「いえ、そうではありません。いくつかの楕円方程式ではなく、すべての楕円方程式です。」
フェルマーの最終定理を証明する際に重要な鍵となった谷村=志村予想を発表した志村五郎とある高名な数学者とのやりとり。
谷村=志村予想とは、1955年に発表された理論で、無限の対称性を持つモジュラー形式とそれまで全く別の領域だと考えられていた楕円方程式は、実は同じものであるのだという理論。
その証明は非常に困難だと思われたものの、予想自体はとても美しく、多くの数学者がそれは正しいと信じた。谷村=志村予想が発表されたあと、谷村=志村予想が正しいと仮定するとという言葉に続いて、これこれが成立するという膨大な論文が発表された。
谷村=志村予想が数学界に与えた影響は大きく、予想の段階から素粒子の研究や、暗号理論などに応用され、実際に貢献してきた。
信じたものが真実であった場合、信ずることによって捻じ曲げた時間と空間は大変な価値を生む。何十年、何百年の未来を先取りしたり、はるか無限の距離をも飛び越えることができるから。
万が一、谷村=志村予想が正しくなかったら、谷村=志村予想に依拠した膨大な研究はまったくの無駄になっていたのだけれど、一旦その予想が正しいと証明されたら、それを土台とした研究成果は、実効力を持つ素晴らしい成果となる。谷村=志村予想を信じた人は、予想が定理として証明されるまでの50年の時をジャンプして、2005年に生きる人として研究を行った。
信じた予想が真実であると証明されたとき、予想は定理となって、知識に転換する。それは「信」の世界にあった真実を「知」の世界へ引越しさせる姿。
だから、信じるということを単なる迷信であるとか、理性が働いていないとかいうのではなくて、その「信じたもの」が真実なのか、或いは、どこまで真実に近いかということが本当に大切なこと。

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