

1.民進党主席を辞任した蔡英文
11月26日、台湾で行われた統一地方選挙で、与党民進党が大敗したことを受け、蔡英文総統は会見を開き、「選挙結果を謙虚に受け止め、全ての責任を負う」と、民進党主席を辞任すると発表しました。
蔡総統は2018年の地方選で大敗して党主席を辞任した後、2020年に再任されていたのですけれども、これで2度目の辞任となります。
今回、民進党は全22県市の主張ポストのうち、獲得したポストは5つで、国民党に大敗した前回の2018年選挙からさらに1つポストを減らしています。人口の約7割を占める6つの直轄市では、国民党は台北市、新北市、桃園市、台中市の4つを獲得、一方で民進党は台南市と高雄市の2つに留まる結果となりました。
2.民進党はお灸を据えられた
今回民進党が大敗したのは、支持基盤でもあった若者層が民進党に投票しなかったことが大きいとも言われています。
台湾の選挙は日本のように住民票がある居住地ではなく、本籍地で投票を行うことになっています。従って、外交とか国家戦略に関わる国政選挙だと世界中から人が帰ってきて投票に行ったりするのですけれども、地方選挙となるとそういうものはなく、投票率が上がらなかったという指摘があります。
また、「民進党は選挙のときばかり若者にアピールするものの、選挙が終わると若者の要求については放置する」となど、若者の不満が民進党支持につながらなかったという見方もあります。産経新聞台北市局長の矢板明夫氏は、住宅価格の高騰や低賃金など、若者にとってきわめて重要な問題を解決してこなかったツケで、多くの若者が「騙された」と感じていると分析しています。
更に、若者層だけでなく、一般有権者全体でも、「民進党は傲慢でやりたい放題だ」、「政権担当して6年になるが台湾はあまり変わっていない」、「民進党は腐敗した。頼みごとをすると金を要求され、払っても何もしてくれない」など、政策自体に不満を漏らし、「お灸を据えてやろう」という心理が働いたのだとも言われています。
台湾には、与党・民進党と野党・国民党と、2つの主要政党がありますけれども、国民党は、1945年の国共内戦に敗れて台湾に流れてきて以来、50年近く台湾の政権を握ってきました。その結果、日本でいうところの古い自民党に近いかそれ以上の利権政党となっていました。実際、日本統治下歴代のほとんどの資産を国民党は接収して私物化したこともあり、地方利権に繋がる大企業などを支持者としてきました。
それゆえ、地方選挙においては公共事業だとか様々な分野で国民党が強い構図があるのに対し、民進党は、中小小売店や若者など、利権と無縁な人達を支持母体としています。今回民進党は、彼らを含め、有効な経済政策を打ち出せなかったのが敗因に繋がったとも指摘されているのですね。
今回の武漢ウイルス禍でも、与党・民進党は、個人向けに約5万円から6万円ぐらいのクーポンを発行。企業向けには約45万円の3年間の無利息融資をしたのみで、日本のような雇用調整助成金も失業保障みたいな制度もなく、企業支援が全くありませんでした。確かにこれでは、「お灸を据えてやろう」となる訳です。
3.民進党の抗中保台は逆効果だった
このような民進党への逆風を感じ取った、野党・国民党や第三勢力の政党は「この選挙は民進党を否定するための戦いだ」というトーンで選挙戦略を統一し、民進党を攻撃しました。
一方、民進党は、選挙戦後半から「抗中保台(中国に屈せず、台湾を守る)」のスローガンを多用しました。ところが、これが逆効果になったようなのですね。
東京外国語大学の小笠原欣幸教授は、政権与党として「偉そう」なおごりが見える民進党に、今回は「お灸をすえよう」という有権者が多かったことから、民進党は中国との対決姿勢を打ち出して挽回を狙ったものの、むしろその意図が有権者に見透かされたと述べています。
実際、選挙戦で野党・国民党候補は軒並み「地方選挙なのに対中政策を持ち出している」と批判しましたし、さらには中間派の有権者の間にも、民進党が無理に対中政策を争点化しようとしている印象を与えてしまったことに加え、台湾では民進党が一強に向かいつつあるという認識があり、過去の歴史から1つの勢力があまりに強大になってしまうことへの警戒感から台湾人特有のバランス感覚も作用したと小笠原教授は指摘しています。
反面、小笠原教授は、今回の民進党敗北は、むしろ台湾で健全な民主主義が定着したことを改めて示したのであり、この民主主義を中国による統一で手放したいと考える台湾人はほとんどおらず、「冷静に平然と政権与党にお灸をすえる投票行動ができる台湾の安定ぶりを国際社会は評価すべきだ」と述べています。
4.民進党が繋ぎ止めるべきもの
今回の統一地方選で大敗し、蔡総統は、党主席を辞任することになったのですけれども、民進党は大きく分けて2つの派閥があります。1つが南部を母体とする頼清徳派で、もう一つが北部を中心とする蔡英文派です。南部は非常に保守的で北部はリベラル色が強いという特徴があり、とりわけ南部は228事件(中国から渡ってきた外省人の国民党員によって多くの方々が殺された)があった影響で特にその反国民党色が強いとされています。
今回の選挙で蔡英文総統は、候補者に落下傘候補をどんどん出したのですけれども、その結果がこの大敗ですから、今後、党内で蔡英文総統の影響力が低下する一方、頼清徳氏の力が強くなるとも見られているようです。
すでに2期目の蔡英文総統は次回の総統選挙に立候補することはできないため、次の総統に自分の後継者を選んで推すことで影響力保持を狙っていたとも見られていますけども、今回の大敗でそれも難しくなりました。
以上のようなことから、今回の選挙を「国民党小勝、民進党小敗、蔡英文大敗、頼清徳大勝」と評する人もいるのだそうです。
ただ、今回の選挙結果から気になるのは中国の出方です。
中国は、民進党政権の敗北に付け込んで、さまざまな宣伝工作を仕掛けてくることが考えられます。つまり「台湾人民は民進党など支持していてはダメだ。選挙結果がそれを証明している」などど、世論工作し、更には国際社会にも、そのように思わせようとするのではないかということです。
台湾は、自身の独立はもとより、現状維持でさえ、他国の支持や支援を必要とします。たとえば、アメリカの台湾関係法がなかったとしたら、台湾は今のポジションを確保できているかどうかも分かりません。
つまり、台湾の政権与党は、国際社会の支持をがっつりと繋ぎとめられるかどうかも、政権支持に関わる大きな要素になりうるということです。
その一方、先述した東京外語大の小笠原教授が指摘するように、今回の民進党敗北が逆に「台湾で健全な民主主義が定着した」ことを示すのならば、なおさら、台湾は西側と同じ道を歩んでいることを国際社会にアピールしていくのも良いのではないかと思いますね。
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