

1.二十五万の問題案件
12月30日、中国の中央紀律検査委員会と国家監察委員会は昨年1月~10月までの間で「習近平主席からの重要指示の執行・貫徹に努力しなかった問題案件を24.7万件発見して矯正したと発表しました。
更に、この問題で、全国4068の党組織の責任を追及し、幹部4.9万人を問責。うち県レベル以上のトップクラス幹部5756人に対し検査・調査を行うそうです。
中国共産党中央規律検査委員会とは、中国共産党の路線の実行や党紀の整頓、党員の腐敗などを監督する機関です。委員は中国共産党全国代表大会で選出され、書記、副書記、常務委員は中規委全体会議で選出されます。
国家監察委員会は、2018年の第13期全国人民代表大会第1次会議にて設置が決定されたものです。過去の監察機関とは異なり、国務院から独立した機関として、国務院、最高人民法院、最高人民検察院と同レベルに配置されているという特徴があります。
国家監察委員会は中国共産党中央規律検査委員会と合同の庁舎に置かれており、両者は合同で動くそうです。
習近平主席は就任以来、反腐敗キャンペーンを打ち出し、党の規律の厳格化と組織の引き締めを図ってきましたけれども、国家監察委員会と中央規律検査委員会はその手足となる組織です。
昨年1月22日に開かれた中国共産党中央紀律検査委員会の年次総会で、習近平主席は演説を行い「人民を取り巻く腐敗取締りや党規約に従わない行動の改善に持続的に取り組み、人民に公平と正義を感じさせるべきだ……政治と法律の分野における規律違反と違法問題を摘発し、反社会勢力とそれを庇う勢力を断固として撲滅させる。共同裕福政策の実施を促し、教育と医療、養老と社会保険、貧困扶助と環境保護などの分野における腐敗と不正を引き続き是正しなければならない」と強調しました。
その結果が昨年末の問題案件の公表となった訳です。
けれども、規律検査委員会は、汚職といった党の腐敗を正していくのが本来の仕事です。けれども今回、問題とされたのは、「習近平主席からの重要指示の執行・貫徹に努力しなかったこと」なのですね。言われたことをやったが不十分だということで吊るしあげられる。それが247000件というのは想像を絶します。
これについて、評論家の石平氏は、証拠を掴めば確定する汚職ではなく、執行・貫徹に力を尽くなかったことは汚職などよりもはるかに見つけにくいにも関わらず、それが24.7万件も見つかったということは、実態はその十倍、数十倍ある筈だ、と指摘しています。

2.レイム・ダック化が始まった習近平政権
また、石平氏によると同じく昨年12月27日に共産党の「学習時報」という機関紙が「幹部が抜擢を拒絶するのは政治的ルール違反だ」とする論評を掲載し、批判していると紹介しています。
件の記事では、広州の元副市長である曹建寮氏が30年近く役人として、町の党委員会書記、3区の手代、広州市の副市長を務めたのですけれども、新都市開発、旧都市の改築に権力を乱用し、3億元近い金額を巻き上げ、私腹を肥やしたとしており、その役職に留まるために、部下に連名の手紙を書かせて自分を引き留めるという手段を使って昇進を拒否することを繰り返したと伝えています。
また、河南省安陽職業技術学院の学生部副部長である閻錦は、5年近くにわたって386人の学生から合計63万2000元の国家補助金を不正に受け取り、そのことが露見するのを恐れて昇進を拒否しているとも伝えています。
記事は、「昇進」は個人的な表彰であり、個人の権利に属するから、譲渡や放棄ができるとする考え方は明らかに間違っているとし、「党員と幹部にとって、昇進はあくまでも職位の調整であり、個人の権利どころか、決して譲ることも諦めることもできない措置なのだ」と述べています。
記事では昇進を拒否する理由として、「昇進したいが、提案された昇進が元の地位と比べて十分に魅力的でないため、理由を探して昇進を拒否する」か「本人に真に家庭や生活上の困難があり、昇格するポストでの勤務に適さない」の2種類に大別されるとしています。
そして、前者について「党組織の決定を実行しようとしない典型的な例であり、手本を示すために一人ずつ対処しなければならない」とし、後者については「当事者組織は、その理由の確認を十分に行った上で、合理性を判断し、総合的に検討して昇格を継続するかどうか判断する必要がある」としています。
さらに、現在、腐敗に対するゼロ容認政策と、失政に対する問責が徹底的に行われていることから、一部の幹部は抜擢されることを躊躇したり、"太平無事の官(太平官)"を目指して何もやらないことに努めている、と批判しています。
これについて石平氏は、出世したところで賄賂も取れないのに、何かあったら責任を問われる状況になったことで誰も出世したがらなくなったと述べ、習近平に対するボイコットと仕事そのものに対するボイコットが党幹部に広がることによって習近平政権のレイム・ダック化が始まっていると指摘しています。
これは3期目以降を目指す習近平にとっては、懸念事項の一つではないかと思います。
3.岸田政権凄いという演出
振り返って日本はというと、別の意味で官僚組織が揺らいでいるかもしれません。なぜなら岸田政権が迷走を繰り返しているからです。その迷走は、いうまでもなく、政策をぶち上げては撤回を繰り返していることを指します。
ただ、その迷走は、官僚のミスあるいは暴走を官邸が正したという形を取ってみせているところに特徴があるように思います。
例えば、去年11月下旬に武漢ウイルスの水際対策で航空各社に要請した国際線の新規予約の一律停止を3日で撤回した事案では、国土交通省は事前に官邸に報告しなかったとなっています。
また、12月下旬に文科省が国公私立大の個別入試で「オミクロン株」感染者の濃厚接触者は無症状でも受験を認めないとしたガイドラインを見直し、条件を満たせば別室での受験を認めるとした件でも、濃厚接触者の受験を認めない方針を示した際、官邸への連絡はなかったとして、岸田総理周辺は「吃驚した」と振り返っています。
これについて、嘉悦大学教授の高橋洋一氏は、「入国者の水際対策強化は、11月29日に内閣官房、法務省、外務省、厚生労働省の連名で公表された措置による。その中に『入国者総数の引き下げ』があり、日本人を含む帰国便の新規予約が停止されて、問題が表面化した。各省が連名した措置であるが、官邸も関与している。水際措置の中には日本人帰国者の話もあるので、入国者数制限で日本人も対象かどうかは簡単に分かったはずだ。この決定には、岸田首相が関与し、記者会見もした」と指摘しています。
また、オミクロン株の濃厚接触者の当日受験不可についても「12月24日、文部科学省から各大学への通知で伝えられた。従来株については濃厚接触者は別室受験という扱いだったが、オミクロン株で規制が強まった。オミクロン株については感染力は高いものの、毒性が弱いとみられ、文科省の通知の不合理さは誰にでも分かることだった。案の定、26日には岸田首相より文科省に別室受験の検討が指示され、文科省通知は見直された。通知の主体は文科省なので、一義的には文科省の責任だ。しかし、この種の話は官邸に連絡されるのが普通で、もしそうだとしたら見逃した官邸官僚の責任ともいえる」と述べています。
つまり、これらの件について官邸が知らない筈がないというのですね。
高橋洋一氏は、ツイッターに「やらせておいて、官邸は知らなかった、岸田首相の英断で官僚の暴走を止めたので岸田政権凄いという演出かと、邪推してしまいそう。支持率上げの高等戦術か?」などと投稿していますけれども、高橋氏でなくても、そう邪推してしまいそうになります。
官邸の指示を受けてやったのに、世間の批判を受けて拙いとなれば、「知らなかった、官僚が暴走した」と責任を擦りつけられるのでは、官僚にしてみれば溜まったものではありません。
それこそ、習近平政権ではないですけれども、官僚のボイコットが起こってもおかしくないようにも見えます。
これらを官邸官僚が知らないはずない。やらせておいて、官邸は知らなかった、岸田首相の英断で官僚の暴走を止めたので岸田政権凄いという演出かと、邪推してしまいそう。支持率上げの高等戦術か?→迷走政府またまた撤回 大学入試で濃厚接触者の別室受験認める https://t.co/lIOrijBY2t @zakdeskより
— 高橋洋一(嘉悦大) (@YoichiTakahashi) December 29, 2021
4.官僚の責任にしても責任を取らせない岸田政権
では、日本でも岸田政権に対する官僚のボイコットが起こるのかどうかですけれども、必ずしもそうではないかもしれないとも考えています。なぜなら岸田政権は習近平政権のような「腐敗撲滅キャンペーン」を行っている訳ではないからです。
もう10年以上も前になりますけれども、民主党政権後半の2011年8月、立命館大学政策科学部教授の上久保誠人氏は、民主党政権が官僚を使いこなせない理由として、長らく自民党政権下で培われてきた政官業学の既得権益を打破しようとする改革志向を持っていた為に、官僚は民主党政権を警戒し、言う事を聞かなかったのだ、と喝破しています。
一昨年に所信表明演説を行った菅義偉前首相は「改革」の言葉を16回使い、行政の縦割りや既得権益の打破を打ち出していました。
菅前総理は、安倍政権の経済政策の継承を掲げつつも、必ずしも十分に進まなかった構造改革を推進し、携帯電話通信費の引き下げなどいくつか行ったのですけれども、武漢ウイルス対策に忙殺され、十分に進めることはできなかったとされています。
これに対し、岸田総理は、昨年10月の所信表明演説で「改革」という言葉を一度も使わず、話題になりましたけれども、当時、「日曜報道 THE PRIME」に出演した岸田総理はその理由について「『改革』という言葉には市場原理主義、弱肉強食など何か冷たいイメージがついていると感じている。私の所信表明演説には冷たい改革ではなく、血の通った改革をしっかりやろうということを盛り込んだつもりだ」と答えています。
官僚に指示してやらせておいて、拙いとなったら官僚の責任にすることの何処に「血が通っている」のか分かりませんけれども、それでもボイコットが起こらない理由があるとすれば、それは人事だと思います。
習近平政権は国家監察委員会を設置し、腐敗を撲滅するとして厳しく対応しています。昨年末、国家監察委員会と中央紀律検査委員会が、重要指示の執行・貫徹に努力しなかった問題案件を24.7万件も発表したり、全国4068の党組織の責任を追及し、幹部4.9万人を問責したのはその例です。
これに対し、岸田総理は官僚の首を切らなければ問責もしていません。政策撤回を官僚の責任にしても、人事を使って官僚に責任を取らせてはいないのですね。
昨年、財務省の矢野次官が『文藝春秋』に「バラマキ合戦」を批判する論文を寄稿して、更迭論まで出るなど騒ぎになりましたけれどども、岸田総理は矢野次官の首は斬りませんでした。
つまり、表向きでは官僚の責任にして政治が解決した風に見せるけれども、特に人事を弄る訳でもなく、実質的な責任は問わないでいることで、官僚のボイコットを防いでいるのではないかということです。
けれども、これは一種の出来レースでもあり、高橋洋一氏のいう「岸田政権凄いという演出」なのではないかと思えてきます。
となると岸田政権の評価は、岸田総理の語る内容ではなく、そのあとにくるもの、つまり、通した法案とか人事とか、出てきた結果でみる方がよいのではないかと思いますね。
この記事へのコメント
YT
一方、岸田氏はその学歴から、今の官僚が中高大でどのような関心を持っていたか、どのような志で官僚を目指したか同じ目線で理解できるはずです。
確かに過去において東大早慶の総理はいますが、戦前の特権階級だったり、理系卒であったり、今の官僚と同じコースにいたとは思えません。戦後官僚のメンタルを幼馴染みとして体感できるのは岸田総理が始めてのような気がします。