最後の抗議(チベットデモと弾圧について 補追1)

今回のチベット争乱に関して、エントリー中に気づいた点があったので、補追としてエントリーする。

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ダライラマ14世は、今回の争乱に対して、原因や死者数を把握するため、国際的な独立調査団を要望するとともに、「中国指導部、特に胡錦濤(国家)主席とはいつでも会う用意がある」と述べ平和的解決を望まれている。そして今回の争乱が制御できなければ引退する、とも。

今回のチベットデモにしても、抗議行動に出れるほとんど最後のチャンスではないかと思う。

なぜかといえば、今のチベット民衆の民意を代表し、制御できうる存在としてのダライ・ラマ14世を継ぐ存在が見当たらないから。後継者の問題。

中国は1995年、ダライ・ラマがパンチェン・ラマの転生者に認定した6歳のチューキ・ニマ少年を抑留し、僧侶らに別の少年を認定するよう強制している。

本当にパンチェン・ラマの魂が転生しているかどうかはともかく、チベット最高権威のダライ・ラマが認定した転生者はそのように育てられ、そのように育ち、そのように権威を持つ。それをチベットの民衆も是としてる。

もしも、中国の要求どおりにダライ・ラマが認定した少年とは別の少年を認定したとしても、チベットの人々は支持しない

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このまま後継者問題が解決することなくダライ・ラマ14世が亡くなった場合、ダライ・ラマが認定したパンチェン・ラマと中国が認定した後継者と二人のラマが存在することになる。無論、前者をチベットの人々は尊敬し、後者は中国当局の息がかかる。

だから、いくらチベット民衆がダライ・ラマ14世が認定したチューキ・ニマ少年をパンチェン・ラマだ、我々の代表だとしたところで、中国からみたら代表でもなんでもない。相手にしない。

逆に中国が当局が認定した後継者の言うことを聞けといっても、今度はチベット民衆が認めない。

互いに交渉できる窓口は遮断されてしまう。

もし、この状態で、今回のようなチベットの民衆の抗議行動がダライ・ラマ14世没後に起こったとしても、それに対して自制を呼びかける存在がいなくなる。

これは、中国にとっては望むところ。

チベットの声を何一つ聞くことなく弾圧できる。今、現に行っていることをもっと遠慮なくできるようになるから。もっとも今も遠慮などしていないけれど。

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たとえ、名目上であったとしても、チベットの代々続いてきたダライ・ラマ制のままに次の権威を継承してゆくプロセスを蔑ろにしてはいけない。

権威は、権威から権威に継承されることによって保たれる。その流れを途中で切断することは、時のながれと共に元の権威を失わせてゆく。

中国歴代王朝は王朝交代期に旧皇帝を排斥するにあたって、その位を剥奪してただの平民にたたき落して時間をかけて権威を失わせていった。そういうやり方はお手のもの。

ダライ・ラマ14世は今回の争乱についても、「暴力に走ることは自殺行為だ」として、チベット民衆に自制を呼びかけている。北京五輪そのものについては支持を表明し、あくまで非暴力によるチベットの自治獲得を目指している。とても現実的な考えであると同時に、仏教の権威を守っている。

今ならまだ対話の余地がある。だけどダライ・ラマ14世没後には、その対話の余地すらなくなってしまっているかもしれない。

ゆえに、微力であっても諸外国と連携してチベット弾圧を辞めさせて、ダライラマとの対話を通じた平和的解決を模索すべき。

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