コストマイナス社会 ②


コストマイナス社会 ① の続きのエントリーです。

○ 価値の運用

 時間軸方向で別の価値を埋め込んだ製品は、消費しながら別の価値が発生している。
 
 「消費即生産」の価値を詰め込んだ製品ともいえる。

 銀行は資金を「運用」して「運用益」を得るけれど、それに似ている。
 
 製品を使うことが、「消費行動」ではなく、「価値の運用」と捉えれば、「運用益」を得られる製品になる。

 知的財産にはよくある。
 
 「書籍」なんかはそう。

 書籍の「運用益」は中に書いてある知識ではなくて、読んだ人の気づき。

 本当に役に立つ本は、読むたびに新しい発見がある。読むたびに「運用益」が発生する。
 古典はその最たるもの。製品寿命も非常に長い。読めば読むほど味わいが出て手放せなくなる。

 運用益をもたらす製品は知的財産分野だけかといえば、そうじゃない。

 知的財産以外の製品でも消費者側に「運用益」をもたらすための種がある。

 観光バスには、座席ひとつひとつを照らす車内灯がついている。もちろん本を読む人のためのものだけど、移動手段としてのバス本来の価値には関係ない。
 だけど、移動中に本を読む人には、「本を読む機会という運用益」の為の種になっている。

 夜に車内灯がないと、そもそも本を読むことができない。運用益そのものが出せない。

 ほんの少しの工夫が運用益の誘い水になる。

 こういった工夫は、日本がべらぼうに強い。思いやりの伝統があるから。
 相手を思いやることが当たり前なので、製品にちょっと気を利かせてしまう。

 新幹線の座席を回して、向かい合わせにできる工夫。
 家族で移動する場合にはなにかといいだろう、とちょっと気を利かせただけだとしても、移動しながら、団欒したり、ゲームしたりという「場を提供するという運用益」の種が仕込んである。

 日本の製品には気の利いた工夫がいたるところに散りばめられている。

 これは外国には真似できない部分。思いやりの伝統が価値として詰め込まれている。 
 こういった価値は目に見えないちょっとした部分だけど、超えられない壁のように存在してる。
 
 
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