たとえ、小戦略目標を完全に達成して、北京五輪が中止になったとしても、それでチベット弾圧が止む保障はない。むしろ低いといったほうがいい。北京五輪失敗による中共政府の統制力の低下に結びつくのは確かだろうけれど。
ではなぜ、直接チベット自治の実現に結びつくわけでもない「北京五輪の中止または代替開催または開会式ボイコット」が戦略目標になるかといえば、聖火リレーのように世界的に注目を浴びるイベントに対する抗議活動には絶大なアピール力があるというのは勿論だけれど、中国が民意を反映することのない独裁国家だからという点も見逃せない。
大目標である「チベット弾圧を止めさせ、チベット独立または完全自治を認める」ということを実現するためには、まず今のチベット弾圧のやり方を国際社会、国際世論は決して受け入れないということをはっきりと示す必要がある。
「民主国家と独裁国家におけるプロパガンダの違い」のエントリーでも触れたけれど、国家間で抗議の意思を示すには二つのルートがある。
ひとつは、政府・国際機関レベルでの抗議。もうひとつは市民団体、個人レベルでの抗議行動。
彼我で大きく違う点は、軍事的・経済的圧力などの強制力というカードを持っているか否か。
通常の民主国家であれば、民意は政府の意思に反映してゆくから、たとえば、民主国家同士間での抗議行動は、強制力を持たない市民団体、個人レベルから始まったものであっても、やがては強制力を持つ、国家政策や経済的圧力になって働いてゆく。不祥事を起こした企業に対して、製品ボイコットが有効であるのは、その商品を買わないという経済的圧力によって強制力を発揮するから。
だけど、中国のような独裁国家では、どんなに個人や民間団体レベルで抗議を行ったところで、中国政府自身がその気にならない限りほとんど効果はない。なぜかと言うと、情報統制国家であるから、他国の民間レベルでの抗議が中国国内に知らされることはないし、中国人民が政府に対する異議でも唱えようものなら、それこそチベットのように、たちまち弾圧されてしまう。
人民の民意は殆ど中国政府の意思として反映されることはない。もっとも共産党政府の愛国教育が徹底するあまり、民意レベルにおいても共産党政府の都合の良いものになってはいることは、カルフールやケンタッキーへの愛国不買運動が起こっているところをみれば明らか。
つまり民主国家では政府と個人のふたつの抗議ルートとその窓口があるのに対して、中国においては政府レベルの抗議ルートとその窓口しかない。
よって、中国に対する抗議を考えた場合、強制力を持たない、市民団体・個人レベルではなく、政府・団体レベルでの抗議でなければ即効性のある実効力は持ち得ない。
その理由は、どこの国でもある意味同じなのだけれど、国益という実利面があるから。それでも普通の民主国家では、人権という規範を尊重した上での国益になるけれど、中国ではそれがないから、ほとんど実利のみで動く国になってしまってる。
ゆえに、抗議の戦略目標を実効性という観点から考えた場合、ある程度の強制力、実利を伴うものでないと効果は薄い。その意味で北京五輪ボイコットというのは物凄く実利面で強制力を発揮する。
もちろん個人・民間レベルの抗議でも、具体的な中国製品や北京五輪スポンサー製品の不買運動なりIOCへの非難に繋がっていけば、ゆっくりとではあるけれど、経済的実利面での強制力を持つことになる。これが最も平和的かつ王道な抗議方法。
だから聖火に対する抗議活動のやり方の是非は、目的の為なら手段を選ぶか選ばないかをも含めて、どう抗議すれば各戦略目標を安全かつ効率よく達成できるかという捉え方によって変わってくる。今回の場合は、いかに強制力もつ自国政府や国際機関レベルで、チベット問題解決に向けての抗議に持っていけるかということ。
抗議活動を行う主体が、どこまで抗議すれば自国政府やIOCが北京五輪を考え直すだろうかという読みによって抗議の激烈さは変わる。
無茶苦茶なことをいえば、イラクやアフガニスタンみたいに、聖火ランナーやその防衛隊に対してテロでもして、多数の死傷者を出す事態なんかになれば、一発で聖火リレーは中止になる。もちろん今ではそんなことはやれる筈もない。だけど、パキスタンでは自爆テロを警戒して聖火はスタジアム内部を一周するに留まったという悲しい現実がある。
すでにIOCも中国の人権問題が改善されないことに対して苦言を呈しているし、世界中の人々が北京五輪が平和の祭典だとは思わなくなってきている。勝利条件とまではいかなくても準勝利条件くらいは満たしている。

この記事へのコメント
lanman_man
オリンピックは抗議行動の舞台としては最高の舞台です。作戦は成功しました。これをアピールの舞台として利用するのはいいが、妨害やボイコットは論外です。妨害もボイコットもせずに、アピールの場としてその絶大な効果を今後も利用するのです。
聖火リレーで「終わり」ではありません。これからがムーブメントのはじまりです。オリンピックの各会場でも、観客だけではなく選手団も何らかの抗議のうねりはあるでしょう。ひょっとすると、メダルを返上する選手が出る可能性だってあります。そのすべてを、中国人はもとより世界中が目撃します。(中国側はまだ、そのあたりへの対処までは考えていないようですが)。
かけがえのない「アピール舞台」ですから、しっかり開催してもらって、その場を使って大いにアピールすればいいのです。目的はオリンピックや聖火リレーを云々ではなく、チベットの解放と自立です。小事のほうに目を奪われないようてほしいものです。
さて。今日はこれから、私は「We Are REDS!!」です。
日比野
○ 強制力について
北京五輪ボイコットは、経済的強制圧力を期待できる一要素であるがゆえに対象となっているだけであって、ボイコットそのものが目標という訳ではありません。記事にも書いていますが、どんなにボイコットしたところで、チベット問題が解決するわけでもありません。一部外国がボイコットを示唆したために、政府レベルでの抗議として確実に中国にメッセージは伝わった今となっては、五輪への抗議はそれほど大きな意味を持ちません。ずるい言い方ですが、ボイコットを口にしていない日本はその分有利な立ち位置にあります。