細胞の記憶(人間として生きるということ その5)

「しばらくの間、私を見つめて・・(ドナーの)母親が言ったんです。"だって貴方が、余りにも息子に似てるから・・・"。」

心臓移植を受けた人物が、手術以降大きな趣味嗜好の変化を体験し、その新たな趣味嗜好は、心臓提供者(ドナー)のそれとピタリと一致していたという、心臓移植を巡る人格や記憶の転移現象が数多く報告されている。

《細胞の記憶》と呼ばれるこれらの例は、まだ学会では認められてはいないけれど、人間の細胞は2~3か月で入れ替わるから、少なくとも記憶などが細胞の入れ替わりにともなって失われてしまわないような仕組みがないといけないのは確かなこと。

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記憶をつかさどっているのは脳の中の海馬といわれる部分。海馬はおよそ4千万個の神経細胞からできている。海馬内の特定の神経細胞同士の間のつながりがある程度以上強くなって回路ができあがると、それが記憶になるという。

神経細胞は通常の細胞と違って、自分自身の増殖はしない特別な細胞。神経細胞が自分で増殖しないということは、新しい神経細胞と入れ替わらないということだから、ゆえに記憶が保持されるといわれている。

だけど、その海馬にいったん記憶したものが、未来永劫保持されたままだと、次々と脳に入ってくる新しい情報に対して対応できなくなってくる。

脳ミソの容量には限りがあるから、無限に記憶していくことなんて無理な話。だから、脳はしばらくたてば、忘れてしまうような仕組みも同時に持っているという。

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要は、反復繰り返しによって、脳内に作られた神経細胞の回路をいつも活性化できていてはじめて、その部分が記憶として定着する仕組みになっているということ。

シアトルマリナーズのイチローは、インタビューで自宅から球場に入るまでの集中力の高め方についてこう答えている。


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「意識的にしなくても それは勝手に出来ますね。勝手になるんです。 ・・時間がぼくきっちり決まってるんです。動き出す時間 ストレッチの時間。ゲームに入る前の準備の時間もきっちり決まってるんですね。それをこなしていったら徐々にポンポンポンって入っていくんです。意識はないんですよね。意識なくスイッチが入っていってる」



自分の知識や経験を記憶するということは、それらを本当に自分のものとして、いつも活性化しているという条件のもとに、半自動的に肉体と意識に刻まれていくのだと思う。今の科学では、そういった働きは脳の部分で行われているということになっている。

だけど、心臓移植を巡る人格や記憶の転移の事例が、本当に《細胞の記憶》を示しているとするなら、その人の「人格」にまで及ぶほどに深い情報は、脳だけではなくて、内臓諸器官にも刻み込まれていて、たとえ細胞が入れ替わったとしても情報を保持しつづける仕組みがあるのかもしれない。

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