

1.混乱するロシアの部分的動員
9月21日、ロシアのプーチン大統領がしたウクライナでの"特別軍事作戦"のための「部分的動員」発令後、抗議デモやロシア市民の国外への脱出など混乱が広がっています。
ショイグ国防相によれば、今回の動員は従軍経験のあるロシア人に限られ、30万人の予備役が対象となるとしていますけれども、動員令自体には、より幅広い条件が与えられていて、ロシア人のなかには将来的にはより多くの招集が行われるとの懸念が広がっているようです。
部分的動員の発表を受けて、ロシア全土で抗議デモが発生。警察が取り締まりを行っています。人権団体「OVDインフォ」によれば、ロシア全土の数十都市で24日までに、少なくとも1472人が拘束されたとのこと。
また、国内の入隊事務所では発砲事件が発生し、撃たれた1人が重体になっているそうです。
2.脱出できるのはお金持ちだけ
事態を沈静化するため、プーチン大統領は24日、動員を拒否したり戦場で脱走する者に対して最長10年の懲役が可能になる刑法の改正案を承認する一方、学生への招集を延期する大統領令に署名したのですけれども、国外脱出の動きは止まらず、近隣諸国との国境に人が押し寄せ、モスクワ郊外の空港も国外に脱出しようとする人たちで溢れかえっているそうです。
独立系メディアによると、21日からの4日間で、26万1000人のロシア人男性がロシアを出国したと報じていますけれども、「希望する全員が脱出するのは難しい」との見方も出ています。
ロシア兵の人権保護に取り組む団体のメンバーであるアレクセイ・タバロフ氏は、「初日には、600件以上の問い合わせがありました。よく聞く質問は『海外に行くことは可能か』『行ったらどのような責任を負わせられるのか』『動員を断ったらどうなるのか』というものです。なぜ、急に動員が必要になったのか多くの人が分かっていません」と指摘しています。
また、国外脱出についても「国境は閉鎖されることが十分にあり得ます。飛行機も便が限られているし、値段も上がったし、ロシアから脱出できるのはお金を持っている人たちだけ……国外脱出できなくなるのは時間の問題」と述べています。
実際、これまでモスクワからソチを経由し、ドバイへ向かう航空便は、平均でおよそ10万円程度だったところが、26日の午後には、およそ70万円にも高騰しているそうです。
これについて、慶応義塾大学の廣瀬陽子教授は「例えば、道を歩いている人に招集令状を渡したり、反対デモに参加している人に渡すということもあるようだし、『言っていること』と『やっていること』が異なっている現状がすでに出ている。ロシアの劣勢が続くようであれば、"エンドレス"に徴兵が続く可能性も否定できない……このような劣勢に立たされてしまうと、プーチン氏に残された手は『動員』と『核』しかない。しかし『核』というのは最後の最後の最後の手段なので、まずは『動員』で極力、ロシアの強さを見せ付ける、粘る。かなりひどい手を使ってでも、一刻も早く反対デモを抑え込む指令を出していく可能性が極めて高い」と指摘しています。
3.病死者にも招集令状
廣瀬教授が指摘するように、ロシア当局の"動員"はかなり杜撰なようです。
ロシア極東サハ共和国のニコラエフ首長は、未成年の子どもを持つ父親など動員の対象外であるにもかかわらず、一部の住民が「誤って」招集されたと明らかにしました。
更には、兵役免除の対象者で既に亡くなった人に召集を掛ける事例もあったそうでザルもいいところです。
また、25日には、マトビエンコ上院議長が通信アプリ「テレグラム」への投稿で、「そのような行き過ぎた行為は絶対に認められない」と、住民の激しい反発は当然のことだとの見方を示した上で、各地の州知事に対して、発表された基準を完全かつ絶対的に順守する形で招集が行われるように全責任を負うよう求めました。
そして、ボロジン下院議長も「もし間違いが起きたなら、修正されなければならない」と述べるなど、ロシアの有力議員2人が招集に問題が発生していることを認めています。
それ以外にも召集対象が偏っているのではないかという指摘もあります。
バイカル湖の南岸を囲む農村中心の極東ブリヤート共和国は、今回の動員令で、年齢や軍歴、病歴などに関係なく招集された男性がいることが判明しました。
もっとも、ブリヤート共和国では動員に対する反発があまりにも強かったため、共和国のアレクセイ・ツィデノフ首長は非対象者にも招集令状が出されたケースがあることを認め、22日に、軍務経験がなかったり、健康上の理由で免除対象となる人は招集されないことを確認する声明を出しています。
ツィデノフ氏はテレグラムに、「今朝以降、招集を受けた非対象者70人が集合場所や軍部隊から自宅に戻っている」と述べ、招集令状に誤りがある場合は、「裏付けとなる書類を添えて、集合場所の新兵募集事務所の担当者に伝えるだけでいい」と呼びかけています。
これについて、動員された人々への法律上の支援を提供する団体「自由ブリヤート基金」のアレクサンドラ・ガルマツァポワ氏は、「ブリヤートでの徴兵は部分的なものではない。誰もが対象になっている」と指摘しています。なんでも自由ブリヤート基金には、親族が招集令状を受け取った住民からの支援要請が数百件寄せられているそうで、ガルマツァポワ氏は、召集を受けた多くは40歳以上で、徴兵を免除されるべき健康上の問題を抱えているとのことです。
ガルマツァポワ氏は、この地域では部分動員が始まった最初の夜に4000~5000人の住民に招集令状が送られたと推測していて、夜のうちに当局者が招集令状を送達した例が多く見られるとしています。
また、独立系ニュースサイト「ルディ・バイカラ」は、ブリヤート共和国の人口97万8000人のうち、6000~7000人が動員されると推定しています。
ブリヤートの人権活動家は、首都モスクワで市民の怒りを招くのを回避するために動員令や戦争自体の重荷が、少数民族が暮らす貧しい地域に偏って押しつけられていると見ているそうですけれども、筆者もそうではないかと思います。
プーチン大統領もなるべく、クレムリンの近くから動員するのは、極力避けようとしている気を感じます。
4.動員兵は大して役に立たない
ただ、そこまで苦労して動員しようとしているにも関わらず、集まった"動員兵"は大して役に立たないという指摘があります。
9月21日、アメリカのシンクタンク「戦争研究所」は、予備役の戦闘準備が整うには数週間から数ヶ月かかるほか、ロシアの予備役はそもそも練度が低いと指摘。ロシア兵が突然押し寄せて戦況を劇的に変化させる事態は考えにくいと述べています。
戦争研究所は、死傷者の穴を埋めて現在の兵力を来年も維持するには十分かもしれないが、現時点ではそれすら定かではないとの見方を示した上で「ロシアの兵役期間はわずか1年で、徴集兵が兵士としての技能を学ぶ時間はそもそもほとんどない。この最初の期間の後には追加訓練がなく、時間が経つにつれ身に着けたスキルの劣化が加速する」としています。
更に25日の分析ではプーチン大統領が今後、「大規模な戦争を遂行する能力の限界に直面する可能性が高い」と分析し、その要因の一つとして、部分動員令の対象となるロシア国民の「技量不足」を挙げました。
戦争研究所は部分動員令に踏み切ったプーチン大統領の意図について、ロシア軍の根本的な弱点への対処よりも、戦場に急いで人員を送り込むことにあると指摘。軍の訓練システムの構造的な脆弱さもあり、潜在的な動員対象が戦闘に対して十分な備えができていないケースが多いと説明しています。
また、26日には、イギリス国防省も、ロシアがウクライナに新たに配備する兵力は訓練が不十分で、高い消耗率に悩まされる可能性が高いと分析。訓練教官の不足や兵力の動員を急いだことから、徴兵された兵士の多くは準備がほぼできていない状態で前線に派遣されることになると指摘しています。
イギリス国防省で複数の作戦を指揮した退役空軍中将のエドワード・ストリンガー氏は「これは最後のスタングレネード(だ。それは弱さの証明でもある」と述べています。
なぜ、そんな練度不十分の兵を急いで送りこむ必要に迫られているのか。先日からウクライナ東部と南部のロシア支配地域でロシア編入への住民投票が行われ、どうやら編入賛成が多数を占めたようですけれども、それら地域の防衛を見越して、とりあえず頭数だけでも揃えたいという事情があるのかもしれません。
5.三本のパイプラインが同時に損傷したノルドストリーム
けれども、いくら頭数を揃えたところで、それでウクライナの攻撃が収まるとは思えません。となると、練度の低い動員兵は砲弾の餌食となる可能性が高い。実際、戦争研究所も戦局を劇的に変えることはないといっている訳です。
となると、プーチン大統領は何を狙っているのか。
やはり、西側のウクライナ支援を止めさせること、EUにウクライナ支援疲れを起こさせること、具体的には、石油・ガスのエネルギー供給をストップしてくることくらいしかないように思います。
そんな折、ロシアと欧州を結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」で"事故"が発生しました。
9月26日、デンマークの海運当局は「ノルドストリーム2」でガス漏れが発生したと発表。翌27日には「ノルドストリーム1」で2ヶ所のガス漏れが見つかったと発表しました。
ノルドストリームを運営する会社は、3本のパイプラインが同じ日に損傷するのは前例がないと指摘し「ガス輸送インフラの復旧時期を予想することは現時点で不可能だ」と述べています。今のところ、復旧の見通しは立っていないようです。
幸か不幸か「ノルドストリーム1」は、8月末に停止して以降、メンテナンス後も再稼働しておらず、「ノルドストリーム2」もドイツが計画を停止したため稼働していないのですけれども、偶然の事故にしては出来過ぎています。
そんな折、デンマークとスウェーデンの地震学者らが、「ノルドストリーム」付近で強い爆発音を観測したことを明らかにしました。
27日、スウェーデン公共テレビ(SVT)で、スウェーデンのウプサラ大学国立地震学センター(SNSN)の地震学者ビョルン・ルンド氏は「これらが爆発であることは間違いない」と述べています。
同じく27日、デンマーク軍がバルト海のノルドストリーム1および2付近の海面が激しく泡立っている映像を公開。これらパイプラインのガス漏れにより、直径1キロメートル以上にわたって海面が沸き立ったとしています。
更に、ドイツの地質研究センター(GFZ)は、デンマークのボーンホルム島にある地震計が、ノルドストリーム1と2の圧力が低下した26日に微震を示す振れを2回記録したと報告しています。
これらを受け、一部では、ボーンホルム島付近のパイプラインの損傷は破壊工作によるものではないかとの指摘が上がっているそうですけれども、そう疑うのも不自然ではないと思います。
推測に推測を重ねるのもアレですけれども、ロシアが今冬以降、ドイツおよびEUに一切天然ガスを送らないようにするための下準備として、破壊工作をしたと考えることだって出来ます。
そう考えていくと、ロシアの動員もウクライナへの増派も、ウクライナ東南部の併合と冬を越す長期戦を睨んだ文脈で捉えるべきかもしれませんね。
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