

1.ラピダス設立
11月11日、キオクシア、ソニーグループ、ソフトバンク、デンソー、トヨタ自動車、NEC、NTT、三菱UFJ銀行の8社が、先端半導体の国産化に向けた新会社「Rapidus(ラピダス)」を共同で設立すると発表しました。
ラピダスには、キオクシア、ソニー、ソフトバンク、デンソー、トヨタ自動車、NEC、NTTが10億円ずつ、そして三菱UFJ銀行が3億円出資。政府は700億円を投じて支援するとしています。
ラピダスの会長は半導体製造装置大手の東京エレクトロン元会長である東哲郎氏、社長はアメリカ半導体大手Western Digital(ウエスタンデジタル)日本法人でトップを務めた小池淳義氏が就任しました。
ラピダスの事業運営は2段階で計画されています。まず、2020年代後半にかけて、回路線幅2ナノメートルのロジック半導体の量産体制を目指し、製造技術の開発などはIBMなどと連携。量産体制の確立後、2030年ごろにファウンドリーへの参入を目指す。つまり、現在、TSMCやSamsung、Intelという世界に3社しかない最先端プロセスで製造を行なうファウンドリになることを目指している訳です。
1980年代に世界を席巻した日本の半導体産業は、1990年代~00年代にかけて徐々に衰退し、2010年代に入るとCPUやGPUといったロジック半導体の生産に利用される最先端のプロセス開発レースから脱落。国内で最先端のプロセスノードで製造する半導体工場はなくなっていきました。
現在、日本での最大の半導体メーカーであるルネサス エレクトロニクスでも、ルネサスの自社工場での主力プロセスは28nmや40nmといった、ロジックの半導体の生産としては10年以上前のプロセスです。
なぜ、そんなことになったのかというと、国内の半導体需要の主力は、自動車のマイクロコントローラユニット(MCU)のような製品であって、28nmや40nmで製造するのが低コストであるからです。
もし、最先端のプロセスを導入したら、巨額の開発費や工場の建設費によって、製造コストが上昇します。けれども、汎用品に近い製品であるMCUにはその上昇分を価格転換できず、結果として儲からないことが分かっているからです。
けれども、世界は常に変化しています。
世界の情報量は加速度的に増え、「ビッグデータ」が政治、経済、安全保障に大きな影響を与えるようになりました。
今後、量子コンピューティングの実用化や次世代高速通信サービスの利用など、国家レベルで最先端ロジック半導体の需要が増すと見込まれていて、アメリカは半導体の国内生産増加に向けて支援策を強化し、最先端ロジック半導体の主導権回復を狙い動き出しています。
こうしたことから、日本でも最先端半導体の国内製造を進めるべく、ラピダスが設立されたという訳です。
2.半導体製造装置の対中輸出規制
当然、この裏には、アメリカの対中制裁も絡んでいます。
10月7日、アメリカのバイデン政権は半導体製造装置の対中輸出規制の適用対象を大幅に拡大する一連の包括的な措置を発表しました。
商務省はこれまでに半導体製造装置メーカーであるKLA、ラム・リサーチ、アプライド・マテリアルズに文書で輸出制限を通知しているのですけれども、新たな措置はこれに基づくもので、一部の措置は即時適用されるとしています。
この措置によって、上述の3社は14ナノメートル未満のプロセスを用いる先端半導体を製造する中国の工場に半導体製造装置を輸出することが原則禁じられることになります。
これについて、ワシントンのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の技術・サイバーセキュリティ専門家であるジム・ルイス氏は、冷戦最盛期の厳格な規制を想起させるとし、「中国は半導体製造を諦めないだろうが、新たな措置により大幅に遅れる」と述べています。
また、アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所の国防政策専門家、エリック・セイヤーズ氏は、今回の措置は単に競争の場を公平にしようとする動きではなく、中国の進歩を阻もうとするバイデン政権による新たな動きを反映していると指摘しています。
更にバイデン政権は、軍事的脅威を増す中国に対し同盟国が連携すれば中国が先端半導体を入手したり生産したりするのが難しくなり、規制の有効性が増すとみていて、この規制措置を日本など同盟国にも導入を求めています。
11月1日、西村康稔経済産業相は記者会見で、対中規制の影響について「米国とコミュニケーションを取っており、それを踏まえて国内企業にヒアリングしている」と語っていますけれども、ある大手半導体製造装置メーカーは「中国で先端半導体の生産が停滞すれば、日本が強みとする付加価値の高い最新の製造装置へのニーズが弱まる」と警戒を強め、規制がどのような内容になるのか不透明であることもあってか、日本の関連企業の多くが「ビジネスへの影響を精査している」段階のようです。
この規制措置によって、今後、中国が最先端半導体を製造できなくなるとなるとその分の穴埋めをどこかがしなければならなくなります。そのためにもアメリカや日本が国内で半導体製造できるよう準備を整えておく必要がでてきます。
3.アリゾナのTSMC工場
そんな中、台湾半導体製造大手のTSMCは、アメリカ・アリゾナ州の工場で次世代3nmチップを量産する計画を立てていることを明らかにしました。
11月21日、TSMC元会長の張忠謀(モリス・チャン)氏は、台北で記者会見し、3nmチップ工場は5nmチップ工場と同じアリゾナ州の敷地に置かれるだろう、と述べました。
張氏はアメリカのテキサス・インスツルメンツ(TI)で20年以上勤めたのち、TSMCを創業。長く経営を率い、2018年6月には同社を引退したものの、依然としてTSMCや業界に強い影響力を残している人物です。
もっとも、張氏によると、3nmチップ工場は、現在計画されてはいるものの完全に確定したわけではなく、5nmが第1段階、3nmが第2段階だとする計画のようです。
張氏は、先日タイで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)会合に出席していたのですけれども、半導体を取り巻く環境について「多くの人が半導体の重要性にごく最近目覚めた」とした上で「台湾の優れた半導体製造能力に嫉妬している人は多い。国家安全保障、あるいはビジネスの観点で多くの人が自国での半導体製造を望んでいる」と明かす一方、「どこの国とは言えないがTSMCが多くの国で生産するのは、もう無理がある」とコメントしています。
4.習近平に挨拶した張忠謀
張氏が、自国での半導体製造を望んでいると述べた国がどこなのかは分かりませんけれども、規制を食らう側の中国がTSMCを放置するとは思えません。
前述したタイでのAPECでは、台湾代表として参加した張氏は中国の習近平主席と接触しています。
張氏は現地の休憩室で習近平主席に、共産党大会の成功に祝意を伝えたところ、習近平主席から「とても顔色が良く見える」と返答があったと明かしています。
台湾に対し軍事的圧力を強める中国の国家主席とそんな気楽に会話してよいのかという気もしないではありませんけれども、これについて張氏は、習氏との接触と祝辞は自身の判断であり、「自らの考え」を伝えたと説明し、台湾の総統府からは機会があれば会談や挨拶を避ける必要はない、と言われていた。それしか指示はなかった、と語っています。
もっとも、張氏は、中国の台湾への軍事圧力に関する話題には触れなかったそうです。
中国としては、世界の半導体受託生産において世界シェアの56%を占めるTSMCを取り込むことができれば、大きな力となると同時に世界を脅すカードにもなりますからね。なんとしても手に入れたいと思うのは不思議でもなんでもありません。
5.米軍がTSMCを爆撃する日
現在、TSMCはアメリカや日本に生産拠点を設けようとしていますけれども、中国の台湾への武力進攻というリスクを考えると、他国での生産工場建設は、そのリスクヘッジという側面もあるのではないかと思います。
アメリカ政府内では、ロシアがウクライナ侵攻を開始したことで、中国の台湾侵攻が懸念され、有事の計画を立てて戦争シミュレーションを行っています。
その中には、TSMCごと避難させ、特に優秀なエンジニアを安全な場所に退避させることが最優先されるというシナリオがあるのですけれども、中には、中国に世界の半導体供給の大部分を支配されるくらいなら、破壊したほうがマシだということで、TSMCの施設を爆撃するという極端な選択肢を提唱しする案も出ているのだそうです。
その意味では、TSMCがアリゾナ州にで最先端半導体工場を建設することは、TSMCごと避難させるというシナリオの一部を担っているともいえ、もし、アリゾナ工場に特に優秀なエンジニアが”家族ごと”派遣されるようなことにでもなれば、かなり本気でそれを考えている可能性が出てきます。
もっとも、半導体はそれをつくるための製造装置がなければ話になりません。何も台湾にあるTSMCの施設を爆撃、破壊しなくても製造装置の供給を止めてやるだけで、製造はストップします。
台湾の陳明通・国家安全局長は、アメリカ政府の「TSMC爆撃シナリオ」について「TSMCのエコシステムを理解すれば、その考えは非現実的だ」と述べています。
アメリカ国家安全保障会議は、中国の侵攻によりTSMCが消滅した場合は、世界経済に1兆ドル以上の損失をもたらすと試算しているそうですけれども、それを他国が穴埋めするには1年や2年ではどうすることもできません。
その意味では、TSMCの存続は世界経済に大きな影響を及ぼすことを認識し、世界はその対策を立てておくべきではないかと思いますね。
この記事へのコメント
金 国鎮
中国・朝鮮から多くの留学生が日本に来た。
その当時の交通手段を考えれば中国・朝鮮の将来を担う青年男女であった。
サムソンの創業者を1970年代の文芸春秋の雑誌の写真で見かけたことがある。
細面の韓国人紳士であった、彼が神田の神保町の古本屋で本を立ち読みをしている写真であった。
戦前早稲田大学で学んでいたそうだ。
TSMCの創業者はよく知らないがほぼ同じ経歴の台湾人だと思っている。
彼らの努力が花開いたのは素晴らしいが、アメリカは彼らの努力に本当に関心があるだろうか?
一方の中国には戦前日本で学んで帰国した多くの中国人留学生が、数は少なくなったと思うが、
今も生きているはずだ。
何もかも戦前に戻れとは言わないが、どこかでねじを反転させなければいけない時が来ているようだ。日本が主役になれる話だ、いや主役にならなければならない。サムソンにもTSMCにもそれに対応できる人物はいるだろうが、韓国には余計な因縁をつける連中は今も多い。
技術の話と政治の話の区別もつかないのに因縁をつけるだけの野郎事大の連中だ。
日本がアメリカに戦争を吹っ掛けたのが事の始まりだ。
中国・台湾・韓国は今も日本とつながっているが、それを言う人たちは年々少なくなっているようだ。
白なまず
TSMCで生産するLSIを設計すれば誰でもわかる事。
それは微細化が進めば進むほどXXnm なる物が実際に加工できる
わけでは無いと言う事。まあ、世代交代を分かりやすくする為の
目安の数値と思った方が現実に近いです。
そして、40nm程度までは微細化すればTrのサイズも小さくなって
搭載Tr数も分かりやすく増えましたが、それ以降の微細化ではTr
の構造も22nm以降Fin型になったり構造が変わりTrの搭載数も面積
当たりでそれほど増えているわけではありません。
即ち、何故微細化を進めて高性能化を図る優れた理由を見いだ
せない様に思います。それより重要な技術はCPUのマルチコア化や
多電源化でこまめに節電できたり、逆に必要とあれば電圧を上げて
ブーストして高速化したり、上げすぎて高温になり信頼性上電圧を
下げて逆ブーストしたり、配線の電流密度を気にして様々な電源を
制御したり、、、信頼性を緩和しないとSPECをクリアできないとか。
多くのTrを搭載できるので並列処理が実現できたりそれらの回路を
1チップに搭載する設計技術の方が現在の高性能CPUの実現には必要
な物です。
最先端プロセスがあれば高性能CPUが設計できるわけではありません。
富士通のスーパーコンピューター富岳はARM64アーキテクチャをベース
にスーパーコンピューターの機能を載せ、さらに高度なプロセス間通信
の接続とその制御が世界ナンバーワンの実力になっています。
つまり、最先端プロセスでなくても同じ構成の物は実現可能ですが、
消費電力などは最先端プロセスではないと対抗できないでしょうね。
何が言いたいかと言えば、最先端プロセス化は分かりやすい(予算が付き
やすいと言う意味)お題目で、日本にはそれを超える回路設計技術が
現在でもあり、昨日今日始めた中国人エンジニアはCAD頼みの設計で
プログラムを組む感覚で大規模LSIを設計しておりこの辺の基礎が無い
ので米国製CADが使えなくなるとお手上げです。まあ、最近の日本も
同じく米国製CADが使えないとかなり痛手ですが、このあたりのソフト
開発はしてなくても実際Trモデル化などで使いこなしておりCADソフト
の中身は良く理解しているのでいつでも日本製CADをスクラッチレベル
で書き起こせるから問題ないですね。
また設計データフォーマットは世界共通なので、製造装置へ設計情報を変換
して使うのは同じで、最悪テキストエディタで直接編集・記述できます。
実際CADを使いこなす上でGUIだけでやっていてもERRORをてきぱき無く
すのは大変で、優秀な設計者は直接最終データをテキストレベルで編集
したりして余計な手間を端折ったりして短期間に設計を進めています。
日本人エンジニアは器用で変態な人が多い印象ですね。種子島(火縄銃)
の頃から同じ素養に思えてなりません。