

1.南鳥島沖水深六千米
この度政府は、小笠原諸島・南鳥島沖の水深6000メートルの海底で確認されているレアアース泥の採掘に乗り出すことが明らかになりました。
これは、2001年1月、内閣府設置法に基づき、「重要政策に関する会議」の一つとして内閣府に設置された「総合科学技術・イノベーション会議(旧称:総合科学技術会議)」が、府省・分野の枠を超えて自ら予算配分して、基礎研究から出口(実用化・事業化)までを見据えた取組を推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」として行っているものです。
来年度に採掘法の確立に向けた技術開発に着手し、5年以内の試掘を目指すとしています。
レアアース泥については、これまでブログで何度か取り上げたことがありますけれども、レアアース泥は、レアアースを豊富に含む泥で、2012年に東京大学大学院の加藤泰浩教授らの研究グループによって、南鳥島周辺の海底で発見されました。
採掘には今年8~9月に茨城県沖で試験が成功した世界初の技術を用いる予定で、試験では海洋研究開発機構の地球深部探査船「ちきゅう」が深さ2470メートルの海底まで「揚泥管(ライザー)」を伸ばし、ポンプで1日約70トンの泥を吸い上げることができたそうです。来年度以降、深海に対応するためにポンプの強化や揚泥管の延長などを進め、1日350トンの採掘を目指すとしています。
レアアースは、スカンジウムやイットリウムなど17種類の元素の総称ですけれども、現在はほぼ全量を輸入に頼っており、その6割は中国から輸入しています。中国はレアアースの輸出管理を強めており、供給途絶のリスクが懸念されています。もし、供給量が減ればスマートフォンやパソコン、次世代自動車などの生産に支障が生じ、国民生活にも影響が出ることになります。
このレアアースが国内調達できるようになれば、これまで中国からの輸入に依存していたところからの脱却も期待できます。
2.閉鎖系二重管揚泥方式
政府は今後5年間で効率的な採掘・生産の手法を実現させ、2028年度以降は民間企業が参入できる環境を整えたい考えとしていますけれども、レアアースが中国では鉱山などで採掘できるのに対し、こちらは深海の底から採掘しなければならないという違いがあります。
そもそも深海底からレアアース泥を大量に回収する技術はまだ確立されていません。
現在、海洋資源開発で最も進んでいるのは、石油と天然ガスの業界です。深海の海底からさらに数千メートル掘り進めて石油や天然ガスを商用採掘しています。例えば、メキシコ湾では水深2900メートルから取り出しています。
けれども、この石油や天然ガスの水深3000m向け技術を、南鳥島沖の水深6000メートル級でのレアアース泥の回収にそのまま適用することは出来ないのだそうです。
地中に埋まっている石油や天然ガスには大きな圧力が掛かっているため、埋蔵している地層にドリルで掘った穴が到達すれば、自らの圧力で自噴します。しかし、レアアース泥には自ら吹き上がるような力は加わっていません。従って、レアアース泥は、吸い上げるか、下から押し込むか、何らかの手段で海面まで引き揚げる力を加える必要があるのですね。
冒頭で、茨城県沖で地球深部探査船「ちきゅう」が水深2470メートルの海底からレアアース泥をポンプで吸い上げることに成功したとお伝えしましたけれども、ここでは、「閉鎖系二重管揚泥方式」という新しい技術システムが使われました。
閉鎖系二重管揚泥方式とは、海底面から解泥機を差し込み装置内の堆積物に海水を注入して流動性のある状態にしてから揚泥管(ライザー)を通じて洋上に引き揚げる方式で、具体的には、採鉱装置(解泥機)を海底に差し込むことで海底のレアアース泥を採鉱装置に閉じ込めた後、固く締まったレアアース泥を採鉱装置内の攪拌装置で攪拌。海水と混ぜて懸濁液にしてから揚泥管へ移送します。そして、「ちきゅう」のライザー掘削システムが持っている揚泥管循環機能を使って、揚泥菅内を垂直に循環する循環流を発生させ、この流れに沿う形で、レアアース泥を採鉱装置内から船上まで引き上げます。

3.焦らず急いで正確に
政府は、今回の茨城沖海域試験までに完成している3000メートルまでの採鉱システムに加えて、南鳥島沖の水深6000メートルに対応するレアアース泥回収システムを完成させることで、南鳥島沖でのレアアース泥採鉱実験及び採鉱効率実証試験の実現を目指すとしていますけれども、3000メートルと6000メートルでは訳が違います。
例えば、揚泥管(ライザー)ひとつとっても、6000メートルは、3000メートルの倍の長さとなります。当然揚泥管はその分重くなり、それを支える素材も強くしなければなりません。ところが従来の揚泥管や支持素材では3600メートルくらいが限界なのだそうです。
こうした強度・重量の問題を解決するため、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では、先が細くなるような異なる3種類の揚泥管(ライザー)を採用して重量を最適化、強度も耐えられる設計としたそうです。
ただし、異なる揚泥管(ライザー)を使うことに伴って、揚泥管の固定や持ち上げたりする機器も変更することになり、作業も、より複雑なものとなるとのことです。
また、実際の海では水中に降ろした揚泥管も垂直に下りてくれるとは限らず、潮の流れで傾いたり、管を下ろしている船も海上で動きます。そんな中で安定的にレアアース泥を回収するというのは、口で言う程簡単なものではありません。
ネットの一部では、「遅過ぎる目覚め」とか、「まだ、やっていなかったのか」などという書き込みもあるようですけれども、茨城県沖で深さ2470メートルの海底から泥を吸い上げたのも、6000メートルの海底にあるレアアース泥を回収する技術の基礎データを取るためですし、時間を掛けて地道に技術開発し、データを積み重ねて、ようやくここまで来たと受け取るべきではないかと思います。
東京大学が2014年11月に設立した「レアアース泥開発推進コンソーシアム」で採泥・揚泥技術部会のリーダーを務める髙木周教授は、深海レアアース泥の回収について「挑む水深が深くなればなるほど、実験の規模も予算も大きくなります。予測精度を確認できないまま、いきなり深いところに挑むと、うまくいかなかった時の損失が大きすぎます。このため、慎重に段階を踏んでいくのが良いと思います」と述べ、石油の生産で実績がある水深3000メートルで実験した後に水深6000メートルに挑戦するぐらいの段階を踏んだ方がよい、と提案していますけれども、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」は、この通りに着実に進めているのだと思われます。
レアアースが国産に出来る意義は途轍もなく大きいことはいうまでもありません。レアアース泥採掘プロジェクトも、「焦らず急いで正確に」技術を確立していただきたいと思いますね。

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