経済学用語で「取引コスト」というものがある。
「取引コスト」とは、「交換されたものの価値を計るための費用と、権利の保護や契約の遵守と執行のための費用」のこと。
たとえば、商品の輸入ひとつとっても、それが確かな商品であって、約束の期日に契約した数量がきちんと納められて、支払も完全に行われることが前提となっている。こうした取引をつつがなく完了させるための費用が取引コスト。
日本人にとってはこんなの当たり前。こんなことに費用が発生し、また相手や場所によってその費用に大きな差があるなんてことは意識しない。
今回の毒餃子事件は、この取引コストの意味を痛感させた。中国製品の取引コストが相当に高いことが知られてしまった。
今後、中国産食材を安全に仕入れるためのコストは今以上に高くなるのは確実。
取引コストを安くさせる最も効率的な方法はひとりひとりのモラルを上げること。当たり前の話。戒律でいうところの「戒」。自分で自分を律する心。
[Asagi's photo]より
日本は伝統的にこの「戒」の基準が高くかつ広く浸透していたから、取引コストは限りなく低かった。納期を守るなんて今でも常識中の常識。
火にかけると鉛やカドミウムが漏れ出す土鍋とか、マラカイトグリーンが残留する鰻とか、釘の入った松茸なんかが、平気で流通しているような社会では、その取引コストはうんと高くなる。
そんな粗悪品を全品検査するとなったら、大変な費用がかかる。だけど、従業員ひとりひとりのモラルが高くて、明文化されない「戒」がしっかりしていると、最初から粗悪品なんてつくらないから、検査費用からして必要なくなる。
国民ひとりひとりのモラル、「戒」って結構社会を支える重要な要素。
フランシス・フクヤマも、インフォーマルな規範は、経済学者が「取引のコスト」と称するものを大きく下げてくれる、と指摘している。
先日、16日に警察庁が問題の毒餃子から検出された「メタミドホス」について鑑定したところ、不純物が多く、日本国内のものではないと断定したと報道されている。毒物混入は中国国内であることがほぼ確定した。
以前、「人権抑止力戦略」のエントリーでも触れたけれど、中国に進出している日本メーカー、特に食品関連メーカーは中国人従業員向けに人権教育にもっと力をいれるべきだと思う。
中国人自身のモラルをあげない限り、今回のような問題はなくならない。たとえ毒物混入の犯人が天洋食品の従業員であれ、外部の第三者であれ、はたまた中国人以外の誰かであったにせよ、簡単に毒物を混入させられるような製造ラインを許してしまっていたり、そもそも毒を入れるというような発想からして無くしていかないといけない。
「戒」であるインフォーマルな規範が十分機能している日本と、「律」であるフォーマルな調整機能、契約や法制度すら満足に働かない中国。これらの差を埋める努力が、結局は中国の民度を上げ、品質を向上させる一助になる。
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