岸田総理の行蔵

今日はこの話題です。
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1.岸田総理の施政方針演説


1月17日、岸田総理は、この日の招集された第208通常国会で、初めてとなる施政方針演説を行いました。

内容はこちらの官邸のサイトで公開されていますけれども、岸田総理は先月6日、臨時国会で「所信表明演説」を行っています。

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施政方針演説と所信表明演説は、どちらも総理が国会の本会議で行う演説なのですけれども、施政方針演説が、毎年1月に召集される通常国会本会議の冒頭で、総理が内閣を代表して国政全般にわたる基本方針を示すものであるのに対し、所信表明演説は、臨時国会や特別国会で、総理が内閣の基本方針のみならず当面の問題に対する内閣の方針を示すものという違いがあります。

では、先月の所信表明演説と今回の施政方針演説でどのような違いがあったのか。

それぞれの見出しを横並びにしてみると次の通りです。
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どちらも頭に武漢ウイルス対応をがあり、次に資本主義が続いて、終わりに外交安保と憲法改正となっていて、どちらも大きく変わっていません。まぁ、一ヶ月程度でそんなに変わるものではないといえばないとは思いますけれども、今回の施政方針演説では「気候変動問題への対応」が割と上の方に登場しています。

あるいはこれであれば手をつけられるから、と上の方に持ってきたのかもしれません。


2.安全運転の国会運営


今回の施政方針演説や国会運営についてマスコミは「安全運転」に徹しているとの評価がちらほら出ています。

通常国会での提出予定法案を昨年より5本少ない58本に絞り、「出入国管理法改正案」や、「感染症法改正案」など、与野党の対立が予想される法案の提出は見送っています。

1月12日、自民党の遠藤利明・選挙対策委員長は12日、党内の会合で「参院選に勝って初めて岸田政権が安定する」と述べているところをみると世論を騒がせるようなことは極力控えるのではないかと思われます。

ただ、それでも、岸田総理は今回の施政方針演説の文案を練る際、「同じ書きぶりばかりではだめだ」と内容のフレッシュさに拘ったそうです。

例えば、気候変動問題に関わるパートを手厚くした、菅義偉前総理の「グリーン」という表現を「炭素中立」に変え、「脱炭素の実現と、新しい時代の成長を生み出すエンジンとしていきます」としました。

その一方、当初は「所得」「人的投資」など「五つの倍増」を掲げる構想も上がっていたのですけれども、野党側に無用の批判材料を与えて不利になるリスクもあるとして取りやめたそうです。

政権幹部は「コロナでつまずけば全てが狂う。『岸田カラー』は参院選後からでいい」と語ったそうですけれども、どうやら、今国会で激しい論戦はなさそうです。


3.弱腰の外交安保


今回の施政方針演説で、筆者が注目したいのは外交安保です。

というのも、先日行われた日米2+2の共同発表でウイグル・香港・台湾について言及していたからです。件の共同発表での該当部分は次の通りでした。
閣僚は、新疆ウイグル自治区及び香港の人権問題について深刻、かつ、継続する懸念を表明した。閣僚は、自由、民主主義、人権、法の支配、国際法、多国間主義及び自由で公正な経済秩序の尊重へのコミットメントを共有する全ての主体と協力することにコミットした。閣僚は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促した。
これに対し、岸田総理の施政方針演説での外交安保は次の通りです。
八 外交・安全保障

(新時代リアリズム外交)
 厳しさと複雑さを増す国際情勢の中で、日本外交のしたたかさが試される一年です。
 私自ら先頭に立ち、未来への理想の旗をしっかりと掲げつつ、現実を直視し、「新時代リアリズム外交」を展開していきます。

(普遍的価値の重視)
 「新時代リアリズム外交」の第一の柱として、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値や原則を重視していきます。
 これらを共有する米国のバイデン大統領とは早期に会談し、我が国の外交・安全保障の基軸である日米同盟の抑止力・対処力を一層強化し、地域の平和と繁栄、そして、より広く国際社会に貢献する同盟へと導いていきます。
 豪州のモリソン首相とは、円滑化協定に署名し、安全保障協力を強化するなど、「特別な戦略的パートナーシップ」を新しいステージへと引き上げました。
 同盟国・同志国と連携し、深刻な人権問題への対処にも、私の内閣で、初めて任命した専任の補佐官と共に、しっかりと取り組む覚悟です。
 最重要課題である拉致問題について、各国と連携しながら、全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく、あらゆるチャンスを逃すことなく、全力で取り組みます。私自身、条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う決意です。日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化の実現を目指します。

(「自由で開かれたインド太平洋」の推進)
 我が国が提唱し、推進する「自由で開かれたインド太平洋」の考え方は、多くの国から支持を得ています。
 日米豪印では、ワクチンや質の高いインフラ整備など、実践的な協力が具体化しており、協力を前へと進めます。
 ASEANや欧州などパートナーとも連携を強化します。
 TPPの着実な実施、高いレベルを維持しながらの拡大に取り組みます。信頼性ある自由なデータ流通、「DFFT」の実現に向け、国際的なルール作りにおいて、中心的な役割を果たしていきます。

(近隣外交)
 地域の平和と安定も重要です。
 中国には、主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めていきます。同時に、諸懸案も含めて、対話をしっかりと重ね、共通の課題については協力し、本年が日中国交正常化五十周年であることも念頭に、建設的かつ安定的な関係の構築を目指します。
 ロシアとは、領土問題を解決して平和条約を締結するとの方針の下、二〇一八年のシンガポールでの首脳会談のやり取りを含め、これまでの諸合意を踏まえ、二〇一八年以降の首脳間でのやり取りを引き継いで、粘り強く交渉を進めながら、エネルギー分野での協力を含め、日露関係全体を国益に資するよう発展させていきます。
 重要な隣国である韓国に対しては、我が国の一貫した立場に基づき、適切な対応を強く求めていきます。

(地球規模課題への取組)
 第二の柱として、気候変動やユニバーサル・ヘルス・カバレッジの達成を含め、地球規模課題に積極的に取り組みます。
 六年前、オバマ大統領は、原爆資料館で「核兵器のない世界を追求する勇気を持ちましょう」と記帳し、自作の折り鶴を残しました。被爆地広島出身の総理大臣として、私は、この思いを引き継ぎ、勇気を持って「核兵器のない世界」を追求していきます。
 外務大臣時代に設置した「賢人会議」の議論を更に発展させるため、各国の現・元政治リーダーの関与も得ながら、「核兵器のない世界に向けた国際賢人会議」を立ち上げます。本年中を目標に、第一回会合を広島で開催します。
 貧困削減への貢献に向け、国際開発協会に対して、過去最大の約三十四億ドルを拠出します。
 TICAD8では、コロナ後を見据えた、アフリカ開発の針路を示していきます。

(国民の命と暮らしを守る取組)
 第三の柱は、国民の命と暮らしを断固として守り抜く取組です。
 北朝鮮が繰り返す弾道ミサイルの発射は断じて許されず、ミサイル技術の著しい向上を見過ごすことはできません。
 こうしたミサイルの問題や、一方的な現状変更の試みの深刻化、軍事バランスの急速な変化、宇宙、サイバーといった新しい領域や経済安全保障上の課題。これらの現実から目を背けることなく、政府一丸となって、我が国の領土、領海、領空、そして、国民の生命と財産を守り抜いていきます。
 このため、概ね一年をかけて、新たな国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画を策定します。
 これらのプロセスを通じ、いわゆる「敵基地攻撃能力」を含め、あらゆる選択肢を排除せず現実的に検討します。先月成立した補正予算と来年度予算を含め、スピード感を持って防衛力を抜本的に強化します。
 海上保安庁と自衛隊の連携を含め、海上保安体制を強化するとともに、島嶼防衛力向上などを進め、南西諸島への備えを強化します。
 海外で邦人等が危機に晒された際の輸送に万全を期すため、自衛隊法の改正案を今国会に提出します。
 日米同盟の抑止力を維持しながら、沖縄の皆さんの心に寄り添い、基地負担軽減に引き続き取り組みます。普天間飛行場の一日も早い全面返還を目指し、辺野古への移設工事を進めます。
このように、岸田総理の施政方針には、ウイグルの「う」も、香港の「ほ」も、台湾の「た」の字もありません。しかも中国に対しては「主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求める」とする一方で「対話をしっかりと重ね、共通の課題については協力し、本年が日中国交正常化五十周年であることも念頭に、建設的かつ安定的な関係の構築を目指す」と述べています。

わざわざ対立しろとはいいませんけれども、バチバチとやっている米中対立と比べると、弱腰に映ることは否めません。


4.現実主義を徹底するのが保守本流


これについて、岸田総理はNHKのインタビューに次のように答えています。
Q)去年春、敵基地攻撃能力の話を発信するなど、保守層の取り込みを目指しているように見えたが?

A)それは全く当たっていません。保守本流というのは、冷徹に現実を見て、現実に基づいた政治、現実主義を徹底する。それが保守本流だと思っています。私も外務大臣を経験し、世界の外交・安全保障を見ると、急速に状況が変化していますし、厳しくなっていると実感しています。


Q)提案に対して宏池会の中で反発の声もあったと思うが、宏池会の会長としての葛藤はなかったのか?

A)おっしゃるように、賛成してくれる人間、また反対だと言う人間、さまざまな人間がいました。しかし宏池会の伝統のみならず、政治の責任をしっかり果たすということを考えたならば、現実に国民の命や暮らしを守るために何が必要なのか。こういった議論をすること自体に反対するというのは、おかしなことではないかと思います。丁寧に思いを伝えるなかで、多くの方々にも賛同してもらい、協力してもらえたと思ってます。
岸田総理は、冷徹に現実を見て、現実に基づいた政治、現実主義を徹底するのが保守本流だとし、外相時代に世界を見て、世界の外交・安全保障は急速に変化し厳しくなっているとのべています。

敵基地攻撃能力の話もそれを踏まえての話だとすると、元々の岸田総理の考えから変わっている部分もあるのかもしれません。と同時にその変化に岸田総理の足元の宏池会の一部が反発しているのだとすると、なかなか一気に進めにくいのかもしれません。


5.何もしない内閣


外交安保について岸田総理は、現実を直視した"新時代リアリズム外交"を展開すると述べていますけれども、岸田総理が目指すリアリズムとは何なのか。
1月15日、岸田総理は都内の料亭で、自民党の甘利前幹事長、山際経済再生担当大臣、木原官房副長官の4人で、およそ2時間会食しましたと報じられています。

甘利前幹事長は「週明けから通常国会が始まりますから、リスクシナリオをいろいろシミュレーションしてですね、しっかり対応できるように、みんなで協力していこうという話です」と述べるなど、会合の中では、与野党間で最大の争点であるオミクロン株対策について、政府と党で連携していくことを確認したということです。

また、岸田総理が掲げる「新しい資本主義」についても意見交換したほか、これまで甘利氏や山際氏が党内議論をリードしてきた「経済安全保障」についても話し合われたものとみられています。

岸田総理が、現実派とされる甘利氏とどれくらい会合を重ねているのか分かりませんけれども、今国会含め、参院選まで安全運転を旗印にするのであれば、極端な話、何もしなければリスクを冒すこともないわけです。

既に保守言論人の一部からは「何もしない内閣」と批判されている岸田政権ですけれども、下手をすればオミクロン株対応以外、本当に何もしない可能性だってなくもありません。




6.行蔵は我に存す


岸田総理は施政方針演説の最後で、勝海舟の「行蔵は我に存す」との言葉を取り上げ、「自らを改革し、律していく」と続けました。

けれども、「行蔵は我に存す」とは、「自らの出処進退は自ら決める」という意味であって、「自らを改革し、律していく」とは直接つながりません。では、なぜ、わざわざ海舟の「行蔵は我に存す」という言葉を出したのか。

海舟の「行蔵は我に存す」は、福沢諭吉の「痩我慢の説」に対する返書に記された言葉です。

「痩我慢の説」とは、1901年(明治34年)2月1日から2月10日まで『時事新報』紙上に8回に渡って掲載された論です。

当時、西南戦争を契機として、新聞雑誌は、それまで維新の元勲としていた西郷隆盛を乱臣賊子扱いにして叩きました。これに不満を覚えた福沢諭吉は、西郷をして死地に奔らしめた責任は明治政府にあるとして、勝海舟、榎本武揚の維新後の出処進退を批判し、三河武士本来の面目である痩我慢の士道に悖ると論難したものです。

この中で福沢諭吉は、敵に対して勝算がない場合でも、力の限り抵抗することが痩我慢なのだとし、家のため、主人のためとあれば、必敗必死を眼前に見てもなお勇進して徳川家康を支えた三河武士の「士風の美」を痩我慢の賜物としました。

そして、三河武士により構成される徳川家は、佐幕派の諸藩と連携して徹底抗戦すべきであり、万策尽きたら江戸城を枕に討ち死にしてこそ、痩我慢の精神が全うされると主張しました。

にも拘わらず、海舟は平和裡に江戸城を明け渡し、立国の要素たる痩我慢の士風を損なったのだと指弾しました。

福沢諭吉は、続けて、海舟が新政府で枢密院顧問を務め伯爵となっていたことを、敵対していた官軍、つまり明治政府に仕えて名利をむさぼっていると糾弾したのですね。

福沢諭吉は、この「痩我慢の説」の草稿を、事前に海舟に送り、後日公表するつもりだが間違いがあってはいけないし、ご意見あれば言ってほしい。本心は攻撃ではなく、釈然としないので、輿論に質し天下後世のためだから、という趣旨の手紙を添えました。

これに対する海舟の返書は次の通りでした。
古より路に当たる者、古今一世の人物にあらざれば、衆賢の批評に当たる者あらず。計らずも拙老先年の行為に於いて、御議論数百言御指摘、実に慙愧に堪えず、御深志忝く存じ候。行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存じ候。各人へ御示し御座候とも毛頭異存これなく候。御差し越しの御草稿は拝受いたしたく、御許容下さるべく候也。 
海舟は、「昔やったことをあれこれ言われるのは恥ずかしいものだが、出処進退は自分で決めるもの、貶すも褒めるも他人の勝手だ。俺の知ったことではない。公開しても異存はない」と返答した訳です。

「氷川清話」によると、後年、海舟はこれについて次のように述べています。
「福沢がこの頃、痩我慢の説というのを書いて、おれや榎本など、維新の時の進退に就いて攻撃したのを送って来たよ。ソコで「批評は人の自由、行蔵は我に存す」云々の返書を出して、公表されても差し支えない事を言ってやったまでサ。福沢は学者だからネ。おれなどの通る道と道が違うよ。つまり「徳川幕府あるを知って日本あるを知らざるの徒は、まさにその如くなるべし。唯百年の日本を憂うるの士は、まさにかくの如くならざるべからず」サ。」
要するに、学者の説く筋論と、現実の政治は別だという訳です。


7.藪の梅 ひとり気儘に 香りけり


今、岸田総理は、「政策を出しては撤回するのを繰り返してブレブレだ」とか「バイデン大統領と直接会談もできないのは親中政権だから」だとか、保守論客から叩かれています。

ここからは筆者の穿った見方になりますけれども、これらを福沢諭吉の「瘦せ我慢の説」に当たるとみたならば、岸田総理が「行蔵は我に存す」という言葉を使ったのは、またそれなりの意味が込められたものに聞こえてきます。

つまり、海舟風の反論をすると「保守論客による自分への批判の声は届いている。批評は人の自由だが、彼らの弁は学者の筋論であって現実の政治とは別だ。それは日本を知って世界を知らないということだ。100年後の世界を考えるならば、そんな料簡の狭い見方ではいけない。人事や出処進退は自分が決める」ということになるのではないかと思います。

果たして、岸田総理はそこまでの構想や覚悟があって「行蔵は我に存す」と言ったのかどうかは分かりません。もし、そうであれば、岸田総理は相当な孤独の中にいるのかもしれません。

まぁ、それが総理の重圧といえばそうなのかもしれませんけれども、岸田総理がその器なのかどうか。孤独に咲く藪の梅がそれでも香りを放ち続けるのか。やはりそれは出てきた結果で判断するしかないと思いますね。


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