

1.トランプは復活する
11月19日、ツイッター社のイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は「永久凍結」されていたトランプ前アメリカ大統領のツイッターアカウントを復活させると表明しました。
これは2021年1月8日、ツイッター社が、「トランプ前大統領のアカウントの最近のツイートとその文脈を詳しく検討した結果、暴力行為をさらに扇動する恐れがある」と発表して、トランプ前大統領の個人アカウントを永久凍結して以来の解除です。
このトランプ前大統領のアカウント復活に先立って、マスクCEOは前日の18日、自身のツイッターで、トランプ前大統領のアカウントを復活させることに賛成か反対か、ツイート上に設けられた「はい」か「いいえ」のボタンをクリックする形で投票の呼びかけを始めました。
投票ができる期間は日本時間の19日午前10時前から24時間とされていて、開始から1時間余りで投票総数は200万を超える勢いで伸び、20日午前10時前に締め切られた時点で、投票総数は1500万票を超え、賛成が51.8%、反対が48.2%で賛成多数となりました。
マスクCEOは19日のツイートで「人々は語った。トランプは復活する。人々の声は神の声だ」と宣言。アカウントの復活に至ったという訳です。
もっとも、当のトランプ大統領は、「ツイッターには多くの問題がある」と指摘した上で自身が立ち上げたソーシャルメディアについて「驚くほどうまくいっている。私は引き続きそこにとどまる」と、自身のソーシャルメディアで発信を続ける考えを示しています。
Reinstate former President Trump
— Elon Musk (@elonmusk) November 19, 2022
2.民の騒ぎは常に狂気だ
マスコミは、トランプ前大統領のアカウントの復活を投票で諮ることについて朝日新聞は「米ツイッター、トランプ氏アカウントを復活 マスク氏表明『神の声』」という記事を掲載し、まるでマスクCEOが「神」にでもなったかのようなミスリードを誘いかねない題をつけていますけれども、マスクCEOは「Vox Populi, Vox Dei(民の声は神の声)」と述べているのですね。
案の定、ネットでは「イーロンマスクを悪く印象操作したい思いがにじみ出てるw」「じゃあ『天声人語』も『天声』だけにしなきゃw」などと炎上していますけれども、マスクCEOが述べた「Vox Populi, Vox Dei(民の声は神の声)」という言葉はラテン語の諺です。
8世紀、イングランドのヨーク出身の神学者で、カール大帝のフランク王国の教会制度と教育制度の相談役を務めたアルクィンはカール大帝への手紙の中で次の様に述べています。
「民の声は神の声と言い募る人々に耳を傾けてはなりませぬ、なぜなら、民の騒ぎは常に狂気の様なものだからです(Nec audiendi qui solent dicere, Vox populi, vox Dei, quum tumultuositas vulgi semper insaniae proxima sit)」
随分とネガティブなニュアンスです。すくなくとも「神の声」として”おし戴く”類の使い方ではありません。
では、マスクCEOは、トランプ前大統領のアカウント復活の声を「神の声」ではなく「狂気の声」だと知った上で復活させる積りでいるのかという疑問も湧かないではありません。
3.民の声の中にあるもの
イーロン・マスク氏がツイッターを買収する意向を示したのは今年4月のことですけれども、マスク氏は7月になって、買収から撤退することを発表しました。
その理由はツイッターのユーザー数に疑問を持ったからで、マスク氏は「収益化可能なデイリーアクティブユーザー(DAU)のうちでスパムあるいはフェイクなのは5%未満」というツイッターの公開情報が正しいことが証明されない限り、合併契約に署名しないと主張したのですね。
このマスク氏の主張に対し、7月7日、ツイッターの幹部は報道各社を集めて電話会談を実施。毎日、スパムアカウントを100万件以上削除しており、四半期ごとの集計で、スパムアカウントは全体の5%をはるかに下回っていると報告しています。
買収交渉は法廷闘争にまで持ち込まれ、結局マスク氏は裁判を切り上げ買収に応じたのですけれども、スパムアカウント問題そのものは、マスク氏の中で燻っていたのではないかと思います。
そのためかどうかは分かりませんけれども、マスクCEOは、今回のトランプ前大統領アカウント復活是非アンケートを「不正アカウント発見」に使ったようだと指摘されています。
件のアンケートは24時間だけの限定されたものだったのですけれども、当初、アカウント復活に賛成の声が80%だったのがあれよあれよという間に52%となり、マスクCEOは「ボットの攻撃は見ていて圧巻!」とツイートし「将来の世論調査をクリーンアップするためのいくつかの興味深い教訓を得た」と述べています。
おそらくマスクCEOは投票がどこからどのような形で行われたのかのデータを収集し、スパムやフェイクアカウントが実数でどれくらいあるのか把握したものと思われます。
その観点からた「Vox Populi, Vox Dei(民の声は神の声)」という言葉を見直してみると、また違った面も見えてくるような気がします。
つまり、民の声の中にはBOTの声、なりすましの声も混ざっていることを意味するからです。
4.民の声だと繰り返し言い募る9%
先日、マスクCEOがツイッターの社員を大量解雇したことが話題になっていますけれども、それ以降、それは日本のツイッターのニュースフィードやトレンドから、政治的に左に偏った記事や発言がほぼ一掃されたことが明らかになっています。
上武大学教授の田中秀臣氏は、ニュースフィードでは、ハフポスト、朝日新聞などの記事を目にすることが殆どなくなり、トレンド欄には、左翼系の識者やジャーナリストの発言、または活動家たちのハッシュタグ運動がほぼ鳴りを潜め、政治的な対立を煽るようなものはほぼ消えたと述べています。
ツイッターのトレンド機能は、どのような仕組みで計算されているかというと、ツイッター社によると、次のように決められているそうです。
アルゴリズム+フォローしているアカウント・興味関心・位置情報上述のように設定され、そこからユーザーごとにカスタマイズして表示されているそうですけれども、オリンピックをはじめ、その他のスポーツイベントやそのときに話題に上る事件や事故などが優先されながら、併せて地域に合ったキーワードが各ユーザーに合わせて出てくる傾向が高いとされています。
ただ、ツイッターといってもユーザーのみんながみんな呟いている訳ではありません。
インターネット上のコミュニティーには、参加者よりも閲覧するだけの人の方がはるかに多いという「1%の法則」があると言われています。これは、書き込みを行う人は全体の1%しかおらず、後は閲覧者であるという状況から言われているものです。
ある大規模調査では、87%の利用者は一度も投稿したことがなく、13%が少なくとも一度だけ、5%が50回以上の投稿を行っていた。そしてたった1%の人間が500回以上の投稿をしていることがわかったと報告されています。確かに1%の法則はあるように見えます。
更に、この1%の法則とは別にテクノロジー業界においては「90:9:1」という法則があるとも指摘されています。
これは、最も人気を獲得し多くの人の支持を得たサービスが市場の9割を独占し、2番手が9%を、3番手でさえも1%を確保するのがやっとで、他のサービスは数字上は存在しないに等しいという、弱肉強食の世界を指した言葉です。これをネットプラットフォームに置き換えると、1%の人間がコンテンツを創造し、9%がそのコンテンツを編集したり修正し、90%は書き込んだりすることなくコンテンツを閲覧するだけの人になるとも説明できます。
これをツイッターの世界でいえば差し詰め、ツイートする人=1%、リツイートやいいねをつける人=9%、閲覧だけの人=90%ということになるのかもしれません。
要するに1%が生み出す「コンテンツ」を9%が「キュレーション」して90%に「閲覧させる」という構図です。
今回話題となった「左掛かった記事の一掃」というのは、おそらく「キュレーション」する9%が左に歪んでいたせいで。90%はそんな記事ばかり見させられいたのだということです。
これも見方によれば「民の声だと繰り返し言い募る9%」によって「神の声」が偽装されていた、とも言えるのではないかと思います。
今後、マスクCEOが、キュレーションチームやボットなど「民の声だと繰り返し言い募る9%」を正していくのかどうか。注目していきたいと思います。
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