十八色目の糸(相互信頼とは何か その13)

相互信頼性が高いというのは、相手の行動や言動を信じて(予測して)行動しても不都合が起きないということ。西洋は契約という考えでそれを担保しているけれど、日本は自分も他人も日本的価値観構造を持っているが故に、最適な選択をするであろう、という前提で成り立っている。

日本におけるコミュニケーションは単に相互理解という意味だけではなく、その場に応じて最適な色を適用して対応できるかという値踏みを行っている面もある。この人は空気が読める人かどうかを確認してる。でないと同じ十七色の糸が流れているか分からなくて、安心できない。


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[Asagi's photo]より


日本人同士では、たとえばアメリカのように連邦憲章に従うが個人の価値観は別だ、というように、縦糸と横糸の色が違って当たり前という前提がない。自分も相手も同じ十七色の糸だと思ってる。

日本の縦糸は長い時間をかけて他国の価値観を横糸から折り込んでいったけれど、今のような開国の時期になると、どうしてもいろんな原色の横糸が入ってくることは避けられない。

だから同じ日本人であっても、さまざまな価値観や考えの影響をうけて、考え方の幅が広がってくる。価値観の多様化といえばそれまでだけど、日本の縁起の織物の先端は、色がぐちゃぐちゃになっていて、必ずしも調和されてはいない。


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[Asagi's photo]より


過去の日本は開国したあとで鎖国して、取り入れた色を馴染ませて、縦糸におりこんでゆく期間を設けてきた。

だから不調和な色の織物を調和させ再構築するのであれば、十八色目の糸を織り込んでゆく時間、つまり、更なる価値観の建て増しの期間の確保とそれを受け入れてこれまでどおり適用できるかの見極めが大切なポイントになる。


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