高貴な精神 (民主国家とノブレス・オブリージュは両立するか その1)

当日比野庵にも、たびたびコメントをいただくsuzuran様のブログ「まじめ人間のつれづれ日記」 にて、日比野庵9/6のエントリー「独立とはなにか」についてのエントリーを挙げられており、これに対して日比野もコメントさせていただいたのですが、そのやりとりの中で、民主主義と名誉・・ノブレス・オブリージュが両立するのだろうかというテーマが浮かんだので、これについて考えてみたい。連続7回シリーズでエントリーする。

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「高貴な者は、高貴な振る舞いをせよ。ノブレス・オブリージュ。美しい響きだ」

2006年1月から1年間に渡って放映された『仮面ライダーカブト』に登場する、仮面ライダーサソード役、神代剣の名セリフ。

ノブレス・オブリージュとは、フランス語で文字通り「貴族の義務」あるいは「高貴な義務」のこと。一般的に財産、権力、社会的地位には責任が伴う事を言うけれど、貴族のいない民主国家におけるノブレス・オブリージュを考えてみる。

高貴さを表現するのに、身分が使えないということは、外見もさることながら、それ以外のもの、精神的なもので高貴さを表現しなければならないということ。

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プラトンは、魂には理性、気概、欲望の3つの部分からなっており、理性が他の2つの部分に命令を発して、全体として調和するとき、正義が実現されるとした。

欲望が理性に従わないと不節制・放埓に堕し、気概が理性のくびきを逃れて暴れだすと乱暴や傲慢が生まれる。

高貴な精神の生成にはどんな条件が必要なのであろうか。

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この記事へのコメント

  • 喜八

    こんばんは。
    どうも「ウェブリブログ」利用の方にはトラックバックが通らないことが多いようです。
    TBをいただいても、返信できないかもしれません。
    申し訳ありませんが、ご了承ください。
    今後ともよろしくお願いします。

    「喜八ログ」
    http://kihachin.net/klog/
    2015年08月10日 18:18

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