欧州全体の6割を消費していて、その内訳は、域内産ガス3割、ノルウェー産ガス3割、ロシア産ガス3割、LNG(液化天然ガス)1割です。
また、イタリア、ギリシャ等、地中海ヨーロッパ地域は、欧州全体の2割を消費。内訳は、ロシア産ガス4割、LNG(液化天然ガス)2割、北アフリカ産ガス2割、域内産ガス他2割です。
そしてポーランド、オーストリア、ウクライナ等の中央、東ヨーロッパ地域は、全体の1割強を消費し、その内訳は、ロシア産ガス6割、域内産ガス3割、ノルウェー産ガス1割です。
最後にスペイン、ポルトガルのイベリア半島地域は、1割弱を消費。その内訳は、LNG(液化天然ガス)と北アフリカ産PLガスがそれぞれ5割弱、ノルウェー産ガスが1割となっています。
1997年にEUが成立すると、1つのヨーロッパのコンセプトの下、各国の国内パイプラインが接続されると共に、地下貯蔵設備が増強されてきました。
その結果、欧州は、ガスの受入基地、域内パイプライングリッド、地下貯蔵が高度に統合されている地域となっています。
けれども、12月20日現在、欧州の貯蔵能力に占める天然ガスの在庫率は59%と、直近10年間の平均を17ポイント近く下回っています。
3.奪い合う液化天然ガス
このような情勢を背景に欧州は、液化天然ガス(LNG)の確保に動き出しました。
今年は液化天然ガス(LNG)の出荷を巡り、中国や日本、韓国のバイヤーが欧州勢より高い値段をつけて供給を確保してきたのですけれども、今は、大西洋海盆からアジアに向かっていた出荷先未指定の液化天然ガス(LNG)が荷主によって目的地を変更され、急騰する価格と需要に便乗するために欧州へ向けられています。
LNGタンカーの動向を調査している調査会社ICISアナリストのアレックス・フローリー氏によると、12月15日にインドの近くを東に向かい航行していたアメリカのLNGタンカー「ミネルバ・チオス」は、その後進路変更し、今ではスエズ運河に向かう航路を進んでいるそうです。
また、2隻目のアメリカのLNGタンカーは先週、マラッカ海峡の近くで進路変更しており、3隻目は今月、積み荷のオーストラリア産LNGの大半を中国で降ろした後、残る一部を24日にスペインのバルセロナに届ける予定になっているとのことです。
フローリー氏は「オーストラリア産LNGが欧州に入荷するのは、英国とフランスに何度か届けられた2009年以来初めてだと見られている」と述べ、南米ペルーのパンパ・メルチョリータ地区にあるLNGターミナルと長期購入契約を結んでいる英蘭石油大手ロイヤル・ダッチ・シェルが2019年以来初めてペルー産LNGをイギリスへ出荷していると話しています。
また、世界最大の独立系LNG商社グンボルの創業者兼最高経営責任者(CEO)のトルビョルン・トルンクビスト氏は「欧州は明らかに大量のLNGを入手できるよう価格を設定しており、それだけのLNGが必要だ。これがなければ、天候次第で供給の状況が非常に深刻になりかねない。在庫水準はすでに低く、冬の終わりまでには極端に低くなっている」と、欧州がなりふり構わずガスを集めていると指摘しています。
4.荒ぶるベラルーシ
今回のロシア産ガス供給が滞った原因として考えられることの一つにベラルーシの存在が考えられます。
11月11日、ベラルーシのアレクサンデル・ルカシェンコ大統領は11日、西部国境で起きている移民危機をめぐり、西側諸国が制裁を科した場合には天然ガス供給を停止すると述べました。
当時、ベラルーシではイラクやシリア、イエメンなどから欧州連合(EU)へ向かう大勢の移民が、寒さの中、ポーランドとの国境で足止めされていました。EUは、ベラルーシが危機を引き起こしてEUの安全保障を脅かしていると批判し、対立しました。
ルカシェンコ大統領は「もし欧州がさらに制裁を追加するなら……我々も対応する必要がある……ベラルーシは欧州を暖めているのに、欧州は我々を脅している。天然ガス供給を止めたらどうなる? ポーランド首脳やリトアニア国民、そのほかの能無したちには、ものごとを考えてから発言するべきだと忠告したい」と恫喝してみせたのですね。
これに対し、EU理事会は11月15日、ベラルーシに対する制裁強化を決定。資産凍結とEUへの入域禁止といった制裁対象の適用基準が拡大され、ベラルーシ政府の活動に協力する、個人および団体を制裁対象に加えることができるようにしました。
そして、12月2日、EU、アメリカ、イギリス、カナダが一斉に追加制裁を発動。EUは、国境管理に関わる当局者ら17人と、国営航空会社、ホテル、旅行会社など11企業・組織に対し、EU域内の資産を凍結し、入域を禁じました。
アメリカは新たに20人、12団体を対象にアメリカ国内の資産が凍結し、アメリカ人との取引を禁じました。
こうしたことから、ルカシェンコ大統領が制裁の報復として、ロシア産ガスを停止・逆流させたのではないかという見方も出来なくもありません。
5.黒幕プーチン
ただ、この見方には、奇妙な点があります。一つはタイミング。もう一つはロシアのプーチン大統領の動きです。
EUの制裁が決定したのは11月15日で発動したのは12月2日。半月もひと月も経ってから報復するのは、少し遅い気がします。やるなら直ぐにやらなければ、ブラフだったのかと舐められる上に、相手に準備の時間を与えることになりますから。
11月17日、ルカシェンコ大統領はドイツのメルケル前首相と電話会談しています。メルケル前首相はルカシェンコ大統領に対し、国連と欧州連合(EU)による移民への支援受け入れを要請。両者の間で解決への方向性について一定の理解を得ることができたとして、ベラルーシとEUとの間でただちに協議を始めることで合意したと報じられています。
そして、翌18日には、難民の一部であるイラク人430人を強制退去させ、母国に送還しています。まがりなりにも事態収拾に向けて動いていた訳です。それが急にこのタイミングでパイプラインを逆流させるのには違和感を覚えます。
次にプーチン大統領の動きです。
ルカシェンコ大統領がEUに対してガスパイプラインを止めると脅したことにプーチン大統領は反対しました。
11月14日、プーチン大統領はルカシェンコ大統領と協議を行っています。その内容は明らかになっていないのですけれども、ロシア産天然ガスの欧州への移送停止について、プーチン大統領が実行しないよう警告したとみられています。
実際、14日に放映されたロシア国営テレビ番組でプーチン大統領は「ガス通過国の大統領であるルカシェンコ氏が移送の停止を命じることは理論上は可能だろう」とした一方、「そうすればロシアとベラルーシの契約違反になる。両国関係の発展にも資さない」と反対の意思を明らかにしています。
もしも、この通りであり、ルカシェンコ大統領がパイプラインを逆流させたのだとすると、それはプーチン大統領に逆らったことになります。けれどもEUと敵対している状況でロシアも敵に回すなど愚の骨頂です。
となると、逆にこれはプーチン大統領が了解、あるいは支持した上でのことだという考えも成り立ちます。
これまでプーチン大統領は「欧米が地域の緊張を高めるために利用している」とルカシェンコ体制を擁護する態度に終始してきました。このことから、専門家の間では、今回の危機はルカシェンコ大統領がプーチン大統領の〝お墨付き〟を得て行ったという「プーチン黒幕説」が流れているそうです。
現在、ロシアはウクライナを巡ってEUと緊張関係にありますけれども、プーチン大統領は、ルカシェンコ大統領にパイプラインを逆流させて、欧州にガスを送らないことを容認することで、EUに対してウクライナをNATOに加盟させるなと圧力を掛けているのではないかとさえ。
これは、ベラルーシはベラルーシで、EUとの未だ残る難民問題での交渉カードになりますし、ロシアにとってもウクライナから手を引かせるカードでもあります。まさに両者にとってWIN‐WINの策ではないかと思います。
ある専門家は「プーチンにとってルカシェンコは大きな手駒。ルカシェンコもプーチンという後ろ盾があって初めてEUと対決できる」と漏らしたそうですけれども、一石二鳥を睨んだプーチン大統領の策略の線は考慮してもよいかもしれませんね。
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