

1.プーチンの報復
10月10日朝、ウクライナ全土がロシア軍によってミサイル攻撃されました。
ウクライナ非常事態庁によると全土で19人が死亡、105人が負傷した可能性があると発表しました。地元メディアによると、爆発は首都キエフ中心部にある情報機関・ウクライナ保安局(SBU)本部から数百メートルの場所でも起きたようです。
また、キエフのクリチコ市長は、爆発は市内2つの地区で起き、そのうち1ヶ所は大統領府から1キロほどしか離れていなかったとしています。
さらに、西部リビウ州の知事も「州内にあるエネルギー関連のインフラ施設に攻撃があった」とSNSに投稿し、市民に避難を呼びかけました。
ゼレンスキー大統領は、全土でロシアによるミサイル攻撃が行われているとSNSに投稿し「彼らはわれわれの存在を消そうとしている」とロシアを非難したうえで「避難所から出ないでほしい。自分と家族を守り、持ちこたえてほしい」と訴えています。
一方、ロシアのプーチン大統領は安全保障会議を開き、併合したウクライナ南部のクリミアとロシアをつなぐ橋で起きた爆発について、ウクライナ側によるテロ行為だと非難しました」。そしてプーチン大統領は「けさ、ロシア軍がウクライナのインフラ施設に大規模な攻撃を開始した。これからもロシアの領土でテロ行為が続けば、その脅威のレベルに応じた規模で厳しく対応していく」と橋の爆発に対する報復措置だとした上で、さらなる攻撃にも踏み切る姿勢を示しました。
更に、ロシア国防省も「きょう、ロシア軍はウクライナの指揮所のほか、通信とエネルギーの施設に対して、大規模な攻撃を行った」と発表し、国営テレビも、ウクライナにあるエネルギーのインフラ施設が破壊されたなどと繰り返し伝えています。

2.ウクライナのテロ
プーチン大統領が、爆発をウクライナ側によるテロだとした橋とは、ケルチ海峡にかかるクリミアとロシアをつなぐクリミア大橋のことです。
爆発したのは8日の早朝で、ロシアの国家テロ対策委員会が、本土側からのトラックが爆発したのが原因で、3人が死亡したと発表したとタス通信などが報じています。
ロシアの連邦捜査委員会は、刑事事件として捜査を開始したと発表し、トラックの運転手1人のほか、横を走行していた車の男女2人が死亡したとみられると明らかにしています。
一方、トラックの爆発が原因ではないという見方もあります。
BBCは、元英陸軍の爆発物専門家が「大型車両搭載型のIED(簡易爆発装置)を数多く見てきたが、これはそのような物には見えない」とし、橋の下で大爆発があったとみるほうが、より妥当だとの説明を紹介しています。
この専門家は「橋は一般に、下向きの荷重と風による横向きの荷重にはある程度耐えられるように設計されている……だが、上向きの荷重に耐えられるようには、ふつう設計されていない。このことが、ウクライナの攻撃で利用されたのだと思う」と指摘しています。
このクリミヤ大橋が爆破されたのが8日、ロシアの報復ミサイル攻撃が10日。わずか2日で犯人がウクライナ側のテロだと断定するからには、それなりの証拠を掴んでいなければならない筈ですけれども、まぁ、ロシアですからいつでてくるのか、あるいは証拠そのものがあるのかちょっと分かりません。
3.焦る西側諸国
ロシアの報復攻撃には、西側諸国も鋭く反応しています。
10月10日、イギリスのクレバリー外相は「容認できない。プーチンの強さでなく、弱さを示すものだ」と批判。ドイツも政府報道官が「最大限に強い言葉で非難する」と表明。フランスのコロナ外相も「一般市民を意図的に狙うことは戦争犯罪だ」とSNSに投稿し、攻撃を非難しました。
更に、欧州連合(EU)のボレル外交安全保障上級代表はツイッターで、「大きな衝撃を受けている。21世紀になされる行動ではない」とした上で、EUとして追加の軍事支援を進めているとコメントしています。
実際、欧州各国の首脳は10日、ウクライナのゼレンスキー大統領と電話で協議し、軍事支援の強化などを約束。主要7ヶ国(G7)は11日、ロシアの攻撃を巡る緊急会合をオンライン形式で開催するようです。
ゼレンスキー大統領は、ミサイル攻撃について、エネルギーインフラの破壊と市民の殺害を狙った攻撃だと非難。「敵は私たちに恐怖を抱かせ、逃げ回らせようとしているが、私たちは前にしか走ることはできない……ウクライナはこの敵が現れる前から存在し、これからも存在し続ける」と述べていますけれども、恐怖を抱かせるという意味では、その最大のものはやはり核兵器の使用です。
プーチン大統領は9月21日の国内向けテレビ演説で、「我が国の領土保全に対する脅威が生じた場合、そしてロシアと国民を守るために、我々は利用可能なすべての兵器システムを必ず使用する。これはハッタリではない」と述べたことを受け、核兵器を使用するかもしれないと囁かれ始めています。
9月25日、アメリカのサリバン大統領補佐官は、このプーチン発言を「極めて重大」に受け取り、ロシアが核兵器を使えば「破滅的な結果」を招くと警告しています。
ただ、アメリカ中央情報局(CIA)のバーンズ長官はCBCテレビで、プーチン大統領が核攻撃に向かうか質問されると「彼の威嚇は、非常に深刻に受け止めなければならない」としつつ、アメリカの情報部門はプーチン氏が即時に戦術核使用に動く実際的な証拠は得ていないとコメントしています。
4.プーチンは常にエスカレーションを選ぶ
10月9日、イギリスのタブロイド紙「デイリーエクスプレス」は、「クレムリン内部関係者は、第三次世界大戦の恐怖が高まる中、プーチンが戦術核兵器を使用すると警告している」という記事を掲載しました。
この記事は、ロシアの調査報道ジャーナリスト、ファリダ・ルスタモワ氏がロシアのエリートたちに一連のインタビューを行った記事から、核を使うかもしれないというコメント部分だけ抜き出したものです。
ファリダ氏の記事の題名は「プーチンは常にエスカレーションを選ぶ」というもので、15人の公務員、国会議員、公共・民間企業の幹部と、半数以上が上級管理職に当たる人にインタビューしたのですけれども、彼らはみんな「軍事衝突は今後数ヶ月でエスカレートする一方だろう」と口を揃えたことを伝えています。
件の記事からインタビューでの意見の抜粋は次の通りです。
・クレムリンに近いある関係者:このファリダ氏の記事全体からみれば、核を使うというのは、一部の声で、記事全体のトーンは核兵器使用の恐怖というよりも、ロシア国内が混乱に陥っている内情を訴えるものになっています。
プーチンは負けるわけにはいかないので、早急に状況を好転させる必要がある。住民投票は動員を正当化するための口実である。核戦争の脅威は、西側の政治家へのメッセージだ。ウクライナには我々を負かす権利はない。武器を供給することで、ウクライナの滅亡を遅らせているだけだ。
・クレムリンでの会議に定期的に出席しているある情報筋:
ウクライナの攻勢は、ついに将軍たちに動員決定を押し通す口実を与えた。軍備増強の必要性が叫ばれている。家を改築するときのようなものだ。当初、職人たちは時間通りに、使える資源ですべてをやると約束した。何を期待していただ? あれもない、これもない』。将軍たちは我々の目をごまかしたのだ。
・ある国有銀行の頭取:
ロシアの指導者が相談なしに独占的にすべての決定を下すことを非常に懸念している。
・政府に近い関係者:
協調性が全くなく、混乱状態だ。プーチンは皆に様々なことを伝えている。ハリコフで何をやっていたのか?政治家も軍も、誰も手がかりをつかんでいない。ただ起きたことなのだ!
・ある政府関係者:
30万人の予備役が動員されると言っているが、これは単なる目くらましだ。今は部分的だが、その後には大量動員、そして戦術核兵器が登場するだろう。
・ある連邦政府の中堅職員:
管理職が免除対象者のリストを国防省に送るプロセスはまだきちんと確立されておらず、召集された人の多くが公務員IDを見せることで逃れようとしている
・ある国有企業の社長:
ロシア社会は戦争に対する態度が二極化している。同じ組織の中でも、意見が分かれている。すべてに反対する人もいれば、私設軍事団体を立ち上げようとする人もいる
・財務省の関係者:
戦時経済体制に移行しつつある。インフラ、教育、健康など、開発に関することはすべて後回しにされている。2024年から2025年の予算の数字を見ても意味がない、なぜなら今のところ状況は急速に変化しているからだ。今ごろになって、誰もが緊張しており、戦争がすぐには終わらないことは明らかだ。
・クレムリンに近い別の情報筋:
プーチンは常にエスカレーションを選択する。そして彼は、核兵器に至るまで、どんな不愉快な局面でもエスカレーションを選択し続けるだろう
・大手民間企業の役員:
公の場で第二次世界大戦と比較するようなことをするのは、期待されていることをやっているに過ぎない。それが彼らの防衛機制なのだ。以前は、『ボス』がいて、彼が社会を統一してくれる、と言っていた役人もいた。今は、そうではないことを誰もが理解している。しかし、人々はすぐに立場を変えることはできない……皆の雰囲気は、戦前の安保理でコザック副参謀長が表明したものと似ている……しかし、彼らは "どうしてこんなことになったのか?"と考えるのをやめ、今は "定められたレッドラインの中でどうにかやりくりしよう "としている……悪い状況に抗議するよりも、それを回避する方法を常に見つけようとするのは、ロシア社会の問題点だ。
・ある大手国有企業の管理職:
自分の子供や夫、息子を殺戮の場へ連れ出そうとしている。セラピストではなく、精神科医が必要だ。
・ある民間大企業の幹部とその関係者
今でさえ、人々はこれがすべて一時的なものだと考えようとしている。今、事態はエスカレートしているが、それは良いことだ。早く全てが終わるということなのだから。
・海外移住者を多く知る政府関係者
辞めていく人もいるんですよ。お金を引き出し、財産を整理し、身辺整理が済んだら、静かに出て行く。外国人居住許可証の取得には時間がかかる。イスラエルの市民権を取るのが流行っているんですよ。東南アジアに移住する人もいる
・ある高官
勝たなければならないのは明らかで、これが唯一の可能な選択肢だ。そのためには、あらゆる手段を講じる必要があり、今すぐ実行しなければならない。この列車はすでに走っていて、我々はその中にいる。降りる方法は2つしかない。ロシアが負けたらどうなるかというシナリオは想像できない。西側諸国はロシアを破壊しようとしており、ウクライナとの戦争で敗北すれば、ロシアは滅亡することになる。
確かにプーチン大統領は「利用可能なすべての兵器システムを必ず使用する。これはハッタリではない」とは言いましたけれども、「核を使う」とはいってないのですね。無論、プーチン大統領の視野に核も入っているとは思いますけれども、オフィシャルには「核を使う」と宣言した訳ではありません。
5.NATOは核兵器の予防攻撃を行え
その意味では、「核を使え」と明言しているのは、ウクライナのゼレンスキー大統領の方です。
10月6日、ゼレンスキー大統領はオーストラリアの独立系シンクタンク、ローウィー研究所でビデオ演説を行い、ローウィー研究所のマイケル・フュリラブ事務局長と対話を行いました。
フュリラブ事務局長から「ロシアの核兵器使用を抑止するために、NATOにさらに何をしてほしいと考えているか」と問われたゼレンスキー大統領は、次のように答えました。
NATOは何をすべきか。ロシアによる核兵器使用の可能性を排除するのだ。予防攻撃を行って、彼らが行使するとどうなるか、先にわからせるのだ。その逆はだめだ。ロシアによる核攻撃を受けて、よくもやったな、いいか、今に見ていろよ!という態度ではいけない。自らの圧力行使を見直すのだ。これこそまさにNATOのやることだ。使用方法を見直すのだこのように、NATOは核兵器の使用方法を見直して、予防攻撃を行えと述べています。かなり過激な発言です。
今現在、ウクライナはロシアからの一方的な侵略を受けている被害者の立場にありますけれども、NATOに先制核攻撃を促して、そうさせてしまったら、ウクライナは被害者から加害者になってしまいます。
このゼレンスキー発言に世界は騒然としました。
国連のステファン・デュジャリック事務総長報道官はブリーフィングの中で、核兵器の使用に関する議論は一切受け入れられないと反発しました。
当然ながらロシアもそうです。ロシアのドミトリー・ペスコフ報道官は、ゼレンスキー発言について、「世界大戦をまた始めようという呼びかけだった」と批判。そして、ウクライナ政府を事実上、管理しているのは米英であることから、この両国がその責任を負うことになると警告し、核戦争を防ぐため、ゼレンスキー大統領の発言を一致して批判するよう、国際社会に呼びかけました。
更に、ラヴロフ外相は、ロシアがウクライナで軍事作戦を開始したのは正しかったと立証する発言だとコメントしました。
6.エスカレーションの梯子を上るゼレンスキー
10月8日、ゼレンスキー大統領は、BBCの単独取材に応じ、ロシアが核兵器を使う可能性について「向こうは自分たちの社会に準備をさせ始めている。それはとても危険なことだ……まだそうする、使う準備はできていないが、そういう内容のことを言い始めている。使うかどうかは分かっていないが、そういう話をするだけでも危険だと思う」と英語でコメントした後、ウクライナ語で「ロシアの権力者は生きるのが好きだ。それは見てわかる。なので、一部の専門家が言うほど、核兵器使用のリスクは決定的だとは私は思わない。というのも、いったん使えば後戻りできないことは、向こうも理解している。自分たちの国の歴史にとってだけでなく、自分たち個人にとっても」と続けました。
その一方、自身がローウィー研究所でNATOに核の先制使用を促したことについては「私はこう言ったんです。先に相手をキックする必要があると。先制『攻撃』ではありません……そうやって翻訳した後、(ロシア側は)自分たちに都合のいいように利用し始めて、ほかの方向に曲げて翻訳し直し始めた」と述べ、「キック」とはこの場合、制裁のことだとして、自分の発言が誤訳されたのだと釈明しています。
筆者はウクライナ語は分からないので、本当に誤訳されたのかどうか分かりませんけれども、誤訳が怖いのなら、ちゃんと通訳をつけるべきだと思いますし、BBCとのインタビューで英語とウクライナ語を使い分けながら答えるというのも、何か意図があるのかと勘繰ってしまいそうになります。
いずれにせよ、ゼレンスキー大統領は、核の先制攻撃発言をしたことはないと否定した訳ですけれども、周囲の国々や西側諸国から相当な批判を受けたのではないかと思います。
確かにプーチン大統領は、報復としてウクライナ全土に大規模攻撃を行いましたけれども、いくつかの建物や設備を狙ったロケット攻撃であり、例えば絨毯爆撃で都市を更地にするような攻撃ではありませんでした。
まぁ、いまのロシアにウクライナを絨毯爆撃できる兵力があるかどうかは別として、そこには、大規模であるが「限定」している意図を感じなくもありません。
振り返ってみれば、クリミア大橋が爆破されたことを「ウクライナの攻撃」と言わず「ウクライナのテロ」だとし、「我々の領土へのテロが続けば、激しく報復する」とあくまで「テロ」扱いしたのも、もしも「攻撃」としてしまえば、「戦争」に格上げせざるをえなくなり。それこそウクライナを火の海にしなくてはならなくなる。そこまで一気にエスカレートさせる積りはない。もしかしたらプーチン大統領はそう考えているのかもしれません。
もし、そうだとすれば、エスカレーションの梯子を先に上っているのは、核の先制攻撃を口にしたゼレンスキー大統領の方であり、プーチン大統領は、相手の梯子の段に合わせて、登っているだけとも言えなくもありません。
ともあれ、クリミヤは勿論のことウクライナ東部と南部の4州を「併合」宣言したロシアにしてみれば、この地域への攻撃はロシア本土の攻撃であり、報復の口実となります。
もはやロシアとウクライナの両国間で、停戦交渉できる段階ではないと思いますけれども、なんとかこれ以上、エスカレーションしないよう外交努力を重ねていただきたいと思いますね。
この記事へのコメント
金 国鎮
それはウクライナ軍が優勢であるという情報だ。
これは取りも直さずロシア軍を政治的にではなくて軍事的に正しく見ていこうとする
ロシア軍が出てきたということだ。ロシア軍が軍事作戦の指揮を取り出している。
随分時間がかかった。
ロシア軍に対する武器補給が厳しくなってきている。
ウクライナ軍に対するアメリカとNATOの軍事補給も厳しくなってきたという話だ。
今回の軍事進攻で今までロシアは本当の軍事情報を出さなかった。
一方、アメリカとNATOはこれでもかとウクライナに対して自国の軍事補給能力を
越えてまで軍事支援を続けている。
彼らもまたロシアと同じように何かを隠している。
第2次世界大戦時、アメリカはヨーロッパに軍事支援を送ったが、当時アメリカは戦時体制だ。
今は平時だ、ウクライナにここまで軍事援助を続ける本当の理由は何だろうか?
ヨーロッパの一般市民はこの冬をどう乗り切るのだろうか?
一方、これに比例してヨーロッパではトルコ、アジアでは韓国が急速にその軍事的地位を
高めている。トルコの軍事産業、韓国の産軍共同体は間もなく誰の目にも明らかになるだろう。
トルコのエルドアンが今回の軍事進攻を休戦に持っていく可能性が高いのはうなずける。
彼はロシアとNATOのどちらの情報も知っている。