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1.水増しはやってはいけない
11月10日、自民党の政調、国防部会・安全保障調査会の合同会議が開かれました。
この日の会合では、岸田総理が前日に行われた「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」で、研究開発、公共インフラ整備など4分野の経費を「総合的な防衛体制の強化に資する経費」と位置付けると表明したことが主な議題となりました。
政府には公共インフラなどの経費を新たな枠組みに当てはめて重点的に予算配分した上で、防衛省や海上保安庁などの予算と合算し、防衛力強化の予算の全体像を示そうとしたのですけれども、出席者からは、この経費の創設は防衛費の伸び悩みを隠すためではないかとの疑念から「防衛費そのものを増やすことが大事だ」「水増しはやってはいけない」などの声が続出したそうです。
会合で政府側の担当者は「中期防で示す防衛費とは異なる概念だ」と説明、既存の防衛費とは明確に区別すべきだという自民党議員の意見を踏まえ、この経費の略称では「総合防衛費」を使わないと釈明に追われました。
実はこの前日の9日、自民党の小野寺五典安全保障調査会長は、岸田総理と面会しています。
小野寺氏は年末に予定する外交・安全保障政策の長期指針「国家安全保障戦略」など3文書改定に向けた公明党との与党協議の状況を説明。防衛費を巡り、海上保安庁など安全保障に関わる予算を組み入れた枠組みで「水増し」するのではなく、防衛省の予算を「真水」で増額するよう要望しています。
小野寺氏は、翌10日の合同部会の冒頭でも「真に防衛力強化に必要なもの、防衛予算をまずしっかり積み上げることが基本だ」と発言するなど釘を刺しています。
2.海保と自衛隊の連携強化
ただ、既に政府は、防衛費「水増し予算化」の動きを念頭に動き始めている感があります。
11月15日、政府は、日本が直接攻撃を受ける「武力攻撃事態」などの有事の際に防衛相が海上保安庁を指揮命令下に置く手順を定めた「統制要領」を新たに策定する方針を固めたと複数の政府関係者が明らかにしています。
政府は防衛費の対GDP比2%について、 海上保安庁などの予算も防衛費に含める”NATO基準”を掲げていますけれども、NATO加盟30ヶ国中、沿岸警備隊やその任務が平時から明確に海軍もしくは国防省の単独指揮下にある国はクロアチア、デンマーク、イタリア、ラトビア、モンテネグロ、ノルウェーの6ヶ国。有事に沿岸警備隊が海軍や国防省指揮下に入る規定がある国はアルバニア、ギリシャ、トルコ、アメリカ)の4ヶ国があります。
要するに、海保予算を防衛費に組み込むのであれば、その任務も軍に組み込まれてしかるべきだということです。
政府は、沖縄の尖閣諸島防衛を念頭に、自衛隊と海保の連携を強化。外交・安全保障政策の長期指針「国家安全保障戦略」など安保関連3文書の年末改定に合わせ具体化を図るとしています。統制要領は、海保の指揮権が防衛相に移る手続きを纏めるとしていますけれども、自衛隊指揮命令下でも海保は、民間船舶の安全確保など海自の後方支援にとどまるとみられています。
更に、21日、自民党の萩生田政調会長は横浜海上保安部の基地を視察。自民党政務調査会のメンバーと射撃や救難の訓練を視察したほか、尖閣諸島周辺などで警備活動を行っている巡視船「あきつしま」に乗船しました。
萩生田政調会長は「自衛隊の有事には指揮下に入るという訓練を始めることを今、準備をしていただいております。これからの海上保安庁の構え、どういったものがふさわしいのか、しっかり検討してまいりたいと思います」と有事への対応力を高めるための海保と自衛隊の連携強化に意欲を示したうえで、「安全保障の上でも海上保安庁が果たしていただける役割は大きなものがあることを再認識した」と述べています。
防衛費は「水増し」ではなく「真水」で増額すべきと筆者は思っていますけれども、水増し、真水に関わらず、海保が有事に自衛隊指揮下に入ることは、やってしかるべきだと思います。
3.日本が中国との戦争の可能性に備えている理由
11月7日、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院特別教授のハル・ブランズ氏は、「日本が中国との戦争の可能性に備えている理由(Why Japan Is Gearing Up for Possible War With China)」という論考をブルームバーグに寄稿しています。
その概略は次の通りです。
・もし中国が台湾を攻撃するとしたら、敵対する超大国と対峙しなければならないだけではない。長年の地域のライバルである日本とも対峙しなければならない。このようにハル・ブランズ教授は、日本は中国からの脅威に備えて静かに準備しているというのですね。確かに自衛隊と海保の連携や、トマホークの導入検討など、国防力強化に動き出してはいます。ただ、気になるのは最後の部分、「アメリカは定期的に抑止力なしの挑発を行う」という指摘です。
・日本と中国は何世紀にもわたって東アジアの覇権を争い、時には互いの存続を脅かすこともあった。
・今日、東京で3日間にわたって日本の政府関係者やアナリストと会って分かったことは、中国の侵略の脅威が日本の国家政策に静かな革命を起こしており、日本が戦いの準備をするように促しているということである。
・アメリカにとって、中国は危険だが遠い存在である。日本にとって、中国は隣国の存亡にかかわる危険な存在である。アメリカの指導者たちが大国間競争の復活を宣言する何年も前に、日本の政府関係者は北京の企てを警告していたのだ。
・中国の軍事力が強大になり、台湾海峡での行動がより脅威的になるにつれて、東京の懸念はより強くなっていった。
・私が首都を訪れたときはいい天気だったが、嵐を呼ぶ気配が濃厚だ。岸田文雄首相は6月、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と警告した。同月、日本国民の約9割が、中国による台湾侵攻に備えるべきと回答した。これは、中国の習近平国家主席が、ナンシー・ペロシ下院議長の台北訪問後、日本の排他的経済水域に弾道ミサイルを発射し、緊張を高める前の話だ。
・東京でもワシントンと同様、戦争のリスクが最も高まるのはいつか、習近平がすべてを賭けた軍事的賭博を行うかどうかについて、意見が分かれている。
・習近平が最近行った人事改革では、1979年のベトナム戦争に参加した人物と台湾駐留軍の元司令官を中央軍事委員会のトップに据えたが、これは「戦争会議」の創設に相当する、と言う関係者もいる。また、人民解放軍は今後数年間、十分な水陸両用上陸用舟艇など、台湾侵攻に必要な重要な能力を欠くことになると反論する者もいる。
・しかし、中国が台湾を武力で奪取すれば、日本にとって大打撃となるため、日本が危機に備えなければならないことに議論の余地はない。
・台湾が陥落すれば、日本列島の最南西端にある島々が無防備になる可能性がある。中国は日本の重要な貿易ルートを狭め、尖閣諸島周辺での圧力を強めるなど、歴史的なライバルを威圧することができる。
・このため、1945年以降、武力行使を嫌う日本は、台湾が征服されるのを黙って見ているわけにはいかないと、東京政府は、できる限り強く表明しているのだ。
・日本はすでに地域の重要な軍事大国であり、抑止力と防衛力の強化に向け急速に動き出している。
・日本は2027年までに防衛費をほぼ倍増させる計画だ。南西諸島の一部を対艦ミサイルと防空施設を備えた強襲揚陸艦とし、質の高い潜水艦群によって中国海軍を包囲する計画もあると報じられている。東京はまた、アメリカのトマホーク巡航ミサイルや中国本土を標的とするその他の「カウンターストライク」能力を獲得しようと動き出している。
・北朝鮮は、私が東京に到着したとき、弾道ミサイルを発射して北・中央アジアの住民に避難勧告を出し、活気づかせた。しかし、日本の政府関係者は、平壌との危機のたびに、北京による侵略を阻止するための武器を獲得する論拠が強まることを内々に認めている。
・一方、アメリカとの協力関係も深まっている。日米両軍は合同訓練を強化し、今月は南の島々で大規模な演習を行い、台湾での紛争に備えた共同作戦計画も用意している。
・これらの措置は、より大きな変化の一部であり、1930年代から40年代にかけて近隣諸国を荒廃させた東京が、インド太平洋の安全保障の柱となるためだ。アメリカがドナルド・トランプ大統領の下で環太平洋パートナーシップ協定から離脱したとき、日本は中国の影響力に対抗するために、その協定を縮小したものを残した。
・日本の政府関係者は、オーストラリアからインドまでの国々と安全保障パートナーシップの網を構築し、中国の拡大に対する歯止めを強化することを意図している。東京は「自由で開かれたインド太平洋」を維持するというアイデアをも生み出したが、これは現在、ワシントンが流用している言葉だ。
・確かに、これは中途半端な革命だ。防衛費を2倍にしたところで、日本の軍事費はGDPのわずか2%にしかならない。憲法は外交・防衛政策に重大な制約を課している。しかし、全体的な流れは明確であり、持続可能だ。かつてハト派とみなされていた岸田氏は、よりタカ派だった前任者の安倍晋三氏が思い描いた政策を、より偏向的だった安倍氏ほど反発を招くことなく実行している。
・これはワシントンにとって良いニュースだ。日本の基地へのアクセスや日本軍の関与は、台湾をめぐる戦争でアメリカにとってはるかに有利な状況を作り出すだろう。第二次世界大戦後、一方的な安全保障として始まった同盟は、より信頼できるパートナーシップへと着実に進化している。
・とはいえ、日米両国が歩調を合わせているわけではない。アメリカ政治の不安定さとトランプ時代の遺産によって、アメリカの長期的な信頼性に対する懸念が残っている。
・私が東京で知ったように、日本のシンクタンクは、トランプが政権に復帰した場合の地政学的な「プランB」を静かに研究している。今日、日本をアメリカのより良い同盟国にするための軍事・外交への投資は、アメリカが孤立主義や怒れる一国主義に後退する未来に対する保険となるのだ。
・私が話を聞いた日米の外交官は、米国がペロシ訪日や台湾を独立国として認めるといった台湾支援の象徴的な側面を、防衛強化のための具体的な行動よりも重視することがあることを懸念している。
・東京は挑発をしない抑止力を好むが、アメリカは定期的に抑止力なしの挑発を行う。これは、危険なライバルを扱うのに、またアメリカの最も重要な同盟国を維持するのに良い方法ではない。
日本のシンクタンクは、アメリカが中国を挑発して東アジアを不安定化させることを懸念し、挑発するくらいなら、その前に抑止力を強化してくれ、と指摘した訳です。これは日本の立場からいえばもっともな指摘です。
ただ、その一方、東アジアの不安定化がなければ、日本は、国防の準備はおろかその議論すらなかったかもしれません。
その意味では、日本政府は「挑発をしない抑止力」の整備に努めつつ、アメリカに「抑止力なしの挑発」は控えてくれと要請してもよいのではないかと思いますね。
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