日本的価値観の保持 (縁起のレイヤー ⑧)

日本的価値観の源流は日本神道にまでさかのぼる。しかし、日本神道は教義をもたないので、仏教やキリスト教といった世界宗教とは違って、個人的、地域的な共同体でしか伝播しない。

思想の縁で通信できるためには、日本的価値を教義化・体系化・知識化する必要がある。

また、思想の縁でグローバルに伝播するだけの伝送距離を持つためには、思想に全世界的に通用する普遍性がなくてはならず、日本の風土によってのみ形成された思想では、同じような風土をもつ国にしか伝送できなくなる。

だからといって、地域共同体レベルで世界と縁を繋いでみる戦略は善悪の両面がある。

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現在、地域共同体での縁の接続という視点からみれば、日本は世界に対してほとんど縁がついていないのが現状。ある意味世界から孤立しているといえばそのとおり。しかしそれが逆に地域共同体レベルでの他国からの干渉を退け、日本的価値観を保持している理由にもなっている。

もし、日本が留学生や移民を大々的に受け入れ、民間レベル、個人レベルでの人脈づくりをすすめ、混血や外戚関係づくりを進めると地域共同体レベルで世界中と縁が繋がる。

しかし、そうなると血縁や友人知人の縁を介して世界に日本的価値観を伝達できる反面、繋がった相手の価値観の影響も同時に受けることになる。その際に日本的価値観の中に世界でも通用する普遍的価値をつかんでいないと、今現在、世界でグローバルに通用している価値観に飲み込まれてしまう危険がある。

やはり日本的価値観の明晰知化を進めて、グローバルに通用する部分を抽出し、かつ共通認識として持っておくことが急務ではなかろうか。

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この記事へのコメント

  • fen

    やはり日比野さんは自分の考えとほぼ共通の認識をしていらっしゃいますね。

     自分は今、世界平和を実現する思考として「世界観」と「各国観(自国観・他国観)」を別々に持つべきだと考えています。
    「世界観」は世界を一つとして各国の思惑が入らないように全体のバランスを観る視点。世界共通認識も含む。
    「各国観(自国観・他国観)」は国それぞれ一国ごとの文化・言語・歴史・現状を観る視点。各国の固有認識も含む。

     世界各国は「世界観」によってのみ自国と他国のバランスを取るべきで、自国観によって他国を侵してはならない。
    また他国で有効な体制を安易に持ち込む事もすべきではない。
    日本は日本国観を守りながら、国連などで世界の事を話す時は世界観にて考え、アメリカへ行った時は米国観を尊重する。そういう事が大事だと思います。

     しかし、今日本は自国観を失いつつあり、地域に合わない体制が入り込んでいるためにガタガタになっているように見えます。日本の良さを見失わず、世界に通用する価値観を作らなければいけませんね。その両立は非常に難しいでしょうが。
    2015年08月10日 18:19
  • 日比野

    fenさん、コメントありがとうございます。
    7/13からの縁起シリーズ読んでいただきありがとうございます。これらエントリーを通して読まないとなかなか意味が通じませんので、ご理解いただけたことがすごく嬉しいです。

    さて、fenさんの御認識がほぼ共通とのことですが、他にはどれくらいいらっしゃるのか興味あるところです。各国の世界観とグローバルな価値観が混同して語られるところに文明・思想の衝突があるものと思います。
    価値観のストックされる「場」を層構造でみることで、一連の縁起シリーズのエントリーでは論を進めてみましたが、この視点からですと、ある程度説明ができそうに思えます。
    ご指摘のとおり、日本が自国観を失いつつあるというのは私も危惧しているところで、もはや、知人友人の縁にまで破壊されています。血縁層まで完全に破壊される前になんとかする必要があると思います。
    2015年08月10日 18:19

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