イーロン・マスクの和平案と核戦争の確率

今日はこの話題です。
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1.直ちに退避してほしい


10月11日、林芳正外相は記者会見で、ロシアによるウクライナ各地へのミサイル攻撃を踏まえ、「同様の攻撃が続き民間施設が巻き込まれる可能性も否定できない……まだウクライナに滞在中の人は安全を確保したうえで直ちに退避してほしい」と述べ、在留邦人の退避を呼びかけました。

林外相によると、10日時点では、在留邦人の被害は確認されていないとのことです。

一時閉鎖していたキエフの日本大使館は5日に再開したばかりだったのですけれども、林外相は「できる限りの安全対策を講じた上で大使館業務を行っている。現時点で方針に変更はない」と業務を続ける考えを示しました。

日本政府はロシアによるウクライナ侵攻直前の2月11日に、ウクライナ全土の危険情報を最も厳しい「レベル4」の退避勧告に上げています。この当時、ウクライナ在留の日本人は150人程だったのですけれども、10月11日時点では50人程残っているそうです。

ウクライナからの即時退避を勧告したのはアメリカもそうです。

10月10日、在ウクライナ米大使館は滞在する自国民にウクライナから即時に退避するよう勧告。ロイター通信によると、赤十字国際委員会(ICRC)は安全上の理由で、ウクライナでの活動を一時中断すると明らかにしています。

同じようなタイミングで日米共に退避勧告が呼びかけられたということは、やはり何等かの情報を掴んでいて、それらを日米あるいは西側諸国で共有されているのかもしれません。


2.30%×80%×70%


昨日のエントリーでは核戦争の危険が高まっているという見方があることについて触れましたけれども、マサチューセッツ工科大学のマックス・テグマーク教授は「差し迫った世界核戦争の可能性が 6 分の 1 であると私が考える理由」というブログ記事を公開しています。

そのおおよその内容は次の通りです。
・米露の大規模な核戦争が間近に迫っている確率はどのくらいだと思うかと尋ねられた。私の現在の予想は、6分の1である。

・私の試算は、30%×80%×70%≒1/6で、図と以下の説明のとおりである。
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・現在の不安定な状況が「KABOOM」(核の冬を引き起こし、地球上のほとんどの人が死ぬかもしれない米露の大規模な核戦争)という結果に終わる確率を推定するには、他にどのような合理的に安定した結果と競合しているのかを知ることが重要だ。

・私がこれらの結果に付けた略語(灰色のボックス)の「コソボ」と「ベトナム」は、どちらかが完全に勝利するシナリオ。「リビア」、「韓国」、「フィンランド」は、それぞれ、戦争勃発、戦争凍結、完全平和という中間的な結果を意味している。

・2021年12月に予定されていた「キューバ」の結果(交渉による合意で侵略を回避)は、ノルドストリームによるEUとロシアのガス輸出の再開と同様に、現在は予定外であるため、示していない。

・灰色の楕円は、比較的短期間の状況を表している。「コソボ」はウクライナと西側諸国が容認できない、「ベトナム」はロシアが容認できないと判断したため、双方が負けを恐れてさらにエスカレートするという、自己増殖的なエスカレーション・スパイラルに陥っている。

・このようなエスカレーションには、量的なもの(兵器の増加、動員の増加)と質的なもの(斬新な制裁、より重い兵器、より長距離の兵器、ロシア国内の攻撃、民間インフラへの攻撃の拡大、原子力発電所の砲撃、暗殺、ガスパイプラインとヨーロッパ最長の橋の破壊工作、併合、核使用に関するエスカレートしたレトリックなど)の両方が見られる。

・GDPがイタリア並みのロシアは、もはや量的なエスカレーションでは欧米に太刀打ちできず、「ベトナム」の結末を避けるには、核兵器使用を最終手段とした質的エスカレーションしかないとプーチンは理解しているというのが私の評価だ。

・プーチンが核武装せずに「ベトナム」を受け入れる可能性は極めて低い(10%未満)と見ている。なぜなら、そうすれば彼はほぼ間違いなく打倒され、投獄されるか殺されるからだ。

・一方、ロシアが併合したものをすべて保持する平和協定を結ぶ「コソボ」シナリオを西側諸国が受け入れる可能性も極めて低い(10%未満)と見ている。もし西側諸国の権力者がそれほど宥和的であれば、2021年にはウクライナのNATO加盟を認めないというロシアの要求を受け入れて「キューバ」シナリオを選択したと思われるからだ。

・現在のエスカレーションの悪循環は、高い確率(80%以上)で、中間的な結果(「リビア」、「韓国」、「フィンランド」)への非エスカレーションか、小文字の「kaboom」(ウクライナでのロシアの核使用)でしか終わらないということだ。

・最近、メタクルス(Metaculus)の予測コミュニティでは、「kaboom」の確率を5%から9%の範囲で推定している。なぜなら、欧米ではウクライナの指導者も含めて、ウクライナは勝っており、プーチンは「ベトナム」を不承不承受け入れるだろうという思い込みが蔓延しているからだ。

・さらに、イーロン・マスクが最近提案した和平交渉への敵対的な反応などに代表されるように、西側の主流メディアと政界には和平交渉に対するほぼコンセンサスが存在する。

・「kaboom(ウクライナでの核使用)」が「KABOOM(第3次世界大戦)」につながる確率は、明らかに西側の対応とその後のエスカレーションの力学に依存する。私の予想では、NATOの主要な指導者がすでに強い言葉でその旨を表明していることから、NATOの対応はロシアへの非核軍事攻撃を含むほど強力なものになる(80%)と思われる。

・ロシアの黒海艦隊を撃沈するという選択肢も検討されているが、ロシアがこれを宣戦布告と見なさないとは考えにくい。その後、私が最も可能性の高い(70%)シナリオは、ロシアの反撃に続いて、双方の報復行動によって急速にエスカレートし、最終的には双方が何十年もかけて準備してきた全面核戦争計画を実行に移すというものだ。

・私の70%という見積もりは、核兵器のニアミスの長い歴史から、米露両国がエスカレーションよりもデエスカレーションの方がはるかに苦手であることを確信させるものだからだ。

・可能性がやや低い(30%)シナリオでは、世界的な大混乱によって米ロが瀬戸際から立ち直り、図の左側に向かってデエスカレーションを行うものだが、この場合、どちらが先に手を下すかによって、つまり「kaboom」と「Expansion」のどちらの後にデエスカレーションが起こるかによって、結果は「コソボ」と「ベトナム」のいずれかに近くなる可能性がある。

・核戦争による影響については、多くの詳細な試算が学術文献に発表されている。シアら(Nature Food, 3, 586-596, 2022)は、核の冬によってロシア人、アメリカ人、ヨーロッパ人、中国人の約99%が死亡し、戦後最も強力に残った経済圏は南米、南部アフリカ、オセアニアであると推定している。しかし、不確実性を減らすために、さらなる研究が必要である。

・アメリカがこれまでに公表した唯一の核ターゲット地図では、米露戦争でも中国が標的となり、戦後最強の経済大国として台頭することを防いでいる。米中関係が冷え込んでいる現在も、そのような戦略が有効なのだろうと推測される。

・この投稿に対する多くのツイッターの反応は、核の非エスカレーションを降伏や宥和と混同している。逆に言えば、すべてのエスカレーションに軍事的価値があるわけではない。例えば、モスクワの自動車爆弾やバイラルビデオでプーチンを煽ってエスカレートさせることは、間違いなくウクライナと欧米の国家安全保障上の利益に反している。もしあなたが一般的にデエスカレーションに反対しているのであれば、双方が、以下のどのエスカレーションを止めることを望んでいないのかに興味がある。

1) 核による威嚇
2) 残虐行為
3) 軍事的価値のない暗殺
4) 軍事的価値のないインフラ攻撃(例:ノルドストリーム妨害工作)。
5) ザポリジャー原子力発電所への砲撃
6) 非エスカレーション支持者を非国民と蔑視すること
テグマーク教授によると、現在、ロシアとウクライナの両国は互いに自身の負けを恐れてさらにエスカレートするという、自己増殖的なエスカレーション・スパイラルに陥っているとし、ここから「kaboom(ウクライナでの核使用)」へと進む確立が30%、それがNATOの強力な反撃を呼ぶ可能性が80%、そして、それがロシアとNATOとの間で報復合戦となり、世界核戦争になる確率が70%。それぞれ全部掛けると、30%×80%×70%=16.8%と約1/6くらいになる、というものです。

数字だけみれば、16.8%というのは2割にも満たない数値で、一見大したことないように見えますけれども、その肝は、現時点から「kaboom(ウクライナでの核使用)」の確率が30%だからであって、一度ここを通過してしまったら、あとは8割と7割でほぼそのまま「KABOOM(第3次世界大戦)」に雪崩れ込むことになります。

従って六分の一だといって安心していられるような状況ではないと思います。


3.イーロン・マスクの和平案


10月3日、アメリカの実業家イーロン・マスク氏が、ロシアによるウクライナ軍事侵攻に対し「和平案」なるものをツイートし、波紋を呼んでいます。

マスク氏がツイートで提案したのは、次の4点です。
・ロシアが併合を宣言したウクライナ4州での住民投票を国連の監視下でやり直す
・2014年にロシアが一方的に併合したクリミア半島を正式にロシア領とする
・クリミア半島への水の供給を保証する
・ウクライナは中立を維持する
マスク氏は、この案への賛否を投票するようユーザーに呼び掛けました。

その結果、投票総数2748378票、賛成が40.9%、反対が59.1%でした。筆者は反対が8割くらいあるものと思っていたのですけれども、賛成が4割と、予想よりも差がつかなかった印象です。

マスク氏の経営する宇宙ベンチャー「スペースX」はウクライナ侵攻の初期に、戦地からもインターネットに接続できる通信衛星システム「スターリンク」のサービスを始めて注目を集め、ウクライナもマスク氏に比較的行為的でした。

ところが、それも今回のツイートで一変。ウクライナからの猛反発を受けることになりました。

ウクライナのメルニク駐独大使は「失せろ、というのが私からの至って外交的な返答だ」とコメントし、ゼレンスキー大統領はツイッターで「皆さんはウクライナを支持するマスク氏とロシアを支持する同氏のどちらが好きか」と質問し、新たな投票を呼び掛けました。

ウクライナ紙「キーウ・ポスト」も「投票を実施するなら自分が知っている事柄を」と、マスク氏を批判しています。



4.プーチン大統領と事前に話していた


10月12日、世界最大の政治リスク専門コンサルティング会社として知られているユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏は、「イーロン・マスク氏は、ウクライナについてプーチンやクレムリンと直接話したと私に言った。彼はまた、クレムリンのレッドラインが何であるかを教えてくれた」とツイートしました。

その後、ブレマー氏はユーラシア・グループのニュースレター購読者に向けて同じ主張を繰り返しています。ブレマー氏は、これまで24年間、地政学に関する週刊ニュースレターを書き続けているのですけれども、「恐れや好意を持たずに正直に書いてきたが、今週の更新も同じだった……私は長い間、マスク氏をユニークで世界を変える起業家として尊敬しており、それは公言もしている。彼は地政学の専門家ではない」とも述べています。

ブレマー氏は、ユーラシア・グループの購読者に送られたメールの中で、マスク氏が、プーチンは「交渉の用意がある」と言ったが、それはクリミアがロシアのままである場合、ウクライナが永世中立の形を受け入れ、ウクライナがロシアのルハンスク、ドネツク、ケルソン、ザポリジャの編入を認める場合だけだと書いているそうです。

マスク氏はプーチン大統領から、2014年にロシアが併合したクリミアにウクライナが侵攻すれば、核攻撃の可能性を含め、これらの目標は「何があっても」達成されると言われたそうで、マスク氏がは「その結果を避けるためにあらゆることを行う必要がある 」と話したとブレマー氏は書いています。

これについて、当のイーロン・マスク氏は、「プーチン大統領と一度だけ話をしたことがあるが、それは18ヶ月前のことで、宇宙がテーマだった」と否定していますけれども、こんな重大なことを、本当だなんてホイホイと認める筈もありません。

マスク氏の突然の和平提案といい、プーチン大統領がウクライナに交渉を呼びかけていることといい、裏で何かが動いていると見ていいのではないかと思います。




5.スターリンク


10月3日のエントリー「ウクライナのNATO加盟申請とエスカレーション・ラダー」で、筆者は、ロシアとウクライナの間のエスカレーション・ラダーは、グラスルのモデルによれば、レベル5以上の段階にあり「外部の専門家の仲介」か「自発的または強制的な仲裁」でないと解決できないところにまで来ていると述べましたけれども、イーロン・マスク氏が和平を仲介あるいは提案したとして、果たして、マスク氏にその資格があるのか。

実は、マスク氏ならその可能性があります。スターリンク・システムです。

マスク氏はロシアのウクライナ侵攻の初期段階で、ウクライナ軍にスターリンク・システムを提供し、ウクライナで人気を博しました。

スターリンク・システムとは、イーロン・マスク氏のスペースX社が運用している衛星通信サービスのことです。

従来の衛星通信は、地球の高軌道に1つの静止衛星を置いて通信を提供していたのに対し、スターリンクは、地球低軌道に数千個もの通信衛星を飛ばしてより遅延の少ない通信を提供するシステムです。多数個の通信衛星があたかも星座のように大規模に拡散していることから、「衛星コンステレーション(星座)」とも呼ばれています。

スターリンク・システムについて、アメリカ空軍研究所は、戦争が行われている環境において低軌道衛星は「信号妨害に強く、戦術的な任務をサポートするために必要な低遅延を提供することがわかった」と指摘しています。

では、このスターリンク・システムがウクライナの戦場でどのように利用されているのか。

まず、ロシア軍からの攻撃で通信インフラがダウンしてしまった地域では、地元の通信事業者がスターリンクを使って通信サービスの復旧を行っています。

3月26日付のウクライナ厚生省のプレスリリースによると、デジタル転換省との協力のもと、計590台が医療機関に送られ、戦闘中にたとえ通信がダウンしたとしても医療が続けられるようにしたそうです。

また、スターリンク・システムはウクライナの情報戦でも大きな役割を果たしています。

アメリカのポリティコ紙によれば、ゼレンスキー大統領がソーシャルメディア上で最新情報を共有できるのも、アメリカのバイデン大統領やフランスのマクロン大統領など世界の指導者たちとオンラインミーティングを実施できるのも、スターリンクのお陰だとしています。

アメリカ国防イノベーション・ユニットで宇宙局長を務めるスティーブン・バトゥ陸軍准将は、ゼレンスキー大統領を沈黙させず、プーチンの情報戦を完全に打破したことこそがスターリンクの戦略的成果だと指摘しています。

ゼレンスキー大統領は6月2日付ワイアード誌の独占取材で、スターリンクの提供するインターネット・アクセスが偽情報と戦う上で果たす役割に感謝の意を示しました。

なんでも、ロシア軍の占領地域から脱出した人々の話では、占領地域で完全に通信手段を失ってしまうと、ウクライナがもう存在しないとロシア側から聞かされ、一部の人々はそれを信じ始めてしまうのだそうです。

これについて、スタンフォード大学情報セキュリティ協力センターのハーブ・リン上級研究員は、ロシアが武力を使ってウクライナ人が正確な情報にアクセスできないようにし、偽情報活動をより強化しようとしていることに注目。ロシア軍がウクライナの情報機器の接続を断つのは、正確な情報を与えないことが偽情報作戦の遂行に効果的だと認識しているからにほかならないと指摘しています。

さらに、スターリンク・システムはドローンや軍事通信などの軍事目的でも活用されており、ウクライナ軍のドローン部隊は通信状況の悪い地域においてもスターリンクを使うことで、戦場用データベースに接続してターゲティングを行い、ロシア軍に対戦車弾を落とせるようになったと伝えられています。

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6.強制的な仲裁


これほど重要なスターリンク・システムを握っている民間企業のCEOがイーロン・マスク氏です。

もし、マスク氏がウクライナ軍にスターリンク・システムの提供を止めたとしたら、戦局が大きく動くことは明らかです。

先述したユーラシア・グループのイアン・ブレマー社長は、「クリミアでスターリンクを起動するというウクライナの要求をマスクが拒否したと言った」とコメントし、イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙もウクライナ軍が反撃を続けている東部と北東部で、スターリンクへの接続に問題が発生していると伝えたと報じているようなのですけれども、マスク氏はこの報道を批判し、戦場で起こっていることは「機密」であると述べたとのことです。

また、ネットでは、ウクライナ東部と南部でスターリンクが突然使えなくなったなんていう投稿も出てきました。

もし、マスク氏が「スターリンク・システム」を取引材料に、ゼレンスキー大統領に停戦交渉を迫ったとしたら、これはグラスルのエスカレーションラダーモデルでいうところのレベル6、すなわち「自発的または強制的な仲裁」に相当する可能性があります。

最前線でスターリンクのサービスが壊滅的な停止に見舞われているというフィナンシャル・タイムズの報道をマスク氏は「否定」せずに「機密」だといった。停止していないのであれば否定すれば済むことです。なのにそれをしなかった。疑われても仕方ないというか、意図的にクリミヤでスターリンクを使えないようにしている可能性は高いと思います。

となると、ウクライナ軍はスターリンクなしで、ロシア占領地域の奪還しなければならなくなります。

ロシア、ウクライナ両国には、エスカレーションラダーを登り切る前に、和平への糸口を見つけて欲しいと思いますね。




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この記事へのコメント

  • Naga

    イーロン・マスク
    異論マスク
    イラン(=不要)・マスク
    2022年10月13日 14:23