

1.国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議
11月22日、政府の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」が報告書をまとめました。
報告書の目次は次の通りです。
はじめにこの中の「はじめに」、「1.防衛力の抜本的強化について」、「2.縦割りを打破した総合的な防衛体制の強化について」、「3.経済財政の在り方について」から筆者が気になったのはそれぞれ次の部分です。
1.防衛力の抜本的強化について
(1)目的・理念、国民の理解
(2)防衛力の抜本的強化の必要性
2.縦割りを打破した総合的な防衛体制の強化について
(1)総論
(2)研究開発
(3)公共インフラ
(4)サイバー安全保障、国際的協力
(5)具体的な仕組み
3.経済財政の在り方について
(1)防衛力強化と経済財政
(2)財源の確保
(参考1)国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議 議論の経過
(参考2)国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議 構成員
・はじめに今回の報告書の目的は「有事であっても我が国の信用や国民生活が損なわれないようにする」ということで、戦争などの有事になっても、国民生活に影響を与えないための措置をするということです。けれども、ロシアのウクライナ侵攻をみても明らかなとおり、電力設備などのインフラ破壊や、サイバー攻撃などによる通信妨害されるだけで、国民生活など簡単に損なわれてしまいます。
(有識者会議設置の趣旨)
○ また、こうした取組を技術力や産業基盤の強化につなげるとともに、有事であっても我が国の信用や国民生活が損なわれないよう、経済的ファンダメンタルズを 涵養していくことが不可欠である。こうした観点から、総合的な防衛体制の強化と経済財政の在り方について、どのように考えるべきかについて議論する。
・1.防衛力の抜本的強化について
(1)目的・理念、国民の理解
自分の国は自分たちで守るとの当たり前の考えを改めて明確にすることは同盟国や同志国等からの信頼を揺るぎないものにするために不可欠であることも忘れてはならない。この防衛力強化の目的を、国民に「我が事」として受け止め、理解して頂けるよう、政府は国民に対して丁寧に説明していく必要がある。
その際に重要なことは、なぜ防衛力を抜本的に強化する必要があるのか、国民生活の安全や経済活動の安定を守るために必要な措置はどのようなものか、そのためにどれぐらいの負担が必要となるのかについて国民に理解してもらう努力であり、国民に丁寧に説明していくことである。
・2.縦割りを打破した総合的な防衛体制の強化について
(1)総論
我が国周辺における核・ミサイル能力の増強や力による一方的な現状変更の試み、サイバー攻撃を用いたハイブリッド戦など新しい戦い方や国民保護といった幅広い課題に対応していかなければならない。このような課題に対処する上では、防衛力の抜本的強化が中核となるが、幅広い課題であるが故に、外交力・経済力といった防衛力以外の国力の活用も不可欠である。「自衛隊が強くなければ国は守れない」という考えが根本であるが、同時に「自衛隊だけでは国は守れない」ということも肝に銘じ、自衛隊のみならず、国全体で総合的に取り組まなければならない。
・3.経済財政の在り方について
(2)財源の確保
財源確保の検討に際しては、まずは歳出改革により財源を捻出していくことを優先的に検討すべきである。透明性の高い議論と目に見える歳出の効率化を行うことにより、はじめて追加的な財源確保についての国民の理解が得られるものであることを忘れてはならない。
【中略】
歳出改革の取組を継続的に行うことを前提として、なお足らざる部分については、国民全体で負担することを視野に入れなければならない。歳出のタイミングと歳入のタイミングがずれることに伴う期間調整の仕組みや、防衛力の抜本的な強化の内容と他経費とのバランスを踏まえた検討は必要であるとしても、国債発行が前提となることがあってはならない。
それを考えると、口で、国民生活が損なわれないためというお題目を掲げても実際は極めて困難であることを認識する必要があると思います。
また、縦割りを打破した総合的な防衛体制の強化についての総論では、「自衛隊が強くなければ国は守れない」が「自衛隊だけでは国は守れない」と国民に理解して貰う必要があるとしています。有事でも国民生活が損なわれないようにといいながら、「自衛隊だけでは国は守れない」と理解して貰うところから始めないといけないというのが現実で、そのギャップは如何ともしがたいものがあります。ここでも、「有事でも国民生活が損なわれない」ことを実現することの困難さが窺えます。
そして、財源の確保については「歳出改革により財源を捻出していくこと」を優先し、それで足りなければ「国民全体で負担する」こととしています。つまり、国債といった、「一部の購入層」に負担をお願いすることはしてはならないとしています。
国民全体で負担するというのは、要するに「増税」ということですけれども、まずは現状の予算から財源を工面するのが優先で、どうしようもないは「増税」をするということです。
テレビや新聞では、国防費の財源確保のためには増税やむなしといった報道をしていますけれども、若干ミスリードの匂いを感じます。
2.創設する、調整する、これから考える
有事下で国民生活が損なわれないようにするのは非常に困難であることは先述しましたけれども、それでも、それを達成しようとすれば、相当の事を行う必要があることは明らかです。
けれども、具体的に何をやるのかについては、報告書で明言されているかというと正直微妙です。
報告書では「2.縦割りを打破した総合的な防衛体制の強化について」に、「(5)具体的な仕組み」とあるのですけれども、そこの各項目から末尾部分のみ拾ってみると次のとおりです。
① 基本的考え方具体的な仕組みと銘打ちながら「仕組みを創設する」だとか「進捗を確認する」等ばかりで、"具体的に"何をやるのかよく分かりません。はっきりいって、「これから考えます」という風に聞こえてしまいます。
・・・各年度の概算要求において特別な要望枠を設けるなどの予算要求と連動する大胆な措置を講じるとともに、その執行や防衛省・自衛隊・海上保安庁のニーズの反映状況を含めた進捗状況を関係府省会議において確認する。
② 研究開発
・・・防衛省の意見を踏まえた研究開発ニーズと各省が有する技術シーズをマッチングさせるとともに、当該事業を実施していくための府省横断的な仕組みを創設する。
・・・事業の執行についても関係府省会議で進捗確認する。
③ 公共インフラ
・・・空港・港湾等の公共インフラの整備や機能強化を行う仕組みを創設する。
・・・「特定重要拠点空港・港湾」(仮称)の整備・運用方針を定めた上で、利用等に係る規程の整備を行う。
④ サイバー安全保障
・・・サイバー安全保障分野の取組に関して、縦割りを打破し、政府内で責任部局を定めて、一元的に指揮する体制を構築する。
・・・サイバー安全保障分野の取組の総合調整を行う。
⑤ 国際的協力
・・・安全保障上のニーズを踏まえた国際的な支援を行う仕組みを創設する。
・・・非ODAの無償の資金協力による同志国の軍等に対する資機材供与やインフラ整備等を「特定安全保障国際支援事業」として特定する。事業の執行についても関係府省会議で進捗を確認する。
3.安全保障・防衛費プロジェクトチーム
このような政府の有識者会議とは別に、自民党の安倍派は独自のプロジェクトチームを発足させています。
11月17日、安倍派は、 安全保障や防衛費のあり方を検討する「安全保障・防衛費プロジェクトチーム」を立ち上げています。
このプロジェクトチーム発足にあたって、座長となった大塚拓政調副会長は「我が国の安全、国民の命、平和な暮らし、これをしっかり守っていける、その体制をつくるために年末まで、清和研を挙げて、決して中途半端な対応に終わることがないように全力を挙げていきたい……いつ有事が起きても、『想定外だった』と言って、許される状況ではない」と指摘、年末に予定される安全保障関連3文書の改定作業や防衛費の財源議論に間に合うよう、防衛関係費のGDP比2%以上への増額を5年間で実現することなどを盛り込んだ政策提言案を纏めるとしていました。
そして、実際、一週間後の24日、「安全保障・防衛費プロジェクトチーム」は、党本部で会合を開いて提言をまとめています。
提言の内容の詳細は分からないのですけれども、清和政策研究会政策委員会委員長の松島みどり議員が自身のブログでその一部を公表しています。
その概要は次の通りです。
・「対GDP比2%」は夏の参院選でも党の公約に明記。財源は、公約で直接的な増税でまかなうことなどは盛り込んでいないため、今回の提言では言及していない。安全保障に特定の財源を当て込むのはおかしい。先述した政府有識者会議の報告書と比べて随分と具体的です。
・安全保障情勢は日本の内政事情で決まるものではなく、「お金がないから防衛力は整備できない。危険なままでも仕方ない」というわけにはいかない。「反撃能力」を備え、「日本を攻撃したら大変な反撃を受ける」と、相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力を強化し、攻撃を受けるリスクを減らす上で、着実な防衛力の強化が必要。
・日本は今、極めて厳しい安全保障環境に置かれている。中国は尖閣諸島周辺で領海侵入を常態化し、今年8月に台湾方面に向けて発射した9発の弾道ミサイルのうち、5発は日本のEEZに着弾。北朝鮮は今年に入り30回以上ミサイル発射を繰り返し、性能を向上させて迎撃を困難にさせている。ロシアは中国軍と連携して日本周辺の海や空で軍事演習を行っている。アメリカのインド太平洋軍は、「2025年には西太平洋で米中の戦力バランスが中国優位になる」と予測し、米海軍作戦部長は「台湾有事は2027年ではなく、2022年、23年になる可能性もある」と発言するなど、緊迫感が高まっている。そこで、自衛隊の能力向上、研究開発や港湾・空港整備など、安全保障に資する取り組みを省庁横断で推進し、様々な面から対策を講じる。
・自衛隊の装備面では、弾薬数の確保・生産能力の向上、輸送能力、メンテナンス体制を強化する。施設面では、戦前からある隊舎が今も約600か所で使われており、老朽化の著しい隊舎・庁舎の改善、主要な司令部の地下化、弾薬の保管能力の強化、戦傷医療対処能力を向上させる。
・多数のミサイルを一斉に発射された場合、迎撃はとても困難なため、攻撃をためらわせる抑止力として、反撃能力を整備する。反撃するタイミングや対象として、実際に着手した段階での対応や、発射基地に留まらず、指揮所なども含めるなど、憲法や国際法の範囲内で、反撃目標に過度な制約を課さないようにする。
・技術革新による「戦い方」の変化に対応する。AIや、無人機、ハイブリッド戦、サイバー、インテリジェンスなど、各分野での対応能力を強化し、武力攻撃に至らないような侵害にも対処するための環境整備を進める。
・防衛産業に対しては重点的な投資、支援と合わせて、防衛装備移転三原則の運用を見直す。移転規制の目的は、日本の安全保障に資するか否かの一点であると明確にし、ダウングレードや、ブラックボックス化による対応をしながら移転対象を拡大。防衛産業が安定的に研究・生産体制を維持できるよう支援する。
・現在の防衛産業は、不安定な発注や、低い利益率に加え、防衛装備移転三原則により、外国への移転も進まず、撤退が相次いでいる。さらに研究予算不足で、研究や装備化が進められず、装備の調達は米国からの輸入に強く依存し、国内産業がさらに弱体化している。このような悪循環を止める。
17日の初回会合には、岸信夫元防衛相ら代理含めて40人以上の所属議員が参加し、防衛装備移転三原則の見直しや装備品の輸出拡大を求める声が出たそうですから、それなりの現状認識を踏まえた上での議論がされていたと思われます。
また24日の会合でも、防衛費については「真に必要な額を積み上げれば、少なくとも48兆円規模になる」として、政府・与党として「確実に措置すべきだ」と主張。「他省庁の予算を加えた『水増し』によって防衛関係費が減ることはあってはならない」とし、政府の有識者会議による報告書について「防衛費だけ財源が必要というのはおかしい。財務省が書いたとしか思えない」との批判が出たそうです。
4.制服組がいない有識者会議
政府の有識者会議の報告書について、筆者は、"具体的に"何をやるのか分からないと述べましたけれども、政府の有識者会議のメンバーは次の面々となっています。
上山 隆大 総合科学技術・イノベーション会議 議員(常勤)見事に民間企業と学者、メディアばかりで現場の制服組はおろか国防専門家と思しき人物さえも入っていません。
翁 百合 株式会社日本総合研究所 理事長
喜多 恒雄 株式会社日本経済新聞社 顧問
國部 毅 株式会社三井住友フィナンシャルグループ 取締役会長
黒江 哲郎 三井住友海上火災保険株式会社 顧問
佐々江 賢一郎 公益財団法人 日本国際問題研究所 理事長
中西 寛 国立大学法人 京都大学大学院法学研究科 教授
橋本 和仁 国立研究開発法人 科学技術振興機構 理事長
船橋 洋一 公益財団法人 国際文化会館 グローバル・カウンシル チェアマン
山口 寿一 株式会社読売新聞グループ本社 代表取締役社長
先述した「安全保障・防衛費プロジェクトチーム」で、安倍派議員が政府の有識者会議の報告書について「防衛費だけ財源が必要というのはおかしい。財務省が書いたとしか思えない」と述べたことに触れましたけれども、有識者会議なるものの構成メンバーを見るにつけ、どこまで実態に即した実行力のある政策が提言できるのかと勘繰ってしまいます。
5.防衛費の財源は医療系独立法人の積立金
もし、政府の有識者会議の報告書を"財務省"が書いたのだとすると、その中身は”防衛”よりも"予算"のほうに重点が置かれていてもおかしくありません。
実際、先述した「3.経済財政の在り方について」の「(2)財源の確保」で中略した部分には次のように記載されています。
防衛関係予算は非社会保障関係費に属することから、政府の継続的な歳出改革の取組としては非社会保障関係費が対象となる。また、過去のコロナ対策で国民の手許に届くことなく独立行政法人に積み上がった積立金の早期返納などを財源確保につなげる工夫も必要である。このように予算に関することだけは異常に具体的です。「コロナ対策で独立行政法人に積み上がった積立金」などと名指ししてますからね。報告書で「まずは歳出改革により財源を捻出していく」と謳った手前、財務省ははっきりとこれを財源に使う積りでいるかと思われます。
ここで名指しされた独立行政法人というのは、国公立病院を運営する厚生労働省所管の国立病院機構(NHO)と地域医療機能推進機構(JCHO)の二つです。
積立金は2021年度時点で国立病院機構(NHO)が約819億円、地域医療機能推進機構(JCHO)が約675億円で、武漢ウイルス対策の病床確保で補助金が入るようになった2020年度以降に急増したのですけれども、実際には利用されなかった病床に対する過大支給があったとも指摘されています。
独立行政法人には、一定期間ごとに積立金を国庫に返納する仕組みがあり、国立病院機構(NHO)と地域医療機能推進機構(JCHO)は5年ごとになるそうです。けれども、この積立金を23年度予算に組み込むには、前倒し返納のための法改正が必要となります。
これについて厚労省幹部は「前倒しは相当なことだ……コロナの補助金が入ったのはこの2法人だけではない。返納の仕組みがあるところだけを狙うのはおかしい」と反発していますけれども、財務省は「両法人の積立金は、数ある独法の中でも際だって多い」と指摘。「早期に国庫に返納すべきだ」との立場を崩していません。
11月25日、鈴木財務相は記者会見で、「過去のコロナ対策で国民の手もとに届くことなく独立行政法人に積み上がった積立金の取り扱いは、関係省庁とよく議論をしていきたい」と発言していますけれども、加藤勝信厚労相は「現時点で厚労省として具体的に検討していることはない」と牽制しています。
厚労省は自らの省益を守りたいのかもしれませんけれども、本当に守るべきは国民の命です。厚労省も財務省も省益ではなく、国益、国民益を最優先に考えて行動すべきですし、政府もそのようにコントロールすべきだと思いますね。
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