天国の商品 (布施の商品 その3)

 
消費者が能動的な創作活動者と見た場合、製品の購買動機は欲望ではなくなる。どんな製品になるのかを推測したければ、欲望のない世界、欲望の優先順位が極めて低い世界で流通する製品を想定してみればいい。

天国があったとして、そこでの経済活動を想定してみる。住民はみんな天使なので、個人の欲望はとても少なくて、平和にくらしている。基本的に善意に満ちているので、困っている人には世話を焼くお人良し。自分の事より人の事。助けられたら、お手伝いできたら嬉しい。そんな世界。  

この世界では欲望を充足する商品は売れない。だれも欲しがらない。
   
今の地上の経済は、「これこれが欲しい、だから買う。」ひどいのになると、欲望を煽って欲しがらせて、買わせたりさえする。欲しいから始まって、求めて買う。欲しいがスタートの経済活動。

天国の経済は、「何かお手伝いできませんか? 喜んでいただけて嬉しい。」「こちらこそどうもありがとう。これ少ないけど受け取って下さい。」手助けから始まって、対価と感謝をお返しする。手助けがスタートの経済活動。

欲望から始まる経済活動と、手助けから始まる経済活動の違いってとても大きい。

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欲望から始まる経済活動では、払ったから製品をよこせ、となる。当然そのとおりなんだけど、払ったからよこせだと、その場限りの売買関係。その場で売買契約を結び、対価の支払いと共に契約終了。同じ製品でも次のものは改めて別の売買契約を結びなおす。ひとつひとつの売買が分断されてる。

手助けから始まる経済活動だと、手助けてしてくれたものに対する感謝もお金という形に表して払う。対価に感謝もプラスしてるから支払いを受け取った生産者側も喜ぶ、もっといいもの作ろうと更に頑張る。励みになる。対価にプラスしてファンレターを貰ったようなもの。売買が次の生産開発のエネルギーとなり、そこから生まれた製品がまた誰かの手助けとなる。売買と生産が互い違いに何処までも数珠繋ぎに続いていく。

地上のお金には対価しか詰まっていないけれど、天国のお金には対価にプラスして感謝が詰まっている。  

お金って価値を形にしたもの。貨幣の対価価値を決めて、政府が保証したものに過ぎないけれど、実は対価以外のものも詰め込める。

天国の経済活動の考え方って、実はお布施と同じ。神仏への感謝をお金という形で表したのがお布施。お布施の考えが経済活動にのると感謝と報恩が循環して続いていく。

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