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1.プーチンは核の緊張を緩和したのか
10月27日、ロシアのプーチン大統領が、ロシアがウクライナに核攻撃を行う「必要性」を否定し、ウクライナに対する核使用を議論したことはないと、いわゆる「核の緊張のトーンを下げた」などとマスコミが報じいます。
これは、この日、モスクワで開かれた「バルダイ会議」でプーチン大統領が語ったとされるものです。
この会議は、国際的な知的プラットフォームとして、専門家、政治家、公人やジャーナリストなどの間で開かれた意見交換を促進する目的で、2004年に設立されたバルダイ・クラブが開催しているもので、最初の会議がバルダイ湖の近くで開催されたことに因んで名づけられました。
会議でプーチン大統領が演説したのですけれども、件の発言は、その後の質疑応答でのものです。該当部分のやり取りは次の通りです。
質問者:最近、核のレトリックが何度も増えている。ウクライナは単なる無責任な発言から核挑発の現実的な準備に入り、米英の代表は核兵器使用の容認を示唆する発言をした。例えばバイデンは核のハルマゲドンを口にし、そしてアメリカではそれでいいというコメントもある。同時に、米国は近代化された戦術核爆弾のヨーロッパへの配備を急ピッチで進めている。核兵器を叩きながら、キューバ危機の教訓を認めようとしないようなものだ。世界は本当に核兵器使用の可能性に瀕しているのだろうか。そして、このような状況の中で、責任ある世界の核保有国としてのロシアはどのように振る舞うのだろうか。報道では、ウクライナにロシアが核攻撃を行う必要は、政治的にも軍事的にも意味はないとプーチン大統領が発言したと報じられているのですけれども、やりとりをみると、ウクライナの方がダーティボムを使う必要がないという風に逆のようにも読めます。まぁ、これは筆者の単なる勘違いかもしれません。
プーチン大統領:
・核兵器が存在する限り、その使用の危険は常にある。
・もう一つは、今日の核兵器の脅威と使用の可能性に関する騒ぎの目的は、非常に原始的であり、それが何であるかを言ってもほとんど間違いはないだろうということだ。
・西側諸国のこの独断、中立国や友好国を含む国際コミュニケーションのすべての当事者に圧力をかけようとする彼らの試みは、何もせずに終わり、友好国や中立国に、みんなでロシアに立ち向かう必要があると説得するために、さらなる議論を求めていることはすでに述べたとおりだ。
・核兵器による挑発や、ロシアが核兵器を使用する可能性を高めることは、まさにこうした目的を達成するために行われる。友人や同盟国、中立国に影響を与え、「あなた方は誰を支持しているのか、ロシアはなんとひどい国なのか、もう支持する必要はない、協力する必要はない、何も買う必要はない、何も売る必要はない」と伝えるのだ。これは実は原始的な目標なのだ。
・現実にはどうなっているのか?ロシアが核兵器を使用する可能性について積極的に発言したことはなく、西側諸国の指導者の発言をほのめかした程度だ。
・最近のイギリスの首相であるリズ・トラス女史は、報道陣に「そうだ、イギリスは核保有国だ」とあっけらかんと言った。可能な限り活用することが首相の責務であり、私はそうするつもりだ。逐語的ではないが、本文に近いものだ。
・誰も何の反応もしないのだ。彼女がぼそっと言ったとしよう。彼女は少し気が狂っているのだ。よくもまあ、人前でそんなことが言えたものだ。
・彼らは彼女を訂正し、ワシントンで公言しただろう「我々はそれとは何の関係もない、我々は知らない」、と。そして、私たちは気分を害することなく、ただ解脱すればよかったのだ。結局、みんな黙っているのだ。どう考えればいいのだろうか。私たちは、脅迫されているような、合意の上の立場だと思っていた。では、黙って何も聞かなかったことにすればいいのだろうか。この件に関しては、他にも一連の声明がある。キエフ政権の指導者は、核兵器保有への意欲を常に口にしている。
・ザポリジャー原子力発電所で何をしているのか、常に話題になっている。そこで何をするのか?
・直接的にそう言われることもある。彼らは、私たちがザポリジャー原子力発電所を砲撃していると仄めかし続けています。彼らは狂っているのでは? この原子力発電所をコントロールしているのは、私たちだ。我々の軍隊はそこにいる。
・数ヶ月前、西側諸国のリーダーの一人と話をしたことがある。私は、「どうしたらいいだろう? 彼は言った、ザポリージャ原子力発電所から重火器を撤去しよう。私は「そうだね、もうやったよ。あそこには重火器はない」。
・私は、IAEAの代表者が原発にいることを要求されたので、「はい、いるよ」と答えた。彼らは原子力発電所のすぐそばに住んでいる。何が起こっているのか、誰が撃っているのか、どこから砲弾が飛んでくるのか、自分の目で見ることができるのだ。ウクライナ軍が原発を砲撃しているなんて、誰も言っていない。しかし、彼らはロシアを非難して騒いでいる。これはナンセンスだ。ナンセンスなようで、実はそういうこともあるのだ。
・私はすでに公言しているが、クルスク原子力発電所の周辺では、キエフ政権の破壊集団によって3つか4つの高圧送電線が倒されたと思う。しかし、残念ながらFSBは彼らを捕まえることができなかった。いつか捕まるよ、うまくいけばね。
・欧米のパートナーにはすべて知らせたが、何も起きていないかのように沈黙している。つまり、ロシアを非難し、ロシアとの新たな戦闘、対ロシア制裁などをあおるために、何らかの核事故を起こすことを狙っているのだ。ただ、それ以外の意味はないと思っている。これが現状だ。
・今、新しい話がある。いわゆるダーティーボムの何らかの事件に関する情報情報を公開したのは偶然ではなく、簡単にできることなのだ。どこでやっているのかも大体わかっている。核燃料の残骸を少し変換し、ウクライナの技術でこれをトーチカUに装填し、この装置を爆破して、ロシアがやったと言い、核攻撃を開始する。
・だが、こんなことをする必要はない。政治的にも軍事的にも、何の意味もない。いや、やっている。そして、このことを同僚全員に電話で伝えるよう、ショイグに指示したのは私だ。こんなことは看過できない。
・IAEAがウクライナの核施設を査察に来たいと言っている。キエフの当局がこの準備の証拠を隠すためにあらゆる手を尽くしていることを知っているからだ。
・最後に、使用不使用の問題について。世界で非核保有国に対して核兵器を使用した国は、アメリカだけであり、日本に対して2回使用している。何のために? 軍事的な便宜はまったくなかった、ゼロだ。広島と長崎に対して、実質的に民間人である市民に核兵器を使用することの好都合さは何だったのだろうか。米国の領土保全に対する脅威があったのか? 主権? いや、もちろんそんなことはない。日本の戦争マシンは壊れ、抵抗の可能性はほぼゼロになった。なぜ、核兵器で日本を破壊する必要があったのか。
・ちなみに、日本の教科書には、日本への核攻撃を行ったのは連合国であると書かれているのが普通だ。日本については、学校の教科書にも真実を書けないほど口が堅い。毎年、この悲劇に触れているようだが。よくやったアメリカ人。私たちは彼らを見習わなければならない点もある。
・しかし、そういうこともある、これが人生だ。アメリカは世界で唯一、核兵器を使用し、それが自分たちの利益になると信じて実行した国だ。
・ロシアについては、軍事ドクトリンがあるので、それを読ませればいい。この軍事ドクトリンの関連条文には、ロシアがその主権と領土の一体性を守り、ロシア国民の安全を確保するために、どんな場合に、どんな理由で、どんな方法で核兵器を使用する可能性があるかが記されている。
2.ダーティボム情報戦
ただ、ここで注意すべきは、先日来、話題となっていた、ウクライナがダーティボムを使う準備をしているとロシアが主張していたのがプーチン大統領自らの指示だったという点です。
このダーティボム発言について、10月23日朝、国営ロシア通信が「各国の消息筋からの情報」として、ウクライナが米欧諸国の指示の下で、「汚い爆弾」か低出力の核爆弾を自国領内で使用し、ロシアの仕業にみせかける「挑発」を準備しているとする記事を配信。その後、ロシアのショイグ国防相は、アメリカ、イギリス、フランス、トルコの国防相と電話で会談し、ウクライナが「汚い爆弾」の使用を計画しているとの懸念を伝えたことで一気に広がった話です。
翌24日、ロシア外務省はロシア国防省の情報として「ウクライナの2つの組織が、いわゆる『汚い爆弾』を製造するよう、直接指示を受けている。その作業は最終段階に入っている」と、発電所と廃棄物処理場の写真が何枚か含まれた図表を添えてツイートしました。
これに対して、英米仏3カ国の外相は、このロシアの主張は偽りだとして拒否する共同声明を発表。また件のロシアが公開した写真についても、同じく24日、スロベニア政府が写真の一部は、スロベニア放射性廃棄物管理機関(ARAO)が2010年に行ったプレゼンテーションで公開されたものだとツイート。更に、核廃棄物のマークが書かれた袋の映像についても「専門的な内容のプレゼンテーションにおいて、一般の人々や関心を持つ市民たちに説明するために使われた資料だ。袋の中に入っているのは、一般的に使用されている煙探知機だ」と指摘しました。
また、ほかの写真についても、ロシア国内やシベリアにある研究施設で撮影されたものだと指摘されるなど、嘘であることが明らかになりました。
3.プーチンの巴投げ
ロシアのダーティボム発言に対し、各国は反発しました。
アメリカは「ロシアが戦況をエスカレートさせるためのどのような口実も拒絶する」と述べ、イギリスのウォレス国防相も、「ウクライナはイギリスを含めた西側諸国のはからいで、ウクライナにおける紛争をエスカレートさせるための行動を計画している」というショイグ氏の発言について「このような主張は一層のエスカレーションの口実に使われてはならない」と警告しました。
さらに、フランスとイギリスの外相とアメリカの国務長官は共同声明を出し、「ウクライナが自国内で汚い爆弾を使おうとしているなどという、あからさまに虚偽のロシアの主張を、こぞって拒否する……プーチン大統領による残酷な侵略戦争を前に、米英仏はウクライナを支援し続ける」と表明しました。
また、当のウクライナも反発しています。
25日、ウクライナのクレバ外相は記者会見で、ウクライナは1994年に核兵器を保有しないと決定したとし、今後も核を保有する計画はないと表明。ウクライナがこうした兵器の使用を計画しているとロシアが主張していることは、むしろロシアが攻撃を自作自演する「偽旗作戦」を計画しているように見えるとし、国際原子力機関(IAEA)の専門家が近くウクライナを訪問する際、政府は完全なアクセスを提供すると述べ、ロシアに対し同様の透明性を提供するよう呼びかけました。
更に、ゼレンスキー大統領も、これはつまりロシアこそ、こうした放射性物質を使った攻撃を計画しているという意味かもしれないと反論。「この戦争で『汚い』と言われる、想像できる限りのものすべて」はロシアから来ていると反発しています。
これらのことからマスコミなどは「ウクライナの信用を失墜させ、欧米に支援の再考を促すことを狙った情報戦は事実上失敗。国際社会でのロシアへの不信感がむしろ強まった形だ」などとプーチン大統領のミスであると報じていますけれども、筆者は逆にこれらはプーチン大統領の計算、あるいは狙いだったのではないかと考えています。
なぜなら、もし、ロシアが主張するとおり、ウクライナが「ダーティボム」を使う計画があったのだと仮定すると、その計画は、今回のロシアによる「ダーティボム」発言によって潰されたことになるからです。
ウクライナ自身、核保有計画はないといい、西側諸国もウクライナは「ダーティボム」を使わないと言った。もう使いたくても使えません。更には、国際原子力機関(IAEA)の専門家にウクライナの原発への完全なアクセスを提供するとまで宣言した。
先のバルダイ会議でプーチン大統領が、IAEAがウクライナの核施設を査察したがっているのは、ウクライナ政府が「ダーティボム」の証拠隠滅を図っていることを知っているからだと述べたことが本当であれば、自分で自分の首を絞めたことになります。
もちろん、ロシアの主張が本当だという前提での話ですけれども、結局は、プーチン大統領がロシアの評判を落とすのも甘受してでも「ダーティボム」発言をさせることで、"西側の偽旗作戦"は潰れ、"ウクライナの闇"も暴かれるかもしれなくなったということです。これがプーチン大統領の狙いであり、いわゆる「巴投げ」が決まったといえるのかもしれません。
4.核の危機は遠ざかったのか近づいたのか
ただ、だからといって、核戦争のリスクが無くなった訳ではありません。
プーチン大統領はロシアが核兵器を使う場合は、ロシアの軍事ドクトリンに示していると述べていますけれども、ロシアは2020年6月に「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎」という文書を策定しました。
これは、その名の通りロシアの「核戦略文書」なのですけれども、この文書で、「ロシアの核兵器がもっぱら抑止の手段であり、その使用は極度の必要性に迫られた場合の手段」であるとし、核抑止の目的を「国家の主権及び領土的一体性、ロシア及びその同盟国に対する仮想敵の侵略の抑止、軍事紛争が発生した場合の軍事活動のエスカレーション阻止、並びにロシア連邦及びその同盟国に受入可能な条件での停止を保障する」こととしました。
そして、「ロシアが核兵器の使用に踏み切る条件」として、「(1)ロシア及びその同盟国の領域を攻撃する弾道ミサイルの発射に関して信頼のおける情報を得た時」、「(2)ロシア及びその同盟国の領域に対して敵が核兵器またはその他の大量破壊兵器を使用した時」、「(3)機能不全に陥る核戦力の報復活動に障害をもたらす死活的に重要なロシアの政府施設または軍事施設に対して敵が干渉を行った時」、「(4)通常兵器を用いたロシアへの侵略によって国家が存立の危機に瀕した時」の4つを上げています。
先の「バルダイ会議」でプーチン大統領は「ロシアが核兵器を使用する可能性について積極的に発言したことはなく、西側諸国の指導者の発言をほのめかした程度だ」と述べていますけれども、その一方でロシアの核使用は軍事ドクトリンに従うとも述べています。
つまり、プーチン大統領は核兵器は使用しないとは言ってないのですね。
逆にいえば、上述した4つの条件のどれかに当てはまってしまえば、核の危機が訪れるという訳です。4つの条件のうち、最初の2つはNATOが参戦しないと難しいと思いますけれども、残りの2つはウクライナ単体でも可能になり得ます。
もし、プーチン大統領がロシアの軍事ドクトリンを遵守するのであれば、核戦争の鍵は実はゼレンスキー大統領が握っているかもしれないことになります。
マスコミは、プーチン大統領が核の緊張のトーンを下げたと報じていますけれども、実は核戦争の危機は遠ざかったようで近づいているのかもしれませんね。
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