許す国、そして福音
「恐れと許し」のエントリーで、アメリカを許すと宣言することでアメリカ国民の深層心理内で懺悔させよといった。
これが本当におこると、世界に計り知れないインパクトを与える。
「非キリスト教国であり、且つ有色人種である日本が、イエスの許しを実践した。」
この事実が限りなく重い。
猿だと思っていた有色人種のほうが実はイエスに近かった、ということを認めたくない人々からは強烈な拒絶反応が起こるだろう。
しかし、アメリカがこの宣言を受け入れるか受け入れないかは、実は関係ない。
非キリスト教国であり、且つ有色人種である日本が「許す」行為を行った事実だけあれば良い。
この事実がアメリカに重くのしかかる。
イエスの教え自身が全世界的に普遍なものであることを証明すると同時に、本家であるキリスト教国にイエスの教えの根幹を問い直すことになるからだ。
この宣言は、キリスト教の教義を何一つ傷つけることなく、同時にアメリカのこれまでの行動を内省させる力を持つ。
グローバルスタンダードの名のもとに、自国の価値観を他国に押し付け教化しようとする行為。
その中にキリスト教国以外の国は未開だという傲慢がありはしないか。
白色人種以外の人種は、類人猿や土人くらいに考えてはいないか。
そういう深層意識をこの宣言は炙り出す。
ヨハネパウロⅡ世は自身の暗殺未遂事件後「私が許した、私の兄弟のために祈ってください」と人々に語り、実行犯を許した。
今度は、日本が許したアメリカのために祈ってくださいとローマ法王臨席のもとでやればいい。
ローマ法王が説く、世界はひとつであること、宗教を超えて平和を実現すべきというアピールと同じものがそこにある。
この宣言はキリスト教国以外にも強烈なインパクトを与える。
やられたらやりかえすのが普通の世界で、「許し」を行うことで報復の連鎖を断ち切ることができるということ。
原爆を二発も落とされたにも関わらず、「報復」を捨て、焦土から世界有数の大国になった日本。
この事実が宣言に説得力をもたらす。
文明が衝突し、紛争が耐えない地域にとってはひとつのアンチテーゼとなる。
アフリカ諸国にとっては、有色人種がイエスの教えを実践した事実が、人種平等の証明と世界への宣言となり、彼らのわだかまりを解く力となる。
特亜3国にとっては、この宣言は日本攻撃プロパガンダのアンチテーゼとなり、他国、とりわけアメリカでのロビー活動の効果がなくなる。
世界を救う鍵は日本が握っているのであり、人類にとって日本の存在そのものが福音なのだ。
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