いつもの手 (チベットについて その1)

チベット騒乱について再考してみたい。全3回シリーズでエントリーする。

チベット騒乱で、デモ隊の中にチベット人を装った警察官が刀を手に潜入していたのを目撃していたとの報道がされている。

本当だとすると、チベット族弾圧の口実のための自作自演か、上海閥による胡政権への揺さぶりなのかもしれない。

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これまでの経緯について、「チベット事件のまとめガイドライン」殿で纏められている。

一連の流れを整理してみると、驚くほどギョーザ事件と似ている。

ここでも、都合の悪いことは隠して無かったことにして、自分は悪くない、被害者なのだ、悪いのはあいつ(ダライ・ラマ14世の集団)なのだと言い張るパターンを使ってる。

ギョーザ事件は証拠隠滅または隠蔽までの日数がかからなかったので、わりと直ぐに天洋食品工場を取材させたけれど、実際はわざとらしいくらい掃除したぴかぴかのクリーンルームを見せただけ。

デモ発生から12日も経って、中国はようやくラサでの取材を指定した報道機関にだけ許可した。

「チベットには自由がない」と訴えるチベット僧侶達を中国政府当局が、記者らと引き離そうとしたところを見る限り、都合の悪いことは隠そうとしていることは明らか。

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だから、この取材許可は海外からの圧力をかわすためのアリバイ作りの意味合いが強い。

いったんアリバイを作ったらもう安心。あとはひたすら自分は悪くないと言い張ればいい。もう引くに引けない。

強いてギョーザ事件と違うところをあげるとするならば、メタミドホスのような物的証拠にあたる、虐殺の証拠を集めるのが難しいということ。

いくつかの正視に堪えない虐殺の画像がネットに上がってきてはいるけれど、画像だけでは決定的な証拠というには少し弱い。遺体から中国軍の銃弾が取り出されたくらいの証拠があれば別だろうけれど。

チベットから帰国した邦人旅行者が、中国当局に口外しないよう脅されたと聞く。どんなに取材したところで、ラサでの取材であれば尚のこと、虐殺の証拠はもう出てこないのだろう。

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