ゼレンスキーの米国演説とキッシンジャーの慧眼

今日はこの話題です。
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1.ゼレンスキーの訪米


12月21日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、アメリカを訪れ、バイデン大統領と会談し、議会演説をしました。

2月24日のロシアのウクライナ侵略以来、ゼレンスキー大統領が国外に出るのは初めてのことです。

バイデン大統領は、ゼレンスキー大統領に、約19億ドル相当の軍事支援の供与を約束し、ゼレンスキー大統領は、演説でアメリカによる巨額の軍事支援について、「パトリオットをくれ。たくさんくれ。ウクライナ国民はあなた方から頂いた武器で勝利の日まで戦う……あなた方がイギリスと戦って独立を勝ち取ったようにわれわれは頑張る……あなた方の支援は慈善行為ではない。世界の安全保障と民主主義への投資だ」と述べました。

この演説に集まった上下両院議員たちは惜しみない拍手を送り、スタンディング・オベーションを繰り返しました。

2014年のクリミア併合以来、アメリカはウクライナ軍の装備の近代化と兵員の訓練など絶大な支援をしてきました。とりわけ武器は、携行式地対空ミサイル「スティンガー」、対戦車ミサイル「ジャベリン」、ヘリコプター「Mi17」、155ミリ榴弾砲、高機動ロケット砲システム「ハイマース」、自爆型ドローン「スイッチブレード」や「フェニックスゴート」、対ドローンシステム「バンパイア」、中距離地対空ミサイル「NASAMS」などを最新鋭兵器を支援し、ロシア軍を無力化することに絶大な効果を上げたと見られています。

とはいえ、NATO諸国とて永久に武器支援を続けられるわけではありません。戦争による諸物価の高騰は欧米諸国の庶民の不満を高め、いわゆる「ウクライナ疲れ」も囁かれています。

アメリカとて、バイデン政権発足以来、既に189億ドル(約2兆7500億円)を超える軍事支援を行っています。

アメリカの下院は中間選挙の結果、共和党が支配することになっています。下院議長に就任すると見られている共和党のマッカーシー院内総務は、「アメリカ国民がウクライナに白紙の小切手を切ることはない」と述べており、今回の演説を聞いた後も「とても良い演説だった」としながらも、「私の立場は一度も変わっていない。ウクライナのことは支援するが、白地の小切手を支持したことはない。われわれのあらゆる資金に説明責任が伴うようにしたい」と釘を刺しています。

つまり、無制限に援助するとは限らないという訳です。





2.どちらが先に折れるかは戦況次第


ウォールストリート・ジャーナル紙は23日までに、ゼレンスキー政権が来年2月24日に合わせて和平案を提示する計画だと外交筋の話として報じています。

ゼレンスキー大統領はアメリカ議会の演説で「我々には平和が必要だ。ウクライナはすでに提案を提出しており、バイデン大統領と話し合ったばかりだ。我々の平和の方程式であり、数十年先の我々の共同の安全保証のために実施されるべきであり、実施されなければならない10のポイントだ。首脳会談は開催可能だ」と語っています。

ゼレンスキー大統領が述べた「10のポイント」というのは、12月19日のエントリー「きざはしすらみえない停戦交渉」で取り上げましたけれども、ロシア側からみれば飲めるような条件には見えません。

ただ、ゼレンスキー大統領は、10のポイントに言及した一方「テロリスト国家であることを楽しんでいるロシアから和平への一歩を待つのはナイーブだ。ロシア人は今でもクレムリンによって毒殺されている。国際的な法秩序を制限することは、私たちの共同の仕事だ」と、そのような話し合いは、ロシアの交渉意欲と国際法秩序の参加にも左右されると指摘しています。

これだけだと、「テロリスト国家であることを楽しんでいるロシア」は和平交渉には全く関心がないように聞こえてしまうのですけれども、プーチン大統領は和平を望む旨の発言をしています。

12月22日、プーチン大統領は記者団に対し「われわれの目標は軍事衝突を継続することではない。逆に、この戦争を終わらせることを目標としている。この目標に向け努力しており、今後も努力を続ける……これを終わらせるために努力する。当然、早ければ早いほど望ましい……これまでに何度も言っているが、敵対行為の激化は不当な損失をもたらす……全ての武力紛争は何らかの外交交渉によって終結する……遅かれ早かれ、紛争状態にある当事者は交渉の席について合意する。ロシアに敵対する者がこうしたことを早く認識するのが望ましい。ロシアは決して諦めていない」と述べました。

ロシアはこれまでも交渉に応じる姿勢を示し、交渉を拒否しているのはウクライナだと主張していますから、ロシアもウクライナも双方ともに相手を交渉の意思がないと批判している訳です。

まぁ、互いの和平条件があまりにもかけ離れていることを考えると、先に交渉に一歩踏み出せば、それだけ相手の条件を飲むことなりますからね。チキンレースよろしく、相手が折れてくるのを互いに待っているのではないかと思います。

ウォールストリート・ジャーナル紙は、ウクライナが提示する「和平案」は、先述したゼレンスキー政権が指摘する10のポイントを具体化させるものであるものの、ロシアに大きな譲歩を強いる内容になるため、戦況が実現性を左右するとの見方を伝えています。

つまり、和平交渉のために、どちらが先に折れてくるのかは、戦況次第だという訳です。


3.キッシンジャーの指摘


ロシアとウクライナの和平案については、なにもウクライナだけが提示している訳ではありません。

アメリカの国際政治学者のヘンリーキッシンジャー氏もその一人です。

5月27日のエントリー「ウクライナ人が示したヒロイズムに知恵を合わせることを望む」で、キッシンジャー氏がスイスのダボス会議で和平案を提示したものの猛反発を受けたことを取り上げましたけれども、7月15日、キッシンジャー氏はドイツの有力誌「シュピーゲル」とのインタビューで、次のように答えています。
シュピーゲル : キッシンジャーさん、あなたが生まれたとき、レーニンはまだ生きていたんですよ。スターリンが死んだときは29歳、ニキータ・フルシチョフがキューバに核ミサイルを配備したときは39歳、レオニード・ブレジネフがプラハの春を粉砕したときは45歳でしたね。プーチンは、これらのクレムリンの支配者のうち、どれを最もよく思い起こさせますか?

キッシンジャー:フルシチョフだ。

シュピーゲル :なぜですか?

キッシンジャー:フルシチョフは認めてもらいたかったのだ。彼は自分の国の重要性を確認し、アメリカに招待されたかっただ。平等という概念は、彼にとって非常に重要だった。プーチンの場合、これはさらに深刻で、1989年以降、ヨーロッパにおけるロシアの地位が崩壊したことを、ロシアにとっての戦略的な災厄とみなしているからだ。それが彼の強迫観念になっている。私は、「失われた領土を少しでも取り戻したい」と考える多くの人々の意見には、あまり共感できない。しかし、彼が耐えられないのは、ベルリンからロシア国境までの全領土がNATOに陥落したことだ。それが、彼にとってウクライナを重要なポイントにしたのだ。

シュピーゲル :フルシチョフはキューバ危機を引き起こしましたが、最終的に降伏しました。プーチンとウクライナにも同じことが可能だと思いますか?

キッシンジャー:プーチンはフルシチョフほど衝動的ではない。彼はもっと計算高く、もっと憤慨している。ロシアの、過去から知っている他の指導者と和解するのは簡単かもしれない。一方、プーチンから後継者への移行がスムーズにいくとは考えにくい。何よりもロシアの進化は、ロシアの問題なのだ。欧米諸国は、その進化とウクライナの軍事的帰趨によって何ができるかを分析する必要がある。

シュピーゲル :新著の第1章「Leadership:は、戦後初のドイツ首相であるコンラート・アデナウアーに焦点をあてています。アデナウアーは、自国の分裂は一時的なものであるという考えに基づいて政策を行ったと書かれていますね。最近、ダボスの世界経済フォーラムで、ウクライナは一時的な分裂を受け入れ、一部を親欧米的、民主的、経済的に強い国家に発展させ、国全体が統一される歴史を待つべきだと発言されましたが、このことを念頭に置いてのことでしょうか。

キッシンジャー:私が言いたいのは、この戦争を終わらせるためには、現状維持、つまり国土の93%を分割するのが最善だろうということだ。もし現状維持が目的であるとすれば、それは侵略が成功しなかったことを意味する。となると、問題になるは2月24日の接触線での停戦だ。あの時点でロシアはウクライナの領土の2.5%(ドンバス地方)とクリミア半島を支配していた。

シュピーゲル : しかし、あなたは、2月24日の接触線を超えて紛争を追求すると、「ウクライナの自由に関する戦争ではなく、ロシアそのものに対する新たな戦争に変わるだろう」と付け加えました。

キッシンジャー:私はウクライナが領土を放棄すべきとは一言も言っていない。停戦の論理的な分かれ目は現状維持だと言ったのだ。

シュピーゲル :多くのウクライナ人は異なる理解をしていた。国会議員のオレクシー・ゴンチャレンコは、あなたは「まだ20世紀に生きている」と言い、ウクライナは領土を1インチも譲らないだろうと言いました。

キッシンジャー:ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領はそんなことは言っていない。それどころか、私の発言から2週間以内に、彼はフィナンシャル・タイムズ紙のインタビューで、現状を取り戻すことは偉大な勝利であり、残りの領土のために外交的に戦い続けると言っている。それは私の立場と一致している。

シュピーゲル :新著の序文で、あなたはウィンストン・チャーチルの言葉を引用していますね。「歴史を学べ。歴史にこそ、国家運営のすべての秘密がある」。ウクライナ戦争を理解し、終結させるために最も参考になる歴史的先例はどれだと思われますか。

キッシンジャー:それは非常に良い質問だが、すぐには直接の答えを出せない。なぜなら、ウクライナの戦争は、あるレベルでは、パワーバランスに関する戦争だからだ。しかし、もう一つの側面では、内戦の側面もあり、古典的なヨーロッパ型の国際問題と、完全にグローバルな問題が混在している。この戦争が終わったとき、ロシアが常に求めてきたヨーロッパとの首尾一貫した関係を実現するのか、それともヨーロッパの境界にあるアジアの前哨基地となるのかが問題となる。そして、歴史的に前例はない。

シュピーゲル :あなたは、新著で紹介されている6人の人物とともに、今日の世界を形成してきました。そして、それは決して安定した世界ではありません。ヨーロッパでは、ウクライナで戦争が勃発しています。アジアでは、台湾をめぐる紛争が迫っているようです。中東では、イランの核開発が暗い影を落とし続けています。なぜ、政治家はあなたの本の例に従うべきなのでしょうか。

キッシンジャー:私が描いた人たちを見習えとは言わない。なぜなら、彼らはそれぞれ全く異なる存在であり、状況もそれぞれ異なるからだ。しかし、これらの指導者たちが直面した問題から学ぶことはできると思う。世界には争いがあるということ。これは新しいことではない。新しいのは、私たちの時代になって初めて、異なる文化圏が永続的に互いに影響を及ぼし合うようになったことだ。現在起きているいくつかの紛争については、この本の例が参考になるかもしれない。また、私たちの時代特有のものもあるだろう。私は国際関係のための料理本を書いたわけではない。

デア・シュピーゲル:あなたが述べたような状況下での外交政策、特にリチャード・ニクソンとあなたが実践したような外交政策は、今でも国際関係を扱う最も効果的な方法であるとお考えですか。

キッシンジャー :政治家と空想家は、単に2つの異なるタイプのリーダーだよ。

デア・シュピーゲル:あなたの好みは明白です。著書の中で、あなたはセオドアやフランクリン・ルーズベルト、ケマル・アタテュルク、ジャワハルラール・ネルーを「政治家」と呼び、アケナテン、ジャン・オブ・アーク、ロベスピエール、レーニンを「空想家」と呼んでいますね。国際関係において、力の均衡を保つことは、今でも最も望ましい道であるとお考えでしょうか。

キッシンジャー:パワーの均衡は、他のものの前提条件ではあるが、それ自体が目的ではないと思う。パワーバランスはそれ自体で安定を保証するものではないが、パワーバランスがなければ安定を得ることはできない。

シュピーゲル :あなたの後ろの本棚には、博士論文のテーマであり、19世紀初頭のヨーロッパ平和秩序の構築者とされるメッテルニヒ公爵の伝記がありますね。当時や第二次世界大戦後のような数十年の相対的安定は、現実的に期待できる最良の期間なのでしょうか。

キッシンジャー:いや、この点では現代の状況はユニークだと思う。歴史を振り返ると、第一次世界大戦は、テクノロジーがそれを管理する能力を超えてしまった例だと私はすでに述べている。しかし、私たちの時代には、このことに疑いの余地はないだろう。私たちは80年前から核兵器を持っており、その精巧さに何兆円も費やしてきた。1945年以来、非核保有国に対してさえ、誰も核兵器を使用する勇気はなかった。今日、これらの核兵器は、サイバー、人工知能によって複合化されている。

シュピーゲル :核兵器を制御するアルゴリズムや技術的手順が、危機の際に予測できないため、さらに危険になっているということですか。

キッシンジャー:いずれにせよ、政治指導者が自国の技術をコントロールすることは、特に戦争が起こった場合、極めて困難になっている。このようなハイテクが使用される可能性のある戦争を防ぐことは、今や至上命題となっている。特に、中国とアメリカという2大ハイテク国家の間で戦争が起こること。なぜなら、勝者が何らかの利益を得ることは常に想像できるからだ。この種の戦争では、それは不可能なのだ。

シュピーゲル: アメリカのジョー・バイデン大統領は、現在の地政学的状況を民主主義と独裁主義の間の闘いと表現しています。また、ドイツの新政権は、より「価値観に基づく」外交政策の追求を打ち出しています。これに対して、あなたはどのように対応しますか。

キッシンジャー:私の個人的な歴史を考えれば、民主主義を好むのは自明の理だ。真の民主主義は、私にとってはより望ましいシステムではある。しかし、現代世界の関係では、それを主目的とすると、宣教師的な衝動にかられ、30年戦争のような軍事衝突を招きかねない。さて、バイデン大統領は同時に、中国政府を変えようとは思っていない、国内事情に干渉しようとは思っていないと発言している。だから、現在、どの主要な指導者も直面しているのと同じ問題に直面していると思う。もちろん、自衛の義務がある状況もあり、それは今回のウクライナをめぐる紛争で欧州が認識したことでもある。この時代のステーツマンシップは、パワーバランスの歴史的役割、ハイテクの新しい役割、本質的価値の維持を包含できるものでなければならない。それがこの時代の新たな挑戦だ。

シュピーゲル :プーチン大統領が「権力の座にとどまることはできない」と述べたバイデン氏の発言をどう評価しますか。

キッシンジャー:慎重な文章ではなかった。

シュピーゲル :政治的リアリズムの基本的な前提の1つは、国際システムは究極的には無政府状態であり、個々の国家の上に立つ権威は存在しないというものです。あなたの経験はこの仮定を裏付けていますか。

キッシンジャー:いや。ヨーロッパで、そしてヨーロッパを経由して世界の他の地域で国際関係の基礎となっていた主権原理は、一方で、国際法における合法性の概念の発展を可能にしている。しかし、他方では、主権原理が最も重要であると信じられているため、世界を断片化することにもなっている。このジレンマは、哲学的に克服することが非常に困難だ。なぜなら、世界のさまざまな地域間の文化的差異が、異なる価値観の階層を伴うからだ。

シュピーゲル :ウクライナでの戦争がこれまでどのように進行してきたかを見るとき、中国指導部が台湾問題をきっぱりと解決したいという願望を高めると思いますか、それとも減らすと思いますか。

キッシンジャー:どちらとも言えないと思う。プーチンは明らかに抵抗を甘く見ていた。しかし、中国が台湾に対して全面的な武力を行使するのは、平和的な発展はあり得ないと判断したときだけだ。私は彼らがまだその時点に到達していないと思う。

シュピーゲル :しかし、もし中国がある日そのような結論に達したとしたら、その紛争は現在のウクライナでの紛争とどう違うのでしょうか?

キッシンジャー:ウクライナ問題では、軍事的な問題の1つの側面として、2つの核保有グループが第3の国家の領土で通常戦争を戦っており、もちろん、その国家は我々から多くの兵器を得ている。しかし、法的には、台湾への攻撃は、中国とアメリカを最初から直接対立させることになるのだ。

シュピーゲル :アメリカのリチャード・ニクソン大統領とあなたが歴史的な中国訪問に乗り出してから50年が経ちました。今日の視点から、あの時、台湾紛争の解決を先送りしたことは成果だったのか、それとも間違いだったのか。

キッシンジャー:中国との協力関係を始めるには、それが唯一の可能性であり、冷戦を終わらせるためには必須であり、ベトナム戦争を終わらせるためには不可欠なことだった。そして、朝鮮戦争の後、少なくとも25年間の平和的進化を生み出したのだ。中国の台頭は、私たちが議論してきたような問題を必然的にもたらす。それが中国の歴史の本質であった。台湾に関しては、戦後、中国が一度も同意しなかったこと、つまり和解の延期に毛沢東が同意したことは、かなりの功績だったと思う。

シュピーゲル :台湾の問題だけでなく、イランの核開発問題も未解決のままです。あなたはもともとテヘランとの核合意に反対していましたが、アメリカの脱退にも反対していますね。

キッシンジャー:核合意に対する私の懸念の本質は、イランの軍事的核武装を排除するものではなかったということだ。イランの立場からすれば、もう少しゆっくりとそれを実現する方法を提供したのだ。したがって、中東における先制戦争の危険性は、多少の時間延長という恩恵を受けつつも、継続し、さらには増大することになったのだ。だから今、自分が拒否した同じ合意に、何の改善もなく戻ることは、一種の道義的敗北だ。なぜなら、私がハイテクについて述べたことは、この問題にも当てはまるからだ。

シュピーゲル :中東での核軍拡競争を恐れていますか。

キッシンジャー:いや、核兵器の使用を恐れている。イランが核保有国としての地位を確立すれば、エジプトやトルコのような国も追随せざるを得ないと考えるかもしれない。そして、彼らの関係、さらにすべての国とイスラエルとの関係によって、この地域は今よりもさらに不安定になるだろう。

シュピーゲル: アメリカの大統領やアデナウアーからアンゲラ・メルケルまでのドイツの首相など、政治家は何十年にもわたってあなたの助言を求めてきました。しかし、あなたはカンボジアやチリでとった行動についても批判されてきました。ご自身の政治的な記録を振り返ってみて、どこで誤算があったのでしょうか。

キッシンジャー:カンボジアとチリについては、私の回顧録に長い文章が書かれているので、今さら議論に入るつもりはない。しかし、ジャーナリズムの公正さには、このような事態が発生する枠組みがあったという事実が含まれるべきだ。カンボジアへの最初の爆撃は、ニクソンが大統領に就任して1ヵ月後に行われた。北ベトナムは、サイゴンのすぐ近くのカンボジアに駐留させていた4個師団で、ほとんどすぐに攻勢に転じ、1000人のアメリカ人を殺害していただ。彼らは夜間に国境を越えてやってきて、割り当てられた数のアメリカ人を殺して帰っていくのだ。だから、これらの爆撃は、戦争を拡大しようとする指導者の表現ではなく、戦争を終わらせようとする指導者の表現だったのだ。ニクソンは最初から戦争を終わらせるつもりで、就任前から北ベトナムの指導者ホー・チ・ミンに手紙を出していたのだ。また、チリのアジェンデ大統領の打倒は、チリの内部事情から起こったことだ。私たちは、アジェンデ大統領の就任を快く思っていなかった。しかし、アジェンデ大統領が倒された時、チリ議会のすべての民主主義政党がアジェンデと決別し、それが倒閣の条件となったのだ。だが、より一般的な意味で、政治家は常に曖昧な状況下で国益のバランスを取るというジレンマを抱えている。そして、その間違いを指摘したり、その結果に注目したりするのは、ジャーナリストにとって非常に楽しいことだ。もちろん、判断ミスをしたことがないとは言い切れまないが、その背景を提示することなく50年前のことにこだわり続けるのは、公正な議論の方法とは言えない。

シュピーゲル: 公平な意見です。今、中東の話をしていたので、アメリカのイラク侵攻に話を戻しましょう。あれは誤算だったのでしょうか?

キッシンジャー:侵攻が起こったとき、私は20年ほど政府を離れていた。私はそれに共感していた。ブッシュ大統領の意図は、テロ攻撃を支持する政権が恒久的な不安を生み出していることを示すことだと思ったからだ。サダム・フセインを排除することには、多くの合理的、道徳的な正当性があった。しかし、イラクを(第二次世界大戦後の)ドイツの占領と同じように統治しようとするのは、状況が比較できないため、分析上の誤りであった。イラクを占領しようとすることは、私たちの能力を超えていたのだ。

シュピーゲル: ウクライナ戦争以前には、アメリカはライバルである中国に圧力をかけるためにロシアとの接近を模索すべきかどうかという議論がありました。現在では、ニクソンやあなたが50年前に行ったように、ロシアの脅威を前にして北京との緊張を緩和すべきかどうかということが問われています。アメリカは、2つの最大の敵国を同時に相手にするほど強い国だと思いますか?

キッシンジャー:もし、2つの敵を相手にすることが、ウクライナでの戦争を対ロシア戦争に拡大し、同時に中国に対して極めて敵対的な立場にとどまることを意味するなら、それは非常に賢明な道ではないだろうと思う。私は、ウクライナに対する侵略を打ち負かすためのNATOとアメリカの努力、特にウクライナを戦争が始まったときのような規模に回復させるための努力を支持する。そして、ウクライナが追加的な調整を求め続けることも理解できる。その時は、より大きな国際関係観の枠組みの中でアプローチすることができる。しかし、それができたとしても、ロシアとヨーロッパの関係、つまりヨーロッパの歴史の一部なのか、それとも他の領土をベースにした永遠の敵なのか、という問題を解決する必要がある。それが主要な問題になるだろう。そしてそれは、ウクライナ戦争の終結とは無関係な問題だ。私はこれまで何度もこの問題を書いてきたが、ウクライナの領土を放棄すべきだと言ったことは一度もない。

シュピーゲル:キッシンジャー氏、インタビューに答えていただき、ありがとうございました。
実に示唆に富む指摘だと思います。

シュピーゲルが「バイデン大統領が、今の地政学的状況を民主主義と独裁主義の間の闘い」だ位置づけたことについて、「民主主義は好まれるべきであるが、それを主目的とすると、宣教師的な衝動にかられ、30年戦争のような軍事衝突を招きかねない」と指摘している点です。

そして、「国際システムは究極的には無政府状態であり、個々の国家の上に立つ権威は存在しない」という仮説を支持するかと問われると「国際関係の基礎となっていた主権原理は、国際法の合法性を担保する一方で、主権原理を重要視するあまり、世界を断片化することにもなっている」とし、このジレンマは、世界のさまざまな地域間の文化的差異が、異なる価値観を持つが故に「哲学的」に克服することは困難だと述べています。

つまり、世界各国が自らの主権と価値観を大事にすればするほど、世界は断片化するというのですね。

キッシンジャー氏は、ウクライナ戦争が始まった当初に回帰することを支持しながらも、たとえそれが出来たとしても、ロシアとヨーロッパの関係、ヨーロッパの歴史の一部なのか、それとも他の領土をベースにした永遠の敵なのか、という問題を解決する必要があり、それは、「ウクライナ戦争の終結とは無関係な問題」だと述べています。

筆者には、これは、ウクライナ戦争によって、可視化された「文明の衝突」を解決しない限り、根本的な解決はないという指摘に聞こえました。

それを考えると、バイデン大統領やゼレンスキー大統領が「民主主義と独裁主義の闘い」だという定義づけで済ましてよい問題ではないのではないかと思いますね。


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この記事へのコメント

  • 金 国鎮

    キッシンジャーが言う
    この戦争が終わったとき、ロシアが常に求めてきたヨーロッパとの首尾一貫した関係を実現するのか、それともヨーロッパの境界にあるアジアの前哨基地となるのかが問題となる。
    私にとってはこれが一番重要。
    ロシアがヨーロッパロシア中心の動きをする限り、ユーラシア大陸の多くのアジア諸国はロシアの味方にはならないが、そうでなければ少し時間はかるが味方になっていくだろう。
    先般のプーチンのウラジオストックの東方経済フォーラムの講演会の話はそれを明らかにしている。
    プーチンはよくシベリアに行く、理由はよく分からないが東部ロシアに何か愛着を持っているのだろう。彼が東部ロシアに住むアジア系ロシア人と如何に対峙するかには関心を持っている。
    ジョイグ国防大臣はアジア系ロシア人である。

    ウクライナ問題の鍵はウクライナ東部のロシア系の人々の存在である。
    ゼレンスキー政権は未だに彼らと対話しないどころか政治的な迫害を続けている。
    日本の大手メディアは未だに彼らの立場を報道していない。
    口を開けばアメリカとNATOの武器支援だが、それが手詰まりになってくるとアメリカとNATOは韓国に軍事兵器の支援を韓国に要請してきている。
    これは韓国の政治力ではないところが興味津津だが、韓国の産軍共同体はよくやっている。

    ポーランドがその軍事支援の基地らしいがそれではキッシンジャーの目は正しいところをついてくる。彼はこの地域で辛酸をなめてきたユダヤ系の一人だ。

    私もあえて一言言おう。
    ウクライナ西部は戦前ポーランド領だ、反ロ感情も強い。
    ロシアはウクライナ西部に侵攻はしないだろうが、戦争が長引けばウクライナ西部の住民に
    ポーランド領復帰の運動が出てくる可能性がある。
    西部の住民は今でもウクライナ人よりも自分をポーランド人であると思っている人が多いはずだ。
    アメリカとNATOはその時にはゼレンスキー政権を見限る。
    もうこりごりだろう。
    2022年12月26日 17:43
  • ならざる者

    キッシンジャーは今の中国を増長させた原因の一人であると思っているので今回のインタビュー記事を読ませていただいて改めて相容れない人物だと思いました。プーチンの異常さはもうどうしようもなくそのせいで亡くなっているウクライナの一般人と兵士、そして何の目的も正義も失く死んでいくロシア兵…ロシア内部でプーチンを粛清しない限り残念ながら戦争は終わらない。
    2022年12月26日 20:10