

1.中露首脳会談
9月15日、ウズベキスタンのサマルカンドで開催された上海協力機構(SCO)サミットで、中露首脳会談が行われました。
会談の冒頭で、ロシアのプーチン大統領は「ウクライナ危機に関する中国の懸念を理解している」と、ウクライナ情勢への中国の「懸念」に異例の言及をしました。プーチン大統領は「ロシアは『一つの中国』の原則を断固として守っている」と表明。中国の習近平主席が重視する台湾問題に配慮を示しました。
一方、習近平主席は、会談中もうつむいて紙を読み上げる場面が目立ち、明らかに気乗りしていない様子を露わにしました。中国側は、中露首脳会談する事実すら当日の外務省記者会見でも公表せず、共同声明も出しませんでした。更に習近平主席は、15日のプーチン大統領らとの夕食会も欠席したそうですから、明らかにロシアと距離を置こうとしています。
16日付の中国共産党機関紙、人民日報でも、1面トップ記事は中国・ウズベキスタン首脳会談で、中ロ首脳会談はその下。しかも中ロ会談の記事は両首脳が握手していない写真を載せるなど、引き気味の姿勢が見え隠れしています。
習近平指導部はロシアに傾倒しすぎると米欧が対中圧力を強め、制裁を発動しかねないとの警戒感がそうさせているという見方も浮上。中国人民大学国際関係学院の時殷弘教授は「ウクライナとの戦争に中国を巻き込もうとするロシアの試みを中国政府は断固拒否する」と述べています。
2.中国に忖度したプーチン
今回の中露首脳会談について、大和大学の佐々木正明教授は、プーチン大統領が『一つの中国』はっきりと述べたのは初めてではないかとし、「プーチン大統領にしてみれば、援軍が欲しい、経済的苦境になりかねないので、中国側、例えば半導体が手に入らなかったりとか、エネルギーをもっと買ってくれということを言いたいんだけれども、中国側に配慮を示した一つにこの台湾問題というのがあった」とプーチン大統領が中国に「忖度」していると指摘しています。
更に、ロシアが国営メディアが、ここにきてウクライナ情勢が拙い状況なっていることを報じ始めたのは、戦時体制に入る為の「地ならし」をしているのではないかとも述べています。
一方、習近平主席は、「ロシアとともに変動する世界を発展へと導く主導的な役割を果たす用意がある」というに留まっていて、ここまでバランスを失ったロシア、そして弱いロシアを見せつけられて、心穏やかでないのではないかと指摘しています。
もっとも、佐々木教授は「この2人もメディアにオープンのところではないところで話し合っていますので、本当は何を話し合ってるかはわからないです」と一定のエクスキューズをつけています。
そして、今後のロシアの出方として、佐々木教授は次の5つを挙げています。
①国家総動員令昨日のエントリーで、ロイター通信が報じたプーチン大統領が今後取り得る7つの選択肢を紹介しましたけれども、佐々木教授の5つの選択肢と被るところも多く、やはり識者の見方は概ね似たようなものになるようです。
②西側諸国のゼレンスキー疲れを誘う
③友好国との協力を強化
④ザポリージャ原発を「人質」
⑤大量破壊兵器・戦術核の使用の選択肢
佐々木教授はこれら5つの選択肢のうち②の「西側諸国のゼレンスキー疲れを誘う」は既に狙っていて、③の「友好国との協力を強化」もこれから外交でやっていくだろうと指摘。そして残りの3つについても可能性としてはあると述べています。
3.現代は戦争の時代ではない
中国の支援を得たいプーチン大統領の思惑に反し、中国は一歩引いた対応を示したようですけれども、その他の国も、あまりロシアに色よい返事はしなかったようです。
9月16日、プーチン大統領は、インドのモディ首相、トルコのエルドアン大統領とそれぞれ会談しました。
プーチン大統領は、インドのモディ首相との会談冒頭で「ロシアはウクライナでの紛争に対するインドの懸念を理解している……ロシアは紛争ができるだけ早く終わるよう全てのことをしているが、ウクライナが交渉を拒否し、武力で目的を達成しようとしている」と主張したのに対し、モディ首相は「印露関係は良好になっており、それは世界全体の利益となる……現代は戦争の時代でない。平和に向けた道を話し合いたい」とウクライナ侵攻の停止を求めるなど釘を刺しました。
また、トルコのエルドアン大統領との会談では、ウクライナからの穀物輸出について協議。プーチン大統領は「ウクライナから輸出された穀物の大部分が最貧国に送られることを望んでいる」と、輸出の状況に不満を示しました。
というのも、7月下旬に、侵攻で停滞してきたウクライナ産穀物の輸出を巡って、トルコと国連の仲介でロシアとウクライナが再開に合意したのですけれども、プーチン大統領は、実際は、穀物の大半が欧州に送られ、食料危機に直面する発展途上国にほとんど届いていないと主張しているのですね。
もっとも、この主張に対し、ウクライナは「ロシアに合意の修正を求める権限はない」と反発し、イギリス国防省は「国連の統計ではウクライナ産穀物の30%が途上国に送られており、プーチン氏の主張は真実でない」と否定しています。
トルコはトルコで、軍用ドローンの供与などを通じてウクライナとも良好な関係にあることもあり、エルドアン大統領が、プーチン大統領の主張を支持するかどうかは分かりません。
4.プーチンはウクライナとの合意案を拒絶した
中露首脳会談、印露主脳会談で、プーチン大統領はウクライナ情勢について懸念を示されていることを認識していると口にしていますけれども、16日、上海協力機構首脳会議閉幕後、プーチン大統領は記者団に対し、ロシアを分裂させようとする西側諸国の試みを阻止するために、ウクライナに対する特別軍事作戦が必要になっていると表明。「ウクライナ当局は積極的な反転攻勢をかけていると発表しているが、どのような展開をたどり、どのように終了するか見届けたい」と述べました。
そして、ウクライナの攻撃が一段と強化される可能性があるとした上で「こうした状況が続けば一段と深刻に対応する」と警告。ロシア軍はウクライナの別の地域を制圧しつつあるとの見方を示しました。
プーチン大統領は、「特別軍事作戦」を修正する必要があるかとの質問に対しては「この作戦は修正の対象にはならない……主な任務に変更はなく、実行に移されている。主要な目標はドンバス全域の解放だ」と回答しました。
更に、プーチン大統領はトルコのエルドアン大統領は常にウクライナのゼレンスキー大統領との会談を提案しており、仲介に「重要な貢献」をしていると述べ、ゼレンスキー大統領には和平交渉を行う用意がないとの見解を示しました。
もう、今となっては後の祭りですけれども、2月のウクライナ侵攻開始時に、ロシアが求めるウクライナの北大西洋条約機構(NATO)非加盟について「ゼレンスキー政権とロシア側で合意した」との報告を、プーチン大統領が側近から受けていた可能性があるとロイターが報じています。
関係筋によると、ロシア交渉団を率いたドミトリー・コザク氏は、ウクライナとの暫定合意により大規模なウクライナ領土の占領は不要になったとプーチン大統領に報告。
プーチン大統領は当初、コザク氏の交渉を当初は支持していたそうなのですけれども、コザク氏から合意案を提示された際に譲歩が不十分だとし、その案は採用しなかったようです。
ロイターの報道について、ロシア大統領府のぺスコフ報道官は「事実と全く関係がない。そうしたことは起こらなかった。確実に間違った情報だ」と否定していますけれども、こんな情報が今頃出てくるということは、あるいはロシアがそれほど苦境に陥っていることなのかもしれません。
5.ギャンブルに始まりギャンブルに終わる
ウクライナとの停戦交渉が望み薄となれば、あと外交でやれることは、佐々木教授も既に狙っていると指摘しているように、「西側諸国のゼレンスキー疲れ」を誘発、つまりEUへのエネルギー供給停止です。
これについて、昨日のエントリーで取り上げた、ロンドン大学キングスカレッジのローレンス・フリードマン名誉教授は自身のブログで9月6日に「The Economic War Cutting off Europe's gas supply is Putin's last throw of the dice」という記事で触れています。
その概要は次のとおり。
・町や都市に対するロシアの日常的なミサイル攻撃、ウクライナの大砲によるロシアの資産に対する新たな攻撃、道路、鉄道、空路による大量の軍需物資の移動、ドローン、ヘリコプター、固定翼機を排除しようとする防空、地上での双方からの探り合い、中には相手の防衛力を試す程度のものもあるが、前線を移動させるものもある。これらの前線は、ハリコフ、クラマトルスク、ドネツク、ザポリジヤ、ケルソンなど、国の東部と南部に広がっており、それぞれの地域で作戦が展開されている。クリミアも巻き込まれつつあり、黒海での海軍の活動も続いている。実に示唆に富む指摘ばかりですけれども、フリードマン名誉教授は、エネルギーを武器にしたEUへの締め付けは、プーチン大統領によって最後の手段であり、ギャンブルだというのですね。
・当然ながら、我々はこの戦争の一面に固執することになる。先週は、ウクライナの南方での攻勢がどうなっているのかが気になった。また、戦争犯罪の証拠の積み重ねや、穀物の輸出に夢中になることもある。現在の戦闘についての続報を待っている間にも、ザポリジャの原子力発電所とその周辺では憂慮すべき事態が発生している。ロシアは瀬戸際外交の危険なゲームのひとつに取り組んでおり、危険な状況から何らかの利益を引き出せるかどうか、できれば引き下がる前に試しているのだ。
・戦闘から離れたところで、最も重要な動きは経済分野、特にエネルギー市場である。これらの動きは、軍事的な状況に影響を与えることを目的としているが、より重要な結果は、長期的には戦争から離れて、世界経済にかかるストレスやひずみに反映されることになるかもしれない。短期的な戦局への影響については、それが意図されたものであるにせよ、その効果は限定的であろう。
・この戦争の経済的側面を理解することは、軍事的側面を理解することよりもさらに難しいかもしれない。それは、何が起きているのかを理解するのが難しいからだけではなく、何が重要なのかを理解するのも難しいからだ。軍事的側面と同様に経済的側面においても、さまざまな措置が誰を傷つけ、どのような損害をもたらすかを明らかにすることと、それが紛争にどのような影響を及ぼすかを評価することは、まったく別のことである。
・強制力の一形態である経済制裁には、さまざまな実績がある。国際秩序や規範を脅かすと思われる政策を放棄させるために、ある国家や国家集団が貿易を制限したり、資金を提供しないように説得したりするもので、最も要求の厳しいものである。冷戦終結後、西側諸国は危機への対応として制裁を好むようになったが、その理由は、国際金融・貿易システムを支配していたためであり、他国にコストを課しても、ほとんど悪影響を及ぼさないからである。
・歴史的に、制裁は軍事行動の非暴力的な代替手段、あるいは補完手段として推進されてきた。しかし、その効果は深刻で、食糧や医療品の不足を招き、敵国民を苦しめることになりかねない。一般市民が正当な標的とみなされる総力戦の状況下では、この人道的影響が受け入れられ、十分に強ければ、敵国の支配エリートを打倒するための食糧暴動や革命を引き起こす可能性さえあると期待されていた。(1917年のロシア革命におけるボルシェビキの「パン、平和、土地」のスローガンを想起してほしい)。限定戦争では、そのような苦痛を与えることはより問題である。独裁者に支配された国民は、加害者というより、罪のない犠牲者として現れる。また、独裁者は大衆の不安を抑える手段を持っており、自分たちの快適な生活のために気を配っている。実際、対象政権は密輸も配給もコントロールできるため、制裁を利用して、苦難を外敵のせいにして自分の立場を強化することができる。
・1990年から2003年まで制裁下にあったイラクの経験は、悲惨な経済状況や乳幼児死亡率の高さに対する責任が、どんなに罪深い政府から、責任のある大国へと転嫁されかねないことを、注意深く思い起こさせるものであった。制裁の成果が低く、逆効果であることが明らかな場合でも、対象国の政府が何らかの譲歩をしない限り、制裁を緩和したり撤廃したりすることは困難であった。2003年のサダム・フセイン打倒の後、イラクに向けられたものが解除される前、社会全体を無差別に傷つける「ダム」制裁の前進として、違反した当事者にずっと向けられる「スマート」制裁という新しいアプローチが語られたことがある。このアプローチは、オバマ政権によって受け入れられ、当初の2014年のウクライナ危機の際に適用さた。
・ここ数十年間に行われた多くの制裁措置と同様、2014年の目的は、国内および同盟国の聴衆に対して、ロシアの行動への強い反対と犠牲者への連帯を主張することだった。制裁は、その効果が不十分であったとしても、直接的な軍事介入には遠く及ばないものの、完全な無関心からは少なくとも一歩前進するものだ。制裁は、この活動を指揮する人々にリーダーシップを発揮させ、重大な懸念と、そもそもこの行動を促したいかなる違反も覆すという決意について一般的な声明を出す機会を提供する。
・しかし、強制力の源としては、賢い制裁が愚かな制裁よりも効果的であるという証拠はない。名指しされた個人は不便を感じるが、対象となる政権に深刻な政治的圧力をかけようとする動機には至らず、たとえ政権がその圧力に応じる可能性が低いという仮定があったとしても、である。制裁が必ず失敗すると言っているのではない。制裁は、南アフリカのアパルトヘイト政権を崩壊させる一つの要因であった。リビアでは、2003年にカダフィ政権のテロ支援と核拡散への姿勢を変えた。2015年にはイランとの核協定の条件作りに貢献した。これはその後、トランプによって放棄されたものの、テヘランが束縛から解放されることを望んでいることが、バイデンの下で新たな取引がまとまるかもしれない理由の一つである。しかし、ターゲットが直面している他の問題を悪化させるか、さもなければ強制的に、明確な要求を満たすことで回避または緩和できるとターゲットを説得することで成功するのだ。
・西側諸国は、ウクライナに侵攻すれば制裁が待っていると警告していたが、この見通しはロシアの意思決定にはほとんど影響を与えなかった。特別軍事作戦」はすぐに終わると予想されたので、モスクワは、課されるものが象徴的なものにとどまるとは思えず、特定の個人に対する特別な制限はあっても、ロシア経済に長期的な損害を与えるようなものはないだろうと考えていた。その後、ウクライナがすぐには立ち直れないこと、ロシアの侵攻が非常に残虐であることが明らかになると、モスクワはいら立ち、欧米の制裁はそれに応じて強化され、オリガルヒの資産凍結にとどまらず、ロシアを国際経済から切り離すまでに至った(まったくとは言わないまでも、かなりの部分を切り離した)。やがて、石油・ガス価格の高騰が、むしろ戦争がロシアの財政を潤すことになりかねないことを示唆したため、主要なエネルギー供給国としてのヨーロッパのロシアへの依存を減らす動きが出てきた(これについては後述する)。
・ロシア経済が停滞することはない。安保理で全加盟国に制裁を課すような不利な決議もモスクワの拒否権で阻止できるし、国際貿易や金融における西側の優位ももはや揺るがない。中国とインドは制裁を支持する用意はないが、どちらも制裁を破るようなことはあまりしていない。プーチンは、主要都市であるモスクワとサンクトペテルブルグの人々が、物資不足による最悪の影響を受けないように配慮している。オリガルヒはロシアの政策決定においてわずかな役割しか担っておらず、クレムリンのドアを叩いて戦争終結を要求することもない。エネルギー輸出が戦争の資金源となり、ルーブルは高止まりしているが、それは輸出の流れに見合った輸入の流れがないためである。
・長期的には、多くの国際企業の撤退、新たな対内投資の不足、欧米の技術へのアクセスの制限、石油・ガスの市場の喪失などにより、すでに世界第2位の地位にあるロシア経済への影響は甚大であろう。短期的には、制裁が戦局を左右する分野が一つある。それは、防衛生産である。重要な部品の不足により、ロシア国内のすべての製造業が大きな打撃を受けており、新しい装備の製造や破損したシステムの修理が難しくなっているのだ。このため、ロシア軍の司令官は、大砲のように十分な補給を想定しているはずの分野でも、補給を上回る速さで装備を使い切ってしまい、頭を悩ませているのである。
・ロシアの戦略において、むしろ経済的措置がより大きな役割を果たすようになった。
・ソ連崩壊後、ロシアは新たに独立した近隣諸国の貿易とエネルギーへの依存を利用して、その内政と外交政策に影響を与えようとした。これは政治的圧力の日常的な形となり、不利な政策をとる他の国にも拡大された。
・その中で、特に重要だったのはエネルギー分野である。プーチンの大統領としての成功は、石油・ガス価格の回復の上に成り立っていた(ゴルバチョフの失敗がその下落によって悪化したのと同じように)。ロシア国民の生活水準の大幅な向上と軍事力への投資を可能にしたのは、エネルギー輸出であった。炭化水素の豊富な埋蔵量は、それがロシアの近代大国としての特徴であるという考えを促した。ロシアが「エネルギー大国」であるという考えは、プーチン大統領就任以前からあったが、彼の周囲の多くの人々にとっては、すぐに明白な「ビッグアイデア」として登場した。そのため、エネルギーは繁栄と影響力の両方の源泉として認識されていた。この2つは、ロシアが市場での地位を利用して依存関係を築き、顧客が供給をロシアに頼るようになり、モスクワを動揺させることによってロシアの崩壊につながるような行動を避ける限り、協力し合うことができる。この方法は、ドイツの同盟国から、ロシアが利用しうる外交上の脆弱性を作り出しているという警告を受けたにもかかわらず、ドイツに対して最も顕著であった。
・この戦略は、価格が高く、圧力が微妙なときに最もよく機能した。しかし、エネルギー政策の商業的側面と政治的側面の間には、常に緊張関係があった。プーチンは、他国からの挑戦に対して本能的に反応し、圧力をかけるべきところを一度に探してしまうため、この状況はさらに悪化した。隣国に対しては、ロシアへの輸出品に関税をかける、商品の供給を差し控える、ガスの供給を止める、法外な値上げをする、などがしばしば行われてきた。現在の混乱の原因の一つは、2013年にウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領が、親ロシア派として、EU(NATOでもない)との連合協定に署名することを止めさせ、代わりにプーチン自身のユーラシア連合プロジェクトに参加させるために、政府に対して全面的な経済的圧力をかけたときに採用した方法だからである。この経済的圧力が功を奏し、ヤヌコビッチ大統領がこれに応じると、キエフで大規模なデモが発生し、ヤヌコビッチ大統領は逃亡、キエフには当初からプーチンによってロシアに敵対すると見なされ、あらゆる場面で弱体化した新政権が誕生することになった。
・今、ロシアのエネルギー兵器は、最大の試練に直面している。エネルギーは、西側の制裁に対するロシアの最大の防御であり、戦争のための資金調達と生活水準の維持を可能にするものだ。ウクライナの西側支援者がキエフを放棄し、戦前と同じガス供給を再開する和平を求めてやってくるように、プーチンが威圧するための最良の手段なのである。 この強要は、戦前、ヨーロッパに自分たちの真の利益がどこにあるかを思い知らせるために、供給量の削減から始まった。戦争が始まると、ヨーロッパのエネルギー依存の問題が浮き彫りになるのは必然であった。この事態に最も衝撃を受けたベルリンでは、ドイツがヨーロッパのパートナーとともにこの依存関係から脱却しなければならないことがすぐに理解されたが、当初は経済的混乱が予想されたため、せいぜい中期的なプロジェクトと考えられていた。
・しかし、その計算はすぐに変わった。まず、ロシアがエネルギー供給によって得られる防衛的利益を否定し、自らの政策で作り出した価格高騰を利用することで得られる金額を制限しようという圧力があった。欧州へのガス販売によるロシアの収益は、特にウクライナへの経済・軍事支援に費やされた金額と比較すると、恥ずかしいほどのものだった(経済的損失が圧倒的に大きい)。第二に、ロシアのエネルギー攻勢を鈍らせる必要があった。そのためには、夏場の不足分を補い、LNG(液化天然ガス)の価格高騰は避けられないが、他のエネルギー源に多様化し、エネルギー効率の向上を図ることが必要である。ベルリンでは、すべての原子力発電所の廃炉を遅らせるための最初の暫定的な措置もとられている。
・8月下旬までは、このアプローチはうまくいっているように見えた。原油価格は、世界的な景気後退が予想されたこともあり、下がってきていた。ガスも戦前の2割程度の流量しかないにもかかわらず、価格が下がり始めていた。今月初め、G7財務相は、ロシアの石油価格に上限を設けようとする複雑な計画(買い手カルテル)に合意し、経済戦争で再び攻勢に転じることができるかもしれないことを示した。
・その反応はすぐに現れた。9月2日、ロシアのエネルギー会社ガスプロムが、パイプライン「ノルドストリーム1」に問題が発生し、完全停止を余儀なくされたと発表したのだ。当初は数日間だったが、現在は無期限で停止している。当初は不具合が直り次第、供給を再開するとしていたが、現在は制裁措置の終了次第で再開するとしている。このような事態を招いたのは、ロシアの宣伝担当者が、今年の冬はヨーロッパが凍りつき、経済崩壊に直面するだろう、すべてはウクライナのせいだと警告を発したからである。
・これはある意味、プーチンの最後の賽の目である。この作戦がうまくいかなければ、プーチンに残された選択肢はほとんどない。これは2つの点でギャンブルである。まず、欧州のエネルギー市場におけるロシアの支配的な役割に終止符が打たれることになる。ロシアは信頼できない供給国であることが証明された。ヨーロッパに送られない供給は、簡単に他の場所に転用することはできない。アジアなどの新市場へのパイプラインの建設には時間がかかる。第二に、このような劇的な市場シェアの喪失は、それが望ましい政治的効果をもたらし、ヨーロッパがウクライナを見捨てることにつながる場合にのみ、努力する価値がある。しかし、都市への砲撃、占領地での悲惨な犯罪、ザポリージヤ原子力発電所での無謀な行為、フェイクニュースや不可能な外交的要求など、過去6ヶ月間のロシアの行動の総体は、この危機の終結を最も望んでいる欧州政府でさえ、プーチンが手を引くまでその方法を見出さないことを意味している。プーチンが引き下がるまで、欧州の安定につながる道はない。プーチンは、NATOはロシアと戦争していると主張し続けている。軍事的には決してそうではないが、経済的には彼がそうさせたのだ。
・だから、大きな困難と痛みを伴いながら、ヨーロッパは対処していくだろう。ベルリンからは、これから冬にかけてのエネルギー消費者を支援するための大規模なパッケージがすでに発表されており、ロンドンからも近いうちに発表される予定だ。 もちろん、戦争が本当に膠着状態に陥り、延々と続くと思えば、態度は変わるかもしれない。そうなれば、打開策を見出すための外交努力も強まるだろう。しかし、今のところ、欧米諸国、特に米国は、キエフを見捨てるのではなく、ウクライナの勝利に貢献するか、少なくともモスクワに軍事的立場が維持できないことを納得させることが最善の道だという考え方に至っているようである。
・ウクライナの攻勢は、目を見張るような進展はないものの、着実に進んでいる。ウクライナが弾薬庫、司令部、防空システム、重要な橋などを計画的に破壊しているため、ロシアの立場は悪化の一途をたどっている。このため、ロシア軍は物資の枯渇や、閉塞感で脅かされている。ロシアの宣伝担当者は、この攻撃は大失敗だったと毎日のように主張していたが、静かになり始めている。
・もしモスクワが本当に利益を維持し、場合によってはそれを拡大できると確信していたなら、ガスパイプラインを開放し続け、収入を得、長期にわたって有利な市場を維持する妥当な機会を得たことだろう。ロシアが軍事大国として失敗し、エネルギー大国としての地位を危うくしているのは、自信喪失の表れであり、自暴自棄でもあるのだ。
その理由としてフリードマン名誉教授は、「欧州のエネルギー市場におけるロシアの支配的な役割に終止符が打たれる」ことと「ロシアのウクライナでの過去6ヶ月の行動が、欧州を硬化させ、プーチン大統領が引き下がるまで終わらない」との2つを挙げています。
要するに、ウクライナに対するロシア軍の狼藉が、安易な妥協を許さなくさせたという訳です。
それを考えると、ロイターが報じているような、ウクライナはNATOには加盟しないとの侵攻前の暫定合意で手を打っていたら、ここまで酷い事にはならなかったのではないかと思えてなりません。
2月26日のエントリー「ロシアのウクライナ侵攻と6つのシナリオ」で、筆者は、アメリカのシンクタンクであるCSIS(戦略国際問題研究所)が1月下旬に出した"ロシアが取り得る6つのシナリオ"のレポートについて取り上げ、そのレポートの題名が「Russia's Gamble in Ukraine(ロシアのウクライナでのギャンブル)」であることから、最後に勝利するのがロシアだとは限らないことを暗示しているのではないかと述べましたけれども、ここにきて、EUへのガス供給停止もギャンブルだと指摘されている訳です。
その意味で、今回のロシアのウクライナ侵攻は、ギャンブルに始まり、ギャンブルに終わるのかもしれませんね。
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