十七色の縦糸(相互信頼とは何か その3)


日本は開国と鎖国を周期的に繰り返しては、他国の文物・思想を輸入しては咀嚼していった。

これを縁起のレイヤー構造で説明すると、開国の時期には、上位レイヤーである思想レイヤーと経済レイヤーを開放して新しい価値観を受信して、鎖国の時期にその受信した情報を下位レイヤーである、地域共同体・血縁レイヤーに伝達していったプロセスといえる。

それは開国の時期に、上位レイヤーの横糸に全く新しい色の糸を織り込んでは、鎖国して上位・下位レイヤーの縦糸にその色を織り込んでいった姿。

そのとき織り込んでいく新しい糸が、一神教的な「我以外神なし」の価値観では、従来の縦糸を邪教として排斥し、排除して、縦糸を切断することがある。

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一神教の価値観に席巻された国では、それまで持っていた糸、特に縦糸は切断されて、一神教の糸に替えさせられた。縦糸の途中で分断され、まったく別のものになっている。我以外神がいないのだから当然といえば当然。

太子の十七条憲法の頃は、ちょうど仏教と神道の糸同士が結びついていった時代だけれど、仏教自身も平和的な宗教だったから、繋いでみたら結構相性が良かった。うまくいった。

これによって、日本の縁起レイヤーの縦糸は単色の糸ではなく、様々な色の糸を編みこんでゆく多色のより糸構造を持つようになった。

その後の鎖国と開国の繰り返しの中で新しい価値観を取り入れては、その都度新しい色を織り込んでは縦糸に加えていった。

戦国の開国期には、キリスト教伝来による縦糸の切断の危険はあったのだけど、切断される前に鎖国して、一神教的「我のみ正し」を回避した。日本の伝統的縦糸は守られた。日本の縁起レイヤーの縦糸は太子以来、十七色の縦糸を保持してる。


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