ショー・ザ・フラッグ(チベットデモと弾圧について その3)

今回の中国政府によるチベット弾圧が一向に改善されない場合、欧米諸国と中国との対立はどんどん先鋭化していくだろう。そのときに世界から、日本はどちらの側なのか、というショー・ザ・フラッグが求められる。国の意思レベルとしての立場を問われる。

本当の意味において、人権というものを、人の命というものをあなた方は理解しているのか、と。

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たとえば、アメリカ側から昨今の日本を眺めたとすると、例のギョーザ事件で明らかなように、BSEとはうってかわった甘い対応に疑いの眼差しを向けられていてもおかしくない。

ゆえにこそ、今回のチベット弾圧に対するショー・ザ・フラッグはとても重要な意味を持つ。人権意識は、自由主義的価値観の根幹を成しているから。

これを徹底して守るという意思を示すことは内外に日本はれっきとした自由主義国家なのだ、という宣言をすることになる。

だから、日本は自由主義国圏からも、世界からも注視されていることを忘れてはいけない。そんなときに、胡錦涛総書記が訪日し、さらにはサミットまで行なわれようとしている。

日本は中国に対して明確に、チベット弾圧の即時停止の要求とダライラマとの対話を始めとしたチベット問題解決を要請すべきであるし、要求できないといけない。もしかしたら、そうすることで、イコール台湾独立を日本が支持することにも直結するという思惑から、なかなか言い難い事情があるのかもしれない。

だけど、それとこれとは次元が違う。現に、今、この瞬間にも人の命が失われている。その現実を忘れて政治をする資格はない。

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中国が、チベットその他の独立運動を武力を使ってでも弾圧して、かつ北京五輪も成功させることがベストシナリオとして描いているとするならば、胡錦涛総書記の訪日は物凄く重い意味を持つ。

訪日そのものを許すのかという問題もあるのだけれど、今の日本からは出すべきものは何もない。あってはならない。チベット弾圧を辞めさせてから考えるスタンスであるべき。

海外のチャイナ叩き報道について」のエントリーでも触れたけれど、中国外交はマイナスをゼロにしてやるから何か寄越せというやり方がとてもうまい。自分の懐を決して傷めないやり方。

今なら、ギョーザ事件の犯人を「第三国」から出してやるから、天皇を訪中させろ、くらいは平気で言う。もしもそんなことになったら、日本も人権弾圧国家になる。そんな馬鹿な話はない。

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東シナ海ガス田は議題にもならない。すでに現時点で緊急に解決する問題でなくなっている。既にプラントを建設している中国にとっては特にそう。

日本ではまだまだギョーザ事件が記憶に新しい。福田総理が世論を恐れて動かない場合、これらの問題は国民世論に委ねられることになる。「世論を恐れる」ということは、裏を返せば世論の後押しがあれば動けるということだから。

外交における政府の無為無策は、国際社会と国内世論をダイレクトに繋ぐ。間にあるバッファはマスメディアやネット。

表だって批難らしい批難すらしない日本政府。だけど、世界からは日本並びに日本国民の意識と民度と、何より人間としての価値を、今や問われているのだと認識するべき。

チベット弾圧で世界各国が北京五輪ボイコットを言い始めている。当たり前のこと。

幸か不幸か、政府の無為無策が、海外各国と日本国民と直結させている。日本人ひとりひとりの意思が、北京五輪はもとより、中国共産党政権そのものの命運を握っている。

世界における日本という国のポジションを考えると、日本国民の意識と意思は、世界を大きく動かす力を十分に持っているし、動かしてみせないといけない。

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