安倍元総理の国葬儀

今日はこの話題です。
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1.安倍元総理の国葬儀


9月27日、安倍元総理の「国葬儀」が日本武道館で行われました。

国葬儀の模様はネット等でもライブ中継されましたけれども、多くの参列者が安倍元総理に献花されていました。無事終えられてよかったと思います。

日本武道館に程近い九段坂公園には一般向けの献花台が2台設けられ、訪れた人が、持参した花を手向けられました。

献花は、当初、午前10時からを予定していたのですけれども、時間前から多くの人が集まったことなどを受けて、前倒しして午前9時半ごろから始まりました。開始とともに、訪れた人たちは献花台の前に列を作り、自分の番がくると、安倍氏の遺影の前に持参した花を手向け、静かに手を合わせていました。日本武道館の近くの生花店では、一般向けの献花で手向ける花を買い求める人が次々と訪れていたそうで、千代田区の生花店では、近くで一般向けの献花台が設けられることから、キクやユリなどを中心とした献花用の花束が店頭に並べられたそうです。

献花のための花束を買った都内の大学に通う女子学生は「子どものときから総理大臣は安倍さんしか知らず、『国葬』が行われることも人生で二度とないのではないかと思って献花することにしました」と話していますけれども、子供の時から総理は安倍さんしかしらない、というのは、総理が交代するのは年中行事だった昔からみれば、隔世の感があり、それだけでも卓越した宰相だったことが分かろうというものです。

一方、周辺では"国葬"への反対を訴え献花台の前では、「国葬反対」と書かれた紙を持ちながら反対の声をあげる人の姿もみられました。




2.国葬議反対デモは高齢者ばかり


国葬議当日に反対プラカードを挙げて騒ぐなど、故人を弔う人達に対する冒涜ではないかと思ってしまいますけれども、彼らには彼ら独自の"論理"があるようです。

9月14日、日本外国特派員協会(FCCJ)で、国会前のデモなどを主催する「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の高田健共同代表、国際基督教大平和研究所の稲正樹顧問ら3氏が記者会見を行いました。

83の市民団体を取りまとめる高田代表は、19日に代々木公園で1万人規模、前日の26日には新宿で、当日は国会前でデモを予定していると表明したのですけれども、外国人記者は鋭い質問を浴びせました。

インドネシアの記者は自国では国家元首が亡くなった時には、反対派も含めて喪に服して尊敬の念を示すと説明。それでもデモをするのはなぜかと問いました。

これに対し、高田氏は「憲法の精神では、多くの市民が自由に自分の意思を表明することを妨げることは間違い。立憲主義の象徴である国会前で意思表示することが大事です。人の死を悼むことと、安倍さんの政治的な業績を評価すること、自分たちの意思を表明することはそれぞれ別のことだと思っています」と応じました。

また、デモについて「高齢者が多く若者が少ないのはなぜか」、「それでも安倍政権が選挙で選ばれてきたのではないか」などの指摘に対して高田氏は「私たち世代は過去の経験から政治が変わると信じているが、今の若い人たちは変わらないことを見てきた。変わることを恐れている。もっと若者と接触して話し合うべき。努力が足りなかった、これは私たちの責任です……安倍政権が勝利してきた背景に、旧統一教会と醜い癒着をしてきたことを改めて知った。後継である岸田政権を変えるべく、力を尽くしたい」と答えています。

更にイギリスのエリザベス女王の国葬を受け、皇室や王室との比較をする質問に、稲氏は、天皇陛下については法律があるとし「エリザベス女王と違って、安倍氏がどういう人かということについて1億2000万人の国民に一致した見解はない……評価が定まっていない政治家の場合に、国葬をするのは法的根拠がない。これは独裁国家と同じです。民主国家ではありません」と回答。郷路弁護士は統一教会問題に向き合った経験から、教会員を励ますことになる国葬には反対と述べています。

このナントカ行動委員会は、人の死を悼むことと、自分たちの意思を表明することはそれぞれ別のことだとかいっていますけれども、安倍元総理の国葬儀に参加し、花を手向けることだって、ひとつの「意思の表明」であるはずです。自分達の意思を表明するためには、他人の意思の表明など踏みにじってよいというのなら、あまりにも身勝手です。

少なくとも、国葬儀の当日に反対デモをやるというのは、他人がその意思を表明することの妨げになりかねず、慎むべき行為だと思います。




3.内閣府設置法第四条


また、この行動委員会のみならず"国葬"反対を訴える人は「国葬をする法的根拠がない」というのですけれども、これについて、元財務官僚で第一次安倍内閣ではブレーンとして活躍した嘉悦大学教授の高橋洋一氏と、元経産官僚で政治・経済アナリストの古賀茂明氏が討論しています。

件の部分を引用すると次の通りです。

高橋 憲政史上最長の8年8か月も首相をやったんだから、十分にその資格はある。根拠法がないとか、閣議決定だけで決めたとか、手続き的なことを問題視する人もいるけど、99年に内閣設置法が成立した時に、国葬を国の儀式として執り行えるという整理が行われている。

第4条で「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務」を内閣の所掌事務と定めてあるんだけど、その時に政府の中央省庁等改革推進本部事務局が逐条解説として作成した文書に、国の儀式を①憲法7条による国事行為としての儀式、②閣議決定により国の儀式として位置づけられた儀式に分類し、②の例として「吉田茂元首相の国葬」と明記されている。つまり、岸田内閣が閣議決定で国葬儀をやると決めることは法的には何の問題もない。

古賀 僕は、その指摘は間違っていると思っている。たしかに4条には内閣の所掌事務として国の儀式などがあると書かれているんだけど、これは法制的に何かで決まった儀式について「事務」を担う担当部署がちゃんとありますよ、というだけのこと。

国葬を内閣の一存で決められるということではない。吉田茂の国葬を実施した佐藤栄作内閣以降、歴代内閣は国葬をしていない。そんな異例の国葬をやるからには閣議決定だけではなく、少なくとも国権の最高機関である国会の了承くらいは必要でしょう。

高橋 法律問題では司法の判断が重要で、東京地裁や大阪地裁などの裁判所も市民団体の国葬差し止め請求を次々と却下している。だからこの件はもう答えが出ているじゃないの? 

私は内閣が国葬を法的にやれないことはないと言っているだけで、安倍さんが国葬に値するかどうかの価値判断はまた別。その評価は人によっていろいろあるだろうし、言いだしたらキリがない。今回の国葬については最終的に閣議決定をした内閣のトップである岸田首相が政治的責任を負うことになる。

古賀 僕は2つの点で安倍さんは国葬に値しないと思っている。ひとつは人格面。「モリ・カケ・サクラ」疑惑への安倍さんの対応を見たら、子どもたちに「安倍さんという立派な人がいたんだよ」とはとても言えない。国会で何度も虚偽答弁したり、公文書改ざん問題では赤木俊夫さんの自死を招いた。

普通は申し訳ないと思うはずなのに、安倍さんは「自分は逮捕されなかったから間違ったことはしていない」と胸を張っているようにも見える。とても人格的に国葬に値するような人ではないと僕は思う。

また、後藤健二さんがISの捕虜になった件では、後藤夫人が必死に解放交渉をしているのを知っていながら、安倍さんがわざわざ中東を訪問。ISに宣戦布告するような演説をしたことも後藤さんの殺害につながった。集団的自衛権の行使容認に踏み切るために後藤さんの帰国を妨害するためだったのは明らかです。

あの時、何と情け容赦のない人なんだろうと憤りを覚えました。だから、私はそれを批判して「I am not 安倍」と言ったんです。それと、これは後で高橋さんとじっくり議論したいと思っているんだけど、安倍さんが取り組んだアベノミクスや外交・安保などの実績面も、歴代の総理に比べて著しく優れているとは思えない。

高橋 それは古賀さんの評価だが、歴代政権最長とはそれだけ国民が支持した結果でもあり、長期政権を反映した外交面での評価もある。いずれにせよ、今になっていまさら国葬を中止にするのはありえない。

ただ、結果としては直前の調査で岸田内閣は支持率が急落し、危険水域に入った。さっきも言ったけど、今回の国葬問題で最終的に政治的責任を負うのは岸田首相。はたして今後、どうなるかを見届けたい。
この議論で、内閣府設置法4条が挙げられたのですけれども、焦点となっているのはおそらく4条3項33号の国の「儀式に関する事務」の規定のことと思われます。

そこには次のように定められています。
(所掌事務)
第四条 内閣府は、前条第一項の任務を達成するため、行政各部の施策の統一を図るために必要となる次に掲げる事項の企画及び立案並びに総合調整に関する事務(内閣官房が行う内閣法(昭和二十二年法律第五号)第十二条第二項第二号に掲げる事務を除く。)をつかさどる。

3 前二項に定めるもののほか、内閣府は、前条第二項の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。

三十三 国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること(他省の所掌に属するものを除く。)。
この内閣府設置法4条に「内閣府は、国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事を司る」となっているだけで、何が国の儀式で、何が内閣の儀式だとかは規定されていません。

これについて高橋教授は、政府の中央省庁等改革推進本部事務局が逐条解説として作成した文書に「国の儀式を①憲法7条による国事行為としての儀式、②閣議決定により国の儀式として位置づけられた儀式に分類し、②の例として「吉田茂元首相の国葬」と明記されていると、その定義を示し、安倍元総理の国葬議を閣議決定で行うことは法的に問題ないといっています。

これに対して古賀氏は、4条は、何かで決まった儀式について「事務」を担う担当部署があるとしているだけと述べ、逐条解説には触れていないのですね。論点ずらしとまではいいませんけれども、議論がかみ合っていません。

古賀氏は、国葬を内閣の一存で決められない。国会の承認が必要だと主張していますけれども、これは、つまるところ内閣設置法4条で規定されている「国の儀式並びに内閣の行う儀式」に安倍元総理の国葬儀が相当するか否かという法解釈の話になってしまいます。

であれば、安倍元総理の国葬儀は「国の儀式並びに内閣の行う儀式」に当たらないと訴えるべきであり、実際、どこかの市民団体が訴えては悉く却下されているのは高橋教授の指摘する通りです。

要するに、答えは既に出ている話であり、「国葬をする法的根拠がない」というのは無理があると思います。

あとは、安倍元総理の国葬儀を決定した岸田内閣の判断の成否を問うのが正当で、それは支持率に出てくる筈です。これも高橋教授の指摘する通りです。

ただ、安倍元総理の国葬儀を見る限り、その弔問客の多さを見ても、国の儀式で行うのは妥当であり、戦後レジームの終わりを告げると同時に、テロに屈しない姿勢を示す意味でも、国葬儀は当然のことではないかと思いますね。


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この記事へのコメント

  • 国葬議ではなく国葬儀です。タイトルを直した方が良いですよ。
    2022年09月28日 10:27